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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.13

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#12-5

藤井太洋「第二開国」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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 空がこんなにすぐそばにあるなんて、Uターンしてくるまで考えてもいないことだった。中学生の頃は当たり前だったというのに。
 観測所の駐車場に車を止めた昇は、つい最近になって町がたてた戦跡の案内板に目を通してから、二手に分かれている入り口の、下の方を選んで観測所に足を踏み入れた。観測所の建造物に入る上の道は、天井のはくらくがあるせいで通行止めになっているのだ。
 観測所の、鉄筋コンクリートで作られた低い円筒の壁は潮風にさらされて滑らかさを失っているが、およそ八十年前のものとは思えないほどしっかりと形を保っていた。
 展望台越しに見える東シナ海には、青い大気に溶け込んだ徳之島がうっすらと浮かんでいた。真夏を思わせる晴天が大気をレンズにでも変えたのか、以前見たことのある徳之島よりもずっと近くに見えていた。
 昇は、自宅で調べておいた数字を思い出していた。
 西古見から徳之島までの距離はおよそ四十六キロメートル。もしも〈エデンの園号〉を発見したら、最短の場合一時間で船はすぐそこまでやってくるという計算だ。
 船のこちら側から見物するのならあまり考えなくてもいいことなのだが、実久側からやってくるはずの祝や蒲生と落ち合うには、海峡を横断しておきたい。
 昇の腕前では、この場所から海峡を横断するのに一時間かかるから、やはりこの場所で〈エデンの園号〉がやってくるのを見張る必要があるというわけだ。
 昇は、展望台の周りに巡らされた手すりをでながら、望遠鏡を据えておく場所を求め、展望台の奥へと足を踏み入れようとして、立ち止まった。
「間渕さん? ここで何を──」
 展望台の中央で、間渕がこちらを向いて立っていた。
 ひそめた眉は、なぜかいらたしそうではなく、困っているようだった。
「昇さんこそ、どうしたんですか」
「ええと──」
 妨害工作を仕切っている間渕に、何を言えばいい?
 いくつもの疑問が頭の中に湧いてきた。
 車は? 駐車場に車は止まっていなかった。間渕はどうやってこの場所にやってきたのだろう。
 有馬は? いつも二人で動いているはずだ。彼は──ああ、車だ。
 何をしている? もちろん、昇と同じことをするためにやってきたのだろう。〈エデンの園号〉をいち早く発見するため、そして現場で指揮をするためだ。
 どうして困ったような顔をしているのだろう。逮捕──には、事前の準備が必要なはずだ。わかった。間渕は今日、ここで昇と会うことを予想していなかったのだ。
 車は? これは考えたんだっけ。そうそう、有馬が乗ってどこかに……おや? 今聞こえたクーッという音は、トヨタのモーター音じゃないだろうか。高級車特有の、プスッというドアの閉まる音に続いて、砂利を踏み締める足音がした。
 振り返ると、駆け寄ってくる有馬が拳を大きく振りかぶっていた。
「うわああ」
 我ながら情けない声をあげた昇は、膝をがくりと折ってしゃがみ、有馬の拳をやり過ごした。そのまま車に向かって走ろうとしたが、首の後ろに何か硬いものをぶつけられて、そのまま地面にたたき伏せられてしまう。
 有馬が拳を返して、甲で殴ったのだと気づいたときには、スニーカーの爪先が昇の腹を目掛けて飛んでくるところだった。体を抱くようにして、肘で爪先を防いだ昇は転がって有馬との距離を取り、続く攻撃に備えて体を固めた。
「やめろ!」と叫ぶ声に顔を上げると、間渕が有馬の前に割って入るところだった。
「何考えてるんだ。昇さんは、推進派の中心人物だ。蒲生の友人でもある。殴ってただで済むと思うのか」
「やどん、海ば見とらしたろが(でも、海を見たじゃないですか)!」
「黙れ」
 間渕の声は大きくはなかったが、有馬は息をんで一歩下がった。
 彼の肩越しの海に、何かが見えた。
 江仁屋離の沖から西古見湾の入り口に立ち並ぶ三つの岩礁──さんれんたちがみにむけて、黒いブイが転々と浮かんでいるのだ。潮流に押されて、大きなSの字を描いているブイの水面下には、黒い糸のようなものが見えた。
「あのブイ、なんですか?」
 聞きながら、昇には答えがわかっていた。
 間渕たちは大島海峡を封鎖しようとしているのだ。
 有馬の目に再び怒りがともる。
「待て」と言った間渕を押しのけた有馬は、昇に再び突進してきた。
 真横に逃げた昇は、展望台の手すりを乗り越えて、小さな足場に降り立った。下は崖だ。二十メートルほど下にはソテツが群生している。
「手を出すなよ。バラされたくなければね」
 昇は、ポケットの中からスマートフォンを取り出してLINEを開いた。ビデオ通話でこの状況を誰かに伝えなければならない。誰かに伝えれば、自分も助かるかもしれない。昇は塚田を選んで、通話ボタンを押した。
 一瞬だけ動きを止めた有馬は、肩を揺すって、今度は悠々と近づいてきた。
「いいのか? 公安の工作がバレるぞ」
「バレない。つながらないから」
 有馬が、昇に腕を伸ばしてきた。
 体を後ろに反らせた昇は、圏外表示に目を疑った。
 ユリムンビーチ周辺は、この五月に建てた実久の5Gアンテナが使えるはずだ──そうか。あのアンテナを海底ケーブルとつなぐ工事をしたのは喜矢武先輩だった。
 彼を抱き込んだ公安は、〈エデンの園号〉が入ってくるこの日、ユリムンビーチ周辺の携帯電話の電波を止めたのだ。
 斜面が緩やかそうな場所を選んで、昇は飛んだ。

#13-1へつづく
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