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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.5

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#10-5

藤井太洋「第二開国」

「……はい。てっきり、薩摩藩が、奄美出身者を見分けるために、一文字をつけたんだと思ってました」
「苗字をつけたのは明治時代でしょ。薩摩藩はもうなくなってたんだよ」
「え、ええ。そうなんですけど……」
「江戸時代、藩内屈指の豪農だった由緒人たちに一文字姓をつけたのは、確かに区別するためだったんだろうけどね。みんなのは、自主的に決めたものなんだよ。とにかく、島民の多くは苗字を手に入れて、戸籍に登録された。次が債務奴隷の家人と、家人同士の子供──これは膝とかひざだちとか呼ばれていたんだけど、そういう人たちを自由民、ぶんちゆにすることになった。明治の改革だね。砂糖の専売をやめさせようという運動もあった。この辺は流石さすがに知ってるかな」
「はい」
「だいたいでいいよ。とにかくその時、島は二つに割れた。新たな時代を望んだ人民ビキと、旧来の体制にとどまろうとした役人ビキだ。互いを監視し合いながら、鹿児島県から派遣されてきた役人に取り入って主張を飲んでもらおうとしていたんだ。傷跡は長く残ったらしいよ。自分たちが作った砂糖をようやく売れるようになったのに、ビキと罵り合っている間に、砂糖産業は中国のしんちようが薩摩藩の奄美支配を参考にしてたいわんで始めた砂糖プランテーションに追いつけなくなってしまった。世界に通用していた特産物を失ったんだ。奄美はそれ以来ずっと──」
 蒲生がグラスを揺らした。空になった部分のガラス越しに、彼のわずかに色の薄い瞳が揺れていた。
「どこにでもある日本の田舎になった」
「……そう、かもしれません」
 蒲生の言いたいことはわかる。廃屋の目立つ島の集落は、海と山、降り注ぐ太陽が作る鮮やかな色を除いてしまえば、驚くほど本土で見かける村と変わらない。
「どうしてかな」
 突然の問いかけに昇は息を詰めた。
 故郷が、島がなぜ寂れていくのか考えたこともなかった。
 説明会で徳田が歌った中学校の校歌が示しているように、子供の頃から人が減っているのはわかっていた。島の経済が、価値を削り取っていく土木建築に依存しきっていることも、選挙といえば仕事をもらえる方に投票するものだと考えていることもわかっていて、幻滅しながら受け入れていた。
「ええと──」と言いかけると、蒲生が口を開いた。
「タイミングが悪かったせいだ、と誰もが言う。砂糖で競合していた台湾よりも耕作面積が小さいからだ。イギリスを真似てプランテーションをやっていた薩摩藩が、西欧諸国のようにインフラ整備しなかったからだ。良港の入江を貿易に使わなかったからだ、とか、いろいろ言われている。ちなみに、最後のはWRIワールドのジャンが言った意見だ」
 そこで言葉を切った蒲生のまなしはグラスと昇を通り抜けて、紫色に染まる海に焦点を結んでいた。昇は、焼酎のグラスを口元に運んで、すでに自分に語りかけているわけでない言葉の続きを待った。
 たっぷり二口飲み干したところで、蒲生が表情を和らげた。
「英語でやるぐらいがいいんだろうな」
「え?」
 聞き間違いではないかと思った昇が、グラスを置いて身を乗り出そうとすると、蒲生はこちらに手のひらを向けて動きを制した。
「英語で、って言ったんだよ」
「どういう意味ですか」
「学校でディベートとかやったことある?」
「ありません」
「いい勉強になるんだよ。その場に立つまで考えてもいなかったようなことを主張するのは、相手を憎まずに言葉を交わす、いい練習になるんだ。でも、やってないなら仕方ない。英語でやるぐらいの制限をかけてしまえば、相手を傷つけることはできなくなる」
「いや、いやいや。わかりますけど、無理ですよ。英語でなんて」
 蒲生はぐっと顔を突き出して言った。
「なら、せめて標準語でやろう。魂と結びついた言葉で争っちゃいけない。だからビキって言っちゃだめなんだ」
 蒲生はほとんど空っぽになっているグラスを見つめた。
「な、上から目線の説教だっただろう?」
「いえ──」
 そんなことはありません。と続けたかったが、説教なのは間違いない。
 とはいえ、この時この場で、蒲生が昇にその言葉を使わないように願うなら、今の形がいちばん自然な気もする。
「わかりました。覚えておきます」
「ありがとう」
 空っぽになったグラスを見つめた蒲生は、陶器のボトルを見つめていたが「やめとこう」とつぶやいて昇に顔を向けた。
「〈エデンの園号〉が来る日が決まったよ」
「決まってませんでしたっけ。クリスマスが施設のオープンで、その二日前が入港セレモニーでしたよね。十二月二十三日。変更があったんですか?」
「いや、そこは変わってない。機材とスタッフを運んで来るんだ。プレ訪問だよ。九月十五日、金曜」
 昇はグラスをテーブルに置いて、記憶に残っている日付がなんのものなのか考えた。蒲生はグラスを持った手で、きっと笑っているはずの口元を隠していた。
「種明かししてくださいよ──あ」
 ポスターだ。
「八月踊りの日ですか」
「その通り。偶然だけどね」
 そんなわけはない。
 旧暦八月、最初のひのえひのとの両日に奄美大島のほとんどの集落ではしやせんじんを公民館に持ち寄り、島唄を歌いながら輪になって踊る。今年は九月十五・十六の二日間になる。内地で言うところの盆踊りだ。宴席は深夜まで続き、若者たちは酒の勢いに任せて隣の集落まで遠征して踊り歩くことも多い。
 そんな日に、島のどんな建物よりも背の高いクルーズ船がやってくるのだ。
「でも、ちょっと待ってくださいよ。準備ならわざわざあの船じゃなくてもいいじゃないですか」
「そうもいかないよ。スタッフもいるし、大きな機材もあるからね」
「機材?」
「でかいのは非常用のガスタービン発電機かな。核磁気共鳴画像MRI装置とか集中治療室ICUのユニットも重いんだよ」
「……MRIって、体を輪切りにするあれですか?」
「どんな切り方でも見せられる。島には二台しかないんだってね。あると便利でしょう」
「そうですけど、病院でも作るんですか」
「そうだよ。スタッフの半分は医師と看護師だ」
「え?」
「ユリムンビーチは五千人の難民が滞在できる街なんだけど、三千人の入院が可能な病院もあるんだ。最新鋭の設備を用いた、世界屈指のレベルの医療が受けられる。3Dプリンターを使った義肢を作るメイカーも入ってくるし、再生医療のラボも、終末期医療に対応したホスピスもある」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんでそんな病院を作るんですか」
「難民の中には、腕がなかったり、脳に砲弾や地雷の破片が刺さったままだったり、補助人工心臓がないと生きられなかったりする人もいるからだよ。ショックで、精神的な傷を負ってしまった人も少なくない。もちろん、昇さんたちも使えるんだ。健康保険も使える」
「だから──」
 言葉に詰まった昇の前で、蒲生はスマートフォンを取り出してぱらぱらと写真をめくっていた。
「ちょっと待ってね。そうそう、これだ」
 蒲生がこちらに向けた画面には、海上に浮かぶ〈エデンの園号〉が映し出されていた。船体には、上海で乗った時には描かれていなかった、波を図案化したような模様が描かれていて、客室だったところには記憶と異なる鉄塔が立っていた。プールのあった甲板には、美しい船体に似つかわしくないオレンジ色のコンテナが山積みされている。
「これ、ほんとうに〈エデンの園号〉ですか?」
「昇さんが上海で乗ったのと同じ〈エデンの園号〉だよ。客室の一部を外して、コンテナを積み降ろしするためのクレーンを装着してある。ユリムンビーチの浮き桟橋にはクレーンがないから、船のクレーンで荷積みする必要があるんだ」
 昇は、山積みのコンテナとクレーンで、今にもひっくり返りそうな〈エデンの園号〉を改めて見直した。
「なんだか、バランス悪くないですか?」
「そうかな。双胴船だから転覆することはないよ」
「いや、そうですけど……」
 言葉を濁した昇は、古仁屋で出回っている嫌な噂を思い出した。
 反対派の一部の人たちが、船や桟橋を破壊して入港を妨害しようとしているというのだ。昇の先輩にあたる喜矢武が説明会で口にした「船が入れんかったら」という言葉がその引き金になったことは間違いない。
 昇は、波を蹴立てている船体のあたりを指差した。
「これ、ロープを引っ掛けたくなりますよ」
「そうだね」
 意外な返答に昇は顔をあげた。
「まさか……妨害させるつもりなんですか?」
「いいや」
「でも、そうだねって言いましたよね」
「船を止めたいなら、ロープでもワイヤーでも引っ掛けたくなるさ」
 蒲生はスマートフォンの画面を消して、昇に笑いかけた。
「そうさせるかどうかは、全く別の話じゃないか」

つづく 
※次回は11月号に掲載予定です。

  参考文献

  南方新社『復刻 大奄美史(奄美諸島民俗誌)』昇曙夢
  南方新社『復刻 奄美生活誌』惠原義盛
  奄美の地域メディアを俯瞰する:歴史・印刷メディア編『中京大学現代社会学部紀要』第9巻 第2号 抜刷 2016年3月 PP. 47~128 加藤晴明
  成山堂書店『クルーズポート読本』一般財団法人 みなと総合研究財団クルーズ総合研究所
  名瀬市史編纂委員会『名瀬市誌 中巻』
  南方新社『奄美方言』岡村隆博

※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

「カドブンノベル」2019年9月号収録「第二開国」第 10 回より


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