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連載

深沢潮「翡翠色の海へうたう」 vol.2

【連載小説】作家志望の私は、勝負作の取材のために沖縄へ飛ぶ。 深沢潮「翡翠色の海へうたう」#1-2

深沢潮「翡翠色の海へうたう」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

 その後移動してもうひとつの野戦病院だったガマにも入った。
 この島には、大小、数えきれないほどの自然のガマや人工的な壕、自然のガマに手を入れた壕があり、それらは、たいがい戦争のつめあとでもある。
 野戦病院、壕からの追い出し、集団死、馬乗り攻撃。
 松田さんの口から出てくる単語のひとつひとつが、紡ぐエピソードが重い。ガマや壕は悲惨なことが起きた場所である一方、命が救われた場所でもあることがせめてもの救いだ。
 それからに戻った。
 松田さんは、穏やかな笑みをたたえて運転しながら、ガマで学徒隊として傷病兵の看護をしていた語り部の女性について話し始めた。彼女は「どうして自分だけ生き残ってしまったのか」という罪悪感でかたく口を閉ざしていたが、語り継ぐ使命を感じて語り部になったという。そして、松田さんはその女性から勧められて、戦跡のガイドになり、遺骨収集にも携わっているそうだ。ガマや壕からは、いまでも遺骨が見つかるという。静かな語り口ではあるが、松田さんからは、伝えたい、という強い情熱が伝わってくる。話し終えると、島唄を流してくれた。
 現場に足を踏み入れ、そこで起きたことを聞くのは、資料や文献を頼りに想像するのとは大違いだった。
 受け取る情報量の多さに、そしてその中身ひとつひとつの重厚さに、すでに頭がぱんぱんだった。これらは、あとですべてきちんとメモをしておこう。
 それにしても、なんて、充実した取材だろう。
 密度の濃い時間を過ごしているからか、この島に来て半日足らずなのに、まるで数日過ぎたかのようだ。いよいよ取材だと意気込んでなりから格安航空に乗ったのが今朝のこととは思えない。
 私は窓の外を見やり、大人の背丈ほどあるさとうきびの畑が一面に続く景色を眺めながら、飛行機に乗ったときのことを思い返した。
 機内は八月最後の週末とあって、親子連れやカップル、女性のグループなど、観光客でほぼ占められ、楽しそうな会話が行き交う、明るい雰囲気だった。私は彼らのものとは別の興奮を胸に、タブレットで作りかけのプロットを読み返し、取材の行程を確認した。
 長編新人賞の最終選考に残ったが、受賞しなかった。だから次回に懸けている。その前は二次選考通過だったから、三度目の正直だ。
 どうしても小説家になりたい。絶対に受賞してデビューしなければ。
 いまひとつえない、の私の人生も、小説家になれば特別なものに変わるはずだ。もう婚活だってしなくてすむかもしれない。見返したい人たちもたくさんいる。
 前回の作品は、自分と等身大の女性の生きづらさや結婚への葛藤、親との確執などを描いたが、「うまいけれどエピソードがありきたり」「テーマが弱い」と講評された。だから今度は、選考委員をあっと言わせるようなものを書きたい。あともう一歩なのだから、きっと、題材しだいだ。
 抜きんでた題材を探さなければと焦るものの、簡単には見つからなかった。もんもんとしていたある日、スマートフォンをなにげなくいじっていると、K-popアイドルのインスタグラム投稿が目に留まった。二年間付き合った恋人と別れたあと、私を癒してくれたボーイズグループの推しメンバーだ。
 いつも以上に反応が大きく、ハングルや英語、日本語などのコメントが五千を超えてついていた。画像は、どうということはないトレーナーを着ているだけなのになぜなのかと、日本語のコメントをいくつか読んでみる。
「嫌いになったかも」
「このブランド着るの、やめてほしい」
「日本にけん売ってる?」というコメントが目をひく。
「私もこのトレーナー買おうかな」といった好意的なものもある。
 私は、すぐさま友人のかおるにメッセージを送った。彼女がコンサートに誘ってくれたことで、ボーイズグループにはまるようになった。推しメンバーも同じで、薫とはしょっちゅうLINEで会話を交わしている。
〔チャンソクのインスタ見たんだけど〕
〔あのトレーナーのブランドになにか問題あるの?〕
 すぐに返信が来た。
〈バズってるよね〉
〈これ読んでみて〉
 URLが張り付けてあり、私はそれを開いた。
 チャンソクが着ていたトレーナーを販売するブランドのサイトだった。ここの商品はすべて、日本軍慰安婦被害者のおばあさんたちがデザインしているという。そして売り上げの一部は、元慰安婦の女性たちや虐待被害に苦しむ子どもたちの支援に使われるそうだ。
 慰安婦については、あまり詳しくないが、韓国との外交問題になっているということぐらいはニュースを通じて知っていた。けれども、大好きなチャンソクが、こういうブランドを着るのは、私もちょっとひっかかった。
〔読んだ〕
〔なんか、がっかりするというか〕
〈なんでがっかりするの?〉
〔こういうの、着るんだって思って〕
〔政治的っていうか、そういうの苦手だから〕
〈政治的っていうよりか、人権意識が高いんだよ〉
〔人権意識か。立派なんだね〕
 いまひとつ、私には距離を感じる言葉だった。
〈かっこいいと思うけどな〉
〈チャンソクは前からわりとこんな感じ〉
〈性暴力を許さない、とか、被害者への敬意を持とう、って、言ってたし〉
〈寄付とかもしているよ〉
〈フェミにも理解あるんだよね〉
〈これ、韓国ではフェミの問題でもあるんだって〉
〈私、チャンソクを通じて、そういうこと知るようになった〉
〈というか考えるようになった〉
〔そうなんだ〕
〔教えてくれてありがとう〕
 続けて適当なスタンプを選んで送る。薫からもスタンプが返ってくる。
 そこでLINEのやり取りは途切れた。
 私は、ふたたびブランドのサイトを開いてよく読み、そのあとブランド名の検索もしてみた。
 するとそのブランドは慰安婦だったおばあさんたちの支援だけでなく、性差別、性暴力に向き合おうというコンセプトを持っていることがわかった。
 そういえばこのところSNSではme tooの投稿をよく目にするし、ニュースや記事では、性差別や性暴力に関連するものが多い。
 今度は、慰安婦、という単語を検索する。多く出てくるのは、韓国、戦争、軍隊、賠償といったキーワードだ。売春婦、ねつぞう、少女像などといった言葉も見られ、とにかく情報量が膨大だ。
 気づくとその日はインターネットの記事を読み漁り、一睡もせずに朝を迎えていた。
 調べているうちに、沖縄に慰安所があったこと、目撃証言も少なくないことがわかってきた。
 太平洋戦争中に地上戦の舞台となった沖縄。
 そしてそこにいた、気の毒な女性たち。
 まるで、クイズに正解したかのように、頭のなかで大きく鐘が鳴った。
 見つけた。これだ。
 この題材は、わたしの人生を変えてくれるかもしれない。おばあさんたちだってどんな被害にあったか伝えたいに違いない。戦争の愚かさ、沖縄戦の悲惨さも伝えられる。
 書こう。書くしかない。書くべき物語だ。
 ただちに沖縄戦と慰安婦の関連書籍をAmazonで取り寄せる。慰安婦を描いた小説はそれほど多くなかった。題材にしにくいものなのだろうか。ということは、かえって挑みがいがあるのではないだろうか。
 勢いのまま、さっそく沖縄へ、飛んだ。

 タブレットを手荷物のトートバッグにしまい、シートにからだを預けた。まぶたに親指と人差し指をあてて強く押さえ、そのまま目を閉じる。寝不足が続いたからか、すぐに眠りに落ちていった。
 飛行機が着陸体勢に入り、傾けていたシートを元に戻すよう客室乗務員に言われて目覚めた。
 窓の外に目をやると、眼下に美しい景色が広がっている。想像していた通りの沖縄の海だ。エメラルドグリーンの浅瀬に、白くまぶしい砂浜。その美しさにしばらく目を奪われた。取材でなければビーチで泳ぎたいくらいだ。いや、もしかしたら、すこしくらい余裕があるかもしれない。水着とビーチサンダルは、現地調達すればいい。そのためにも、取材を頑張ろうと思った。
 那覇空港に到着し、ゲートを出ると、松田さんが笑顔で迎えてくれた。外の気温はかなり高く、私はカーディガンを脱ぐ。遠慮なく降り注ぐ陽光に目を細め、サングラスを取り出してかける。駐車場までスーツケースをひいて歩き、松田さんの白いバンに乗った。
 だが、空港の敷地から出た途端、窓の外の景色から目が離せなくなる。
 フェンス、フェンス、フェンス。
 基地があることはもちろん知っていたが、こんなに身近だとは思いもよらなかった。修学旅行で来たときは、気づきもしなかった。なにせ、一番思い出に残っているのは、ちゆうみ水族館のイルカショーだ。
「基地に驚きましたか? 私たちうちなんちゅにとって、戦争はまだ終わっていないんですよ」
 松田さんの言葉が耳に残る。

「はい、着きましたよ」
 今朝からの出来事を思い出しているうちにまた居眠りしていたようで、松田さんの声で起きた。
 車を降りると、夕方ながら日はまだ高い。ここは東京よりもずっと西にあるのだな、と実感する。とはいえ日差しはやわらぎ、風が吹き、昼間よりは涼しくて過ごしやすい。
 高い石垣を仰ぎながらしゆ城へ続く道をしばらく歩き、道をそれて階段を下りると、ひっそりと壕の入り口がある。首里城へ足を運ぶ観光客は多いのに、ここは訪れる人の気配がほとんどない。
 首里城下一帯に、かつて沖縄戦を指揮した第三十二軍司令部壕があった。
 軍みずからが壕を爆破したため、六ケ所あった入り口はひとつをのぞいてすべて失われている。残った入り口は、現在、金網でふさがれていて入れない。入り口を固めるコンクリートは割れ目から雑草が伸びるままで、周囲の木々から伸びた枝が何本もからみついていた。地面には枯草が積もっている。あたりは生い茂る葉に包まれて暗く、不気味な静けさが覆っている。
 すこし離れたところに、第三十二軍司令壕について記した説明板がある。壕内平面図も書かれている。
 千数百メートルにおよぶ壕内の第一坑道から第三坑道は、司令室、食糧庫、情報伝達や医療にかかわる部屋、参謀室、作戦室、第二十四師団の司令部などに分かれている。そしてそれらの部屋から遠く隔たった第五坑道に海軍基地隊司令官室がぽつんとあり、そのまた先、奥の一番地下深い場所に孤立して、「女性たちの部屋」と書かれた場所があった。
 女性たちの部屋。
 私は、その言葉をはんすうする。
 なんてかわいそうな境遇だったのだろうか。
 こんな穴の中に、閉じ込められていたなんて。

#1-3へつづく
◎第1回の全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます。


「カドブンノベル」2020年1月号

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