menu
menu

連載

藤井太洋「第二開国」 vol.2

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#10-2

藤井太洋「第二開国」

      *

 港の東側に広がる埋立地に建つ古仁屋警察署から戻ってきたぶちそういちろうは、信用金庫の裏にある、ホテルの宿泊者用駐車場にプリウスをめた。エンジンを切った間渕が助手席に置いた荷物をまとめるわずか数秒で車内の温度は上昇し、額に汗が噴き出してくる。
 外気を求めてドアを開いた間渕は、真上から照りつける日差しのまばゆさに思わず目を閉じる。プリウスの小さな窓は、南国の日差しにも対応する、優秀な紫外線カットフィルターを備えているということだ。
 アマンコープの二階で買った安物のサングラスをかけた間渕は、コンクリートの舗装に足を踏み出した瞬間、靴底から伝わってきたぐにゃりとした感触と熱に失敗を悟った。あまおおしまの私道や駐車場で一般的なコンクリート舗装の、目地のゴム板を踏みつけてしまったのだ。糸を引いた硬質ゴムは日差しにあぶられて溶け、艶やかに輝いていた。
 靴底についた、溶けたゴムを地面になすりつけた間渕は、資料を持って、信用金庫の向こう側に建つスターホテルへと急いだ。
 駐車場を見下ろす最上階の七〇二号室では、三日前に現地に乗り込んできたむらおり警部が間渕の報告を待っているのだ。
〈きゅら島交流館〉の説明会から数えて十日目。中国人観光客をターゲットにしたクルーズ船寄港地だと思われてきたユリムンビーチが、実はフランスのNPOが運営する難民キャンプだったということを上層部に伝えた檜村は、現地に情報収集の拠点が必要だと主張して自ら乗り込んできた。
 もちろん真の目的は別にある。政府が手をつけてこなかった難民政策をゆさぶる左派NPOの行動を封じ、女性初の警視総監への一歩を踏み出すつもりなのだ。何を行うのかはまだ決まっていないが、彼女が熱心に読んでいる資料は、人よりも施設、機材に偏っている。
 反対運動を組織させるような穏健な工作にはなりそうもない。
 ただでさえ二週間前の説明会でげきこうしたNTT職員のたけという男性が口にした、船が入れなくなったらどうするのか、という言葉は、反発する島民の間で一人歩きしはじめているという。どこに糸をかけて引くか間違えれば、人命の失われる事件になりかねない。
 かすがわの脇を通って、駐車場から見えていたスターホテルに戻った間渕は、エレベーターで七階に直行した。尻ポケットから出したカードキーを押し当てて七〇二号室のドアを開くと、強いエアコンの冷気が漏れてきた。
 檜村は今日も、東京のオフィスと同じスーツ姿を通すつもりのようだ。
 姿は見えないが、窓を塞ぐように並べたホワイトボードに資料を貼り出し、にらんでいるのに違いない。
 間渕が、まくり上げていたシャツの袖を戻しながら確かめると、檜村は予想した通りの姿勢でホワイトボードを睨んでいた。
 二重まぶたにすっと通った鼻筋、頰から顎にかけての滑らかなラインは、二十代前半といっても通用するだろう。男性のキャリアたちが、一日十六時間労働とデスクワークに追われてあっという間に老化していくのとは対照的だ。体の線を隠すネイビーのスーツと低いかかとのパンプスで平凡を装っているが、黒く染めたボブカットの内側で、ノンキャリの間渕には想像できない野心が渦巻いている。昨日も一昨日も、彼女はワールドリゾートインスティチュートの古仁屋支社が古仁屋警察署や町役場に提供した資料を、熱心に眺めていた。
 今日、眺めているのは、ありが居酒屋で知り合った土木建設事業者に作らせたユリムンビーチの地図だ。西古見湾の地形図に、桟橋と道路、そして数々の施設と〈エデンの園号〉を描き重ねた大判の地図は、A4の用紙を十六枚つなぎ合わせたものだった。
「戻りました」と告げた間渕が、邪魔をしないように足音を潜めてデスクがわりに使っている長机に向かうと、檜村が鋭い声をあげた。
「午前中は?」
 間渕はブリーフケースをテーブルに置いて振り返った。
「町役場に、WRIの広報スペースができていました。昨日報告した、デジタルサイネージ展示です」
「内容は」
「詳細なユリムンビーチの施設案内と、長期滞在を予定している難民の自己紹介です」
「自己紹介?」
 檜村は言葉を繰り返して、ホワイトボードから振り返る。腕を組み、眉間にしわを寄せていぶかしむような顔で間渕を見つめた。
「私は家を失った二児の母です、とか言うの? 泣きながら」
「泣いてはいませんね。事情は警部の想像よりも凄惨なのが多いようです。ちょっと待ってください」
 間渕は手帳を出して、名前を確かめた。
「例えば、一人目のウルマ・ビン・アル=ムハンマドさん。五十二歳、女性です。シリア内戦の被害者で、地雷を踏んで両脚を失っています。国連の支援を受けているNPOに保護されました。彼女に同行するのは、砲弾の破片で失明した八十三歳になる夫の母親と、人工透析が欠かせない夫の父親。あとは死んだ息子夫婦の子供たち。三歳から十二歳までですね。五歳の子は、ウルマさんが足を失った時の地雷で顔の半分を欠損して、再建手術中です。車椅子には乗っていますが、清潔な場所で撮影されていますから、見てられないようなものではありません。淡々と自己紹介して、しばらくユリムンビーチに立ち寄らせていただきます。皆さんにお会いできる日が楽しみです、と締めくくっています」
 間渕の言葉を復唱するように口をもごもごと動かして、細かく頷きながら聞いていた檜村は、首をかしげた。
わいそうだけど、話、できすぎじゃない?」
「そう思って、すぐに国テロ(警察庁警備局国際テロリズム対策課)に照会しました。どうやら正しいようですね」
 帰ってきたのは短いメールだったが、なかなか気のる内容だった。
 シリア北部でせつけん会社を経営していたウルマの夫は、トルコで事業を再起させるために資金とスタッフの脱出を試みていたが、脱出時に政府軍の襲撃を受けて七名のスタッフと共に死亡したのだという。ウルマは残った資産をかき集めて、残された従業員家族とキャラバンを組み国境越えを狙ったが、今度は反政府組織に襲撃を受けた。自分の両親と息子夫婦は撃たれて死亡し、夫の母親は視力を失った。ウルマは孫たちを連れて徒歩で逃げたが、先導して歩いている時、地雷原に迷い込んで脚を失い、死にかけていたところをNPOに保護されたのだという。
 映画になりそうな身の上をかいつまんで話すと、檜村は更に追及してきた。
「そういう人がいるのはわかった、ってことね。国テロはどこに問い合わせたの? シリア大使館が返事くれるわけないでしょう」
「画面の端にQRコードがあって、そこから飛ぶと、WRIと提携している難民救助NPOの身元確認ページが開くんです」
「わかった。映像の女性は本人? WRIがNPOの情報を利用しているだけじゃない?」
「そう思ったので、映像データを国テロに送りました。すると、指紋が一致したそうです」
 檜村が眉をひそめる。
「映像から指紋?」
「映画顔負けの8K映像なんです。担当者が驚いていましたよ」
「住民説明用の映像に、8K?」
 頷いた間渕は、いちいち驚いている檜村が少し可哀そうになった。この件に携わってから、間渕自身がWRIの投入してくる技術と資本の大きさに驚かされっぱなしなのだ。
 シヤンハイで乗った〈エデンの園号〉の規模や、この地方の経済を実質的に動かしている土木・建築業を味方につけた5G通信網の敷設や、島の南半分をカバーする発電所に下水処理施設、アジア圏で初めて設置される浮き桟橋など、挙げていけばきりがない。
 この展示もそうだった。役場に赴いて自動ドアをくぐった間渕は、風除室に設置された百五十インチのディスプレイにほぼ実物大で映し出されていた難民を、実物だと錯覚してしまった。うち町の住民たちは、全員のプロフィールやインタビューの映像をスマートフォンで見ることができるし、希望すればプリントアウトでも受け取れるようになっている。
 難民たちの個人情報を考慮して、地理的IPアドレスでアクセス制御をしているらしい。間渕が警察庁に送って確認してもらうための権限も、申し込んでからわずか数分で取得することができた。
 説明会では、活動家のいわいよしと、思想的なバックグラウンドを担当しているらしいIターン者のがもゆきひろのおかげで、精彩のなかったカントリーマネージャーのぶきクロエだが、女性初の警視総監を狙う警察庁期待のホープが驚く程度の仕事はしているということだ。
「国テロの担当者も驚いてましてね、映像をデジタルフォレンジックにすぐに送ってくれたんです。そこで指紋が採れることがわかって、ヨーロッパ連合EUの〈EURODACユーロダツク〉とかいうデータベースで照合してもらいました。それで、シリア難民のウルマ・ビン・アル=ムハンマド本人だということを確かめています。午前中は、古仁屋警察署の回線でその手配をやっていました」
「わかった。でも、よく映像をもらえたわね」
「ワールドの古仁屋支社は、特にこのあいだの説明会から、協力的な態度を見せるようになったということです」
 檜村がデスクに置いてあるノートPCを顎で示した。
「私も見てみる。映像、そこに入れといて」
「URLを送ります。多分、ハードディスクにも入りません。ウルマさんのだけで三百ギガバイトあるので」
「ちょっと待って……何人分あるの?」
「わかりません。専用回線を使ったストリーミングなんです。インタビューの合間にずらっと顔が並ぶんですが、並んだ感じだと、千人ぐらいはいる気がしました」
「千──」
「ええ、何百テラバイトとか必要です」
 ノートPCを見直した檜村は組んでいた腕をほどいた。
「わかった。ストリーミングで見る。有馬くんは?」
「警察署にいましたが、先に出ました。港湾関係の話を聞きにいくと言っていましたが、もう戻ってるかな」
「六〇五号室だった?」と言いながら、檜村は受話器を持ち上げて番号を押した。すぐにつながったらしく「そう、上がってきて」のひと言だけ発して、檜村は受話器を置いた。
「着替えてたって。外は暑いの?」

>>#10-3へつづく ※8/26(月)公開
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

「カドブンノベル」2019年9月号収録「第二開国」第 10 回より


関連書籍

おすすめ記事

カドブンノベル

最新号 2019年10月号

9月9日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP