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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.13

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#12-4

藤井太洋「第二開国」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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 昇は、カヤックを積んだスバル・サンバーが花天集落を越えたところで、行き先を決めた。西古見集落から十分ほど行った先にある戦跡、西古見観測所跡だ。
 西古見湾を古仁屋側から見下ろすサンセットビーチ展望台は、〈エデンの園号〉が湾に入ってからの動きを観察するのに最適だが、ビーチまで行くには、作業員たちが寝起きする西古見集落の住宅の間を抜けて浜までおりなければならない。
 ユリムンビーチが着工するまでは、人口が二十人ほどの、典型的な過疎の集落だった西古見だが、今は土木建設工事やユリムンビーチの内装などを手がける作業員たちの宿舎も立ち並んでいる。
 週に二度、アマンコープの配達で訪れているアマンコープのスバル・サンバーと、ハンドルを握る昇を見とがめる住人はいないはずだが、説明会が終わってからの二週間で表面化した不安は、あんとく戦争の時ですらほとんど使われなかった「」という言葉をよみがえらせてしまった。
〈エデンの園号〉が初めて入港してくる日に、港の沖合に行こうとする昇を面白く思わない関係者がいてもおかしくない。
 街宣車も出ているし、町民の中にも〈エデンの園号〉の入港を妨害しようとする動きがある。なぜか昇に声をかけてくるぶち──警視庁の公安がその後ろにいるのは確実で、昇の近しい人の中にもその影響を受けてしまった人が少なくない。間渕と、鹿児島県警から出向してきているらしいありという警察官の二人組は、最近古仁屋にやってきた女性の上司のもとで動いているということだった。今日、初めて日本の港に入港する〈エデンの園号〉を見るためにやってくるかもしれない。彼らと顔を合わせるのも嫌だった。
 ショックだったのは、先週役場についてきた叶が、強硬にユリムンビーチの建設に反対する集団に加わってしまったことだった。今日はシフトが入っているはずなのに、店には出ていなかった。叶や、先輩のたけがひょっとするとこの辺りにいるのかもしれないと思うと、集落に降りていくのは気が進まなかった。
 公安といえば、彼らの狙いがわからないのも不気味だ。
 私設難民キャンプともいうべきユリムンビーチは、この数年でドタバタと決まった法律の抜け穴を利用しているらしいが、もしも彼らの動きを止めたいのなら、街宣車などを雇ったり、町民をそそのかして抗議運動なんか組織したりせずに、地道に捜査を行えば必ず何かを見つけられるはずだ。
 警視庁公安部といえば、活動家同士の一万円にも満たない生活費の貸し借りを出資法違反だといって逮捕してしまう部署だ。蒲生はともかく、勢いに任せて突っ走る祝が、捜査の網の目をくぐり抜けられるわけがない。昨夜、港に飛び込んで海上タクシー乗り場まで泳いだのだって港湾法か何かには抵触しているかもしれない。
 昇は、助手席の手提げ袋に目をやった。港に飛び込んだ祝が、桟橋に残していったパレオがその中には入っている。今日の五時、彼女と蒲生は〈エデンの園号〉の入港を見届けるためにやってくる。
 きっと二人は海の上で待つはずだ。
 祝と蒲生の二人に、〈エデンの園号〉の前で会う。そうすれば、決めきれない自分の将来について考えるきっかけがつかめそうな気がする。そのために昇はやってきた。西古見の集落で、地面に足をつけて出会うのは嫌だった。
 いつもよりも少しだけスピードを出して西古見集落を通り過ぎた昇は、低い峠を越えて、かつてなかんま公園と呼ばれていたユリムンビーチの広い車道でさらに速度をあげた。
 初めて建築中のユリムンビーチを見たときは、装飾のほとんどない建物をどうやってリゾート施設に仕立て上げていくのか不思議だった。大家族向けにしても広すぎる街路や、レジデンスの窓から見える部屋の広さに驚いたものだが、病院と難民のために作った避難所だと聞かされた後は、その違和感がどんなものであったのかを思い出せないほどしっくりと、西古見湾にんでいた。
 通り過ぎるときにちらりと見えた、オレンジ色の浮き桟橋の周囲だけがいつもとは違う慌ただしさを感じさせていたが、それ以外は不気味なほどいつも通りだった。
 声をかけられることも、手を振られることもなくユリムンビーチを通り過ぎた昇は、ため息まじりの独り言を口にした。
「何を緊張してんだよ」
 小さな岬を回り込んだ昇は車を止めた。
 ガードレールのすぐ先に小さな浜があったのだ。カヤックを下ろした昇は、砂浜の陸側を縁取るアダンの木立の下にカヤックを押し込んで、ロープで縛り付けた。浜の正面には、古仁屋からは見えない水平線が広がっている。浜の右側は、これから向かう観測所の建つ大きめの岬で塞がれているが、正面には東シナ海が広がっていた。黒潮の流れる太平洋側よりもわずかに色の薄い水平線には、無人島の江仁屋離があおかすんで浮かんでいた。
 五キロほどしか離れていない江仁屋離の向こう側から、〈エデンの園号〉はやってくる。
 江仁屋離の左手で水平線を遮るのは、島のうつそうとした森の塊と、海と森を隔てる真っ白な砂浜の線だった。
 さね集落の砂浜だ。
 蒲生と祝は、あのビーチから舟を出して〈エデンの園号〉を出迎える。
 昇は、偶然選んだこちらの砂浜がとても良い条件を満たしていることに気づいた。注意深く観察すれば、実久の浜から出る舟を見ることができるのだ。〈エデンの園号〉を早めに発見していれば、二人と合流することも可能かもしれない。
 自信を深めた昇は、スバル・サンバーに戻って水を飲み、観測所に向かうことにした。
 二速で急な登り坂をゆっくりと登っていくと、稜線の向こうに大きな積乱雲が生まれてくるところだった。真っ青な空に、まるで火山の噴煙のような速さで育つ雲のてっぺんが、上空を吹く強い風に千切れて、ぽっかりとした綿雲になって頭の上を通り過ぎていく。

#12-5へつづく
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