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連載

月村了衛「白日」 vol.15

もはや社内に信用できる者はいない。上司の過去を調べるうち、気になる証言が……。月村了衛「白日」#4-3

月村了衛「白日」

※この記事は、期間限定公開です。

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   7

 もはや社内に信用できる者はいない。
 親しい人は何人もいる。だがこうなってしまえば、いつ、誰が裏切るか、神ならぬ凡俗の身に見分けがつくものでは到底ない。
 ことに人事課長の飴屋と人事課員達は要注意だ。そして各部署に潜んでいるらしい彼の〈協力者〉にも。
 直接の部下である沢本と亜寿香にも打ち明けられない。それどころか、彼らの目をあざむきつつ宇江から任された役目をこなさなければならないのだ。
 課長代理の沢本と、課長補佐の亜寿香。この二人のどちらかが飴屋と内通している可能性が高い。会社の廊下を歩くにも、気がつけばあしもとに仕掛けられたトラップを気にしている。どうしようもなく現実的でありながら、どうにも現実感がない。まるでゲームの世界のキャラクターにでもなったような気分であった。
 危険な兆候だと思った。信じられないこと、信じたくもないことが重なりすぎて、現実と虚構の境を見失いつつある。
 だがこれはまぎれもない現実なのだ。
 このトラップに満ちた道をくぐり抜けない限り、黄道学園の実現はない。また自分の将来もない。
 秋吉は本来の業務をこなす傍ら、育草舎について調べ始めた。
 当時の社員に連絡し、昔話に興じるふりをして情報を集める。
「あの頃はまだよかったよ。今はさ、政府主導で教育改革とか言っといて、いざふたを開けてみたらなんのことはない、てんでお粗末なもんじゃないか。かわいそうなのは学生さんと親御さんだよ。政治家も役人も自分のことしか考えてない。見苦しいねえ。文科省の看板なんて外した方がいいんじゃないの」
 育草舎で参考書の編集をやっていた老人は、老人ホームの面会室でじようぜつに話してくれた。
 自分が現役だった往時を懐古し、現在の状況を切って捨てる。老人に特有の傾向だと言い切れぬあたりが今という時代の恐ろしさだ。
 老人の思い出話と繰り言に微笑ほほえみながら辛抱強く耳を傾け、合間を見つけては求める方向へと話題を誘導する。
「あの頃から梶原さんはやり手だったね。とにかく話をまとめてくるのがうまかった。君も知ってるだろうけど、この業界は何かあればすぐ文科省に呼び出されてさ、ねちねち役人に嫌味を言われる。それがもう、ほんと偉そうなの。私なんか、何度キレそうになったことか。君が代の記述がどうとか日の丸の図がこうとか。おまけにあいつら、朝令暮改もいいとこだからね。その時々の政治家の顔色だけ見てさ。そこへいくと梶原さんは偉かった。何を言われてもじっと我慢して、最後には必ずいい結果を持ってくる。だから社長の草野さんも信用してたんだ。千日出版さんも、梶原さんのそういうところを評価したんだと思うよ」
 誰に訊いても、梶原の人物像に大きなぶれはなかった。
 それは取りも直さず、秋吉の知る梶原そのものであった。
 しかし、中に一人、気になることを口にする者がいた。当時梶原の下で働いていたまつもとという男である。今は出版とは無関係な会社で働いているという松元は、皆と同じく、梶原の手腕を評価しながら、最後にこう付け加えた。
「千日さんとの縁談ね、あれは確かに育草舎にとっては渡りに船って感じだった。出版不況はとっくに始まっていたからね。その話を持ってきたのが梶原さんだった。あの人が千日のはるさんとそんなつながりがあったなんて、全然知らなかったもんだから、いや、驚いたねえ。はっきり覚えてるよ。草野社長だって驚いてたくらいだ。その後両社の交渉窓口になったのも梶原さん。功績は大きいよね。だから千日の重役に納まったのも当然だと僕は思ってるんだけど……」
 そこで松元はじっと考え込むように、
「うん、こうして振り返ってみると、梶原さんの手掛けた仕事って、全部が全部、うまくいきすぎてるような気もするな。当時の僕はただ梶原さんに言われるままに働いて、ただ『すごい、凄い』って感心するだけだったけどさ。それにしても……」
 またも考え込んだ松元をそれとなく促す。
「何か気になることでも?」
「うん、やっぱりうまくいきすぎだよ。ほかの人が交渉してらちが明かない案件でも、梶原さんが手掛けると魔法のようにうまくいく。僕も社会人、いや会社人かな、長くやってきたけどさ、普通はないじゃない、そんなこと」
「梶原さんには何か特別な手法とかがあったってことでしょうか。もしくはコネとか」
「さあ、そこまでは……梶原さんの下にいた僕が知らないくらいだから、もしそんなのがあったとしたら、よっぽど気をつけて隠してたんだろうね。ま、どっちにしたって、確信があって言ってるわけじゃないから。仮にそうだったとしても、僕の梶原さんに対する敬意はこれっぽっちも変わりませんよ。手法であっても人脈であっても、それが会社員の武器ってもんじゃない」
「おっしゃる通りです」
 松元に同意を示して別れたが、その話は秋吉の心になぜか不自然な苦味となってかすかに残った。

 梶原局長は依然休暇中で、会社には姿を見せていない。
 秋吉の元には、黄道学園プロジェクトに関連する企業から説明を求める客が今も絶えることなく訪れていた。黄道学園の主体はジュピタックのテクノロジーによるインタラクティブ授業だが、通信制高校では登校して実際に授業を受ける「スクーリング」の実施が定められている。このスクーリングやリアルでの充実した交流を目的とした校舎の建設も計画されているため、建設業者や学校用品の納入業者もやってくる。ことに幾多の修羅場を踏んできた海千山千の建設業者を相手にするのは、秋吉一人の手には負えない。金額も莫大だ。当然この部長や他の幹部を交えての大掛かりな会議となる。
 そうした業務と並行して、コミック学参シリーズの仕事もこなさねばならない。自ずと疲労が溜まっていった。
 だがここでくじけるわけにはいかない。
 秋吉は本業のわずかな合間に、宇江のいるフロアへと向かった。集合の時間はSNSのアプリケーションでお互い連絡を取り合って決めるようにしている。
 そこで宇江、北森と合流し、それぞれの成果を報告し合う。
 秋吉の報告が松元の話に及んだとき、北森が勢い込んで言った。
「やっぱり、梶原局長にはなんかあったんじゃないですかね、育草舎時代に」
 宇江が鋭い目を向ける。
「おまえの方にも引っ掛かってくるようなことがあったのか」
「そうなんです。さすがに毎星は危なくて避けましたけど、『チューズデイ』とか『国際論壇』とかの知り合いに当たってみたところ、どこも梶原さんのこと調べてるみたいでした」
「ほんとかよ。みんなして大事なネタをおまえにベラベラ喋ってくれたってのか」
「まさか。それとなく振ってみたら、みんな『へえ』とか『ふうん』とか言って、気がつくと話をらされてる。ベテラン揃いだけあってうまいもんです。うますぎるもんだから、かえって分かるんですよ。あ、当たってたんだなって」
 宇江は「うーん」とうなって無精ひげの伸びたあごをさすった。
「付け加えると、まだ水面下で動き始めたところって感じもしましたね。何か確証があったら、千日の僕なんてもっと警戒されると思うんですよ」
「宇江さんの方はどうでした?」
 秋吉が振ってみると、宇江は組んでいた足をほどき、
「実は、俺の集めた情報も符合するんだ。『月刊ろんそう』とかでライターやってる男がいてな、今風に言うとジャーナリスト、昔風に言うとルポライター、もっと昔風に言うとトップ屋ってやつだ。ウチでも何冊か出してて、そのときの担当が俺だった。そいつに探りを入れたら、言葉を濁しやがるんだよ。俺が千日の社員だと知ってるからな。それでもいろいろ突っ込むと、梶原さんの人脈を調べてるって認めたよ。まだ下調べの段階だとも言ってた。さすがに黄道学園との関係までは口に出しもしなかったがな」
 局長の人脈──
 秋吉が思いを巡らせていると、北森が首をかしげながら、
「あの、どうも話が広がりすぎてませんか。どの雑誌も梶原さんを追ってるなんて、政治家とか芸能人とかのスキャンダルじゃあるまいし」
「なんだよ、おまえが自分で言ったんじゃないか」
 あきれたように宇江が応じる。
「そりゃそうなんですけど、なんだか実感が湧かなくて」
 実感が湧かないのは、秋吉も同じであった。
 それから五分ばかり意見を交わし、その日は解散となった。いくら宇江のフロアがかんさんとしていると言っても、そうそう長居はしていられない。怪しまれる危険が増大するし、仕事の時間も迫っている。
 秋吉は急いで六階に戻った。エレベーターの中で腕時計を見る。来客との面会時間が迫っていた。
 その日の客は、てんのうゼミナールのいそかわだ。議題は授業内容の確認である。黄道学園プロジェクトはあくまでも〈一時停止中〉であって、間もなく再開すると各社に説明している。天能ゼミナールとしてはその間にも細部の詰めをできるだけ行なっておきたいのだ。向こうから足を運んでくれるだけ、ありがたいとも言えた。
「あ、課長、天ゼミの磯川さん、もうお見えになってます」
 フロアに入ると、沢本が立ち上がって告げた。
「応接室にお通ししておきました」
「そうか、じゃあ急ごう」
 約束の時間より五分ばかり早く来るのが磯川の常である。秋吉は必要な書類をまとめて脇に抱え、亜寿香と沢本を連れて応接室に向かった。
 先方も何人かで来ていると思ったが、予想に反して磯川一人であった。
「いや、どうも、お待たせしました」
 明るい表情を作って席に着いた秋吉は、磯川の表情がいつになく険しいものであることに気がついた。

▶#4-4へつづく
◎第 4 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!


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