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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.10

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#12-1

藤井太洋「第二開国」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。



前回までのあらすじ

2023年の奄美大島。東京から奄美に戻った昇雄太は地元のスーパーで働き始めた。クルーズ船寄港施設の建設が進む中、祝佳乃とも再会した。建設中の寄港施設が難民のためのものだと知った住民の間には受け入れに反対の機運が生じる。公安警察の間渕らはその機運を煽り、住民の実力行使に繋げようと画策する。クルーズ船が最先端の医療機器を載せてくることを知り、賛成に傾く昇だが、祝から今後について真剣に考えていないと指摘される。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

第九話 開国

 庭のコンテナからウェットスーツを取り出して、縁側でマリンバッグに詰め込んでいるのぼりゆうに、テレビを見ていた父が声をかけてきた。
「雄太、しゅん?」
「今日の準備だよ」
 昇は、マリンバッグを開いて、室内の父にも何が入っているのか見えるように傾けた。とうの椅子に深く腰掛けている父の声はぼんやりとした時のようにくぐもっていたが、隠すのは気がひけたし、そもそも昇が着ているのは海に入る時にしか用のないラッシュガードだ。
 縁側には二つに分割したパドルも置いてある。
「午後、カヤックを出すんだ」
「舟こぎは昨日じゃなかったな?」
 おや、と思った昇が部屋を振り返ると、父が首をねじ曲げて時計の下に貼ってあるカレンダーを見つめていた。おおしま海峡を抱くうち町の航空写真を取り巻くように一年分の日付が書いてあり、昇と父の予定が書き込んである。
 父が見ているのは、昨日と今日の二日間だろう。みなと祭りが催される九月十四日と十五日は、太い赤マーカーで囲んであった。今日の父は、はたから見てもわかるほどぼんやりとしているようだったが、みなと祭りの出し物ははっきりと覚えているようだ。
 昇は、カヤックを出す目的も伝えておくことにした。
西にしのクルーズ船が今日、来るのよ。それを見に行こうと思って」
「ユリムンビーチのオープンは冬じゃなかった?」
 昇は、父の視線を追ってカレンダーの右下にある十二月に目を凝らしたが、週に五日利用している介護施設の印に紛れて、どれがユリムンビーチのオープンを告げるものなのかわからなかった。
「施設のオープンは二十五日だよ」
「センターの人に、あっこが病院になるち聞いたけど、それはほんとね」
「どこのセンター?」と、聞き返した昇は、答えようとして口を開いた父がそのまま固まってしまうのを見て後悔した。〈あまくまネット〉でも〈ゆうらくえん〉でも、設備の整った病院を喉から手が出るほど欲していた職員たちは、ユリムンビーチのことをうわさしているはずだし、サービスを受けている患者同士だって、の町を揺るがしているユリムンビーチのことを話し合っていても不思議はない。
 ぼんやりしている時の父に、そのどこで聞いたのかを問いただすのは酷だ。
「ごめんごめん」昇は、記憶の網を手繰り寄せようとしている父に、偽の助け舟を出すことにした。「聞いてたよ。〈あまくまネット〉のとうさんでしょ」
「……加藤さん」
 ややあって、父は口を動かした。
「多分そうよ。加藤さん、ユリムンビーチにどんな機械が入るのか、僕に聞いてきたもん」
 加藤が興味を持っているのはうそじゃない。ユリムンビーチに入るMRI(核磁気共鳴画像装置)はの県立病院にもあるが、県立病院にはデータを読み取れる専門医が常駐していないので、結果を教えてもらえるのは二週間後になってしまう。加藤が年に五回は直面するという、高齢者の脳こうそくの診断には使えないのだ。
 院内の設備もさることながら、ドクターヘリや、古仁屋港とユリムンビーチを結ぶ高速艇まで用意されているユリムンビーチは、高齢者の暮らしを支えている彼らにとって、どれだけ心強い施設となるだろう。
「今日は開園準備に、機材とかを運んでくるんだって。県病院にも入ってないような機械が何台か入るみたいだよ」
「どっちから来るの? 何時ごろ?」
 夕方の五時に来る、と答えようとした昇は、父を心配させてしまうかもしれないことに思い当たった。いわいよしが昨日言っていた夕方の五時、というのは入港時刻のはずだが、そこまで見届ける必要はない。大体、そんな時間まで海にいると、父が楽しみにしている八月踊りに間に合わない。
〈エデンの園号〉だって、初めてあま大島にやってくるのだから、もっと早く現れるはずだ。
 昇は場所だけ伝えることにした。
「南から」
 父はあごで、縁側に転がしてあるパドルを指した。
「それを雄太は、ボートで海の上から見るわけか。ばなれの外を回るんだろうやあ」
「大きな船だから、外だろうね。僕はてんの浜から入って、海で待つつもりだけど」
「海で待つなよ」
 カレンダーの上の地図に目をやった父はあきれたような声で言った。
「高台がいいけど、せめて浜に上がらんと。ボートにいると水平線は二・五キロぐらいしかないのよ。船の高さは?」
「……七十メートル」
「だったら三十五キロの見通し。マストのてっぺんがぎりぎり見えるのは、〈エデンの園号〉がとくしまのトンバラ岩を越えたところよ。クルーズ船は時速何キロで進むの?」
「四十──確か、四十六キロ」
「間に合わんがな」
 一瞬、言われた意味がわからなかった。父が見つめているのが、カレンダーに描かれた地図の外側だと気づいて、ようやく父が何を気にしているのかがわかった。
 船を発見してからカヤックをいでも、いい位置に移動できるとは限らない。それどころか、気づいた時には全長が古仁屋の町の半分ほどもあるクルーズ船から逃げ回る羽目になる可能性すらある。クルーズ船をいち早く発見して航路を予想し、そしていい場所に移動しろ、と父は言っているのだ。

#12-2へつづく
◎第 12 回全文は「カドブンノベル」2019年12月号でお楽しみいただけます!


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