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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.15

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#13-2

藤井太洋「第二開国」

※この記事は、期間限定公開です。

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 だが、間渕がその案を思いつく前に、アマンコープで昇とともに働いているかのうが、NTT職員の喜矢武を連れてきてしまった。
 これが妨害工作の第一歩であり、混乱の始まりだった。
 説明会の時、怒り、そして泣いてユリムンビーチのまんを糾弾した彼は、この一週間で、まるで人が変わったかのようにやつれていた。顔を伏せ、骨張った額の下から檜村と間渕を睨みつけた喜矢武は、ホワイトボードに貼り出してあった海峡の地図に一本の線を引き、海底ケーブルの引込線がまだ残っていると告げた。
 引込線? と繰り返した間渕にうなずいた喜矢武は、きついしまぐちでぼそりと「船にひっかければいいわけな」とつぶやいた。それが疑問形だとわかったのは、隣の叶が「そう。そういうことよ」と言ったからだ。
 そこで全ては決まってしまった。
 喜矢武は、どうと呼ぶ仲間を数名募って海峡の下に横たわっている海底ケーブルの引込線をブイで浮かべる。〈エデンの園号〉がブイの列を横切れば、海底ケーブルを地上に引き上げるために用いたきようじんなワイヤーがスクリューに巻きついて推進システムに損害を与えるはずだ。建造に二百億円ほどかかっている〈エデンの園号〉は必ず修理されるはずだが、WRIは大きな計画変更を強いられるだろう。
 ワイヤーに絡めとられた〈エデンの園号〉が航行不能な状態に陥って、漂流、あるいは座礁するようなら間違いなく成功と言えるだろう。〈エデンの園号〉の事故は、ケーブル回収のために浮かべていたブイを船が突っ切ったせいだ、と事故報告を作って記者会見をすればいい。WRIは信用を落とし、ユリムンビーチ計画はとんする。
 喜矢武はまた、異常を察した〈エデンの園号〉がユリムンビーチと連絡できなくなるように、海峡を挟む加計呂麻島とあま大島側にある携帯網と電話網のターミナルをしやだんすることも約束してくれた。
 間渕と檜村は、彼らが威力業務妨害と器物損壊の罪に問われないよう、そして職場を追われたりしないように手を尽くす。
 今日もスターホテルに詰めている檜村は、そうなると信じているようだった。
 しかし、間渕はそこまで楽観的になれなかった。双胴船の〈エデンの園号〉には推進システムがいくつか搭載されている。その中の一つをワイヤーで破壊しても、航行に支障が出ない可能性がある。もしも妨害工作を物ともせずに〈エデンの園号〉が入港し、機材を搬入してしまえば、責められるのは妨害工作を行った喜矢武と、彼らを支援した〝東京の公安〟ということになるだろう。
 その時は喜矢武と有馬を、いけにえささげるだけだ。
 間渕は、三脚に据え付けた双眼鏡ごしに青く輝く海峡を監視する有馬をちらりと眺めた。
「まだ見えてこないか?」と、間渕は声を投げかけた。
「はい、まだ見えません」
「十七時に入港するなら、そろそろあの島の脇を通ってきてもおかしくないはずだがな」
 かすみの中にうっすらと浮かぶ島の名前が思い出せなかった間渕はスマートフォンをポケットから抜き出して、地図を開いた。携帯網が遮断されることはわかっていたので、今日見るはずの地域はダウンロードしてある。
とくしまだ」
「はい。右側を通ってくるんですよね」
 頷きそうになった間渕は慌てて言った。
「西だ。こういう時に左右を使うな」
「西?」と言いながら、有馬が双眼鏡を左に振った。
 そっちは東だ、と言いかけた間渕の前で有馬が右手を掲げた。
「いました!」
 言いながら有馬が三脚のネジを締め上げてから場所を空ける。間渕はすぐに双眼鏡の後ろに回り込んだ。固定された双眼鏡のアイピースに目を押し当てる。視力が違うせいか、左目だけがぼやけていたが、徳之島を東側から回り込んできている〈エデンの園号〉は視界の中央に捉えられていた。しかし──。
「でかいですね」と、間渕が言おうとしていた言葉を有馬が口にした。
「ああ」
「もう双眼鏡を使わなくても見えますよ。向こうの島の集落よりもでかいじゃないですか」
 間渕は頷いた。
 完成したらしい青い船体は、シヤンハイで乗り込んだ〈エデンの園号〉とはまるで印象が違って見えた。最も巨大なはしけから、何百基もの風力発電所の脇を通って外洋に出ていた時の印象と、黒潮から離れてやってくる姿が同じに見えるわけもない。
「でかいな。十分ごとに双眼鏡で写真を撮って、檜村さんに送ってやってくれ。本部で解析すれば到着時刻がわかる。衛星携帯の使い方は大丈夫か」
「はい、練習しました」
 よし、と言った間渕は双眼鏡に目を当てて、ほんの少しの間に船が視界の中央から外れていることに驚いた。有馬が締め上げたネジを緩めた間渕はわずかに双眼鏡を下に向け、青い船体を中央に捉え直す。
 わずか十五秒ほどで全長の半分ほど移動している感じだ。秒速十二メートルくらいだろうか。この調子だと、予想していた十五時よりもだいぶ早く海峡にとりつくかもしれない。
「まだ早いかもしれないが、喜矢武さんに連絡して、いつでも動けるように準備しておいてくれ、と伝えてくれないか」
 わかりました、と答えた有馬が大ぶりなアンテナのついた衛星携帯電話を操作する。それを確かめた間渕は、双眼鏡の中心から再び外れていた〈エデンの園号〉を捉え直しながら、携帯電話網を止めたのは間違いだったかもしれないと思い始めていた。
〈エデンの園号〉には無線がついているはずだ。それにがもは、5G通信ができるようになる前から組織的派生商品コンプレツクス・デリバテイブで日本政府が買い支えのために投入した年金資金をかすめ取っていたのだ。衛星携帯電話ぐらい持っていてもおかしくはない──今更、何を考えているんだ。
 間渕は頭を横に振って不安を振り払った。
 携帯網が生きていれば、昇を殺すことになっていたかもしれないのだ。
 そんな間違いを犯さなかっただけでも、携帯網を潰した意義はある。



 アダンの木の下に潜り込んだ昇は、トゲに縁取られた葉っぱの隙間から観測所をそっと見上げて、有馬が降りてこないらしいことを確かめるとあんのため息をついた。砂に半分ほど沈んだ肩をそっと動かして抜こうとすると、有馬に殴られた首の後ろが鈍く痛む。
「あがっ」と島言葉でつぶやくと、その言葉に反応したかのように右肘と左膝がじわっと温かくなって痛みに変わった。
 崖から転がり落ちてくる時に擦りむいていたらしい。確かめると、ラッシュガードの二重になった膝と肘の生地がかすかに血でれていた。大したことがないのはわかったが、このまま海水に触れさせたくはない。カヤックを出す前にワセリンを塗っておくことにした。
 昇は、もう一度観測所を見て、二人が砂浜の方を見下ろしていないことを確かめてから、をしていない方の左腕と右脚で、カヤックを縛り付けてある浜の入り口の方へとい進みながら、観測所から見たもののことを思い出して、身を震わせた。
 間渕の肩越しに見えたのは、左奥にある江仁屋離から右手前の三連立神に向けて、ちょうど目の前の大島海峡を横切るように、規則的に並んでいたブイだった。ブイの下にはロープかワイヤーが這わせてあったようだ。
 フェリーが入港しない日だとはいえ、漁船や、自衛隊の船も出入りする海峡を封じてしまっているのだ。
 にわかには信じがたい。
 スマートフォンを取り出した昇は圏外の表示を見て肩を落とし、それから対岸の加計呂麻島に目を向けた。
「やっぱ、ダメか」

#13-3へつづく
◎第 13 回全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます!


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