menu
menu

連載

藤井太洋「第二開国」 vol.8

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#11-3

藤井太洋「第二開国」

>>前話を読む

      *

 窓に寄りかかったぶちそういちろうは、川沿いの道を走る、小柄な黒いジャージ姿の一団を目で追いかけた。〈民純同志会〉のメンバーだ。暑さにはもう慣れたらしく、痛さを感じる日差しの中で走る彼らの足取りは確かだ。
 今日は昼食の後で西古見に向かうらしい──ということは、帰りは夜になる。
 彼らが持ち込んだ街宣車の黒いハイエースは、巨大なスピーカーと重いアンプを積み、全員が乗れば定員を五人もオーバーしてしまうので、大小合わせて二十近くもある岬を回る、海沿いの山道を法定速度の半分ほどでしか走れない。そのため、普通なら一時間半ほどで行ける西古見まで、片道二時間半をかけてしまうことになる。
 来島したばかりの頃は、古仁屋でも通過する集落でも大音量で軍歌を流し、「難民は、国に、帰れー」などとラウドスピーカーでがなりたてていた〈民純同志会〉だが、町長と警察署長から直々にやめてくれと申し込まれたせいで活動は縮小している。今は西古見の現場で一時間ほど示威運動を行い、古仁屋に帰ってきてからは、旅館からワールドリゾートインスティチュートが古仁屋事務所を置いている町役場まで徒歩で行進して、ハンドマイクでがなる程度にとどめている。
 間渕はデスクでノートPCを睨んでいる、むらおり警部に声をかけた。
「あれの支払い、大丈夫ですか」
 街宣車一台とメンバー十五人の「政治団体」を動かすには、一日あたり三十万円ほどかかる。来てからもう二週間になるので、ここまでで約四百万円ほどかかった計算だ。
 画面から顔を上げた檜村は軽く頷いた。
「スポンサーには理解してもらってる」
「三週間動いてもらって六百万円ちょっと。それでゆさぶれるのだから、安いものですね」
ありくんには?」
「反対派が増えた、と言っておきました」
 そんな事実はないし、町民の意見など調べてもいない。そもそも街宣車を歓迎する住民などいるはずもないのだが、足しげく旅館を訪れて〈民純同志会〉とやりとりしている有馬のやる気をぐ必要はない。
 檜村が民族派を自任する議員を通して政治団体を動かしてもらったのは、賛成派の神経を逆なでして町民の対立をあおるため。そして、なんとなく反対という程度の一般人に反対運動を敬遠させて、実力を振るってでも〈エデンの園号〉の入港を阻止しようと考えている人たちを孤立させるためだった。腹芸のできない有馬にこんな目的を伝えると、どんなスタンドプレイで台無しにされるかわからないのだ。
 今のところはうまくいっている。〈民純同志会〉を呼び寄せたために古仁屋の有力者たちからは白い目で見られるようになったが、思いつめたような顔でホテルを訪ね、実力行使を申し出る者は、現時点で十名ほど集まっている。
 同じことを考えていたのか、檜村は唇の端を軽く持ち上げて満足そうな笑みを浮かべていたが、何かを思い出したらしく首をかしげた。
「民純の彼らに、議員のお金は渡ってるのかな」
 間渕が首を横に振る。
「大阪に帰ったら、三万円ぐらいもらうんだそうです」
「三週間のギャラが三万円? 少しお小遣い出しておいて」
「有馬を通して渡してます。一日あたり二千円ほどですが」
「安っ、馬鹿にするな、って思われてない?」
「感謝されてますよ。リーダーと運転手以外はベトナム人ですからね」
「……なんですって?」
「技能実習生です。最近はなり手が少ないらしいので、外国人が増えてるんだそうです」
 檜村がこめかみを押さえて肩を震わせた。笑いをこらえているようだ。間渕が窓際からデスクに使っているカウンターに戻ってスツールに腰掛けたところで、ようやく檜村が声をかけてきた。
「国に帰って、どんな仕事をするっていうのかしら」
「さあ」
 間渕は肩をすくめた。
 労働力が足りないのは事実なのだろうが、右翼のごとにまで外国人の手を借りるのは、狂っているとしか言いようがない。一つだけ言えることは、週給一万円で聞いたこともない南の島に追いやられ、島民の憎悪を浴びた彼らが日本を好きになることはないということだけだ。
 それにひきかえ、間渕たちがとんさせようとしているユリムンビーチは、五千人の難民から千人を選抜し、施設にある医療機関の技能実習生として引き受ける計画を立てているのだから気がる。給与も休暇も、支払う税金も日本人の技師と変わらない。医療機関を中心に据えた、地域開放型の難民滞在施設というWRIの計画は、下手な統合型リゾートよりもずっと、海峡を持つこの町を豊かにする計画だ。
 それでも秩序への挑戦は許せない──というのが檜村と、彼女を日本初の女性警視総監にひきたてようとしているスポンサーの議員たちの意思で、あらゆる可能性を検討しているところだった。
 先週、間渕は送り出し機関と受け入れ機関の両方がWRIの関係企業だというところに目をつけた。労働者に不利な派遣になりがちなので、同じ企業が労働者の送り出しと受け入れをすることは禁じられているのだ。この違法性を突いて計画を揺さぶろうとした檜村は、スポンサーの議員からストップをかけられた。日本で二番目の規模を誇る、技能実習制度の設立にも深く関わった派遣会社のスキャンダルが報じられそうだというのだ。議員によれば官邸とのつながりも深いその派遣会社は、外国人を送り出す企業に多額の投資を行っているのだが、その金は、日本にやってくる外国人の保証金を肩代わりするために使われているという。その工作には外務省も経済産業省も関わっているので、明らかになれば政権が転覆しかねないスキャンダルだ。法の理念に忠実で人数も少ないユリムンビーチの案件を告発すると、百万人の奴隷労働と題した記事が公開されかねないという。
 記事のコピーを渡された間渕は、その背後に蒲生の影を感じていた。
 他にもいくつか、ユリムンビーチの違法性を突こうとした間渕だが、その度に正しさで競って勝てる相手ではないという苦い事実を突きつけられて、今は実力行使の方法を検討しているところだった。
 間渕はホワイトボードに貼った、湾内施設図に目をやった。
 図面の中央に描かれているのは、西古見湾に浮かぶ、東西三百八十メートルの浮き桟橋だ。上面はコンクリートと多孔質アスファルトで覆われているが、本体は鉄骨を発泡FRPで包んだ新素材でできている。鉄骨の露出部に取り付けたアンカーから伸びるワイヤーは、さんを避けて慎重に配置された二百五十のケーソンに接続されている。
 図面には〈エデンの園号〉の入港計画も記されていた。西から海峡に入ってくる〈エデンの園号〉は、地元の人々がさんれんたちがみと呼ぶ海から突き出た三つの岩を通り過ぎたところで停船し、そこから横向きに湾の中に入ってくる。
 真横に船を進めるために、〈エデンの園号〉は船首の膨らみを左右に貫通する穴に取り付けた横向き推進のためのバウスラスターというプロペラ推進装置と、船の後方底部から突き出したプロペラ付きモーターポッドの両方を使う。どちらも、船内のディーゼルエンジンで発電した電気で動くのだという。エネルギーを無駄遣いしているのではないかと思った間渕だが、船の底部から突き出たモーターポッドは三百六十度回転して、前進後退、左右への水平移動、そして斜め方向へも自由に進めるのだと聞いて納得した。
 確実に船を止めるならモーターポッドだ。
 覚悟を決めてホテルを訪れた十名にそれとなく聞いてみたところ、船舶免許を持っている三名は、やはりモーターポッドに何かを絡めて航行不能に陥れる方法を考えていた。幸いなことに、西古見湾は東シナ海に向いて開けている。航行不能に陥ったクルーズ船が漂ったところで、それほど大きな問題にはならない。座礁したところで、双胴の〈エデンの園号〉が転覆したり、沈没したりすることはないだろうということだった。
 実行するなら、高価な機材を山積みにしてテスト寄港する来週がベストだ。一般客という名の難民家族が乗船していないのもいい。人が一人でも出れば、ことは檜村の扱える範囲を大きく超えてしまうだろう。
 日付は決まった。
 だが、決まったのはそれだけだった。船は漁協から貸してもらえるし、船舶免許を持っている志願者も確保したのだが、〈エデンの園号〉を足止めする仕掛けは決まらない。ワイヤーは水底に沈んでしまうし、ナイロンの網ではプロペラに引きちぎられてしまうだろう。何せモーターポッドは、生の昆布ケルプを引きちぎって走る力を持っているのだ。
 道具もだが、間渕の頭を悩ませているのはチーム編成だった。
 正確に言えばリーダーだ。
 電話やコンピューターを用いた指揮なら間渕の得意とするところだし、地に足がついてさえいればなんとかなる、というだけの場数は踏んできているのだが、船上で、小山のようなクルーズ船を相手に立ち回るイメージは持てない。
 相手はインフラだ。
 心当たりがないではなかった。説明会で、ぶきというWRIの社員に絡んでいた、たけという男だ。調べたところ、携帯電話の電波塔や海底ケーブル、電柱などを相手に仕事をしているらしいが、説明会の後はめっきり人づきあいが悪くなったという。
 間渕は湾内施設図を見直した。
 リーダー不在なら、漁協から借りた船を船首のバウスラスターにぶつけて、自分自身はライフジャケットを着て海に飛び込むしかない。その結論に至ったのが三日前だ。
 暖かい大島海峡なら、大した危険もないだろう。サポートの船を待たせておけばいい。確かめるようにそのプランを思い浮かべた時、間渕は昇に連れられて渡った海の中の川を思い出した。
 まるでジェットコースターのようにカヤックを押し流したあの流れに──忘れていた。あの海は、蒲生の庭だ。
 カヤックより何倍も重いはずの木造船を、かい一本で軽々と操るWRIの資金調達係が、西古見湾の向かい側に住んでいる。彼がモーターボートを持っていないという保証もない。
「参ったな」
 思わず漏らした声に檜村が反応した。
「どうしたの」
「現場にWRIの支援者、蒲生が出る可能性があります」
「排除できる?」
「難しいですね。遮るものがありません」
 ふむ、と檜村は視線を巡らせて何かを考え、間渕と同じ結論を口にした。
「土地勘のある工作員が必要なのね」
 間渕は頷こうとした時、ドアにノックがあった。
 間渕がドアの脇まで行って「どちら様ですか」と聞くと、小さな声が聞こえてきた。
「アマンコープに勤めている──」
 泣いているかのような声は途切れたが、その声には聞き覚えがあった。
 昇につきまとっている叶恵美だ。

>>#11-4へつづく ※11/4(月)公開
◎第 11 回全文は「カドブンノベル」2019年11月号でお楽しみいただけます。


「カドブンノベル」2019年11月号

「カドブンノベル」2019年11月号


※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。


関連書籍

カドブンノベル

最新号 2019年12月号

11月10日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP