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連載

秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど  vol.4

秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど 第4回「築地市場に育てられた」

秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど 

コツコツ作業するのが好きで、小さいころから慎重派、なのに芸人。
そんなハナコ・秋山が文章とイラストで綴る、ゆるくてニヤリの初エッセイ。

第4回「築地市場に育てられた」

 テレビ出演はほとんどなく、ライブ三昧だった二〇一六年ごろからキングオブコント優勝までの約二年間、築地市場でアルバイトをしていた。築地市場内には魚屋以外にもたくさんの店がある。八百屋やお茶屋や乾物屋。場内で働く人や観光客が利用する飲食店も寿司屋やら定食屋やら様々な店が存在していた。牛丼チェーン𠮷野家の一号店もあった。
 もともと若手芸人が数人働いており、どこぞの店が人手が足りないとなると紹介でまた別の芸人がやってくるという流れがあった。先に築地の八百屋さんで働いていた岡部の紹介で、僕は八百屋さんの三軒隣の塩屋さんで働くことになる。この塩屋さん、そして築地市場はたくさんの恩を頂いた場所である。
 初めての出勤日。二月の寒い日だったような気がする。朝六時前に見た築地市場の衝撃は今でも忘れられない。まだ暗い空。横切るカモメ。魚や潮の匂い。まだ早朝なのに感じる活気。ガタガタと音を立てながら行き交うターレー。それにぶつからないように歩き回るたくさんの人々。荷物を抱えた仕入れにきたであろう職人。仕入れ客を相手にする威勢のいい接客の声。でっかい氷を作る工場が目に入ってきたり、カチンコチンに固まった大きなマグロが台車で運ばれていたり。異国に来たような別世界だった。
 塩屋さんに行き挨拶を済ませ、岡部がお世話になっている八百屋さんにも顔を出すと、僕を目にした女将さんが
「でかっ」
 と言った。身長一六三センチ。初めて言われた。岡部が相方の僕が働きにくると説明する時「とにかく小さいやつ」と大袈裟に話していたせいだった。
 塩屋さんでの僕の最初のポジションは帳場。帳場と配達とがあるうち、帳場が不足してのバイト募集だった。帳場は店頭にいてお金のやり取りや受けた注文を管理し配達担当のバイトに指示を出す役割だ。注文を管理したり、段取り良く配達の順番を組むのは得意だった。こういう作業が好きなのはプレイステーションのゲームソフト「俺の料理」にハマっていたおかげである。
 ただ初めのうちは帳場に苦戦した。それはお客さんが注文に慣れすぎているからである。利用者のほとんどが仕入れで来ている常連のため、名前や品物を細かく伝えてくれない。他のスタッフが配達などで離れ、僕一人の店番中なんかはよく困った。
 店の前にひょこりとおじさんが顔を出し
「あいっおはよー。塩を今日は三。お願いねー」
 と声をかけ消える。
 刹那の出来事。ちょっと待ってくれ。あんたは誰でいつどこにどの塩を持っていけばいいのか。急いでおじさんを追いかけ聞き直す、ということが頻繁にあった。向こうは向こうでなぜ見慣れない顔の不安そうな僕にいつも通り伝えられるのか(たまに、見ない顔だねと丁寧に注文してくれるお客さんもいたが大半は刹那注文だった。それも市場の性格を表していて面白かった)。
 追いかけて詳しく聞き直せた場合はいいが、同時に話しかけられたり(平気で同時に話しかけてくる)バタバタしていた時は聞き直せない場合がある。そんな時はさぁ大変。誰かがわからないと配達先もわからなければ料金をつけておくこともできない。
 店に戻ってきた先輩スタッフに
「どんな人だった?」
 と特徴を聞かれる。必死に記憶をたどる。推理が始まる。
「えーと……短髪の白髪まじりのおじさんで……」
 おじさんばかりだから慣れないうちは見分けるのも難しい。
「背高い?」
「いや、普通で細身の……」
「頭にタオル巻いてる?」
「巻いてなかったです」
「ドラえもんのヘルメット被ってた?」
「誰ですかそれ」
 見た目で特定できそうにない時は焦る。自分のミスに申し訳なくなってくる。
「何注文した?」
「食塩一袋と上白糖二パックです」
「わかった、多分○○さんだ!」
 注文の品の特徴で判明することがよくあった。
「出してくる!」
「ありがとうございます‼」
 品物を積み颯爽とジャイロバイクに乗って消える先輩の姿がかっこよかった。
 慣れていけばどんどんと繫がってくる。顔、名前、よく頼む品物、時間帯、曜日、配達先。注文を聞く前にいつものですねと準備を進めると常連さんがニコッと喜んでくれて嬉しかった。
 バイト中にはお笑いの反省をすることもあった。愉快な人々がたくさんの築地市場。その中には「おやじギャグ」が大好きなおじさんがいた。
 注文の際にダジャレで注文してくるのだ(あと元気もめちゃくちゃいい)。
「おはよー‼︎」
「おはようございます! (き、きた!)」
「瓶の醬油ジャパン‼」
「⁉︎」
「醬油をジャパンちょーだい‼」
「えっと……」
「日本だよ日本‼︎」
「ああ! はは……! 二本ですね! (普通に言ってくれ)」
「あとロクオントウ‼︎」
「えっと、すいません……」
「六温糖‼︎」
「あっ、三温糖二つ……」
「そう‼︎」
「ははっ! (普通に言ってくれ)」
 この自分の返しが非常に情けなかった。情けなくて先輩スタッフの芸人たちに相談したこともある。みんなで悩んだ。
 ツッコんだりノってみたりとお笑い的な返しもあるが、笑いをとるためではなく普通に、円滑に、言ってきた相手と気分良く会話が弾む正しい返しはなんなんだろうとも思った。
 塩屋さんに長年勤務していて築地のお客さんたちにも顔が広い足立さんと一緒に店番をしていた時
「おはよー‼︎」
 悩みの種が元気にやってきた。これは勉強のチャンス。多くの市場の方々にも好かれる話術を持っている足立さんがどう対応しているのか、僕は聞き逃すまいと集中した。
 悩種「おっ‼ 足立くん!」
 足立「お疲れ様ですー、なんでしょう」
 悩種「支払い‼」
 足立「はいはい、ちょっと待ってくださいねー。っと……一六八〇円です」
 悩種「はい! じゃ、二〇〇〇万円!!!」
 足立「あはは……またまた〜」
 またまた〜って言った。足立さんでも困り丸出しトーンでまたまた〜って言ってた。
 悩種「ありがとねー‼︎」
「ありがとうございましたー‼︎」
 お客さんを送り出したあと、足立さんちょっと元気なくなってた。足立さんが奢ってくれた温かいコーヒーを飲みながら二人でゆっくり話し合った。
 築地の人たちはみんな働く姿がカッコよかった。たくさんの人情に触れ、人としても育てられ、お笑い芸人としても何度も背中を押してもらった。築地の人たちの応援という手の平の温もりは、今もまだ背中に残っている。

 市場の豊洲への移転に伴い、その場所は今は無くなってしまった。けれどまた何か悩むことがあったらあそこへ戻り、仲間たちに相談したい。仕事や家族の悩みとか、エアコンから出る風が臭いとか、冷たいもの食べると歯が痛いとか……。



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