menu
menu

連載

藤井太洋「第二開国」 vol.11

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#12-2

藤井太洋「第二開国」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

>>前話を読む

「どんな感じになるのかな」
 父はカレンダーの外側を指差した。
「先にボートに乗ってると、地図の端っこあたりに近づいたところで船のマストが見える。そこから四十分ぐらいで自分のところに来るはずよ。航跡波ウエーキも見えんから、どっちに向かってるかわからん。危ないど」
 父は、椅子の脇に立てかけてあるつえを取り上げて、西古見集落の左右を交互に指し示した。
ん側ぬサンセットビーチと、ユリムンビーチん向こう側ぬ、旧軍の測候所は両方とも標高百メートル。さえ吹かんかったら七十キロで船んマストが見ゆっち。三十五キロまで近づけば航跡波も上から見らりゆん。どっちも駐車場があるから、車で雄太んカヤックばつないでおいた浜ぬ降りれば、むるいい場所に行きゅんち」
 しゃんとしている時よりもずっときつい島言葉だったが、口から出まかせを言っている風ではなかった。現役時代の何かを思い出しているのだろう。
 ともあれ、助言はありがたかった。
 サンセットビーチなら西古見の旧集落からエントリーすればいいし、測候所なら、ユリムンビーチに降りていく町道の途中で、真下の浜に出られる道がある。どちらも車なら十分もかからないし、週に何度もアマンコープから物を運んでいるので、顔見知りも大勢いる。ひょっとすると、がもゆきひろや、祝もいるかもしれない。
 まだ、ユリムンビーチを受け入れるかどうか、そしてこれから島で暮らすのかどうかを決めていない段階で祝と顔を合わせたくはないが、いたらいたで楽しく過ごすことは間違いない。
「なんでそんなに、すいすい数字が出てくるの」
「退職する前は携帯の電波塔をやってたから、標高何メートルの山に建てればどれだけ見通しがあるのか暗記したわけよ。まあ、島は山ばっかりだから距離よりも地形が大事で、あんまり使わんかった知識だけどや。とにかく高い場所で待つほうがいいよ」
「ありがとう」
 昇は、借りておいたドローンのケースを室内に引き上げた。理論上は、父が教えてくれた二つの展望台から飛ばせばより遠くまで見ることができるはずだが、七十キロメートル先の船を撮影できるような大きなカメラは搭載していない。おおやまスポーツが観光客に貸し出している物だが、今までにも何度か借りて遊んだことがある。
 人がいる場所では飛ばせないが、今日の用途には最適だと思っていたのだが、出番がなさそうだ。
 ドローンのケースを自分の部屋に持っていこうとすると、父が声をかけてきた。
「それはドローンな?」
「知ってるの?」
 昇は父の横のテーブルにケースを置いて開き、中国製の小型ドローンを取り出して手渡した。ケースの中で折り畳まれていた四つのローターが、父の手の上でゆっくりと開いていく。
「こんなに小さくて、ガソリンはどこに入れるの?」
 見当違いの質問に、昇は落胆した。
「これは電池で飛ぶのよ。どこかで見たことあるの?」
「だいぶ前よ。雄太が大学に入ってしばらくった頃だったかい。台風が来て、てつにいく道がマネン崎の先で土砂崩れしたのよ。知ってる?」
 昇にドローンを返した父は、籐で編まれた椅子に背中をもたせかけた。
 台風のことは覚えていたし、土砂崩れの写真も見ていた。父の記憶のとおり、大学三年生になったときだ。写真はフェイスブックへの投稿だった。ちょうどその年の正月、成人式に出るため帰省したとき、「友達」になったつかが投稿した土砂崩れの写真を何枚も見ていたのだ。
「松の木が何十メートルかずるっと落ちてたのを見たよ──あれがドローンで撮影した写真なんだ。全然気づかなかった」
 言われてみればもっともだ。赤茶けた地肌や倒れた鉄塔の生々しさは、ヘリコプターや小型飛行機を使った空撮ではなく、まさにドローンでなければ撮影できないものだ。だが、十年前の話だ。実用的に使えるドローンなんて古仁屋にあったのだろうか。
「どんな機械だったの?」
「農協の農薬散布用よ」
 打てば響くように父親が答え、昇は納得した。父がいうドローンとは、ラジコンヘリのことだ。
「プロペラが一つだけの、だよね」
「そうそう。誰だったかい。NTTの後輩がそのドローンにデジカメを抱かせて飛ばせれば写真が撮れるよっていい出したわけよ。それで役場とNTTと、水道局とまつした工務店がみんなでちようへいまるを出して乗り込んで、飛んでいくドローンを望遠鏡で見ながら操縦よ。船に戻ってきたときはみんなで乾杯してね。写真もすごかったからや」
 昇は撮影の様子を手にとるように想像できた。
 台風一過、水平線から真っ青な空の色を映す嘉鉄湾に、四トントラックを二台載せられる甲板を備えた台船、長平丸がとうびようする。NTTの作業服を着た父とベージュのジャンパーを着た役場の何名かは、おもちゃにしか見えないようなヘリコプターが、今まで困難だった空撮をしてくれるのを見守ったのだ。
 ラジコンヘリと呼ばれていた機械は、いつの間にか「ドローン」という名前と置き換わってしまったが、現役を引退しつつあった父は、その光景に強い印象を受けたのに違いない。
 昇がドローンを片付けようとすると、父は未練がましそうに顔を突き出して聞いてきた。
「これは雄太の? 持っていかんわけ?」
「大山さんところのを借りてきたんだよ。今のドローンは、スマホで操縦できるし、バッテリーが足りなくなったら戻ってもくるからカヤックから飛ばすつもりだったんだけど、父さんの話を聞いて気が変わった」
 二十分も飛ばないドローンで船の航路を見極めるのはかなり難しい。
 ふうん、と父はうなずいてドローンのローターをたたむ昇の手元を見ていた。
「船を撮って、見せてくれんね」
「〈エデンの園号〉を?」
「高さが七十メートルち? 山みたいに大きいわけじゃがな。だけど写真でいくら見ても、大きさがわからんくてよ。映像なら少しはわかるかもしれんからや」

#12-3へつづく
◎第 12 回全文は「カドブンノベル」2019年12月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2019年12月号


関連書籍

カドブンノベル

最新号 2020年1月号

12月10日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP