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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.16

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#13-3

藤井太洋「第二開国」

※この記事は、期間限定公開です。

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 海峡を挟んだ位置に見える砂浜はさね集落だ。山がちなうち町では、アンテナが山の向こうに隠れるだけで圏外になってしまうのだが、集落の裏山には、携帯電話の集合アンテナがはっきりと見えている。
 昇のスマートフォンは二年前の旧製品だが、実久の集合アンテナが建ってからは、ユリムンビーチの周辺で携帯電話が使えなくなることはなかった。
 海峡を封じるブイの列と、携帯電話の不調は、関係があるはずだ。
 まずは警察だが、まともに取り合ってくれるかどうかが不安だった。
 海峡封鎖に関係しているらしい間渕は、確かないの、それも東京の公安だったはずだ。ホテルに閉じこもっているという彼の上司の女性は間渕よりも上等な警察官らしい。そんな二人は古仁屋警察署にどんな圧力を加えているだろうか。
 とにかく、電話がつながったら通報だけはしておこう。
 次に連絡しなければいけない相手は、二年にわたって造ってきた西古見港に、初めて〈エデンの園号〉を迎え入れようとしているユリムンビーチの港湾関係者たちだ。この砂浜が途切れる磯の向こう側まで行けばいい。だが、いま昇の姿を隠しているアダンの並木は磯のずっと手前で終わってしまう。アダンの木の下を這っているうちは蛍光グリーンのラッシュガードも保護色になるが、黒々とした岩が並ぶ磯を抜けていくときは、救助を求めている遭難者のように目立ってしまうだろう。
 運よくユリムンビーチまで行き着けたとしても、それ以上、やれることはない。観測所からやってくる有馬に捕まってしまうはずだ。
 陸づたいに行けないのなら、海に出るしかない。シーカヤックで漕ぎ出せば間渕も有馬も手が出せないし、幸いなことに海峡の正面は蒲生の住む実久集落だ。距離は六キロメートル。昇の力なら二十分ほどで海峡横断できる。
 大きく海に張り出したアダンの幹を越えると、木の下に縛り付けていたカヤックが目に入った。百五十メートルほど先、といったところだろうか。
 昇は、再び観測所を振り返ってから、カヤックまでどの程度で行き着けるか考えた。
 砂浜を走ってカヤックに駆け寄り、船体だけ海に押し出すか、それともギリギリまで這い寄ってからカヤックの隣に置いてある荷物を積み込んで、それから海に出る方がいいのか。
 走れば二十秒から三十秒ほどでカヤックまで行き着けるが、観測所にいる間渕か有馬にも見つかってしまうだろう。彼らのどちらかが車に飛び乗って、三百メートルほどの下り坂を一気に駆け下りてくると、カヤックを海に押し出す前に捕まってしまうかもしれない。
 ギリギリまで這い寄って、荷物を全て準備してからエントリーした方が良さそうだ。
 そう決めた昇は擦りむいた右肘と左膝を支えにして、左肘と右膝を大きく動かしながらカヤックに近づいていく。
 残り五十メートルを切ったところで、昇は砂浜が自分の後ろに流れていくような感覚に這い進むのを止め、首を上げてあたりを見渡した。
「何? あれ……」
 異変は海で起こっていた。海抜ゼロメートルの波打ち際まで降りてきたせいでよく見えなかったブイが、昇の後方──江仁屋離の方へと動いているのだ。何かが起こったらしい。
 間渕たちが〈エデンの園号〉を見つけて、ブイを設置した人に連絡をしたのだろうか──そうだ!
「まさかブイを浮かべたのも……」
 昇がアダンの木の中で体を起こして、低い樹冠のすぐ下まで頭を持ち上げると、ポッポッポッという音が波に乗って聞こえてきた。音の方向に目をやると灰色の船体に赤い線が目立つ、背の低い船が小さな水しぶきを立てて向こう側に走っていくのが見えた。昇はその船に見覚えがあった。りようへいまる、という名前だっただろうか。いつもは、漁協の脇に陸揚げされている古いタグボートだ。
 よく見ると、海峡の途中でもブイを引いている漁船があることがわかった。
「二、三……いや、あれもか。全部で五隻だ」
 昇は船の動きをじっと見つめて、四隻の漁船とタグボートが、ほぼ同時に方向転換していることに気づいた。連絡を取り合っているということだ。
「スマホが使えないのに──あ、そうか!」
 昇は突然、全てがに落ちた。
 海峡封鎖の実行犯が、ブイの存在を通報したり、港に連絡したりさせないために、携帯電話の電波も封じてしまったのだ。漁船とタグボートは、無線を使っているのだろう。
 そして昇は、誰が実行犯なのかも確信した。
「喜矢武先輩、ダメだよ。こんなことしちゃあ」
 おそらく先頭の、江仁屋離のすぐ近くにいるタグボートを喜矢武は操っているのだろう。
 今、彼を止められるのは自分しかいない。
 昇はカヤックまで急ぎ這い寄って、カヤックの隣に転がしておいたバックパックの中身を船首の防水ケースの中に移し、座席の奥に押し込んであったライフジャケットを身に着けた。二つに分かれていたパドルを繫いで、流されてしまわないようにリーシュコードを船体に引っ掛ける。
 バックパックの下に置いてあったドローンのケースは、しばらく考えてから座席の後ろにねじ込んでおいた。スマートフォンが圏外のままで使えるかどうかはわからないが、集落の裏山にあるアンテナが見えるところまでカヤックを出せば、繫がる可能性がある。
 アダンの木の下で準備を終えた昇は最後にもう一度だけ、振り返って観測所を見上げ、間渕と有馬がこちらを見ていないことを確かめて、カヤックの船体に手をかけた。
「いくぞ」
 昇が飛び出して行こうとした瞬間、オレンジ色の点がすっと遠くの海の上を動いた。
「なんだ?」と昇は目を凝らし、それから叫んだ。
「蒲生さん!」
 オレンジ色の点は、蒲生の所有する木造船、アイノコだった。蒲生は、海峡封鎖に成功しつつある喜矢武を止めようとしているのだ。すっ、すっと二拍子で前進するアイノコは、蒲生といわいの二人が漕いでいるはずだ。
 アダンの木の幹に足をかけた昇はカヤックの船体を引きずって砂浜に飛び出した。おい、と呼び掛けられた気がしたが、昇は振り返らずに幅の狭い砂浜を突っ切ってカヤックを海に滑り込ませた。
「待たんか!」という声が、今度ははっきりと聞こえた。観測所からだろう。有馬の声だ。
 振り返った昇は、手を振ってから海に浮かぶカヤックの上を歩いてシートに腰を下ろした。
「蒲生さん、よし! 今行きます!」
 二人だけに任せるわけにはいかない。
 島に住む自分がやらなければいけないことなのだ。

#14-1へつづく
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