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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.12

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#12-3

藤井太洋「第二開国」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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 昇は、スポンジの型に収めたドローンに視線を落とした。
 高卒の技術者でありながら課長代理にまでなった父が、退職間際にラジコンヘリの撮影現場について行くほどの機械好きというのは意外だったし、しゃっきりとしていないときに、こんなに話ができたのも久しぶりだった。
 手振れのない高解像度映像で撮影する巨大なクルーズ船の映像は、これからしばらく父との会話を助けてくれるかもしれない。
「わかった、撮っておくよ」と答えたとき、昇は映像で記録する価値に気づいた。
 このあと昇が、ユリムンビーチの開園を支援するとしても、考えにくいが反対運動を熱心に行っているかのうの方を手伝うことになるとしても、間近で撮影した〈エデンの園号〉の映像は必ず役に立つはずだ。
 父は、カレンダーの上で九時を指そうとしている時計をじっと見つめていた。
「入港はいつ?」
 午後五時だと答えると、しばらく考えてから父はこちらを向いて、重々しく、当たり前のことを口にした。
「早めに出らんばや」
「そうだね」
 カヤックを預かってもらっているせいすいの大山スポーツまで車で十五分。カヤックをスバル・サンバーの屋根に積むのに十五分、古仁屋で食事や飲み物などを買って西古見まで行くには、大山スポーツを出てから二時間ほど見ておいた方がいい。
 今出ても、到着は十一時半になる。
 エントリーする浜にカヤックをおろすのに三十分、そこから展望台に向かえば午後一時近くになっているだろう。
 船というものが港に入るときにどんな作業があるのかわからないが、進水したばかりのクルーズ船が、まだ一隻も船を受け入れたことのない港に入るわけだから、入港予定の一時間前──午後四時には海峡に着いていてもおかしくはない。
 父が教えてくれたどちらの展望台でも、徳之島の横を北上してくる〈エデンの園号〉を七十キロメートル先で発見できる。カタログスペック上限値の時速四十六キロでやってくるなら、見つけてから一時間半で到着することになるが、時速三十キロなら二時間二十分かかる。
 今すぐに出て、午後一時から待ち始めるのは決して早すぎないということだ。だが、三十分後にやってくる介護サービス〈あまくまネット〉に父を預けてから出たって遅いわけではない。
 昇がどちらにするか迷っていると、父は再び時計を見上げた。
「八月踊りには間に合う?」
 この質問は想定内だ。
「たぶん、大丈夫」
 実は間に合わない。〈エデンの園号〉が予定通り、五時に入港したとしても、カヤックをしまい、古仁屋に戻って来られるのは午後七時を回っているかもしれない。就寝の時間が日に日に早まっている父は家に帰りたがるはずの時間だ。
たかおかもテーブルを出すから、その辺りで待っててよ。〈あまくまネット〉の人がついててくれるから。ヤギ汁も出るよ。僕は知らんけど、久しぶりなんじゃない?」
「はげ懐かしゃ。雄太が子供の頃も出てなかったろ」
「そうだっけ」
 昇はもう一度時計を見て、やはり早いうちに出ようと決めた。
「じゃあ、今日は行くね」
「船の映像、楽しみにしてるからや」
 わかった、と言って昇はドローンのケースを縁側のマリンバッグに放り込み、縁側のサンダルを突っかけた。着替えと緊急時の食料を入れたバックパックを左肩に引っ掛けると、山桃の葉を通り抜けてきた朝の日差しが肌を焼いた。
 今日も暑くなりそうだ。
 じゃあ、と父親に声をかけようと振り返ると、縁側に降りる窓のすぐ近くに、父が立っていた。
「言ったかどうか覚えとらんけど、雄太は好きにしていいからや」
「大丈夫。遅くても七時には戻るから」
「誰が今日のことなんか話した。ユリムンビーチと雄太のことよ。反対でも賛成でもいいし、雄太が島を出ることになってもいいから、自分の勝手にせえよ」
「父さん──」
 雄太は言葉を飲みこんだ。父の表情には、何日かに一度訪れる覚醒は感じられない。それでもこの小さな港町を揺るがしている話題と、自分の息子の将来に関係を見出しているのだ。
 何度も、じっくり考えていたことなのだろう。
「わかった。好きにする」
 ふうっと父の両肩から力が抜けた。日差しに押されるようにして部屋の暗がりへと下がっていった父は、籐の椅子に腰を下ろした。
「父さんは島を離れんから。それだけしてくれればいいからや」
「わかったよ」
 父は手をあげて、もう行けという風に振りながら言った。
「古仁屋にもこだわらんから」
 ユリムンビーチでもいい、ということだ。
 昇は大きな、島を離れた中学生の時のような声で言った。
「行ってきます」

#12-4へつづく
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