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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.3

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#10-3

藤井太洋「第二開国」

 想像していたよりも早く、ドアに強いノックの音が響いた。
「有馬です」
 間渕が扉を開けると、シャワーを浴びたばかりらしく、短髪がまだれたままの有馬が立っていた。もともと日に焼けていたが、この二カ月、古仁屋で亜熱帯の日差しを浴びていたせいで、肌の色は一段と濃くなり、鍛えた身体の陰影を際立たせている。
 白い半袖シャツに袖を通し、黒いスラックスを穿いた姿は、まさに警察官だ。間渕に同行していた二カ月の間は、Tシャツに半ズボンのような格好をしていることも多かったのだが、警察庁のキャリア警部がやってきたので身なりを整えたというわけだ。
「早かったね。フロントに言って、カードキーをもう一つ作ってもらうよ」
「ありがとうございます。失礼します」
 形式的に間渕に礼を残した有馬は、大股に歩いて檜村の前に向かった。もはやノンキャリの警部補、間渕の下で動くわけではないということなのだろう。いろんな意味でわかりやすい。
「午前中は?」
 檜村は間渕に向けたのと同じ質問を投げかけた。
 間渕はテーブルに戻り、午前中に集めてきた資料を並べて、次に檜村に見てもらうものを選ぶ作業に入った。
「水産振興課分室です」
 間渕にはわかった。ユリムンビーチのおかげで町役場に収まりきれなくなって、漁協の二階に間借りしている部署だ。
「それ、何かの協会?」
「役場で、ユリムンビーチの港湾管理を行っている部署です──」
「ああ、わかった。タグボートの会社は聞いてきた?」
 間渕は手を止めて、二人に声をかけた。
「何をしようとしているんですか」
「安全確認よ。タグボートは、クルーズ船にさわれる業者でしょう」
 檜村が表情を読ませまいとしていることに気づいた間渕は、部屋が暗くなったような錯覚を覚えた。やはり、破壊工作か。だが、政治団体の覚えめでたいキャリア警部を告発する危険もまた、間渕のよく知るものだった。
「〈エデンの園号〉には九千人も乗ってくるんです。一人でも死なせてしまえば国際問題にされてしまいます。バレないように、人を絶対に傷つけないようにしなければなりません」
 間渕は何気なく聞こえることを願いながら言葉を選んだ。怖いのは、現場を知らない檜村が、有馬の持ってくる不十分な情報を元に計画を立ててしまい、引き返し可能地点を過ぎてから間渕に実行を命じてくることだった。
「まさかタグボートでがんしように押し付けようなんて考えているわけじゃないんでしょうが」
 有馬は首を横に振ったが、檜村はあっさりと認めた。
「そこまで雑じゃないけど、そう。何かできないかと思って。で、どうだったの?」
「使わないとのことです」
「え?」
 質問への答えが得られなかった檜村は、いらだたしそうに首を傾げる。キャリア警部の不快そうな顔に驚いた有馬は、助けを求めて目を泳がせて、あの、と口ごもる。
 そのやり取りに、間渕は笑いをみ殺していた。今の意味不明なやり取りも、二カ月付き合った今の間渕なら簡単に読み取れる。
 有馬は、水産振興課の関係者から聞きだした、タグボートを使という情報を、自分の手柄話として伝えようとしていたのだ。
 だが、一歩間違えば自分のキャリアとともに国の難民政策すら吹き飛ばしかねない破壊工作に手を染めようとしている檜村にとって、有馬の卑小な功名心は害悪でしかない。
 そもそも工作は、彼女が考えなければならないレイヤーの問題ではない。
 リゾート施設だったユリムンビーチが実は難民キャンプだったというニュースは、監督官庁の国土交通省と経済産業省をはじめとする中央官庁に大きな衝撃を与えているが、その実態がまるでつかめていないのだ。役場に広報スペースができたことで、やってくる難民は照会できるようになったが、彼女ら、彼らにWRIがどうアプローチしているのかはわからない。
 身元照会に付き合ってくれた国テロの担当者は、普通のブラウザーではアクセスできないダークウェブで仮想通貨を支払っているのかもしれない、などと言っていたが、調べはこれからだ。
 今はっきりしているのは、世界最大のクルーズ船を建造し、東アジアを中心に八カ所もの寄港施設を作り上げたWRI社は、マネーロンダリングや反社会勢力との取引、帳簿の不実記載などでは検挙できないということぐらいだろう。
 檜村が東京で調べてきたところによれば、ジャン・ジャック=デルマスをCEOとするWRI社は、パリに本拠を置くNPOと、それぞれの寄港国に作った事業会社のネットワークで構成されていて、古仁屋の〈ユリムンビーチ準備室〉だけでも二千億円、八カ国の事業会社のすべての支出を合計すると、一兆八千億円ほどになる。
 資金源は、さね集落に住んでいるIターン、蒲生の運用する金融派生型商品デリバテイブだと説明されていたが、檜村は裏もとってきてくれた。
 WRIから資金の運営を委託された蒲生は、東京の複数の証券会社に口座を作り、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)や、JIC(産業革新投資機構)、DBJ(日本政策投資銀行)、クールジャパン機構などの政府系金融にブル・ベアの両方で連動する派生型商品を運用して、二年で元本を倍にするような信じがたい運用益を上げている。情報を提供してくれた関係者によれば、「好景気を演出したい政府が市場で捨てている何十兆円かの税金を有効活用する、最もクレバーな戦略だ」ということだった。
 脱税や不実記載で検挙できそうかどうかも調べたらしいが、蒲生はそれを予想していたらしく、税務署に情報提供しているとうわさのオンライン会計ソフトウェアを用いて、見せびらかすかのような帳簿をつけていた。当然のことだが違法性はなかった。
 普通の企業なら難癖をつけて家宅捜索すれば、事業にダメージを与えられるのだが、クラウドでほぼ全ての業務を行っているらしい蒲生の場合、家を押さえたところで意味はないだろう。
 難民がやってきて既成事実を作ってしまう前に、なにか手を打たなければならないのだが、予定されているオープニングまで四カ月と三週間しか残されていない。そして今のところ、使える人材には限りがあるのだ。
「有馬、まず答えろ」
 しつせきされたと感じた有馬は「は」と答えて居住まいを正す。男に対して態度を変えたことを察した檜村は、今度ははっきり有馬に聞かせるようにため息をついたが、これも有馬には通じなかったようだ。
「自分が港湾事務局予備室という組織から聞き取ったところによれば──」
「それは後でいい。檜村警部は、港湾と契約するタグボートの関係者に接触したかどうか聞いてるんだ。どうやら、不要と判断したようだな」
「は、はい。接触しておりません」
 檜村がようやく振り返る。
「どうして?」
「〈エデンの園号〉は、入出港にタグボートを使わないとのことです」
「使わない……?」
 檜村は振り返ってホワイトボードに目をやった。
 西古見湾の全体図に、桟橋の敷設図と、〈エデンの園号〉を表す点線の枠が描かれている。差し渡しが一キロメートルほどの湾に、全長三百六十メートル、幅九十二メートルもの船が描き込まれていた。砂浜に平行に作られた桟橋に舷側をくっつけた〈エデンの園号〉が、前後に動くスペースはない。
 檜村は接岸している〈エデンの園号〉の底面図フツトプリントをばんとたたいた。
「タグボートなしでどうやって接岸するの?」
「この船は、真横に動けるんです」
「だからどうやって?」
 ホワイトボードに近づいた有馬は、さきのあたりを横切るように指を動かした。
「この辺に、バウスラスターという左右に向いたスクリューがあるらしいんです。あとメインのスクリューも船の底から突き出したポッドについてるらしくて、ポッドを回せば左右に進めるようになるとのことです」
「……そうなの?」
 檜村が間渕を見つめていた。
「確かめましょう。ただ、〈エデンの園号〉を押し引きできるタグボートがないのは好都合です」
「どうして?」
「動けなくなれば、そこでゲームオーバーじゃないですか。漂流するしかないんですよ」
 気を取り直した檜村がニヤリと笑う。
「いいわね」
「制御できないと人死にがでますから──」
「もちろん」と、檜村が請け合う。その声には真剣さが欠けていた。
 慎重に、ともう一度言おうとした間渕を檜村は制して、スマートフォンを取り出した。
「ごめんなさい、本部に頼んでおいた情報が来たの」
 画面のロックを解除した檜村が眉をひそめる。
「どうかしましたか」
 よほど意外な内容だったのか、檜村は能面のように凍りついた表情で口だけを動かして言った。
「〈ユリムンビーチ準備室〉が出していた、外国人労働者受け入れ申請の結果なんだけど」
 メールの本文を読み進めた檜村は、口を半開きにしたままで首を傾げた。
「医師百五十人。看護師五百人、介護士八百五十人、理学療法士百五十人──これ、なに?」
「病院でしょうか」と有馬。
「だけじゃないな」と間渕は言った。「介護施設がくっついてる。ひょっとしたら緩和ケアも」
「どういうつもり?」と檜村がつぶやいた。
 間渕は答えを知っている気がした。高度医療と介護、そして終末期医療は高齢化した古仁屋の町が最も必要としているものなのだ。

        *

>>#10-4

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「カドブンノベル」2019年9月号収録「第二開国」第 10 回より


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