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連載

月村了衛「白日」 vol.22

「課長はすでにやってますよね、隠蔽を」。極秘のはずだった上司の不正疑惑を部下から突き付けられた。 月村了衛「白日」#6-1

月村了衛「白日」


前回までのあらすじ

千日出版で課長の秋吉。大手塾らと新会社を設立し引きこもり対策を謳う高校を作る計画が、梶原局長の息子・幹夫の謎の死で中断。幹夫も引きこもりで自殺という噂に。社内は以前から梶原ら社長派と専務派が対立し、秋吉は人事課の飴屋に警告される。梶原と文科省との癒着疑惑が持ち上がり、対策会議が開かれるが、秋吉は娘が過去のいじめのフラッシュバックで倒れ、中座した。翌々日出社した秋吉に、極秘のはずの癒着疑惑が部下達から突き付けられた。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

   8(承前)

しやべっちゃった……ような気がします……すみません」
「『気がします』って、どういうことですか。こんな大事なこと、もっとはっきり言って下さい」
 寿さわもとに嚙みついた。今まで抑えつけていたものが急に爆発したようだった。
「すみません。軽率でした。本当にすみません」
 沢本はひたすら頭を下げ続ける。
 どうやら彼には背後関係のようなものはないようだ。これ以上責めてもらちは明くまい。
「分かった。もういいよ、沢本君。こうなると、問題はあらの真意だな。それが分からないと、課の意見統一なんてとても無理だ」
 新井には三歳の息子と第二子を妊娠中の妻がおり、ローンを組んでマンションを購入したばかりだと聞いている。思いつめた挙句、保身のための工作に走ったとしてもおかしくはない。一方で、彼が理想を持ってこうどう学園の仕事に取り組んできたというのも事実である。
「どうするんですか、課長。課内の一本化もできてないのに、てんゼミに説明なんて。いそかわさんは確か、何人かで伺うとかおっしゃってましたよね。この状況だと、磯川さんの上のしまさんまできゆうきよおいでになる可能性もあるのでは」
 亜寿香の推測は充分にあり得るものだった。
まえじま君」
「はい」
「悪いが、戻って新井君を呼んできてくれ。沢本君は落ち着くまでしばらくラウンジでお茶でも飲んでてくれないか」
「はい」
 二人は同時に立ち上がり、会議室を出ていった。
 アクティブで闘志を残した亜寿香に比べ、沢本の後ろ姿はしようぜんと打ちひしがれたものだった。
 何か声をかけてやろうかとも思ったが、あえて口を閉じる。今の自分に言えることは何もない。
 間もなく、新井を連れた亜寿香が戻ってきた。
「なんのご用でしょうか。僕はコミック学参の仕事で手が離せないんですけど」
「そこに座ってくれ」
 ふて腐れたような新井に着席を促す。亜寿香がドアを閉めるのを確認し、あきよしは軽く息を吸ってから切り出した。
「新井君、君は沢本代理に意図的に接近して情報を聞き出していたね」
「はあ、なんですか、それ」
「沢本が吐いた。とぼけても無駄だぞ」
「それって、まるっきり容疑者の取り調べじゃないですか。ウチはいつから警察になったんですか」
「時間がないんだ。取り調べでもなんでもいい。さっさと話せ」
「話すことなんかありませんし、こんなふうに詰問されるのは不当だと思います。パワハラに当たるんじゃないですか」
「パワハラか。そう思われても構わない。今は俺達全員が崖っぷちに立っている。下手をすれば黄道学園どころか、教育部門が丸ごと吹っ飛ぶ。確か君は言ってたよな、『残りの人生をこのプロジェクトに懸けて今日までやってきたんだ』と。あれは噓だったとでも言うのか。君は教育に取り組んできた自分自身の仕事を否定するのか」
「その言葉、そっくり課長にお返ししますね」
 新井は完全に開き直ったようだった。
「課長はすでにやってますよね、隠蔽を」
「なんのことだ」
かじわら局長の不正行為です」
 頭に血が上るというのはまさにこのことだろう。秋吉は懸命に怒りを抑えつつ、
「君はさっきの話を聞いていなかったのか。あれはまだ確定したわけでは──」
「おんなじです、そんなの」
 新井の方が先に声を荒らげた。
「仮に疑惑の段階であったとしても、課長は僕達に言わなかった」
「言えると思うかっ。常識的に考えろっ」
「そう言うと思いましたよ。だから沢本さんに聞くしかなかったんだ」
「それで正当化できると思っているのかっ」
 亜寿香が鋭く制止の声を差し挟む。
「課長!」
 我に返った思いで、秋吉は椅子にもたれ込む。
「お互い頭を冷やそうか。君は沢本君に接近した。情報を聞き出すためだ。いろいろと気になっていたというのはよく分かる。私だって同じだからな。だからこそ私も苦労してあちこち調べ回っていたんだ。しかしその情報を課のみんなに流して扇動したのはどういうわけだ」
「扇動なんて、そんな……」
 新井の語尾に弱さが滲んだ。ささくれ立ち、かえって鋭敏になっていた秋吉の知覚がそれを捉える。
「君は会社を潰したいのか」
「そんなわけないでしょう」
「だがそうなりかねないことを君はやったんだ」
 新井がうつむく。
「言ってくれ、何があった」
「僕には守るべき家庭があるんです」
「それは私だっておんなじだ。他のみんなだって」
「だったら分かるでしょう。今課長が言った通りだ。たとえ会社が潰れなかったとしても、教育部門がなくなったりしたら、僕らはどうなるんですか。他の部署に異動できたとして、会社は今とおんなじ待遇を保証してくれるとでも言うんですか」
「ちょっと待て、もしかして君は──」
 そのとき、突然ドアが開いて小太りの男が入ってきた。
「あれっ、ここ使用中だったの?」
あめ!」
 驚いて立ち上がる。新井も、そして亜寿香も。
「おかしいなあ、押さえといてくれって言ってあったんだけど、あれかなあ、手違いかなんかかなあ」
 白々しくもそんなことをつぶやいていた飴屋は、
「あっ、新井君、こんなとこにいたの」
 初めて気づいたような素振りで新井の肩を叩いた。
「有給か何かの申請書類に不備があるから、至急見てほしいって。僕は関係ないのに、捜してきてくれって頼まれてね。いやあ、僕ってひょっとして社内の便利屋みたいに思われてんのかなあ」
 そう言いながら秋吉に向き直り、
「悪いね、秋吉課長。そういうわけで新井君は借りていくから……じゃ、行こうか」
 新井とともに退室しようとする。
「待て飴屋。新井はウチの課の人間で、大事な話の真っ最中なんだ。それを勝手に連れていこうなんて、一体何を考えてるんだ」
「だからごめん。今言ったようなワケでさ」
「その程度の用なら少しくらい待てるだろう」
「でもねえ、西にしわきさんが言ってるんだよ。『飴屋クン、頼まれたことはすぐにやるべきだね』って。あの人、神経質な上にいろいろ細かいからさ」
 西脇本部長が──
 全員が言葉を失う。
 おどけた口振りで物真似まで披露しながら、飴屋は上層部の関与を示唆しているのだ。
 新井を連れて退室しようとした飴屋が、ふと思いついたように足を止めた。
「あ、そうだ秋吉。それから前島さんも。君達に一つだけ言っとこう。たぶん僕からの最後の忠告だ。教育部門を存続させたいなら、もっと情報の共有化を図るべきだよ。その点において、社長はなんて言うか、前近代的なんじゃないかな。ま、いずれにしても僕の私見だけどね。じゃ」
 立ち尽くす秋吉と亜寿香を残し、ドアが閉められる。
 秋吉は力を失って座り込んだ。
 新井が自分に呼び出されたことを、誰かが飴屋に通報した。それを受けて飴屋が新井の口封じ──そう言って悪ければ〈救出〉──にやってきた。
 新井は飴屋の〈情報提供者〉だったのだ。いや、もとからそうであったとは限らない。今回の件でふんまんと不安を募らせていた新井に、飴屋がつけ込んだと考えた方が近いだろう。それは取りも直さず、専務派の意思であるということだ。
 そして──飴屋の〈最後の忠告〉。
 飴屋は自分達に情報を逐次提供せよと迫っている。また社長は信用できないとも。
 梶原局長に関する情報を社長はなぜか開示しようとしない。誰がどう考えても、局長が社長派であるからとしか思えなかった。
 そのことに鑑みれば、飴屋の言も一概には否定できない。しかし、だからと言って自派に従えとどうかつするようなやり方には反感を覚える。
「課長」
 亜寿香がこちらに不安そうな視線を向ける。当然だ。自分たちは今、最後の選択を迫られたのだ。
 専務派にくみするか、否か。
「どうします、課長」
 ややあって、亜寿香が再び力なく言った。
「どうするって、何をだい」
 半ば投げやりな気分で応じる。
「いろいろ……全部ですよ」
「全部か、そうだな」
 駄目だ。圧倒的な無力感に押し潰されて、どうにも考えがまとまらない。
「取りあえず仕事に戻ろう」
「明日の件はどうします。天ゼミとの面談です」
「もうこうなったら、ありのまま正直に話すしかないだろうな」
「そうですね」
「ああ、それと前島君」
「はい?」
「この先、どうなるかは分からないけど、もしものときが来たら、君は君の思う通りに決断するといい」
「何を言ってるんですか」
 あきれたように亜寿香が返す。
「言われなくてもそのつもりですけど」
 そうか──そうだろうな──
 全身に無理矢理言うことを聞かせる思いで立ち上がり、亜寿香とともに会議室を出る。
 ふと考えた。今まで自分は一体なんの仕事をやっていたのだろうかと。

▶#6-2へつづく
◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年6月号でお楽しみいただけます!


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