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連載

月村了衛「白日」 vol.14

息子が謎の死を遂げた、尊敬する上司。その上司のことを、週刊誌がなぜか調べているという。月村了衛「白日」#4-2

月村了衛「白日」

※この記事は、期間限定公開です。

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「あの、飴屋さんの様子を探りに行ったんじゃないんですか? 私、てっきり……」
 こちらが黙っているので、亜寿香がげんそうに問い直してきた。
「いや、その通りなんだ。しかし飴屋の話をどう解釈したものか、頭の中でうまくまとめられなくてね」
 かろうじてごまかしたが、本当にごまかせたのかどうか、我ながら自信がなかった。
「なんて言ってたんです、飴屋さん」
「荻窪に行きつけのラーメン屋があるってさ」
「噓に決まってるでしょう、そんなの」
「本人も噓だと言っていた……いや、そうとまでは言ってなかったな」
「どっちなんですか」
「それが分からないから困ってるんじゃないか」
 飴屋との会話を不必要に繰り返し、考える時間を稼ぐ。
 そして、決断する。
「どうやら飴屋は、俺達の行動を完璧に把握しているらしい」
 亜寿香が小さく息を吞むのが分かった。やはり演技とは思えない。
「それって、どういうことなんですか」
「つまり、誰かが飴屋と内通してるってことさ」
「でも、私達が先週緒形さんの家に行ったのを──」
 そこまで言ってから、亜寿香ははっとしたように沢本の席に視線をる。
「まさか、沢本さんが」
「分からない。彼がそんなことをするとは思えないし」
「でも、ほかに知っていた人なんて……」
「ともかく、飴屋は俺達に警告しようとしたんだと思う」
 それだけで彼女はすべてを察したようだった。
「分かりました。気をつけます」
「お互い、そうすることにしよう」
 亜寿香は一礼して自席に戻った。どこまでも平静に見える足取りだった。
 これでよかったのだろうか──
 自分のパソコンを起動させながら、秋吉は自問自答する。
 答えはない。ただひたすら、機械的にキーを打ち続ける。そうすることによってしか、無限に続く疑心暗鬼の輪を断ち切れなかった。

 午後になって、デスクの内線が鳴った。表示された番号を見ると文芸編集部からだった。
「はい、推進部第一課秋吉です」
〈俺だ、だ〉
 第四部の宇江の声が飛び込んできた。
「あっ、宇江さん、この前はどうも」
あいさつは置いといて、今すぐにこっちへ来られるか〉
 切迫したものを感じ取り、我知らず声をひそめる。
「行けますけど、何があったんですか」
〈こっちで話す。すぐに来てくれ……あ、絶対に誰にも言うなよ。一人で来い〉
「分かりました。すぐに行きます」
 自然な態度を装って立ち上がり、ドアの方に向かう。
 廊下へ出たとき、図らずもちょうど戻ってきた沢本と出くわした。
「あ、課長、どちらへ」
 動揺が顔に出なかったか、大いに気にしながら答える。
「営業から呼び出された。これだから中間管理職はめんどくさいよ」
「お疲れ様です」
 特に不審そうな様子も見せず、沢本は室内へと入っていった。
 秋吉は半ば反射的に息を吐き、エレベーターホールへと急いだ。
 前回訪れたときと変わらず、宇江の席は本とコピーの山に埋もれていた。違っていたのは、予期せぬ先客がいたことだ。
 雑誌編集部の新人で、名前は確かきたもりだった。新人と言っても、入社してすでに三、四年は経っているだろう。それでもまだ初々しさを残す童顔だ。
「まあそこら辺に座ってくれ。いつもとおんなじでほかに聞いている者はいないから心配するな。ただし、大声は出すなよ」
 宇江は秋吉に空いている椅子を勧め、近くに座っていた北森を紹介する。
「北森は知ってるな。『パラダイス・アレイ』の編集部にいる。大学ラグビー部の後輩で、入社時に相談に乗ってやったりしてたんだ」
「よろしくお願いします」
 とてもラグビー部出身には見えない体格の北森が、緊張の面持ちで頭を下げる。パラダイス・アレイはせんにち出版の月刊総合情報誌で、コミックやエンターテインメント色の強い雑誌の多い千日出版の中でも、比較的硬派の路線を維持していた。
「教育事業推進部の秋吉です」
 秋吉も腰を下ろしながら挨拶を返す。
「早速だけど、さっきこいつが妙なネタを持ってきたもんでさ、おまえも興味あるだろうと思って呼んだんだ。北森、悪いけどさっきの話、もう一回頼む」
「はい」
 北森は心持ち椅子を前に引いて話し出した。
「僕の知り合いで、『週刊まいせい』で記者をやってる男がいるんですが、そいつがどうも、ウチのかじわら局長について調べてるらしいんです。ウチと違って役員命令の自粛なんてないものだから、ご家族にも取材しようとしてひどく追い返されたとか」
「週刊毎星が梶原さんを?」
 うっかり大きな声を出してしまった。宇江が苦い顔で唇に人差し指を当てる。
 秋吉は慌ててトーンを落とし、
みき君の件はウチにとっては大問題だが、毎星にとっては単なる一家庭内の問題じゃないのか」
「それが、調べてるのは幹夫君のことじゃないんです……あ、いや、幹夫君の件にも関係してるから調べ始めたと思うんですけど、毎星が追ってるのは、局長のいくそうしや時代のことなんです」
 育草舎は、かつて千日出版が吸収した教育系出版社の名門である。梶原局長はその幹部役員であった。
「局長の経歴は社員の誰もが知っている。今さら週刊誌が追いかけるほどのネタじゃないだろう」
「いいから黙って聞け」
 口を挟んだ秋吉を、常になくいらった様子で宇江がとがめる。
「秋吉さんのおっしゃる通り、そのことはみんなが知ってます。だけど、育草舎からウチに移ってきたのは梶原さんだけ。しかも教育事業局を任されるという最高の待遇です。社長や幹部役員を含めた育草舎の他の社員は、みんな散り散りになったっていうのに、梶原さんだけ妙に恵まれすぎてるとは思えませんか」
「それは局長の実力と人望があってのことだろう。現にウチで梶原さんがやってきた仕事を見れば──」
「梶原局長の実力については異論なんてありません。だけど、人徳とか人望とか言い出せば、育草舎の社長だったくささんは教育出版の良心とまで言われてたそうですし、番頭格の副社長だったがわさんは草野さんを支えて現場を仕切った豪腕の持ち主だったそうじゃないですか」
「よく知ってるじゃないか、北森君。君、ひょっとして俺より年上なんじゃないの」
 言ってから後悔する。込み上げる不安に、としもない皮肉を口にしてしまった。
「確かに僕は当時のことなんて直接知ってるわけじゃありません。全部伝説として聞いた話です。育草舎って、教育出版の世界じゃレジェンドですから」
「じゃあ、何が言いたいんだ」
「育草舎の吸収はウチの社長マターだったんですよね」
 その通りだ。ゆえに梶原局長は忠実な社長派と見なされている。
「もしかして、吸収の際に何か不正があったということか」
「それが……そういうわけでもないようなんです」
 北森が言いにくそうに顔をゆがめる。
「毎星が最終的に狙ってるのは、どうやらウチのこうどう学園のプロジェクトそのものらしいんです」
「まさか」
「しかも、そこへ局長の息子さんが死亡するって事件があったものですから、いよいよ本腰を入れてきたようで……」
「いいかげんなことを言うな。局長を別にすれば、黄道学園については俺が一番よく知ってる。このプロジェクトは、社会にとって意義ある事業だ。週刊誌に狙われるようなスキャンダルとは絶対に無縁だと断言できる」
「そんな、僕に言われても……人づてにそんな話を耳にしたところへ、さっき言った毎星の知り合いがそれとなく接触してきて社内事情を聞き出そうとしたもんだから、これは何か根拠があるんだろうなってピンと来たわけで。あ、もちろん毎星の奴には適当にとぼけておきました」
「その根拠ってのは一体なんだ」
「だから僕も詳しくは知らないんです。ネタがネタですから、社内で相談できるのは宇江先輩しかいなくて……」
「秋吉、俺がなんでおまえを呼んだか、これで分かったか」
 腕組みをして聞いていた宇江が口を開く。
「毎星は記者にも昔気質かたぎの目利き腕利きが揃ってるって評判だ。そいつらがはっきりウチに目を付けた。その意味が分かるか」
 週刊誌には大きく分けて新聞社系と出版社系とがある。毎星新聞社の系列である毎星新聞出版が発行する週刊毎星は言うまでもなく前者の代表的な例だ。
「認めたくないが、毎星が飛びついてくるような何かがウチにあった。梶原局長と黄道学園に関してだ。自分の会社のこととは言え、俺だって事件モノやノンフィクションをやってる出版人だ。どうしたって気になるさ。北森のパラダイス・アレイだって関係なくはないだろう」
「もちろんです」
 緊張と自負の入り混じる面持ちで北森がうなずく。
「第一、ウチがひっくり返ったりしたらコトだしな。自慢じゃないが、このトシで再就職できる自信はねえよ」
 軽く冗談めかして笑ってから、宇江は厳しい顔に戻って言った。
「毎星につかまれる前に俺達でこの件について調べるんだ。だが事が事だから最小限の人数でやる必要がある」
 それがこのメンというわけか。
「この情報を持ってきたのは北森だし、パラダイス・アレイは社会情勢や事件も扱ってる。少しくらい動き回っても怪しまれないだろう」
「えっ、ちょっと待って下さいよ」
「社内じゃねえ。社外で、の話だよ。毎星や他のメディアの動きを調べるんだよ」
 北森はほっとしたようだった。彼もまた社内で目を付けられることを恐れているのだ。
「分かりました。それでしたら」
「次に秋吉、おまえは黄道学園構想の全体について熟知してるし、同時に誰よりもプロジェクトの成否が気になってる。そうだよな」
「はい」
「だったら決まりだ。この三人でやる。北森はパラダイス・アレイの取材のふりをしてほかの雑誌や新聞社を当たれ。俺はノンフィクション系のライター連中に探りを入れてみる。秋吉は吸収前後の育草舎について知ってる人を当たってくれ。そっち方面に人脈はあるんだろう?」
「ええ。編集者だけじゃなく、教育関係の人達とはまめに連絡を取るようにしてますから」
「よし、すぐにかかろう」
 秋吉は立ち上がろうとした宇江を呼び止める。
「宇江さん」
「どうした」
「人事課の飴屋には気をつけて下さい」
 北森が目を見開く。
 宇江は慎重な様子で、自らを鼓舞するかのように頷いた。
「分かってる。おまえが黄道学園について詳しいように、俺は社内政治に詳しいんだ。職業柄というやつかな」
 独り言にも似た宇江の言葉は、頼もしくもあり、またどこまでも秋吉の不安をかき立てた。

▶#4-3へつづく
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