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連載

月村了衛「白日」 vol.11

「これは明らかに自殺です」。そして、少年の死が派閥抗争の具にされている現実が圧し掛かる。月村了衛「白日」#3-3

月村了衛「白日」

※この記事は、期間限定公開です。

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「常識的に考えても、中学生が夜中にこんな所へ行くなんておかしいでしょう。誰かに呼び出されたとか、そういう場合もあるかもしれないけど、それだったら警察がちゃんと調べてますよ。そうじゃないと判断したからこそ『事件性なし』ってことになったんだ。遺書や動機がなくったって、中学生くらいの子供ってのは、大人には想像もつかないことで思いつめたりするもんです。特に親になんて、絶対に言えやしなかったりする。親に言うくらいなら死んだ方がマシだ、なんてね。秋吉さん、あなたにだってありませんか、そんな経験」
 ある、確かに──
 中学生の頃、死んでやろうかと思ったことがある。理由がなんであったのかさえ覚えていないが、確かに中学生とはそういうものだ。
「ともかく、長年刑事で飯を食ってきた私の目から見ると、これは明らかに自殺です。だったらご遺族にはっきり言ってあげればいいだろうって思われるかもしれませんが、分かっていても言えないのが警察ってもんなんですよ」
「ありがとうございます、佐々木さん」
 立ち上がって頭を下げる。
「今のはあくまでも私の見立てでしかありません。証拠とか確証があってのことではないんで、そこら辺は……」
「承知しております。佐々木さんにご迷惑をおかけするようなことはありませんので、どうかご心配なく」
 こちらの態度に、佐々木は安心したようだった。
 自殺、なのか──
 正直に言って、解答らしきことが聞けたことで、なんとなくほっとしたような気持ちがある。
 しかしそれは、秋吉が求めていた答えとは違っていた。
 幹夫の死は自殺なんかであってほしくない──心のどこかでそう願っていた己を、改めて自覚せずにはいられなかった。
 支払いを済ませて店を出る。錦糸町の駅前で佐々木と別れた。重ねて礼を述べると、佐々木は恐縮したように片手を左右に振った。

   5

「すると、幹夫君はやっぱり自殺ってことですか」
 会社近くのカフェ『エテルノ』で、沢本が小さく声を上げた。
 エテルノは路地を入ったところにあるさびれた店で、千日出版の社員が来ることはほとんどないと言っていい。秋吉がこの店を沢本、亜寿香との〈対策本部〉の場に選んだのはそのためだ。
「あくまでも佐々木さんの個人的見解だけどな」
「でも、そうなると梶原局長やご家族が自殺の理由がないとおっしゃっているのは……」
 首をひねりながら言う亜寿香に、
「佐々木さんの説の通りだとすると、親には言えない理由があったってことになる。それに、梶原さんが『心当たりがない』と言っているという話は聞いたが、ご家族、つまり奥さんと娘さんだが、どう思っておられるのか、よくよく考えてみるとはっきりと言われたわけではない」
 黙り込んだ二人に対し、秋吉は質問を発した。
「課内の様子は」
「相変わらず、と言いたいところですが、どうも悪くなっているみたいです」
 歯切れの悪い沢本の言い方が引っ掛かった。
「『みたいです』とはどういうことなんだ」
「表面的にはみんなコミック学参シリーズの仕事に専念してくれてはいるんですけどね、その分、もうなんだかギスギスしてきてるような気がして……いや、私の気のせいかもしれませんけど……」
「何が言いたいんだ、頼むからもっとはっきり言ってくれないか」
「沢本代理は、派閥抗争のことを言ってるんです」
 言葉を濁すばかりの沢本に代わり、亜寿香が意を決したように告げた。
「主任の新井さんが中心になって、私達が事実の隠蔽に荷担しているという噂を拡散しています」
「やはり新井か……」
 秋吉は先日み合った際に直視した、新井の血走った目を思い出した。
「それで新井は、俺達がどっちの派閥だと言いふらしてるんだ」
「それが、日によって違うんです。社長派だと言ったかと思えば、専務派だと言ってみたり」
「一番悪質じゃないか、それは」
 亜寿香は大きく頷いて、
「新井主任の言動のせいで、相互不信が広まっています。疑心暗鬼の状態ですね。一致団結して騒ぎ出すことがなくなった代わりに、一人一人が戦々恐々としてるっていうか……」
「まずいですよ。一課の人間関係がこのまま崩壊したら、たとえプロジェクトが再開したとしても、ちゃんと運営していけるかどうか」
 今さらながらに沢本が泡を食ったように言う。
 新井の焦燥は理解できる。不安で居ても立ってもいられないのは皆同じだ。しかし根拠のない言説を振りまくのは看過できない。かといって、そんな状態の新井に何を言っても疑いを招き、逆効果となるだけだろう。
 梶原幹夫という少年の死が綿わたぼこりよりも軽く扱われ、派閥抗争の具にされている。そのこと自体がたまらなく不快である。何よりも許せないのは、ほかならぬ自分自身が、いつの間にか派閥の力学を最優先に勘案してしまっていることだった。分かっていても、いや、分かっているからこそ抜け出せない。焦燥の熱い砂があり地獄となって流れ落ちていくばかりである。てのひらに滲んだ汗が、砂と一体化して肌に染み込んでいくような心地がした。
 一刻も早くこの状況を脱しなければ、何もかもが「駄目」になってしまう──会社も、プロジェクトも、そして自分も。
「警察はもう当てにならない。それだけははっきりしたわけだ。同時に現状をなんとかするには、事実を明らかにする必要がある。たとえそれが我々にとって好ましいものであろうとなかろうと、社会人としてそれを受けれるしかない。職場の健全化なくして、健全な学校の設立なんてありはしない。それが俺の考えだ」
 亜寿香のくちもとに、ほんの一瞬、冷ややかな笑みが浮かんだ。
 きれい事を言っているとでも思ったのだろう。ならばそれでも構わない。
 今の秋吉にとっては、幹夫の死に正面から向き合い、真実を知ることこそが、現実に立ち向かう最良の道であると思われた。
 それしかない──強いて自分に言い聞かせる──それしかない。
 そうしなければ、今にも熱い流砂に吞み込まれてしまいそうだった。
「それで、どうなさろうと言うんですか」
 亜寿香の問いに、明瞭に答える。
しんそう書店のがたさんに直接会う。その上で幹夫君や現場周辺の事情についてできるだけ詳しく調べてみようと思う。幸い明日は土曜だしな」
「緒形さんにご迷惑では」
「もちろんご都合をお伺いしてから、協力を求めるつもりだ。それでね、まえじま君」
「はい」
「君にも一緒に来てほしい」
「私、ですか」
「そうだ。君はこの件で前にも緒形さんに会ってるし、何かあったときの証人として、誰かに同行してもらった方がいいと思うんだ」
「残業手当は出るんですか」
 明らかに冗談だったが、亜寿香が自分に対して冗談を口にするのも、思えば珍しいことだった。
「出ないよ。サービス残業だ」
「そんなサービス残業なんて、聞いたこともありません。第一、会社の仕事じゃないじゃないですか」
「だったら、超特別サービス残業だ。それにこれは、会社のためだけじゃない。俺達の将来が懸かってる」
 最後の文言は、亜寿香に対しては言わずもがなであったろう。
「分かりました」
「それから沢本君は、コミック学参シリーズの方を引き続き頼む。本業がおろそかになっていると、上からどう突っ込まれるかわからないからな」
「はい、できるだけやってみます」
 二人の同意を得た秋吉は、さらに細かいはずの打ち合わせにかかった。

 梶原のマンションと同じく荻窪にある緒形の自宅は、見たところ築二十年くらいの一戸建てだった。周辺の家がほぼ同じ造作や外見であることからすると、同時期に売り出された建売住宅なのだろう。
 インターフォンのボタンを押すと、すぐにドアが開き、緒形がしわだらけの顔を出した。
「やあ、いらっしゃい。さあ、入って入って。暑かったでしょう」
 他社の編集者達からも慕われているだけあって、緒形の笑顔には人を和ませる魅力があった。
「突然押しかけちゃってどうもすみません。これ、お口に合えばいいんですけど」
 亜寿香がゼリーの詰め合わせを玄関で手渡す。とにかく暑いので冷蔵庫で冷やせる菓子がいいだろうと新宿のデパートで選んだ物だ。亜寿香の口調は、自分に対するときとは違って、よそ行きの愛想に満ちていた。
「すまんねえ、気を遣わせちゃって。どうぞ、上がって下さい」
 玄関を入ってすぐ目の前に二階へ上がる階段がある。建売には多い間取りだ。
 緒形は秋吉と亜寿香を二階のリビングに案内した。二階全体がリビングダイニングキッチンとなっている。
「僕の部屋は三階なんだけど、本で足の踏み場もなくってねえ。お客さんを通せるのはこの部屋くらいなんだ。ま、適当に座って」
 二人にソファを勧めてから、緒形は三階に向かって呼びかける。
「おーい、あつ、下りてこい。昨日話したお客さんがいらしたぞ」
 無遠慮に階段を踏み鳴らし、小柄な少年が顔を出した。
「こんちは」
 ぶっきらぼうなこうふんであった。黒いTシャツの上に、変な形のシャツを引っ掛けている。りのファッションなのかどうか、秋吉には判別できなかった。

▶#3-4へつづく
◎第 3回全文は「カドブンノベル」2020年3月号でお楽しみいただけます!


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