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連載

深沢潮「翡翠色の海へうたう」 vol.20

【連載小説】戦争はもう終わったのだろうか。敵の手により傷を癒されたわたしは――。深沢潮「翡翠色の海へうたう」#6-2

深沢潮「翡翠色の海へうたう」

※本記事は連載小説です。

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 キンジョーが持ってきてくれたのは、白い粘液状の甘い食べ物だった。口を大きくあけられず、しやくがうまくいかないわたしにも、やわらかくて難なく食べられた。
 わたしが寝かされていたのは病院として充てられたテントだった。キンジョーは、つきっきりで看病してくれた。夜もわたしの寝台のすぐ横で、地面にそのまま寝ていた。わたしたちは、炊いた米や粉状の卵、缶詰の肉を食べた。それらはまずまずの味で、わたしは、缶詰の肉がとくに好きだった。塩味が濃くて、あとを引く。
 彼らは敵なのに、傷を治療してくれたり、食べ物を配給してくれたりするのが、わたしには不思議だった。兵隊から聞いていた話とあまりにも食い違う。
 戦争はもう終わったのだろうか。
 問いたいが、声が出ず、言葉を発せないので、どうしようもない。
 三日ほどして発熱も落ち着き、手を借りて起き上がったり、すこしばかり歩いたりするようになると、わたしはここを出て行かなくてはならなくなった。病人があまりにも多くて、よほどの重病でもない限り、病院からはすぐに出されるのだ。
 土砂降りの雨の中、病院の外に出ると、足元はべちゃべちゃにぬかるんで歩きにくかった。それでもキンジョーに支えられながら、もらった敵の軍服のうわを傘にして、どうにか歩を進めたが、目的の場所はずいぶん遠かった。雨はよこなぐりで、包帯も服もずぶ濡れになる。これからもこの距離を歩いて病院までやけどの治療に行かなくてはならないと思うと、うんざりする。
 収容所は、有刺鉄線に囲まれていた。そして、広い敷地内には、廃材で作った即席の掘立小屋や、急ごしらえのテントが混在している。
 たどり着いた掘立小屋には、何世帯もの家族がぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「昨日も一昨日おとといも、たくさんの人間があらたに収容されて来たさ。どこも人がいっぱいで岩陰で暮らしている人もいる。ここに入れてよかった」
 キンジョーは、わたしが横になれる場所を確保してくれたが、小屋の中は蒸し暑く、ひとびとの体臭が強烈に漂っていた。戦場を逃げまどうなか、腐臭や死臭を含むこうした悪臭は日常的だったが、それらに慣れるということは決してない。不潔で騒がしくもあり、病院のテントに戻りたくなる。
 もちろん、ここにいるひとびと同様、わたしもキンジョーも、ガマにいたときのかつこうのままで、清潔とは程遠かった。わたしはやけどにガーゼを当て、包帯を巻いた上に、ところどころ焼け焦げたかすりがらの着物を羽織っている。実は医者が、自分たちの軍服を持ってきて着替えるように促したが、わたしはそれをかたくなに拒んだのだった。
「アメリカーのを着たくないのもしょうがないね。そりゃあそうだろうね」
 キンジョーが、わたしの代わりに受け取っていた。さっき傘にしたのはその軍服だ。
 自分を犯した男が着ていたものと同じものを身に着けるなんてまっぴらだった。豚小屋では友軍の兵隊のズボンを仕方なく穿いたが、あのときはそうするしかなかったのだ。けれどものちに、どこからかだれかのモンペをキンジョーが持ってきてくれて、わたしは兵隊のズボンを捨てた。
 わたしは、男たちの衣服を身に着けたくなかっただけではなく、キクさんの着物をどうしても手放したくなかった。
 キクさんは、どうしているのだろう。
 着物を貸してくれたときの、キクさんの笑顔が思い出される。
 あの小さな島は無事だろうか。
 翡翠色の海は、いまも静かに波打っているのだろうか。
「さあ、ここに座りなさい」
 キンジョーの声で現実に引き戻された。彼は、敵の軍服を広げていた。
「ほんとうなら、濡れた服を着替えたほうがいいが、まあ、いい。アメリカーの服は、尻に敷けばいいさ」
 わたしは、広げられた軍服の上衣にこしかけたが、濡れていて、あまり座り心地はよくない。
「ここにいれば雨はしのげるし、配給の食べ物がもらえる。なにより、もう逃げ回る必要がない。弾に当たる心配もないさ。それに、出身の地域ごとに暮らしているから、知った顔が多くて安心だ。生き残っていてくれたものたちがいて、よかったさ……」
 キンジョーは話し続ける。だがわたしは、こちらを見つめる女性の視線を感じて落ち着かず、上の空になった。
 顔に包帯を巻いているから、気味悪がられているのだろうか。
 いや、そんなことはないだろう。けがをしているのは、わたしだけではない。テントの中には、掌がない人や、片目がつぶれている人だっている。けがをしていなくても、瘦せこけていたり、ぼろぼろの衣服を身にまとっていたり、裸同然の子どももいる。みんなみすぼらしい恰好で、痛々しい様子だ。顔の包帯なんて、たいして珍しくもない。
 それなのになぜ、あの女性は、わたしをじろじろと見るのだろう。
 集落の人間じゃないと気づかれているのか。
 まさか、半島の人間だと疑われているのか。
 わたしは、彼女のまなざしを避け、うつむいた。
「ヨシモリさん」
 顔をあげると、さっきからわたしを凝視していた女性が、キンジョーに話しかけていた。ふたりは、よく知っている仲のようで年齢も同じくらいに見える。そして、わたしは、キンジョーの名前がヨシモリだと知る。
「ツルコさん、生きとったかね。家族はみんな無事かね」
 ツルコは、頭を振った。
「わたしだけ、逃げるときに転んだから、かえって助かったさ。みんな、弾が当たってやられたね。勤皇隊に行ったエイキは、どうなったかわからんね」
「そうか、それは……つらかったね」
「ヨシモリさんとこは?」
 そう言って、ツルコはわたしの方を見る。
「生き残ったのは、シズコと私だけだ。ほかの家族は、ガマのなかで死んだよ。シズコは見た通り、やけどした」
 キンジョーはそこでため息を吐いた。
「そう。たいへんだったね。シズコちゃんもねー」
 ツルコは返事を待っているのか、しばらく黙ってわたしを見おろしていた。
 心臓がばくばくと騒ぎ立てるが、動揺を悟られないように視線を受け止めたままでいた。そうしながら小さく息を整え、心を落ち着かせるよう努めた。
「シズコは、口がきけなくなってしまったのさ」
 キンジョーが言うと、ツルコは、「そりゃかわいそうにね」と、丸っこい顔をくしゃっとして大きな目を細めた。
「そうだ」
 ツルコは、キンジョーの方に顔を向けた。わたしは、彼女の視線からやっと逃れられて、あんする。シズコだと思ってくれたようだ。
「夜は絶対にシズコちゃんをテントの外に出さないように。便所にも行かせたらいかん」
 険しい顔になっている。
「便所にも? どうしてさ?」
「女がアメリカーにやられるからさ」
 その言葉に、鎮まりかけたわたしの心臓が、ふたたび早鐘を打つ。
「ここで、そんなことが」
 キンジョーも驚いて、声が大きくなっていた。
「それで、交代で見張りに立っているのさ。だけど、なにしろ、男が足りないからね。いても、おじいだからね」
「そうか、じゃあ、私も手伝わなければいかんね。女たちを守らなければいかんね」
「そうしてくれると助かるね。あっちにシマブクロさんがいるから、ちょっと行って挨拶したらいいさ。区長になっているからね。わたしが連れて行こうね」
 キンジョーは「そうね。行こうかね」と答えると、わたしに向かって、「シズコ、ちょっと行ってくるから、横になっていなさい」と言った。そしてツルコとふたりで小屋を去った。
 わたしは絶望で胸が張り裂けそうだった。
 ここでもまた、慰みものにされるのか。
 せっかく友軍のくびきから逃れたのに。
 傷を診てくれた医者がいい人だったから、油断していた。やはり、敵の男どもは、悪魔なのか。
 いや、そうとも言い切れない。いい人もいれば、ひどいやからもいる。それは友軍も同じだ。わたしのからだをさんざん痛めつけた男もいれば、なにもせずに話だけして、乾パンをくれた男もいた。
 しかし、いくらいい人間がいたって、わたしがそれで救われたわけではなかった。その一瞬だけはありがたかったが、ほかの男から守ってくれるわけではなかった。わたしがつねに、男の餌食にされてきたことにかわりはない。
 この収容所では、島の女たちが、わたしみたいに、穴にさせられ、傷つけられている。
 だが、わたしたち半島の女と違うのは、少なくとも彼女たちには、守ってくれようとする島の男たちがいることだ。わたしたちには、そんな存在はなかった。
 なぜ半島の女というだけで、軽んじられてしまうのだろうか。だまされて連れてこられなければならなかったのだろうか。島の女とわたし、どこがどう違うのか。おなじ人間ではないか。
 万が一、わたしが、キンジョーの娘のシズコではなく、半島の女だとわかってしまったら、島の男たちはそれでもわたしを守ってくれるのだろうか。態度が一変して、むしろ島の女たちのために、この身を差し出すように強いられるのではないか。大陸でも、小さな島でも、この島でも、わたしたちは、ほかの女たちの貞操のため、いけにえにされてきた。収容所でだって、同じことが起きるのではないか。
 これまでは、半島に生まれ落ちたばっかりにこんなことになったのだ、わたしたちの国は弱いから支配されたのだ、仕方ない、これは運命だ、と諦めてきた。そうでなければ、地獄のような日々を生きてこられなかった。理不尽さを、悔しさを、感じ続けていたら、命を絶つしか道はなかっただろう。そして実際に、みずから死んでいった仲間を少なからず見てきた。
 ふりかえってみると、わたしが心を殺してからだを生かしてきたのは、たぶん、戦争に勝ったら自由になれるかもしれないという、かすかな望みを持っていたからだ。汚されたからだで故郷に戻ることはできなくとも、男たちからは解放されると思いこんでいた。故郷でなくともいいから、半島のどこか片隅でひっそりと、ひとりで生きていこうと考えていた。それがかなわないのなら、せめてあの小さな島で、翡翠色の海を見ながら暮らしたかった。
 だが、いまは、戦争に勝つことは決してないだろうと、わたしでも理解できる。それどころか、とっくに負けているのかもしれない。そして、友軍の兵隊に代わって、屈強な敵の男たちの魔の手が、あらたにわたしのすぐそばに迫っている。
 わたしは、キンジョーからまっとうな人間として扱われ、守られているうちに、もう二度と欲望のはけ口とされるのは耐えられない、と思うようになった。だれかの犠牲にもなりたくなかった。
 娘と偽れるうちは、キンジョーはこれからもわたしを守ってくれるだろう。だが、もしわたしが半島の女だと周囲に知られたら、はたして彼は皆の前で堂々としてくれるだろうか。
 戦場では、わたしがどう見られようと、見知らぬひとびとのあいだを一緒に逃げてくれたキンジョーだが、よく知った、集落の人たちがいるここでは、事情が違うのではないだろうか。
 もしかして、わたしは、捨てられるのではないだろうか。別の収容所に送られてしまうのではないだろうか。
 そう思うと、恐ろしくてたまらなかった。ここでこんなことになっているなら、別の収容所で半島の女たちが敵の男からひどい目にあっているのは、想像にかたくない。
 いやだ。ぜったいに、その収容所に行きたくない。
 ふたたび、穴にされたくない。ふつうの人間として生きていきたい。
 わたしは、なにがなんでも、半島の女だと気付かれてはならない。このまま、大切な女として、島の男たちに、キンジョーに、守られていたい。
 着物から出ている手足を隠し、背中を丸めて両脚を両腕で抱え、縮こまる。
 わたしは、シズコ。わたしは、シズコ。わたしは、シズコ。わたしは、シズコ。わたしは、シズコ……。
 刷り込むように心の中で必死に唱えた。

 その日の夜、キンジョーはさっそく見張りに立つため小屋の外に行き、わたしはひとりでからだを横たえていた。ひとりとはいえ、隣とは息遣いが聞こえるほどの距離しか離れていない。横では老女が五、六歳ぐらいの女の子を抱えている。ふたりはこの状況に慣れているのか、それとも事情をよくわかっていないのか、すやすやと寝息をたてて深く眠っていた。
 気持ちが張り詰め、眠気がまったくやってこない。敷いた軍服の上衣も、自分の服や包帯も、湿っていて気になる。戦場をキンジョーと逃げ回っているときには、ガマのごつごつとした岩肌ででも、湿った地面ででも、つかの間の眠りをむさぼれた。あれはきっと、彼が傍らにいてくれたからだ。
 やけどの痛みもじんわりと襲ってきて、すっかりえてしまった。わたしは眠るのをあきらめて、仰向けから半身を起こす。ふきさらしの小屋の外は、雨があがっていた。あかりを携えて見張る人もいて、様子がうっすらと見える。いくつかの黒い影が、棒のようなものを持って、まばらに立っている。
 がんっ、がんっ、がんっ
 がんっ、がんっ、がんっ
 がんっ、がんっ、がんっ
 突然、金属をたたくような音が、くりかえされた。頭の芯まで響くほど、強い音だ。
 わたしは驚いて立ち上がった。隣に眠っていた女の子が飛び起きて泣き出し、老女がなだめている。小屋の中で、女たちが肩を寄せ合っている。わたしはわけがわからずうろたえ、両手で耳の穴をふさいだ。
「シズコちゃん、だいじょうぶだからね」
 ツルコがわたしのそばにきて、やさしく肩を抱く。彼女の掌のぬくもりを感じていると、久しく忘れていた母の顔が浮かんできた。疲れ切った表情でわたしの掌を握っていた母と別れて四年近くがっている。
 がんっ、がんっ、がんっ
 がんっ、がんっ、がんっ
 がんっ、がんっ、がんっ
 音は鳴り続け、母の面影は、頭のなかから消えていく。
 目を凝らして見ると、男たちが、ドラム缶を棒で叩いていた。

 収容所には、病院のほかに警察署や軍事務所、配給所、孤児院、養老院があるとキンジョーから聞いた。そしてここに毎日人が大量に送り込まれてきて、収容者がふくれあがっていた。それに連れてますます衛生状態は悪くなっていき、便所とされた場所などは目も当てられないほどで、そのうちひとびとは、好き勝手にそこらじゅうではいせつをするようになった。糞尿を避けて歩くのがたいへんなほどだ。
 わたしのやけどは、不衛生からか、うみが出て乾かず、なかなか治らなかった。戦場での傷を悪化させるものも多数いて、毎日のように死体が運ばれていき、埋葬されていく。さらに、水不足でろくに洗えず、シラミでからだじゅうがかゆく、ちょっと油断するときむしってしまう。小屋のひとびともみな、同じように、気づくとからだを搔いている。
 また、収容所内ではマラリアにかかるものが後を絶たない。いまは元気でも、いつか自分もマラリアにかかるかもしれないという不安がつきまとう。
 そんななか、すっかりわたしをシズコだと信じ込んだまわりのひとびとが、顔から首まで包帯を巻いて口もきけないことをびんがって、わたしを優しく扱ってくれる。とくにツルコはなにかと世話をやいてくれた。そういう態度に接すると、わたしの心は、ほんのすこしだけ上向く。明日も生きていようと思う。
 しかしながら、けたたましくドラム缶を叩く音は、深夜に頻繁に鳴り響き、安心して睡眠をとることはかなわなかった。女を襲いに来た敵を追い払うために、見張りの男たちが騒音を起こしているのだ。ほかの集落の人たちが住む場所でも自衛は行われ、ドラム缶だけでなく、鍋やヘルメット、ありとあらゆるものを叩く音が、毎晩のように収容所のどこかで響く。それでも、家族や知人の目の前で犯されたり、連れていかれることが相次ぎ、みなおびえて夜を過ごしている。えもいわれぬ絶望の色がひとびとの顔に滲み出る。圧倒的な暴力の前に男は女を守り切ることができなかった。
 そうして時間は過ぎていき、わたしがここに来て二週間もすると、食糧事情の悪化から、動ける女たちが芋ほりに出るようになった。すると、こんどは彼女たちが作業中に敵の男に襲われるようになる。監視のため付き添った島の男と、女を狙ってきた敵の男が撃ち合いになり、監視の男が死ぬような事件まで起きた。
 見上げると、開けた空が広がり、そこには太陽がさんさんと輝き、くっきりとした厚い夏の雲が浮かんでいる。戦闘機がやってくることもなく、弾が飛び交うこともない、平和な空が収容所を覆っている。しかし、その下では、女たちが昼に夜に、りようじよくされる脅威にさらされていた。
 島の女もわたしも、だれであろうと、どこに行っても、女である限り、平和は訪れないのだろうか。
 わたしは、女に生まれたことが悔しくてたまらない。

 長かった雨の季節が終わり、しやくねつの太陽が顔を出すようになったころ、わたしとキンジョーは、集落のひとびととともに収容所を移された。
 こんどの収容所は、それまでいたところよりも広かった。けれども掘立小屋やテントなどがずらっとたちならぶ様子は似たり寄ったりだ。およそ雨風さえもしのげないような、木片に枝でできた住み処もある。それらはやはり集落ごとに区分けされていて、わたしたちはまた掘立小屋でいくつかの世帯と雑居した。いまにも崩れそうなほど粗末な掘立小屋は密集しており、まわりに張られたロープや有刺鉄線に衣類が干され、裸同然の子どもたちがうろうろしている。
 狭くて不衛生なだけでなく、夜に敵の男が女を目当てにやって来るのも、前の収容所と変わらなかった。それだけでなく、友軍の敗残兵が食糧や生活品を盗みに来ることもあったので、男たちが交代でしように立つことは続いた。夜に打ち鳴らされる音が途切れることはない。
 わたしは、いっこうにしゃべることができないが、それはかえってわが身を救ってくれた。疑われずに、シズコとしてすっかり集落のひとびとに溶け込んでいる。こうなると、顔のやけどがよくなって包帯をとったらどうなるかが心配だった。したがって病院へ治療に通うことはしなかった。できることなら、ずっと治らずに包帯を巻いていたいくらいだ。キンジョーは病院に行くようにわたしをたびたび促したが、強制はしなかった。
 そのうちやけどはじくじくとしてのうし、痛みがぶり返してきた。からだも熱っぽい。それでもわたしは我慢した。こんなことになるなら、コジマのいたガマの病棟に、ひまし油を残してこなければよかった。あれがあれば、自分で少しはやけどの手当もできたのではないだろうか。やがて、からだから生臭い匂いが漂い、ひとびとがわたしを避けるようになった。だが、ツルコだけは変わらず親切にしてくれる。
 到着後すぐに配給された食糧は、米、豆、砂糖、油、塩、缶詰が四日分程度で、それらはすぐになくなった。食糧事情はかなり悪く、使役作業班に入れば一食分の配給券がもらえたので、キンジョーはそこに入り、できるだけ働いた。
 だが、食糧はとうてい足りず、いつも空腹でひもじかった。わたしは少しでも足しになるようにと、収容所の敷地内で雑草を探したが、すでにひとびとが採りつくしていた。だから監視の目を盗んではツルコと一緒に有刺鉄線を越えて集めに行った海岸で海草や藻をとってくることもあった。草はほとんど知らない種類ばかりだったが、ツルコに倣って採った。そんなときは、小さな島で女たちとタンディ野蒜を探したことが思い出され、彼女らが恋しくて寂しくてたまらない気持ちになった。
 その日は、ツルコの姿が朝から見えず、ひとりで野草を採りに行った。食糧が枯渇していて、なんでもいいから口にすることができるものが欲しかったし、もう慣れてきたので、ひとりでも大丈夫だと思ったのだ。
 わたしは小さな島での思い出に浸りながら、食べられそうな草を物色した。見つけたのは採ったことのない野草だったが、たくさん生えていたので、すこしでも腹が満たせればとせっせと集めた。タンディがあればよかったが、そもそも季節外れだった。
 収穫した雑草を、タンディのようにえて、夕食として食べた。ちょっとあくが強かったが、それほど抵抗はなかった。キンジョーは一口だけ味見したが、顔をしかめ、それ以上食べなかった。
「シズコ、これは食べない方がいいんじゃないか」
 そう言われたが、もったいないので、キンジョーが残した分もぜんぶたいらげた。
 食事のあと半時もせずにむかつきを覚え、わたしは激しく幾度もおうした。脂汗が出て、からだが冷えるような感覚になり、震えが起こる。キンジョーは、うろたえたが、すぐに苦しんでいるわたしを背負って病院のテントに連れて行った。
 この病院では、敵の医師にまじって、医師や看護婦として島の人たちも働いており、幸いわたしを診てくれた中年の医師と若い看護婦は、島の人だった。
 わたしの胃の中は、吐ききってからっぽになっており、えずきも収まっていた。そのため医師は、やけどの方を丁寧に診てくれた。
 看護婦が頭と顔、首に巻かれた汚い包帯をほどき、膿が染み出たガーゼをはがすと、医師は深刻な表情になり、これはひどいね、とつぶやいた。
「ばい菌が入ってしまったね。よくなるまで、しばらくこのテントにとどまって治療しないといかんね。熱もあるし、このままじゃ、たいへんなことになるさ」
「はい、そうさせます、ここにいさせます。どうか治してやってください」
 キンジョーが頭を下げる。
「しかし、つらかっただろうね。こんなになるまで我慢して。さあ、からだの方も診てみよう」
 そう言うと医師は看護婦に、わたしの着物を脱がすように指示した。すると、キンジョーが慌ててその場からいなくなった。
 看護婦は、からだの包帯を取り除くと、「ずいぶん色が白い……」とつぶやいたので、どきりとしたが、それ以上は何も言わなかった。
 消毒後、化膿したやけどになんこうを塗ってもらい、ガーゼと包帯を清潔なものに替えてもらった。加えて注射までうたれたわたしは、しだいにうとうとしてきて、やがて眠りに落ちていった。

#6-3へつづく
◎第6回の全文は「カドブンノベル」2020年12月号でお楽しみいただけます。


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