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連載

深沢潮「翡翠色の海へうたう」 vol.22

【連載小説】私にこの物語が書けるのか。国境も時も超えて、いま二人の人生が交差する。深沢潮「翡翠色の海へうたう」#6-4

深沢潮「翡翠色の海へうたう」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

 私は、すう、はあ、と息を整えて、メールを開く。

河合葉奈様

お世話になっております。お返事を頂きましてありがとうございます。
応募原稿にむけて、取材をすすめていらっしゃるとのこと、今回の作品にかける河合さんの強い思いを感じ、大変感激いたしました。
ただ、一点だけ編集者としてお伝えさせていただきたいことがございます。

先日のメールにも書かせていただいた通り、私は河合さんの才能を信じていますし、弊社で是非デビューをしていただきたいと、強く強く感じております。
そして自費で沖縄まで取材に向かわれるなど、河合さんの本作にかける熱量が並々ならぬ思いであることも理解しているつもりです。
けれども、正直な印象を申し上げますと、河合さんが取り組もうとされているテーマは、新人賞の応募作として描くにはかなりの覚悟が必要なものです。取材はもちろん、資料の読み込みが十分に行われていなければいけませんし、テーマが大変センシティブであるからこそ、一文一文に高い精度が求められます。
たいへん失礼なことをお伝えする形にはなってしまいますが、このテーマは今の河合さんに本当に描き切ることができるものなのでしょうか。
熱心に取材をされ、きちんとした物語を描きたいと思っていらっしゃるのであれば、綿密な取材を重ね、企画を温めて取り組むべきものだと私は感じております。
河合さんの思いに水を差すようなメールになってしまい恐縮です。ただ、それくらい重厚な問題に挑もうとされていることを、改めてご認識いただけたらと思っております。
まだ取材は続いていらっしゃると思いますので、東京にお戻りになられたら一度お電話などでお話しできましたら幸いです。
ひきつづき何卒よろしくお願いいたします。

深瀬真紀拝

 力がしゅるしゅると抜けていく。
 深瀬さんは応援してくれると思っていた。
 たいさんだけでなく、深瀬さんも、このテーマに否定的だということは、ちょっと立ち止まってみた方がいいということなのだろうか。
 やはり、慰安婦を小説に書くということは、私が考えていた以上に重いことなのだ。ハードルの高いことなのだ。
 チャンソクのInstagramの投稿に、冷たく突き放したり、がっかりしたようなコメントがあったことを思い出す。「慰安婦」ということに触れただけで騒ぎになり、議論になってしまうくらい、これは繊細なテーマであるという認識が十分ではなかった。のちに「慰安婦」と検索してみたときに目にした数々の書き込みも思い出される。ネットで流れていた罵倒の言葉や強い批判が自分に向けられるという可能性はじゅうぶんにありうる。あのときは気持ちが盛り上がっていたのでそれはかえって、引力のあるテーマだからよい、正直言って話題になるのでは、とすら、軽くとらえていた。
 冷静になって考えたら、あまりにも安易だった。傲慢だった。平良さんの言う通りだ。
 もちろん、取材を通じて、沖縄戦やそこにいた女性たちのことを知るにつけ、これは書かなければ、伝えたい、という思いがますます強くなったのは確かだ。しかし、「慰安婦」については、私が「応募」のために書いていいものではないのかもしれない。プロになる手段として、手を伸ばしてよい題材ではないのかもしれない。
 これまで勢いと情熱で突っ走ってきたが、深瀬さんの言うように、この難しいテーマを私がいまの段階で描き切れるかと考えたら、自信がなくなってくる。
 万が一作品が完成し、なんらかの形で世に出たとしても、未熟なものであったとしたら、真摯に取材に応じてくれたひとびとの思いを、沖縄のひとびとの心を、女性たちの尊厳を、踏みにじってしまうことになるのかもしれない。
 この題材で新人賞を突破するのは、難しい。それでも執筆をする覚悟はありますか。深瀬さんは遠回しにそう私に問うているのだ。
 私は、目の前のグラスに缶ビールの残りを注いだ。
 ごくん、ごくん。ごくん、ごくん。ビールを喉に流し込み、杯を空ける。
「大丈夫ですか、そんなに一気に飲んで」
 比嘉さんがチーズの載った皿を持って、目を丸くしている。
「やっぱり、私、泡盛をいただきたいです」
「あら、大丈夫ですか?」
「はい、なんだか飲みたい気分になってきました」
「では、ゆすいできますから、それを」
 私が空のグラスを差し出すと、比嘉さんはそれを持ってキッチンに行き、すぐに戻った。それからテーブルに着くと、グラスに泡盛の水割りを作ってくれた。
「薄めにしましたよ」
 ありがとうございます、と受け取り、口を付ける。舌に広がるまろやかな甘みが思いのほかさわやかで、立て続けにもう一口飲んだ。
「なにかあったんですか?」
 比嘉さんが、こちらを見つめてくる。
「なんでもないです。それより、比嘉さんのお話を聞かせてください。どうしてシェルターを始めようと思ったんですか?」
「そうでしたね。そのお話をするんでしたね。えっと、どこから話しましょうかね」
 比嘉さんは、泡盛を口に運び、記憶をたぐり寄せるように、宙を仰いだ。

「私がシェルターを始めたのは、母の遺志なんです」
 比嘉さんの母親は戦争孤児だったそうだ。基地周辺をうろうろし、米兵に食べ物をたかっていたところ、危うくめにされそうになった。そのとき、助けてくれた女性がいたという。
「その人は、いつも同じ着物で、かつらをかぶっていて、顔と首にはやけどの跡があって、しやべれない人だったらしいです。名前はわからなくて、お化け、って呼ばれていたみたい。母も、最初は怖かったって、言っていました。だけど、そのおばさんが、鍋をがんがん叩いて、襲おうとした米兵を追っ払ってくれたんですって。それから、家に住まわせてくれた。そこには同じような境遇の子がすでに二人も暮らしていたみたいです」
「そのおばさんは、何をしている人だったんですか?」
「Aサインでコーラの瓶を換金したり、ベーコンの油を集めたりしてた、って話ですけど。特飲街で働く女性の子どもを預かったりもしていた、って言ってたかな」
「Aサインってなんですか?」
「かつて、米軍、というか、GHQ公認で商売をしていたお店のことです。売春だったり、飲食店だったり」
「あのう。特飲街っていうのも聞いたことがなくて」
「ああ、ごめんなさい。なじみがない言葉ですよね。特飲街は、赤線、って言ったらわかりますか?」
「すみません。赤線も知らなくて。ググります」
 スマートフォンに手を触れようとすると、比嘉さんが、いいですよ調べなくて、と言った。
「赤線は、ずばり言うと、売春街ってことですね」
「ほんと無知でごめんなさい」
「知らないの、普通だと思いますよ」
 比嘉さんが朗らかにほほ笑む。私は、それで、と続けた。
「話を戻しますが、比嘉さんのお母さまは、そのおばさんとずっと一緒に住んでいたんですか?」
「高校を出るまでですね。ほかの子は、早々にいなくなってしまったって。やっぱり手っ取り早くお金になるから、からだを売ってしまう子が多かったんですね。だけど、母は、おばさんのおかげでなんとかその道をまぬがれた、って言ってました。おばさんのことはアンマーって呼んで慕っていたそうです。アンマーは、沖縄の言葉でお母さんという意味です。」
 比嘉さんは、つまようでチーズを一片刺し、口に入れた。そして、泡盛を飲む。私もグラスを口に寄せ、泡盛をすする。
「母は、そのおばさんにずっと感謝していて、離れてからもよく訪ねて行ったそうです。おばさんは読み書きができなくて、新聞も読めないので、母は初任給で、ラジオを買ってあげたんです。そうしたら、おばさん、すごく喜んだんですって。だから次はいつかテレビを買ってあげようと思っていたら、いつの間にかいなくなってしまったらしくて。名前も最後までわからなくて、いろいろ手を尽くして探しても、見つからなくて、母は、すごく落ち込んだみたいです。それで、そのおばさんの恩に報いるかわりに、自分も女の子たちの力になりたい、いまでいうシェルターのようなものをいつかやりたいって思うようになったんです。沖縄にはいまでも辛い思いをしている女の子たちがたくさんいるから助けたいって。身を売らなくてもいいようにって」
「そうだったんですね。そのおばさんへの思いから……」
 身を売る、というのは、よほどのことだと改めて思う。慰安婦の女性たちも、どれだけ辛い思いをしたことだろう。彼女たちには、比嘉さんの母親を助けた、お化けと言われた女性のような存在はいなかったのだろうか。誰も守ってくれなかったのだろうか。
「だけど、念願をかなえる前に、母はにゆうがんが元で死んじゃったんです。発見が遅くて。転移して。それで、私が代わりに」
「お母さま、無念でしたね」
「あそこに写真があるでしょう?」
 比嘉さんが、私の背後を指さした。目を向けると、遠景の海の写真が額縁に入って、壁に飾られていた。
「あれ、おばさんの家のそばの峠。おばさんはよく足を運んで、長い間海を眺めていたそうなんです。母はあそこに私を連れて行っては、おばさんとの思い出を語っていました。あの写真は、母が亡くなる前、最後に一緒に峠に行ったときに撮りました」
「そばで見たいです」
 私は立ち上がって、写真に近づいた。特徴があるわけではない、高いところから海が望める、平凡な風景だった。
「おばさんは、海を見ているとき、身体からだが揺れていて、リズムをとっているように見えたそうです。まるで歌でもうたっているみたいに」
「なんの歌をうたっていたんでしょうね」
「たぶんですけど」
 比嘉さんも写真の前に来た。
「故郷の歌じゃないですか。おばさんは、沖縄の人じゃなかったみたいです。とても色が白かったし、あと……そう、母によると、唐辛子で味付けしたものが大好きだったみたいです。台湾か、朝鮮半島の出身だったのかもしれない、って母が言っていました」
「え」
 私は、比嘉さんの顔をまじまじと見つめてしまった。
「台湾か朝鮮半島?」
「戦時中、沖縄に連れてこられたんじゃないかって。帰れなくて残ったのかもしれないって」
 私は、頭の中でパズルのピースがはまったような感覚になった。
「あの、ここの場所教えてください。明日、行ってみます」
「河合さん、明日は読谷に行くんじゃ?」
「いえ、ここに行ってみたいです」
「それなら、私がお連れしましょうか。明日は時間がありますし」
「ぜひお願いします」
 私は、消えかけた創作への情熱が、ふたたび燃えあがるのをまざまざと感じていた。

 翌日、早朝にベッドから出て、シャワーを浴びた。そして、比嘉さんやシェルターの女の子たちとともにトーストと卵程度の軽い朝食をすませた。昨晩比嘉さんから聞いたところによると、彼女たちは、SNSを通した売春にはまってしまったということだった。とてもそんな風には見えないほど幼く、年齢を訊いたら、まだ中学生で驚いた。
 女の子たちに、元気よく、バイバーイと手を振って見送ってもらい、比嘉さんの車で本島中部へ向かう。屈託ない女の子たちは、朝からけらけらとよく笑っていた。その姿が脳裏に焼きついて離れない。
「昨晩はよく寝られましたか」
 運転しながら、比嘉さんが訊いてくる。
「はい、まあまあです」
 ほんとうは、興奮して眠れなかった。取材したものを整理して、資料を読んでいたら、外が明るくなっていたが、寝不足にもかかわらず、目は冴え、頭はすっきりとしている。
「おばさんの家は、峠のすぐ近くだったんです。壊されて、もうないんですけどね」
「お母さま、そんな所に家があったんじゃ、不便だったんじゃないですか。通学とか」
「そうだったみたいですね。蚊によくさされたって。そうするとおばさんがひまし油をぬってくれたそうです。おばさんは植え込みにトウゴマを育てて、自分でひまし油を作っていたって……。おばさんはそれを毎日やけどの跡にすりこんでいたらしいです」
 おばさんや比嘉さんの母親についていろいろ訊いているうちに、峠に着いた。
 車を降りてみると、そこはなんとなく、なかむらさんに連れて行ってもらった、じまの峠に似ていた。木が茂り、道には雑草が生え、気持ちいい風が通り抜ける。濃い青い海が見下ろせる。既視感があるのは、どこにでもあるような峠だからだろうか。
 阿嘉島の慰安婦たちは、峠でアリランの歌を口ずさんでいた。私もここで、心の中で歌ってみようか。

 アリラン アリラン アラリヨ
 アリラン……

 ほとんどメロディーしか覚えていなかった。キクさんの歌を、録音しておけばよかった。日本語のアリランの歌詞もわからない。彼女たちは、たしか演芸会でうたったはずだ。あの歌はたくさんの人の心に残っているだろう。そういえば、キクさんが、着物を貸したと言っていた。
 あ、とひらめいた。私は、キクさんからその着物を見せてもらい、写真を撮ったのだった。もし、同じ柄だったら、そのお化けおばさんは、阿嘉島にいた女性である可能性が高まる。
「あの、そのおばさんですが……どんな風貌だったんでしたっけ」
「いつも同じ着物で、かつらをかぶっていて、顔と首にはやけどの跡があって、喋れない人、ですね。あと、色が白い」
「その同じ着物って、どんな着物だったんでしょうか」
「さあ、そこまでは、母に聞かなかったので」
「そう……ですか」
 私は、こんぺきの海を見下ろして思う。
 この島にたしかに生き、暮らしていた、ひとりの女性の物語を書こう。朝鮮半島から連れてこられ、沖縄の美しい海の傍らで奪われ続け、戦禍に巻き込まれ、ここで、女の子たちを救うようになったその生きざまを。
 わたしがそうであったように、ひとびとがイメージする「慰安婦」という像にはめこまれた人物ではなく、見えない存在となってしまった、声の届かなかった彼女を、物語のなかで生き返らせたい。喜びも悲しみも、辛いことも楽しいこともあったであろう人生をなぞりたい。特殊な存在ではなく、私と変わらぬ、ひとりの女性を書きたい。
 そしてその物語を描くのは、いま、ではない。時間をかけて調べ、構想をあたため、じっくりと描いていく。だから、応募の原稿は、テーマを変えて臨もう。深瀬さんにも相談して、自分がいま書きうる題材を探るのだ。
 比嘉さんの話を聞いて、社会にはじかれてしまった女の子たちの小説を書いてみたいとも思っている。これは、遠く戦中戦後に沖縄に生きた、あらゆる女性たちともつながっているのではないだろうか。いや、それだけではない。女性であることで、尊厳を奪われたり、搾取されたりするのは、過去から現在、どの時代も、続いている。
 峠を吹き抜ける風が心地いい。目を閉じて息を深く吸うと、潮の香りがかすかに感じられ、私の心を撫でてくれる。
 あらためて、海を眺める。
 プロになるために「慰安婦」を描くのではなく、「かけがえのない彼女」を近い将来、きちんと描くために、そのために、私は小説家になりたい。

十一

 白い絣の着物の下のからだは、もう限界にきている。
 だから、今日、わたしは、ここに別れを告げ、死に場所を探しに行く。わたしの大切なあの子が悲しまないように。

 峠から見える海は鮮やかな群青色で、風を声とし、つねに語り掛けてくる。
「チョン・ミョンソ」
「お前はいつ、故郷に帰るのか」
 わたしは、答えるかわりに、まぶたを閉じ、歌をうたう。
 懐かしい海、愛しいひとびとを、想いながら。

 아리랑 아리랑 아라리요
 아리랑고개로 넘어간다
 나를 버리고 가시는 님은
 십리도 못 가서 발병난다

 아리랑 아리랑 아라리요
 아리랑 고개로 넘어간다
 청천하늘엔 별도 많고
 우리네 가슴엔 꿈도 많다

 아리랑 아리랑 아라리요
 아리랑 고개로 넘어간다
 저기 저 산이 백두산이라지
 동지 섣달에도 꽃만 핀다

※本書は小社より単行本として刊行予定です。 


「カドブンノベル」2020年12月号

「カドブンノベル」2020年12月号より


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