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連載

深沢潮「翡翠色の海へうたう」 vol.17

【連載小説】取材に訪れた私は「当事者ではない」ことを突きつけられて……。深沢潮「翡翠色の海へうたう」#5-2

深沢潮「翡翠色の海へうたう」

※本記事は連載小説です。

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 とまりんでフェリーを降りた私は、その足で、市役所近くにある書店に向かった。ガイドのまつさんから、その書店には沖縄戦の資料が充実していると聞いていたのだ。たしかに品ぞろえは豊かで、私は十数冊の書籍を購入した。かなりの出費となったが、惜しくはない。
 それから、国際通りの端にあるハンバーガーショップに入った。ここで、戦争体験者に聞き取りをしているという六十代の女性、たいさんと会った。この人も、松田さんが紹介してくれた。
 沖縄にしかチェーン展開していないというその店は、くだけた雰囲気だった。しかし、向かい合って座る優しそうな顔立ちの平良さんは、薄手のベージュのシャツにグレーのスカートというやわらかな印象を与えるかつこうで、穏やかな話し方であるにもかかわらず、かなりよそよそしい態度で、挨拶をしてもそっけない。眼鏡の奥の瞳には警戒の色が浮かんでいた。
 私は緊張を保ちつつ、あらためて取材の趣旨を説明するが、途中で遮られる。
「戦時中の沖縄を舞台にするっていうけれど、うちなんちゅが書く沖縄じゃないと。ヤマトの人が書く沖縄戦は偽物ですから」
 突き放すように言われた。
「えっと」
 表情をとりつくろったものの、頰がこわばっていくのが自分でもわかる。
「私は、沖縄戦そのものというより、沖縄にいた朝鮮人慰安婦のことを書きたいと思っているんです」
「沖縄にいた慰安婦は、朝鮮人だけでなく、辻遊郭のジュリだった沖縄の女性や、内地の遊郭の女性、台湾から来た人たちもいたけれど」
「はい、調べましたので、そのことも知っています。でも、慰安婦の圧倒的多数が朝鮮人だったので」
「あなた、もしかして」
 平良さんは、声を落として、在日韓国人なんですか? と訊いてきた。
「いえ、違います」
 なんでそんなことを訊くのだろう。
 在日韓国人だったら、慰安婦のことを書いても構わないのだろうか。
「そうですか。てっきり、在日の当事者だから、朝鮮人慰安婦のことを書くのかと思いました」
 小説は、当事者しか書いてはいけないものなのだろうか。
 本物、偽物は、何をもって決まるのだろうか。当事者が書けば本物なのか。
 たとえ沖縄出身者だとしても、戦後生まれで、沖縄戦の経験がなければ、当事者とは言えないのではないか。在日韓国人だって、厳密には当事者と言えるかどうかわからない。
 そもそも、当事者って、誰を指すのだろう。
 黙って考えていると、平良さんは、ではなぜ、と訊いてくる。
「わざわざ、沖縄の慰安婦のことを書くんですか? 普通なら、慰安婦のことを書くなんて避けるのに。話題になるのを狙っているんですか? ああ、でも、プロの作家さんではないんでしたっけ?」
 私は、好きなK-POPアイドルのインスタグラムを見てから慰安婦のことに興味を持ち、調べるうちに沖縄にいたことを知ったこと、この題材で書いた小説で新人賞を取り、プロの作家になりたいと思って取材を始めたと正直に伝えた。
「これまで資料で調べたり、取材したりしてきて、知れば知るほど、沖縄戦が悲惨だったことがわかり、慰安婦の女性たちが気の毒でかわいそうで。だから、書かずにはいられないというか。伝えたい、という気持ちが強く湧いてきています」
 私の言葉を聞いた平良さんは、アイスコーヒーを一口飲み、ねえわいさん、と声をやわらげる。
「私は、体験者に聞き取りをしているからか、なんのゆかりもないひとが、事実に即しているとはいえ、沖縄の戦争を、小説という虚構に都合よく作り変えてしまうことに、抵抗があるんです。ヤマトの人が書くなら、オーラルヒストリーや、ノンフィクションであるべきだと思うんです」
 返す言葉がなかった。すると、平良さんは、「それから、気の毒でかわいそうとおっしゃいましたけれど」と続ける。
「気の毒とかかわいそうっていう気持ちで、物語を作ってしまうのは、ごうまんなのではないでしょうか。しかも、ご自分がプロになるために」
「傲慢、ですか?」
 思ってもみなかった言葉に、思考が追いついていかない。
「気の毒、とか、かわいそう、っていう言葉は、高みから見下ろしているから、出るのではないかと思うんです」
「高みから見下ろしているなんて、そんなことはありません。私は、ただ、同じ女性として、慰安婦の人たちのことを書きたいだけで」
「慰安婦の小説は、あなたが書かなくても、ほかの誰かが書きますよ。プロになるためにインパクトの強い物語を書くのではなく、インスタグラムからといった軽い気持ちからでもなく、相当の覚悟を持った人がね」
 ぴしゃりと断じられ、私は、深くうなだれた。泣きそうになるのを必死にこらえる。
「きついことを言って申し訳ないけれど、実際に起きた戦争は、そこに巻き込まれた人たちにとって、とてつもなく重いものなんです。沖縄にいた慰安婦の人たちにとってもそうでしょう」
 でも、でも、と私は顔をあげた。
「私も、ちゃんと知って、学んで、考えて、頑張って書きたいんです。軽い気持ちではありません」
 声を絞り出すようにして言った私の顔を、平良さんがじっと見つめてくる。
「たくさん本も買ったみたいですね」
 そう言って、私の足元にある書店の紙袋に視線をやった。
「あ、はい。もっと欲しかったんですが、これ以上は重いし、高いし、買えなくて。今回はとりあえずこれだけを」
 平良さんは、ふっと表情を緩めた。
「ごめんなさいね。一所懸命やっていらっしゃるのに。私ね、基地反対の運動もしていて、ヤマトの人たちには、さんざん嫌な思いをさせられているんです。だから、なんというか、ただでさえ、ヤマトの人にきつく当たってしまうところがあるんです。もちろん、いい人もいますけど、利用されることも多くて」
 私は、そうなんですか、と答えたが、理解できているわけではなかった。島では快く受け入れてもらえたので、戸惑ってしまっている、というのが本音だ。
「まあ、せっかくこうしてお会いしたから、聞きたいことがあったら、どうぞ」
「すみません」
 謝ってしまったが、じゃあ、質問します、と気を取り直した。恐縮して機会を逸してはいけない。
「河合さんが知りたいのは、慰安婦のことですよね?」
「はい、戦争体験者の方々への聞き取りの中で、慰安婦についての話はありましたか?」
「そうですね。水浴びをしているところを見た、とか、位の高い兵隊と一緒にいるのを見た人がいる、って話ぐらいしか。もしかしたら、目撃していても、そのことは口にしてはいけない、って思っているのかもしれませんね。私たちが突っこんで訊くと、思い出して話してくれる、といった感じです。朝鮮の人ということで言えば、日本軍の軍属として労務動員された軍夫の話もそれほど出てこないですね。確かにいたはずなのに、見えていない、見ようとしていない、覚えていてはまずい、そういう感じかもしれないですね。それは、国の姿勢でもありますね」
「いたのに、いない、ってことになっているんですね」
「はい、記憶って、恣意的に選んでいる、そういう部分があるのです。それと、戦争体験者の皆さんは、高齢になっていて、最近話を聞けるのは、戦時中に幼かった人たちが多いので、慰安婦の記憶がもともとないのかもしれません。当時、まだ子どもで、慰安婦がどんな人たちか、ほとんどの人がわかっていなかったでしょうし。むしろ、戦後に米兵を相手にしていた女性のこととか、子どものころにその辺に落ちていたコンドームを風船みたいにふくらませて遊んだっていう話のほうがよく出てきます。戦後の話も、すさまじいですよ」
「そうですよね。生き残ったということは、戦争が終わっても占領下で人生が続いていた、ということですよね。想像がつきません。沖縄の戦後のことも調べてみます」
 私は、松田さんが、「私たちうちなんちゅにとって、戦争はまだ終わっていない」と言っていたのを思い出した。
「昨日、今日と阿嘉島に行きましたが、そこにいた慰安婦の女性たちの戦後の行方も不明でした。もらった資料には、目撃証言があったりはしましたが」
「戦後、沖縄に残った慰安婦がどうしたかは、戦時中しきにいたポンさんの足取りぐらいしか、はっきりしていないんじゃないでしょうか。ほとんどが亡くなったんでしょうね。沖縄人と結婚して残った人もいたようですが、収容所から朝鮮半島に帰った人は一部だったようですし。収容所では、看護婦のようなことをしていたという米軍の記録がありますね。あと、参考になるかわかりませんが、沖縄の慰安婦が出てくる小説があります。もちろん、うちなんちゅが書いたものですけれど」
 そう言って、小説のタイトルを教えてくれた。その小説は慰安婦関連のことをネットで検索していても出てこなかった。あとでまた先ほどの書店で探すかネットで取り寄せようと、スマートフォンに書名をメモする。
「ありがとうございます。読んでみます」
 丁重に礼を言うと、平良さんは、ほんのかすかにほほ笑んだ。
「慰安婦のことは、戦時下だけの問題ではないですね。私の夫は、みや出身ですが、そこにも慰安所がありました。そんな島にも自衛隊が来る。レーダー基地にミサイル基地。また、軍隊。平和だった島なのに、軍隊が来ると、性産業が絶対にくっついてくる。米軍だけでもうんざりなのに、沖縄の女の子たちがまた踏みにじられる。まったく、いつの時代も、女が男の犠牲になる……米軍の性犯罪も……」
 そこまで言うと、深いため息とともに、首を左右に振った。それから、あ、と何か思い出したように、そうそう、と言った。
「宮古での慰安婦のことは、私も本で読みました。あそこは土地が平坦だし、井戸を慰安婦と住民が共同で使っていたから、ずいぶん目についたみたいです。住民と交流した話も残っていますね。草刈り場の前に慰安所があって、待ちきれずにふんどし一枚になった兵士が、慰安所の前に列をなしていたらしいです。今は、井戸の近くに地元の人によってアリランの碑が建っています」
 そして、それらのことを詳しく書いた書籍について教えてくれる。
「ありがとうございます。助かります」
「いまも昔も、女をモノ扱いして、自分たちを慰める道具ぐらいにしか考えていない男が多すぎますね」
 私は、阿嘉島のあずまやでの一件を思い出し、心から、はい、と答えた。
「東京では、痴漢も多いでしょう」
「はい、しょっちゅうあいます」
「あれだって、慰安婦を戦場に連れまわすのと、根っこは同じだと、私は思います」
 痴漢にあったときの尊厳を踏みにじられる感覚、恐怖と不快と嫌悪の感情が蘇る。これが、慰安婦と結びついているとは思わなかった。考えてみたら、平良さんの言うとおりかもしれない。しかし、しっくりとは来ない。
「たしかに痴漢は立派な性犯罪ですよね。許せないです。でも……」
「そうでしょう」
 私が言い終わらぬうちに平良さんが言葉を挟む。
「では、河合さん、痴漢にあったことを、誰かから、気の毒とかかわいそうって言われたら、どう思います?」
「え」
 それ以上言葉が出てこなかった。唾をみ込んで、はっと気づく。
「嫌です。気の毒とか、かわいそうって、ごとみたいですよね。上から目線というか」
「河合さん、沖縄にいた慰安婦を書くのならば、その気づきを忘れないでください」
「はい、肝に銘じます」

#5-3へつづく
◎第5回の全文は「カドブンノベル」2020年11月号でお楽しみいただけます。


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