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連載

藤井太洋「第二開国」 vol.14

リゾート建設が国家を揺るがすポリティカル・フィクション! 藤井太洋「第二開国」#13-1

藤井太洋「第二開国」

※この記事は期間限定公開です。



前回までのあらすじ

2023年の奄美大島。東京から奄美に戻った昇雄太は地元のスーパーで働き始めた。クルーズ船寄港施設の建設が進む中、祝佳乃とも再会した。ところが、祝もプロジェクトに関わる寄港施設が、実は難民受け入れを目的としていたことに、住民の一部は反発する。公安警察の間渕らは計画を潰すため、反対住民の実力行使を煽動する。入港するクルーズ船を見るため、海に出ようとした昇は、間渕たちが船の入港の妨害工作を進める現場に出くわしてしまう。

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 第九話 開国(承前)



 手すりから身を乗り出したぶちの目の前で、のぼりの蛍光グリーンのラッシュガードが小さな崖にへばりつくように生えているてつの間を転がり落ちていった。堅い緑色の葉が大きくたわんで跳ね上がるのをみた時、間渕は「蘇鉄の中に落ちると痛そうだ」と、場違いなことを考えていた。
 蘇鉄の葉がたてるしゃらしゃらという音が消えたところで間渕は我に返った。
「昇さん!」
 答えはない。姿も見えない。どうしようかと思ったところで、ありの怒号が耳を打つ。
「待たんか、が!」
 昇を追って走った有馬が、駐車場のガードレールを乗り越えて、崖下に降りようとしていたのだ。
「やめろ!」
 ピクリと体を震わせた有馬が、ガードレールの支柱にぶら下がったまま顔をあげた。
「戻れ。どうするつもりだ」
「捕まえて──」
「どうするつもりだ」
 口をつぐんだ有馬は、昇の消えた崖の下をにらんでから、体を引きあげながら言った。
「逃していいんですか? あいつはユリムンの、ワールドリゾートインスティチュートの手先ですよ」
「いいから戻って、監視を続けろ」
「でもですね──」
「でも、なんだ」
 間渕は観測所の脇を歩いてきた有馬を睨んで黙らせておいてから、再び崖の下に目をやった。
 飛び降りた昇が転がり込んだ蘇鉄の下には勾配が緩やかになった場所があり、二本の低い松の木と、それを取り巻くようにススキが密生していた。その下は、ギザギザの葉っぱを海岸線に並べるアダンの木が、まるで防波堤のように並んでいた。
 堅い蘇鉄の葉と、さわさわと音を立てるススキと松葉、そして波打ち際のアダンの葉は、東シナ海から吹き付ける風で不規則に揺れていた。一定の間隔で寄せては引く波に洗われるいその音が、葉擦れの音の背後を埋め尽くす。
 風と波のたてる音をようやく無視できそうになったところで、すぐ足元からチキチキと鳴く虫の声が間渕の神経をかき乱した。それも無視しようとした間渕だが、今度はアダンの木の間を縫うように飛ぶ、てのひらほどの大きさの真っ白なちように目を奪われてしまう。
 違う、もっと奥だと意識を崖下に向けた間渕の目は、波打ち際のすぐ先でさんの間を出入りする魚影を捉えていた。
 昇の気配は──わからない。生きものが多すぎる。
 間渕は改めて、昇が転げ落ちて行った斜面を確かめた。
 傾斜が緩くなるところまでの高さは八メートルほど。突き落とされたのならばともかく、自分で飛び込んでいったのだから打ちどころが悪くて死ぬような高さではない。どこまで見たのかはわからないが、死なせるつもりはなかったので一安心だ。
 間渕は、立ち止まって不満そうな顔を崖の下に向けている有馬に言った。
「なんで脅しつけた」
「あ、ええと──」
「だいたい捕まえて、どうするつもりだったんだ。殺して埋めるか、それとも事故を装って車ごと突き落とすか?」
「殺す……?」
 有馬はぎょっとしたように顔をあげた。そのあとのことを考えていなかった、というわけだ。そしてこのような手合いが人を死なせてしまう。
 間渕は有馬を無視して、おおしま海峡を見下ろした。
 島の西に浮かぶ無人島のばなれと、西にし湾の入り口を示す三つの岩礁、さんれんたちがみを結ぶ線上には黒いブイが浮かんでいる。
 五十メートル間隔で浮かぶブイが、黒い線でつながれていることに昇は気づいただろうか。
 間渕の視線に気づいたらしい有馬が、恐る恐る口を開いた。
「あいつ、ブイのことをなんか言っていましたよね」
「お前が出てこなければ、海を見せずに追い返せたかもしれないんだがな」
 再びうつむきそうになった有馬は、しつせきを振り払うかのように顔を引き締めた。
「崖の下を見てきましょうか」
「どうして」
「船をしようさせるまで、拘束した方がいいかと思いまして」
「令状は?」
「……いや、緊急逮捕の手もあるかと。容疑は、何とでもなりますし……」
 有馬の声は小さくなっていった。
「わかってるじゃないか。手は出せない」
「はい」
 肩を揺すった有馬は、スマートフォンを尻ポケットから取り出して、自分を納得させるように言った。
「どうせ、誰にも連絡できませんしね」
「その通り、携帯網は死んでる。たけを引きこめてよかったな」
「はい、現役のNTT職員でなければ今回の妨害工作は何も動きませんでした。終わったら、ねぎらってやりたいと思います」
 任せるよ、と間渕は言って、有馬に監視を続けるように命じた。
 このまま話を続けていると、その場しのぎで作り上げた妨害計画の混乱に取り込まれてしまいそうだったのだ。
 今回、西古見港にやってくる〈エデンの園号〉の航行を妨害し、あわよくば座礁させようとする工作は、官邸や警察庁の承知している話ではない。成功すれば追認する可能性が高いとはいえ、日本初の女性警視総監を狙うむらの極めて個人的な工作に過ぎない。
 檜村は、彼女を支援している議員と国交省官僚、そして検察庁から数名の手を借りて、西古見に現れつつあるユリムンビーチの違法性を証明しようとしているようだが、経過ははかばかしくないらしい。
 檜村は同時に、妨害工作が失敗するようなら、有馬に妨害工作の責任を全て押し付けて逃げるように、とも命じていたが、どうなれば妨害に成功した、と言えるのかすら決まっていないのが現実だ。
 実際のところはコンピューター断層撮影CT核磁気共鳴断層撮影MRIが行える高価な医療機器の搬入を阻止できれば、ユリムンビーチが高度医療施設だという言い分は成り立たなくなる。で街宣車を乗り回している〈みんじゆん同志会〉に座り込みを組織させて、コンテナを下ろさせなければいい。住民を二人か三人ほど巻き込むことができれば、住民運動と言い張ることもできるはずだ。

#13-2へつづく
◎第 13 回全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます!


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