menu
menu

連載

深沢潮「翡翠色の海へうたう」 vol.3

【連載小説】暗い穴の中、わたしは、ただ、穴に、される。 深沢潮「翡翠色の海へうたう」#1-3

深沢潮「翡翠色の海へうたう」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

 わたしは、ただただ、穴、に、される。
 部屋に入るなり、はきふるしたふんどし一枚になった男は、投げつけるように軍票を寄こすと、ふんどしをほどいた。サックをもどかしそうにつけるやいなや、腕を押さえておおいかぶさってくる。わたしは脚を開き、男の身の重さに耐えながら、ひたすらやり過ごす。
 まもなく果てた男は、わたしからからだを離し、サックをそのへんに捨て置き、身支度を始める。
「おいっ、手伝え」
 わたしは男の足にゲートルを巻くが、腕がしびれて手際が悪くなる。すると男はいらついて、ちっ、ちっと舌打ちをしたかと思うと、平手でわたしのほほを殴った。
めんなさいっ」
 唇の端ににじむ血をめながら、ゲートルを巻き終える。すると男は、わたしの顔を蹴ってから部屋を出て行った。
 すぐさま金だらいの消毒液に浸したガーゼを軽くしぼり、股のあいだをぬぐう。
 ドンドンドン。
 待ちきれずに次の男が壁をたたく音がうるさい。
 薄桃色の消毒液は冷たく、ただれた粘膜にしみる。ひりつく痛みに息をむ。
「おいっ、早くしろ」
 かす声に振り向くと、男がすでに部屋にいて、腰ひもを緩めていた。
 押し倒すように抱きつき、そのまま入れようとする。
「サック。サック。突撃一番」
 もがいてあらがい、わめいたが、男はわたしの脚をつかんで開き、突っ込んでくる。わたしは男の腹を蹴り上げる。男はげきこうし、軍刀を抜いた。
「きまり、病気だめ。きまり」
 知りうる限りのことばを発したが、男は充血した目でわたしをにらみ、刃先をこめかみに当ててくる。
 声も出せずに震えていると、男はサックをつけずに強引に入れてきた。そして軍刀を床に突き立て、荒い息を繰り返す。口臭がきつく、できるだけ顔をそむけた。
 やがて尽きた男は軍刀を抜いた。わたしは床にあいた穴をぼうぜんと見つめ、それから男に視線をやった。
「なんだ、その目はっ」
 男はかくするように怒鳴るとわたしの髪を引っ張り、頭を床に叩きつけた。目がまわり、意識がもうろうとする。
 しばらくして気が付くと、別の男がわたしにのしかかって、せわしく動いていた。
 からだじゅうに穴があいていく。心に。目に。頭に。
 穴には底がない。受け止めることなどせずに、放り込まれたものを垂れ流し、いくつもいくつもこなしていくだけだ。
 それにしても男はなかなか達しない。真っ赤な顔で同じ動作を繰り返している。男の首元をぼんやりと眺めながら、フミコのことを思い出す。
 フミコは腹が出てきても相手をさせられ、七カ月の水子をみずからの手で産み出し、裏の草むらに埋めた。それからうわごとを言って裸で歩き回り、ここを管理する、、に殴られた。それでも、翌日また裸で歩き回り、おかあさんに殴られる。
 歩き回る、殴られる、をさらにくりかえしたところでとうとう熱を出して倒れ、どこかに連れて行かれ、二度と戻ってこなかった。
 あれは、半月前ぐらいの出来事だっただろうか。もっとっているかもしれない。日にちの感覚があやふやになってきた。兵隊の多い日が土曜や日曜だということぐらいしか、はっきりとわからない。時間の感覚だってなくなっている。将校が来てやっと夕方になったと気づく始末だ。
 突然、軍部隊の前線に出されるのは、数日だったり一週間だったりするが、それとて数えることはしなくなっていた。
 日にちを数えるのは、未来に期待できるひとだけだ。わたしが日にちを数えたって、なんの意味もない。あしたもあさってもただ穴にされるだけなのに。
 前線では、間仕切りしたテントのなかで、ひっきりなしに股を開いた。いつでも逃げられるように靴を履いたまま、掘った狭い壕に毛布やむしろを敷いてあおけになった。穴のなかで穴にされる、それが続く。冬は寒いどころではない。鳥肌がたち、むきだしの皮膚がぴりぴり痛み、しまいには感覚がするほど手足がかじかむ。銃弾が飛び交う真横でさせられたこともある。
 部隊の駐屯するここでも、作戦前には土曜や日曜にかかわらず、朝から晩まで兵隊が押し寄せる。もうすぐ死ぬかもしれないときに、男は穴に入れなければ気が済まないらしい。たとえ月のもので出血していても、脱脂綿を詰めてやらされる。
 きょうはすでに二十人を超えているが、はて、さっき軍刀を振り回した男は、軍票を置いていっただろうか。男たちの顔などひとつも覚えていないので、あきらめるしかない。強烈な体臭や口臭だけがいやおうなくよみがえるだけだ。
 軍票を集めた箱に視線をやると、わたしの上ではあはあと騒がしくしていた男が、うっ、と動きを止めた。この男は体臭も口臭もひときわひどい。
 静かになると、板切れ一枚の壁を隔てた隣の部屋から、ウメコのすすりなく声が聞こえてくる。ウメコは昨日来たばかりで、まだ数えで十五歳。わたしより五歳も下だ。
 男が出て行ったあと、サックをひとところに集める。これをあとでまとめて洗うのだが、べたべたして生臭く、うんざりする。
 ガーゼで、股のあいだを丁寧に拭く。痛みは増している。腫れてきているのかもしれない。
 痛みがどんなに強かろうが、やめることは許されない。
 また男が部屋に来る。軍票を受け取る。薄い板張りに敷いた布団の上で、カエルのように脚を曲げ、両側に広げる。男はサックをつけて入れる。ことが済んで出ていく。
 消毒する。
 また男が部屋に来る。軍票を受け取る。脚を広げる。男はサックをつけて入れる。ことが済んで出ていく。
 バケツに小水をするが、染みて痛くて、うまく出ない。それでも我慢してほんのすこし出す。
 消毒する。
 また男が部屋に来る。軍票を受け取る。脚を広げる。男はサックをつけて入れる。ことが済んで出ていく。
 消毒する。
 また男が部屋に来る。軍票を受け取る。脚を広げる。男はサックをつけて入れる。ことが済んで出ていく。
 消毒する。
 また男が部屋に来る。軍票を受け取る。脚を広げる。男はサックをつけて入れる。ことが済んで出ていく。
 バケツに小水をしようとするが、まったく出てこない。
 消毒すると、声がひっと出る。
 また男が部屋に来る。軍票を受け取る。脚を広げる。男はサックをつけようとしない。つけてくれ、と頼んだら、胸を蹴られた。倒れたすきに、羽交い絞めにされる。男はことを済ませて出ていく。
 消毒する。ろつこつが折れたのか、胸が痛くてたまらない。
 そしてまた男が部屋に来る。軍票を受け取る。脚を広げる。男はサックをつけて入れる。ことが済んで出ていく。
 消毒する。
 また男が部屋に来る。軍票を受け取る。脚を広げる。男はサックをつけて入れる。乳首にみつかれ悲鳴をあげた。口をふさがれ、こんどは喉元を引っかれた。男はことが済んで出ていく。
 消毒する。
 また男が部屋に来る。軍票を受け取る。ゲートルを解かされる。脚を広げる。男はサックをつけて入れる。ことが済むとゲートルを巻かされる。男は出ていく。
 消毒する。
 足をまっすぐに伸ばすのがつらくなってくる。ずっとカエルのような姿勢だったから、膝が、腰が、きしむ。胸もじんじんと痛む。股のあいだも、ずきずきと痛む。からだじゅうが痛みの塊になったみたいだ。男たちが強くつかんだせいで、足首が赤くなっている。男の体臭が染みうつったようで、自分のからだがおぞましい。
 また男が部屋に来る。軍票を受け取る。脚を広げる。男がサックをつけて入れると、焼けるような痛みがからだの奥に走る。うぐっと声が出る。どこかが裂けたのかもしれない。唇を強く嚙み、心のうちでうたって、痛みをのがす。男はことが済んで出ていく。
 消毒すると、ガーゼに血が付いた。気を失いそうなほど痛い。
 また男が部屋に来る。カエルのように脚を曲げ、両側に広げる。男はサックをつけて入れる。心のうちでうたって、男が果てるのを待つ。
 아리랑 아리랑 아라리요
 아리랑고개로 넘어간다
 나를 버리고 가시는 님은
 십리도 못 가서 발병난다
 軍票がいくつになったか、もう数えるのはやめた。日が暮れれば兵隊は来なくなる。きっともうすぐだ、と目を閉じると、うわっ、と隣の部屋から男の大声がした。続いて、誰かっ、と切羽詰まった声で叫んだ。
 わたしの上にのっていた男は萎え、くそっ、と悪態をつくと、からだを離した。
 慌てて着物をはおり、前を合わせると、股から血が垂れてきた。不自然な歩き方で股の痛みをのがしつつも、大急ぎで隣の部屋に入る。
 ウメコが白目をいて、布団の上に倒れていた。男は逃げたのか、姿がない。ウメコの手元には、消毒に使うクレゾール原液の瓶があった。

#1-4へつづく
◎第1回の全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます。


「カドブンノベル」2020年1月号

「カドブンノベル」2020年1月号


関連書籍

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年10月号

9月10日 配信

怪と幽

最新号
Vol.005

8月31日 発売

小説 野性時代

第203号
2020年10月号

9月12日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP