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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.18

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#14-2

藤井太洋「第二開国」

※この記事は、期間限定公開です。

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 そう言ってブリーフケースを返してきた男性警備員の浮かべた笑顔をクロエはにらんでしまうところだった。「セキュリティを旅客機並みにするって決めたのはあんただろう?」と言われているように感じたのだ。
 被害妄想だということはわかっている。
 開かれていた扉をくぐった矢吹は、自分の知っていたブリッジからの変わりように目を見開いた。
 前にこの部屋を訪れたときは船長のリンジンジユと航海士、そして通信士の三人しかいなかったし、三人ともスラックスにジャンパーを羽織っていたのだが、今日はまるで違っていた。
 船体と航海に関係する部署の責任者四名と、彼らの副長たちが全て顔を揃えていただけではない。来ている全員がライフジャケットを着用していたのだ。パンツスーツ姿の矢吹にちらりと顔を向けた責任者と副長たちは、口々に挨拶をしてから自分の手元にあるコンソールに視線を落とす。
 どうしていいのかわからずに立ち尽くしていた矢吹に、真横から声がかけられた。
「矢吹さん、そんなところに立ってないで副長席へおかけください」
「ありがとう。どうしたの? その格好」
 言いながら、招かれた副長席に体を向けた矢吹は、メインコンソールの右側に、普段よりも大きく表示された地図に描かれる航路が、予定していたものと違っていることに気づいた。
 那覇港を出た〈エデンの園号〉が沖縄本島の西側を北上し、ろん島、おきのじまとくしまの沖合を通るところまで変わらない。
 問題はその先だ。大島海峡に西から入っていく航路が書き換えられていた。
 打ち合わせていた航路は、大島海峡の真西まで北上してから大きく膨らんで海峡に入っていくはずだったが、今表示されている航路はまるで違う。加計呂麻島の南に浮かぶ島の脇をかすめるようにして北上し、加計呂麻島と、その脇にある小さな島の間の隙間を通り抜けて、直接西古見湾に向かおうとしている。
 矢吹はまず、読み方のわからない無人島の名前を問いただした。
「この島、なんていうの?」
「江仁屋離です。無人島です」
 矢吹は地図をちらりと見直した。確かに、他の島にあるような集落がないらしい。
「こんな狭いところ、通り抜けられる?」
「狭いと言っても、一キロはありますよ。水深は三十メートル、問題ありません」
「どうしてここを通るの?」
「ここから」林船長は、ユリムンビーチのある西古見湾の西側から、江仁屋離と呼んだ島まで線を引くような仕草をした。「ここまで、海峡を封鎖するかのように、ブイが浮かんでいるようです」
「ブイ──浮きみたいなやつ? 合法なの?」
 林は首を横に振った。
「現地法人から、所轄官庁の海上保安庁に苦情を申し立てて、ブイを撤去するように申し入れています。ただ、動きは鈍いようですね、ガモウさんによれば」
 名前を聞いてどきりと胸が高鳴った。
 CEOのジャン・ジャック=デルマスを除けば、この数週間に話した人たちの中でただ一人、矢吹が尊敬できる関係者だ。
「蒲生さんと連絡がとれるの?」
「今、つながっています。取り込み中のようですが──」
「つないで」
 うなずいた林が補佐役のクルーにあごをしゃくると、副長席のコンソールからは水の流れる音が漏れ出した。続けて開いたウインドウには、青空と、エメラルドグリーンの海が映し出された。
 画面中央では、黒いラッシュガードに、薄手のライフジャケットを羽織った蒲生が小舟の船尾甲板に立ち、重そうな木のオールを左右に漕ぎ分けていた。真上からの日差しを浴びた蒲生が、オールを抜いて反対側に持ち替えるたびに、長い髪の毛が落ちて顔にかかる。
 汗かそれとも海水のせいで太くうねる房になった髪の毛を蒲生は、手の甲で頭上に払いける。
 その仕草が、たまらなく魅力的だ。
 カメラの方をちらりと見た蒲生は、漕ぐ手を止めずに「Hi Chloé, finally I got in touch.(クロエ、やっと連絡がとれた)」と叫んで、ヘッドセットを装着した耳を指差した。
 話していいということだ。
「どうしたんですか?」と、こちらも英語で話しかける。蒲生はオールを操りながら答えた。
「海峡を封鎖しようとしている連中がいることは聞いたか」
 蒲生は英語を話す時に少しだけ低音を響かせる癖がある。聞き取りやすくするためだろうが、オールを漕ぎながら話しているためか、今日はその癖が強く出ているようだ。
「はい。林船長から聞きました。見つけたのはだいぶ前なんですね。すぐに連絡してくださればよかったのに」
「通信網が落とされた」
「……通信網?」
「午前十時に、光ファイバーと携帯電話サービスが落ちた。NTTの関係者が妨害側に入っているから想定内だったが、その時に使おうと思っていた衛星携帯までやられるとは思っていなかった」
「衛星も?」
「まあ、同じジャマーで妨害できるからね。忘れてたよ」
「林です。ちょっといいですか」と林船長が割り込んだ。
「いいよ。そっちの船の状況は?」
「先に確認させてください。携帯網が使えないとは思っていませんでした。今、どのように通信を行っているのですか?」
「衛星だよ」
「先ほど、使えないとおっしゃいましたが」
 オールを漕ぐ手を止めた蒲生は上体をひねって、背後に小さく見える実久のビーチを振り返った。
「集落のそこかしこに、妨害装置が置いてあったらしい。沖に出たらつながるようになった」
「ウィーチャット使えますか?」
 中国版メッセンジャーの名前を聞いた蒲生がうなずくと、副長を呼び寄せた林は中国語で何事かを命じた。その声に聞き耳を立てていたらしい蒲生は「わかった」と言って、カメラの奥に顔を向ける。
 自分が見つめられたのかと思ってどきりとした矢吹だが、蒲生の行動が意味するところに気づいて唇をむ。彼のこの姿を、同じ小舟に乗って撮影している人間がいるのだ。
「リアルタイムロケーション、共有したよ」
 スピーカーから祝佳乃の声が聞こえた。どこからか入り込んできて、矢吹のものだった計画を取り上げてしまった女だ。
 ウィーチャットの耳慣れた電子音が響くと、スマートフォンをちらりと見た林が口を開いた。
「ヨシノさん、ありがとうございます。位置情報、いただきました」
 ファーストネーム? と思ったところで蒲生が口を開いた。
「そっちは何時ごろの到着になる?」
「今のままなら十四時五十五分に、そこの無人島、江仁屋離と実久を結ぶ線上を通過しますが、お急ぎなんですね」
「まあね」
「少し待ってください」
 林は素早く、蒲生が映し出されているウインドウの隣に自分のコンソールを呼び出して、航法シミュレーターにいくつか数字を入力した。全面タッチパッドのコンソールを、自在に操る様はまるでSF映画のようだ。
 二度、何かの数字を検討した林はコンソールを閉じて蒲生に言った。
「十五分早めることができます。到着予定時刻は、十四時四十分」
 蒲生が手首のダイバーズウォッチに視線を落とす。
「あと四十五分てところか」
「はい──どうされました?」
 蒲生はカメラの奥を見つめたまま、動きを止めていた。
「タグボートがこっちに向かっている……かな」
「それは……まさか」
 言いよどんだ林に、カメラの外から祝が声をかける。
「見えていることを伝える。ブイをけんいんしたタグボートが、こちらに船首を向けてエンジンをかけたところ。このままだと、さっき検討した抜け道も封鎖される」
「どうしましょう。ヨシノさん、その、ブイはどれぐらいの大きさなんですか」
 カメラがぐるりと向きを変えて、祝を映し出した。
 目に飛び込んできたのは、アンリ・ルソーの絵をモチーフにした亜熱帯の花々だった。祝の着ているラッシュガードの袖のプリント。ひさしの大きなキャップの下で日陰になった顔には、急いで塗ったらしい日焼け止めがいくつもの筋を描いていた。アイライナーもチークも、下手をするとファンデーションもたたいていないかのような顔には、鏡を見ないで引いたことがわかる、左右非対称の赤いルージュだけが力強く描かれていた。
 化粧というよりも、くまりを施したようにも見えるその顔が、祝佳乃という個性を際立たせていた。
「ブイの直径はおそらく一メートル……ぐらいかな。ブイ同士をつなぐロープがチラッと見えた」
「ブイは、いくつぐらいありますか?」
「三十メートルから五十メートル感覚、ってところかな。ざっと百から二百。でも、視線が低すぎてよく分からない。どう?」
 祝がカメラの奥に視線を投げた。そこには蒲生がいる。
「佳乃さんと同意見だ」
 林や、矢吹に話しかけるときとは明らかに異なる、柔らかな英語が響いた。
「参りましたね」と言って考え込んだ林が、ついに矢吹の方を向いた。
「どうしましょうか」
「自分で考えて」
「え?」
 あつにとられたような林の顔を見た矢吹は、震える足を床に押し付けた。そうでなければヒールがタイルをカタカタ叩く音がブリッジ中に響いてしまう。
 なんでこんなことを言っちゃうんだろう。
 馬鹿なんじゃない?
 六億ドル近くかけて建造した〈エデンの園号〉のことを「自分で考えて」なんて言って、活動家の女に気をやってしまう、外部のコンサルや雇われ船長に託していいわけがない。
「できないなら私が決める」
 矢吹は蒲生との通話ウインドウを閉じた。
 そう、そうでなくちゃ。
「考えればわかるでしょう。やることは一つよ。封鎖を突っ切って入港する」
 矢吹は、言い放った自分に驚いていた。
 面倒は避けなければならない。
 もしもブイを巻き込んだ〈エデンの園号〉が推進機構を壊して漂流してしまい、ほぼ全域が国立公園に指定されている大島海峡のサンゴ礁を壊してしまえば、ユリムンビーチの計画は全て白紙に戻されてしまう。
 だから、ゆっくり考えよう。海峡の入り口は東側にもある。だから「突っ切れ」なんて言っちゃだめ──。
「船長」
「はい」
「聞こえなかった? 突っ切って」
「……ええと、どのような意味ですか」
「封鎖しているブイをこの船で突っ切るの。抵抗なんて無駄だと思い知らせるのよ」

 カヤックのパドリングは簡単だ。
 体の左右に真っぐに伸ばした腕の両肘を九十度にまげてパドルを握る。
 右のブレードを水に入れてでるように引く、左のブレードを水に入れて撫でるように引く。水に深く入れる必要はない。水面とパドルがなす角度は三十度ぐらいが理想だ──もし、そうできるなら、カヤックに難しいことなどない。
「くっそ」
 昇が差し込もうとした右のブレードが水面で跳ね上がる。その反動で、引き抜いていたはずの左のブレードが水に潜ってしまい、カヤックは左のブレードを軸にくるりと回転しかかってしまった。昇はすぐにブレードを引き抜いて頭上に構え、右に重心をかけて回転を殺した。
 これが外海だ。
 思えば今まで、昇がシーカヤックを楽しんできたのは、西古見湾の三連立神の内側に限られていた。風が出て海面がつのつ時は無理をしないし、食事や水もしっかり用意していた。
 今日はまるで違う。
 観測所から転がり落ちてカヤックにとりつき、食事も、水すらも取らずに急いでエントリーしてきたツケが回ってきている。
 何よりコースが悪い。まさか、三連立神の外側が、実質的に外海だとは思っていなかった。
 両側を岬に挟まれた内海を出た瞬間から、二十センチほどのうねりが絶え間なくカヤックを揺すり、わずかな風しか吹いていないはずなのに何が違うのか、水面には角が立ってパドルに余計な抵抗を与えてくれる。
 一息つくのも大変だ。パドルをあげてしまうと軽い船体はうねりに乗り上げ、滑り落ちて簡単に方向が変わってしまう。
 一体どれぐらい格闘しているのだろう。日差しの方向はそれほど変わっていないが、江仁屋離のビーチがはっきりと見えている。出るときの計算が正しければ、二・五キロ以内に近づいたことになるから、海峡の中央は超えているはずだ。
 半分!
 なら頑張れる。
 昇は海峡を見渡した。
 五隻のタグボートはブイを引っ張って実久の方向に走り去ってしまい、姿がはっきりとは見えなくなっていた。
 オレンジ色のアイノコは──すぐそこだ。江仁屋離と昇のシーカヤックのちょうど中間あたりにあるようだ。昇は大きく息を吸い込んだ。
「蒲生さん!」
 昇は船体に横たえていたパドルをつかんで、声の飛んでいく方向に向かって漕ぎ出した。
「蒲生さん、佳乃!」
 三度、五度、とパドルを漕ぎながら声を張り上げる。
 それを七回程繰り返したとき、アイノコの中央で鮮やかな緑色のラッシュガードに身を包んだ祝が立ち上がり、口の脇に手を当てたのが見えた。
「佳乃!」と叫ぶと、小さく「ゆう!」という声が返ってきた。
 一秒ほど遅れて、祝も手を振った。距離は三百メートルぐらいだろうか。船尾の甲板に立って、長いを水に差し込んでいる蒲生もこちらに気づいたらしい。
 鮮やかに方向を転換させて、滑るように進み始めた。方向はわずかに西側に向いている。カヤックよりも大きなアイノコは風の影響を強く受けるのだろう。昇も、西から吹いているわずかな風を利用するように、蒲生たちと合流しそうな場所よりも少しだけ西側に到達するようにパドルを操った。
 ここまで、風と波に逆らわないように漕いできた昇は、突然設定された目標と、逆らわなければならない風、そして波にまれてしまった。めていたなあ、と思って一心に漕いでいると、突然アイノコが眼前に現れた。
 どんな魔法を使ったのか、昇のカヤックよりも十倍以上は重いアイノコを一本の櫓で軽々と操った蒲生は、船体同士を横付けにした。
「昇さん、どうして?」
「──」

▶#14-3へつづく
◎最終回(第14回)の全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年2月号

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