menu
menu

連載

藤井太洋「第二開国」 vol.20

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#14-4

藤井太洋「第二開国」

※この記事は、期間限定公開です。

>>前話を読む

 ぷつりと電話は切れた。
「どれぐらいかかります?」と、観測所のトーチカの中から、有馬の声が響いた。
「わからん。久慈ってのは、三つ先の集落だったかな」
「その通り」
 三人目の声が観測所の広場に響いた。
「だれだ!」
「蒲生だよ」
 両手を上げた蒲生が、観測所の裏側から歩いてきた。
「このやろう──」と言いかけた有馬がひゃあっと短い悲鳴を上げて、トーチカの中に転がり込む。
「そんなに驚くことはない。撮影、録音をこなすドローンだよ」
 蒲生の言葉通り、観測所のトーチカの窓の外には、赤と白に塗り分けられたドローンが浮かんでいた。よく見ると、両手を上げてやってきた蒲生は、右手の中にコントローラーを握り込んでいるようだ。
「今の話は録画、録音させてもらった」
 トーチカの脇を歩いてきた蒲生は、すっとしゃがんで、草むらの中から小さな機械を取り出した。
「これがマイク。朝から録音させてもらいました」
「……違法だぞ」
「海峡を封鎖するのだって違法ですよ。下手すると国際法に違反します。公安のなんか吹っ飛びますよ」
 蒲生は、ドローンのコントローラーを持っていない左手をこちらに向けた。そこには、小ぶりなスマートフォンが握られていて、録音メモのアプリが立ち上がっていた。
 そして画面の下半分には、音声を共有するためのダイアログボックスが開かれている。蒲生のたくましい親指は〈送信〉ボタンをすでに押さえていた。指がボタンから離れれば、喜矢武と話していた録音が共有される。これでは殴り倒すこともできない。
「有馬さんも、外に出てこようよ」
「有馬!」と、呼びかけると、大きな体が観測所の窓からのっそりとい出てきた。
「間渕さん、大丈夫です」
 そう言った有馬は、無抵抗を示すように両手を上げて歩き、間渕の横に並んだ。
「申し訳ないね」と言った蒲生は、楽な姿勢を取るように伝えて、自分も反対側の壁に体を預けた。
「いくつかお願いがあるんだが、まずは海峡封鎖を行った島民たちの捜査を公安で引き継いでくれないかな。資料を引き取った君たちは古仁屋を離れる。そして戻ってこない」
「捜査をやめろ、手を出すな、ということか」
 蒲生はうなずいた。
「虫のいい話だな。お前らだって叩けばほこりは出るだろうに」
 蒲生はスマートフォンの後ろに重ねて持っていたらしい、銀色のクレジットカードを滑り出させて、間渕の足元に放った。
「もちろんタダとは言わない」
 拾い上げたカードはアメックスのプラチナカードだった。裏面にはメールアドレスと、カードの暗証番号らしい四桁の数字、そして四つずつ区切られた英数文字列が油性マーカーで書かれていた。
「まず、一つ目のプレゼントだ。このカードで今日最終の鹿児島行きを三人分予約してあるから、この話が終わったら古仁屋に泊まっている上司を連れて、空港から鹿児島に帰ってくれ」
「それが一つ目か」
「そう。二つ目はそのカード自体だ」
「……これは?」
「ジャック=デルマスのカードだ。彼がビビって日本に入ってこないぐらいのネタを、アメックスのサイトの取引履歴から拾うことができる」
「なんだって?」
「もしそうしたいなら告発してもいい。決定的なものじゃないから、逮捕まではできないが」
 有馬は口をぽかんと開けたまま固まっていた。
 信じていいのかどうかわからないが、真剣そのものの蒲生のまなしを疑う理由もない気がする。少なくとも冗談を言っているわけではなさそうだ。
「社長だろう? 動けなくなったら、そこの施設とクルーズ船の経営はどうなるんだ」
「今日、新しい取締役が就任した。間渕さんも会ったことがあるよ。カントリーマネージャーだった矢吹クロエだ」
「彼女で大丈夫なのか?」
「失礼な言い方だな」
「いや……」
 祝や、目の前の蒲生が率いていくというならわかる。二人が嫌なら、アマンコープのとくか、昇に託すのも悪くない。だが彼女はだめだ。二度しか会ったことがないが、喜矢武をいたぶった攻撃性を抑えなければ、誰もついていかないだろう。
「考えたが、やっぱりダメだろう」と、再び口にすると、蒲生が吹き出した。
「すまん、その通りだよ。今までの彼女は向いていなかった」
「変わったのか」
「まあね。もしも会う機会があったら、その変わりように驚いてくれ。時間がない。喜矢武が来る前にそのカードを持って帰ってくれないかな」
 うなずいた間渕は、有馬を背中で押すようにして駐車場にあと退ずさっていった。
「蒲生さん、次にどこかであなたを見たら──」
「見ない」
「国外に逃げるつもりか」
 無表情を貫いた蒲生の顔が、観測所のトーチカの向こう側に隠れて見えなくなった時、間渕は突然降って湧いた疑問を振り払うことができなくなった。
 ワールドリゾートインスティチュートをそそのかして、二千億円もの資金を動かしたのは、蒲生なのではないだろうか。
「蒲生!」
「間渕さん?」
 気遣わしげな声をかけてくれた有馬の腕を、間渕は振り払った。
「聞こえてるか? 全部お前なのか!」
 間渕の叫びは、群生する蘇鉄の葉擦れの音にかき消された。

 エピローグ

 昇たちが海上タクシーで古仁屋の町に到着すると、繁野らは店を開けんばと言っていそいそと繁華街の方へ戻っていった。
 待合室の外でタバコを吸っていた運転手の一人が突然立ち上がって追いすがってきた。
「はげ、ちょっと待たんね。あんた!」
「私?」
 首を傾げた祝が立ち止まると、祝に呼びかけた運転手は、さんばしに連なってまっている船の中から、ちようへい丸を指さした。
「昨夜、あれに乗った人よね」
「そうだけど」
 祝がうなずいた瞬間、その運転手は両手の拳を握りしめて吠えた。
「やったがなあ!」
 興味深そうに祝と昇を見つめていた他の運転手の中には、しまった、という顔をしたものもいる。
んの勝ちよぉ! こんが昨日のきゆむんどぉ(この人が昨日の美人さんよ)。夢ちなんか言ったんは誰だったかい(夢だと言ったのは誰だった)?」
 怪訝な顔で見ていた他の運転手たちが腰を上げる。としかさの──記憶が正しければ昇が中学生の時から海上タクシーをやっている禿はげあたまの男性が一歩前に出て、祝を見上げる。老運転手の毛のない頭皮は、手にしたコップに入った焼酎のせいだろうが、ピンク色に染まっていた。
 老運転手は、コップを祝に突きつけた。
「あんた、本当に長平丸に水着で上がって、実久まで乗ったわけ?」
 祝が「はい」と答えると、運転手は「はっげぇ」と呻いて肩を落とした。
「わかったや?」と祝を呼び止めた運転手が声を上げ、六調の手振りで、掌を上にして他の運転手たちに「千円、千円、二千円。あいがっさまりょーした(ありがとうございました)!」と言いながら、渋々差し出された千円札をもぎとっていく。
 長平丸の運転手は、集まった千円札から二枚を抜き出して祝の手に握らせた。
「ありがとうね!」
「今日はどうするわけ? 今日も実久に行くの?」
 首を横に振った祝は、立って見ていた昇の肩を叩いて、八月踊りのおはやが聞こえる古仁屋の町に行こうと誘った。

 海に平行に走り、二つの川を越えて、保安庁の港と漁港、貨物フェリー港、そして海の駅に隣接した〈フェリーかけろま〉の港を結ぶアーチ型の橋ができたのは、昇が島を離れる直前のことだった。
 端のスパンはたかだか八十メートルほどで、好きに支柱を作れるはずなので、アーチ型にした理由は特にないというが、レインボーという橋の名前の理由にはなった。橋のたもとと中央の支柱のところには少し休める場所が作ってある。
 その、手前側の公園を通り過ぎようとする時、昇はふと長平丸の運転手とのやりとりで気になったことを祝に伝えることにした。
「佳乃は、昨日の夜、タクシー予約してなかったんだね」
「え? そうだよ」
「予約したって言ってなかった?」
「そうだっけ」
 目をらした祝の表情で、昇は昨日の言葉を正確に思い出した。
 飛び込んだ祝は泳ぎながら、もうすぐ時間なのよ、と言ったのだ。
 言葉だけなら、待合所が閉まる時間だとか実久行きの乗合が出る時刻だとか、または友達と待ち合わせている時間だとか、いろいろ解釈の余地はある。だが、あのタイミングであの声色で言われた時に、昇は海上タクシーを予約していると思い込んだ。
 蒲生のところに、帰るつもりだと。
「昨日は、実久にいくって決めてなかったの?」
 立ち止まった祝は、欄干に背中をもたせかけて昇を見つめた。
「佳乃が黙っちゃうなんて珍しいね」
「雄太こそ──まさか雄太に引っ掛けられるなんて、思わなかった」
 ビールを口に含んだ祝は、もう一方の手を昇の首にかけて引き寄せる。唇が当たる。
 歯が、二度目にカチリと当たったところで口づけを解いた二人はもう一度唇を重ねた。息が詰まりかけたところで再び解いた。
「ごめん」
 言った瞬間、昇は昨日のやりとりを思い出した。酔った祝は──いや、酔ったふりをしていた祝は、昇の肩をどついたのだ。
「やめて」
 祝らしい、しなやかな声だった。
「でも、ごめん」
 昇は祝の右隣に立って、同じように欄干によりかかった。抱き寄せたい、と強く思ったが、それよりも今は話しておきたいことがあった。
「佳乃はこれからどうするの?」
 祝は真っ暗な空を見上げた。
「雄太は? 残るんだよね」
「先に僕が聞いたよ」
 祝は目を丸くして昇を見つめて、それから口を開いた。
「決めてないけど、すぐにどこかに行くと思う。ごめん、まだ決めてないんだけど」
「謝らなくてもいいよ。また難民関係?」
「どうかなあ」祝は夜空に顔を戻した。「次は別のことをしたいかな。思い切り寒いところで考えるとか」
「蒲生さんには相談したの?」
「いや、何も話してない」
「だいたい彼だって、ヤギ牧場の後継者を見つけたら次に行くんじゃないかな」
「そういうもんなの?」
「そういうことを話さないからわからないけど、あの人ならどうにだってなるでしょ」
 昇が言うと、祝は付け足した。
「彼は、ジャック=デルマスと同じタイプよ」
「フランスの、だよね。話したことないからなあ」
 祝は額に手を当てた。
「そうだっけ。そうか、私も古仁屋では会ってないや。雄太と話は合わないと思うよ」
「徳田さんは仲良くなったみたいだけど」
 その言葉を聞いた祝は、笑顔を浮かべて首を横にふった。
「社長は腹が据わってるもん。何を言われたって変わらないぐらい強くないと、ジャック=デルマスとは仲良くなれない。矢吹さんは飲み込まれちゃった」
「マネージャーの──彼女は?」
「どうするんだろう、今は船の中で自主的に謹慎してるらしいけど」
 祝は首を捻って沖に停泊している〈エデンの園号〉に顔を向けた。つられて昇も、月の明かりに照らされている巨大な船を眺めた。今日の騒ぎでわずかに傷が入っているはずだが、さすがにこの距離からではわからない。
 手で触れられそうな距離で、海底ケーブルの引き込み線を引きちぎって入港した〈エデンの園号〉を目にしていなければ、今こうやって月明かりの下で目にしている巨大な船体がどれだけの奥行きと力を持っているのか、捉え損ねてしまうだろう。
 この船は、古仁屋の町に住む人を、全て乗客として迎え入れることができるのだ。
 この船と同じ規模の施設が、車で一時間二十分走った西古見に用意された。
 そこにはこの冬、手厚い看護を行うスタッフたちとともに、何百家族かの難民がやってくる。クルーズ旅客に許された三ヶ月から九ヶ月の滞在期間ごとに少しだけ「海外旅行」にいく彼らは再び戻ってきてユリムンビーチに根を下ろす──もはや取り繕っても仕方がない。
 西古見の、少なくともユリムンビーチは外国になる。
 家族とともに訪れる子供たちは、復活する久慈小学校に通って、日本語で授業を受けて育つことだろう。
 つたなくはあっても日本語を話す子供たちと彼らの家族が暮らすユリムンビーチを、古仁屋に住む僕たちはどう考えるのか。戦乱で失った四肢を補う高度な技術や、寝床から起き上がれない人々の心がそれ以上さいなまれないように助ける医療環境を、この町の人々は使うことができるのだ。
 それだけではない。この国が失ってきたものを、力を見ることができる。
 昇は、〈エデンの園号〉に見入っている祝に顔を寄せた。その動きに反応して、祝は体を寄せてくる。これが最後だ。
 昇は耳元でささやいた。
「古仁屋に残る、しばらくは」
 突き放されるかと身構えた昇に、祝は体を預けた。
「やっぱり、そうか」
「うん。やっぱりそうする」
「お父さんのことだよね──」
 言いかけた言葉がある。それは──
「しばらくだよ。父さんは最後まで島にいたいらしいから、そうできるように何か考える。ありがとう」
「何が?」
 祝は首を捻って昇の顔を正面から見た。
「ユリムンビーチだよ、間に合った。僕が考えて決められる間でよかった。親が完全に動けなくなる前でよかった。もう一度言うけど、ユリムンビーチのおかげで選択肢が増えた。ありがとう」
「そうか。よかった」
 祝は、昇の腕を支えにして、橋の欄干にもたせかけていた体をまっすぐに立てた。昇を見つめている目が揺らいだわけではないが、気づくと、祝の向こう側に一艘のボートが浮かんでいた。
 電気モーター推進のボートには、ライフジャケットを着た〈エデンの園号〉のスタッフが二名座っている。これが今日の午後なら、祝を迎えにくるのは蒲生のアイノコだったはずだ。彼のヤギを引き継ぐのも悪くない。
 ボートを発見した昇に、祝は軽く笑いかける。
「もう、行っちゃうほうがいいのかな」
 昇は祝の手を取って、海に降りていく階段へと歩いていった。
としゆえには帰っておいでよ」
「次はいつだっけ」
「数えで三十六歳になる年の正月」
「ええと──」
「四年後、二〇二八年の一月だよ。もう出欠を取り始めてるから、だいすけにLINEで連絡しておいて」
 波に洗われる段まで降りた昇は、祝をボートに送り出す。
「わかった。帰る予定は組んでおく」
「何してるのかわからないのに?」
 揺れるボートの上でバランスを取る祝は不思議な顔をした。
「いいよ、もういい。ここで待ってるから」
 しばらくは。

 了 

※本作は単行本として小社より刊行予定です。
◎最終回(第14回)の全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年2月号

「カドブンノベル」2020年2月号


関連書籍

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年3月号

2月10日 配信

怪と幽

最新号
2020年1月号

12月19日 発売

小説 野性時代

第196号
2020年3月号

2月13日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP