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連載

月村了衛「白日」 vol.27

【連載小説】謎の死を遂げた、上司の中3の息子。その友人の少年から、伝えたいことがあると焦った連絡が来た。 月村了衛「白日」#7-2

月村了衛「白日」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

 さて、どこからどうやって手を付けるか──
 病院を出て足を止め、眼前の車道を行き交う車の波を眺めながら考える。
 とりあえず切ってあったスマホの電源を入れる。着信が数件、メールが数件。出入りする人や車の邪魔にならないよう植え込みの脇に寄ってメールを確認していたとき、電話の着信があった。画面には意外な名前が表示されている。
 しんそう書店のがたであった。
 なんだろう、今頃──
 不審に思いつつも応答する。
「はい、秋吉です」
〈どうも、新創の緒形です〉
「先日はどうもお世話になりまして」
〈いやいや、とんでもない、それよりそっちは大変なんじゃないですか、今。テレビでも新聞でも大きくやってますから、文科省のアレ〉
 緒形は業界歴も長いベテランである。しお審議官と梶原局長との関係についてなんらかの噂を耳にしていたとしても不思議ではないどころか、むしろ知らない方が不自然だろう。
「いやあ、ウチでも大騒ぎですよ。大変と言えば大変で私も今、外なんですけど、ご用件を伺うくらいは大丈夫です」
 少々あからさまに用件を促した。
 ずっと休職していた梶原局長が復帰した──本人はあくまで文科省との不適切な関係はなかったと主張している──だが自分はプロジェクトから外された──自分の不用意な一言から娘が意識不明になって、今病院を出たところだ──
 他社の編集者である緒形に現段階ですべて打ち明けるわけにはいかない。もしかしたら特に問題はないのかもしれなかったが、自分の心にそれらを説明する余裕がなかった。
〈あ、すみませんね。この前ウチにいらっしゃったとき、町内会長に訊いてみるって言ったじゃないですか〉
 緒形はすぐに察して本題を切り出した。
 しかし、こちらの方がとつに思い出せなかった。
「あの、町内会長と申しますと?」
〈ほら、さいとうさんが住んでた例のマンションの所有者と知り合いだっていう〉
「ああ……」
 ようやく思い出した。
やまっていうじいさんで、すぐに訊こうとしたんだけど、山尾さん、親戚とハワイに行ったとかで、おとといまで連絡取れなかったんですよ。それで昨日久々に会って話したら、オーナー兼管理人と知り合いだったのは確かだけど、その人、去年亡くなったんだって。なので結局、斉藤さんの転居先は分からずじまいで……今頃になっちゃってほんとすいません〉
「そうでしたか、いえ、別にこちらのことはお気遣いなく、わざわざありがとうございました」
 今となってはことさら気にかかる案件でもない。秋吉は失礼にならないよう丁寧に礼を述べて電話を切ろうとしたが、緒形は慌てて話を続けた。
〈それでね、私の方はお役に立てなくて申しわけない限りなんだけど、覚えてます? 息子のあつ、あいつがあなたと話したいことがあるって〉
「敦史君が?」
 秋吉は緒形家で会った、中学生らしくふて腐れたような少年を思い出した。
〈ええ、なんだか知らないけど、あいつが早く電話しろ、電話しろって……〉
 そう話す緒形の声に被って、〈オヤジ、早く代わってくれよ〉とかす少年の声が伝わってきた。
〈分かった、分かったからちょっと待て……じゃあ秋吉さん、ちょっと息子に代わりますから〉
「あ、はい」
〈秋吉さん、オレです、緒形敦史です〉
 敦史の声が勢いよく耳に飛び込んできた。
「秋吉です。暑いのに元気そうだね、敦史君」
〈あの、オレ、あれからちょっと調べてみたんです〉
「調べてみたって、何を」
〈サトサト──斉藤の行方です。幹夫と仲の良かった斉藤さとる
 思いもかけぬことを話し始めた。
〈あのとき、ほら、秋吉さん達がウチに来たときです、オレ、横で聞いてて、昔のこと、昭和マンションとか、子供ひろばでよく遊んだなとか、そんなことをいろいろ思い出して、なんだかたまらなくなってきて……それで、どうしても斉藤に会いたくなって……だって、あいつら、あんなに仲良かったのに、幹夫が死んだこと、サトサトが知らないままってのが、どうも気にくわないっていうか……〉
 気負いながらもつかえつかえ話す少年の言葉は、かなり聞き取りにくいものであったが、それだけにひたむきな熱意が伝わってきた。
〈オヤジや秋吉さん達が捜しても見つけられなかった人間をどうやって見つければいいのか、オレなりに考えてみたんです。それで思いついたのが将棋です。あいつのオヤジさんが大好きで、あいつもよくやってましたから。もしあいつが今も将棋をやってるんなら、プロでも奨励会でもアマチュアでも、捜しようはあるんじゃないかと〉
「確かに君の言う通りだ。でも、具体的にどうやって捜すと言うんだい」
 今は秋吉の方が勢い込んで尋ねていた。
〈今はLINEとかフェイスブックとかいろいろありますから。そういうのを片っ端から当たってみたんです。あ、プロや奨励会なら将棋連盟のサイト見たら分かりますから、最初に見ました。斉藤は載ってなかったんで、やってるとしたらアマか完全な趣味です。将棋のサークルを検索したり、主催者にメールして『斉藤悟って中学生を知りませんか』って訊いてみたり……最初は空振りばっかりでしたけど、『別の将棋仲間を教えてほしい』って頼んで、そんなことを繰り返してたら、見つかったんです〉
「本当かい」
〈はいっ。間違いないです、サトサトです。LINEのオープンチャットにいたんです。将棋好きのグループ。メールで連絡して、電話でも話しました〉
「悟君は今どこにいるんだい」
〈千葉にいるそうです。幹夫のことを話したら、あいつもショックを受けたみたいで〉
「そうか……」
〈夏休みなんで、あいつ、今日東京に来るって言ってます〉
「えっ、今日?」
〈はい。二時に新宿駅で待ち合わせしてるんです〉
 二時ならまだなんとか間に合う。
「敦史君、よかったら私も同席させてくれないか」
〈もちろんです。だからオヤジに言って秋吉さんに連絡してもらったんです。本当は昨日のうちに連絡したかったんですけど、そういうときに限ってオヤジの奴、遅くまで帰ってこないもんだから〉
 今度は敦史の後ろで弁解する緒形の声が聞こえてきた。

   11

 二時十五分に、指定されたJR新宿駅西口の地下改札に到着した。
 昔と違って今は人のまばらな発券機のあたりに立っていたTシャツの少年がこちらに向かって手を上げた。緒形敦史だった。
 その傍らには、高校生のようにも見えるがっしりした体格の少年がいた。学校の制服らしい、白いシャツに黒い学生ズボンを着用している。彼が斉藤悟なのだろう。中学三年生なのだから高校生に見えても不思議はないが、敦史に比べ、たくましく大人びた空気をまとっている。敦史がロックバンドのTシャツ姿であるだけに、よけい際立ってそう見えるのかもしれない。気のせいか、どことなく幹夫に似た雰囲気をも感じさせた。
「ごめん、待たせて悪かったね」
 小走りで近寄ると、二人は緊張したぎこちない動作で頭を下げた。
「いえ、全然大丈夫です」
 敦史が早口で応じる。仕事柄、「『全然』の用法が間違っている」と普段なら言いたくなるところだ。
「こっちが斉藤悟君です。こんなにでっかくなってて、オレも最初は分かんなかったくらい」
 敦史に紹介され、少年がより丁寧に挨拶する。
「斉藤です。はじめまして」
せんにち出版の秋吉です。梶原君のお父さんの下で働いています」
 名刺を渡して自己紹介する。大人から名刺をもらうことに慣れていないのだろう、悟はもの珍しそうに名刺に書かれた肩書などの文言に見入っていた。
「君達、お昼はもう食べた?」
「はい」
 二人同時に答えが返ってきた。遠慮しているようには見えなかった。秋吉自身は昼食どころか朝食もとっていなかったが、今はそれどころではない。
「じゃあ、お茶でも飲みながら話そうか」
 先に立って二人を地下街のカフェに案内する。こういうことは大人の役目だ。できるだけ落ち着いた店を選んで入店する。
 オーダーを済ませた途端、悟がこらえかねたように訊いてきた。
「大体の話は敦史君から聞きました。幹夫君が死んだって、自殺だっていうのは本当ですか」
「亡くなったのは本当だ。だけど、自殺だと断定されたわけじゃない」
「じゃあ、事故なんですか」
「それも分からない。結局、曖昧にされたままなんだ。調べた限りでは、警察の対応を含め、そういう事例は多いらしい」
 慎重に言葉を選び、自分の推測は交えないよう配慮しながら話す。本音の部分では幹夫の自殺をほぼ確信しているが、大人としてそうした予断を子供達に伝えるわけにはいかなかった。
「僕が引っ越してからどんなことがあったか知りませんけど、幹夫君は自殺なんてするような奴じゃありません」
 悟が語気を強めて言った。
 初対面の大人に対してもものじせずはっきりと主張する。そうした生真面目さも幹夫にそっくりだった。幹夫と馬が合ったのもうなずける。
 その悟が「幹夫は自殺ではない」と主張する。そのことも秋吉の心証を逆に裏付けた。
 つまり、「自殺するからにはそれなりの理由があるに違いない」ということだ。
 秋吉の〈予断〉あるいは〈推測〉でいうと、それは「父親の不正を知った」からにほかならない。
「私だってそう思う。だから真相を調べてるんだ」
「敦史君から連絡をもらって、僕、すぐに東京に行こうと思ったんです。でも、バイトがあってどうしても……」
 悔しそうにうつむいた悟は、ぽつぽつと絞り出すように話し始めた。

▶#7-3へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年7月号でお楽しみいただけます!


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