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連載

榎田ユウリ「武士とジェントルマン」 vol.7

この金髪青年も、武士なのか……!? 剣道教室を訪れた英国紳士に新たな出会い。榎田ユウリ「武士とジェントルマン」#2-2

榎田ユウリ「武士とジェントルマン」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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 蛍光イエローに近いブロンドはもちろんヘアダイであろう。緩くかかったウェーブは生まれつきか、あるいはパーマネントか。かつ、彼の剣道ユニフォームは上下とも白である。隼人も含め、彼以外はみな紺なので、おそらくこの青年が少数派──つまるところ、かなり目立ちたがり屋なのではないかと推測される。
「うっわー、やばい。マジやばいイケメン!」
 金髪青年は興奮気味にしやべり出した。
「パネぇ~、こりゃばえるわ~。英国紳士オーラ、バリ立ちのぼっちゃってるし! なんだろねー、この顔面格差社会! こんな顔に生まれたかったというツラミ! あ、俺、隼人のブシダチで、っす。津田よりたか! 隼人は頼孝って呼ぶし、栄子さんはヨリちゃんで、どっちでもノープロっす。なにはともあれ、シクヨロ、おなしゃーす!」
「………………」
 恐らく、私の眉間にはくっきりと皺が刻まれたであろう。相手もアレ? という顔になった。私は彼の言葉が半分もわからず戸惑っていたし、向こうはきっと『日本語わかるって聞いてたけど?』という心持ちのはずだ。かろうじて、名前が恐らくツダであることは理解できたのだが……オナシャスとはなんだろうか。
「あっれー、えーと、じゃあ……Hello, Welcome you to Japan. It's an honor to meet you. I'm YORITAKA TUDA, please call me YORI. I hope you're going to enjoy your time in Japan.」
 かと思うと、今度は非常にれいな発音の英語である。私もつられて英語で返事をしかけたほどだ。すぐに思いなおして「はじめまして、ヨリ」と返事をする。
「すみません。先ほどはあまり聞き取れなくて」
「マジすか。俺、そんな難しいこと言ってないんだけどなー。今は? わかる?」
「ええ、わかります。さっきは知らない単語が多かったようです」
「あー、単語チョイスがカジュアルすぎたかも~。隼人にもちょいちょい怒られるんすよねー。武士のくせに、言葉遣いがチャラすぎるって」
「チャラすぎる……」
「軽すぎる、みたいな」
軽佻浮薄けいちようふはくであるということでしょうか」
「すっげ。難しい言葉知ってるじゃないすか。それっす、ケーチョーフハク」
 そう言って頼孝は笑う。どうやら彼はりのスラングを多用するタイプらしい。言葉遣いはともかく、フレンドリーなことは間違いない。
「……その、ヨリも武士なのですか?」
「うん、そう。パツキン武士!」
 パツキンは金髪だろう。言葉の前後を入れ替えての言葉遊びだ。日本語ではしばしば見られることらしく、以前知り合ったアメリカ人はロッポンギのことをギロッポンと言っていた。
「武士の髪型に決まりはないのでしょうか」
「一応髷は作れってなってるけど、色の指定まではないねー」
 頼孝も髪をくくってはいる。だが、隼人のように髪をでつけ、高い位置できっちりまとめているのではなく、全体的にルーズだ。どちらかと言うと女性のポニーテールの雰囲気である。
「なにしろ俺、目立ちたくて武士ってるんで」
 あごに手を当てる謎のポーズを決めた頼孝が言う。ブシってる……武士という名詞を動詞化した用法と思われる。
「まあ、アタマの固いジジイたちにはイイ顔されんけど。色々細かいこと言ってくるの、いるんすよねー。ホラ、武士道がどうのとか……けど、俺の目立ちたがりはご先祖譲りだから。ザ・カブキ者っすよ」
「カブキモノ……」
「変わり者、目立ちたがり、荒くれ者、みたいな意味っすね。ウチのご先祖、カブキ者を通り越してうつけ者、つまりバカstupidって呼ばれてたくらいでね。けど、超有名武士!」
 いひひ、と綺麗な歯を見せて頼孝が笑う。それが誰なのか気になったが、なにぶん私は日本の武将にさっぱり詳しくない。名前を聞いて知らなかったら気まずいので、今は「そうなのですか」と応ずるにとどめておく。
「アンソニーも剣道やるんすか?」
「いいえ。よく知らないのですが、興味はあります。やはり武士にとって、剣道は大切な武術なのでしょうね」
「それなー。必須って感じだよねー。剣術できない武士なんてかっこつかねーでしょ。なんつーの、英国貴族がポロしないみたいな?」
「しない貴族も多いかと……。観戦ならばともかく、参加するとなるとなかなかハードなスポーツですから」
「マジか! まー、ポロのことよく知らんけど!」
 私たちが話している近くで、ややとしかさの子供たちが防具を身につけ、ふたり一組の練習を始めた。するどい叫び声を上げながら、相手の頭部に竹刀をたたきつけている。ひとりは打たれるがままなので、そういう訓練なのだろう。
「……痛そうですね」
「あはは。最初はビビるけどねー、でも面つけてっから平気っすよー。ほらほら、竹刀は四本の竹が合わさってるの。だから衝撃が分散する」
 頼孝が竹刀を見せてくれた。なるほど、四本を束ねた形になっている。
「剣道は竹刀を使うスポーツですが……カタナを使う武道はもうないのですか?」
「真剣って意味っすか? 居合道があるっすよー」
「イアイドー?」
「ウン。ホントに斬り合うわけじゃなくて。そんなん、死人出ちゃうしねえ。真剣を抜刀して、型を見せるって感じ。隼人が詳しいっすよ」
 頼孝はそう教えてくれた。言葉遣いは確かにチャラいが、やはり姿勢がとてもいい。このへんは隼人との共通性を感じる。
「そういえば、あなたがた武士が外出する時につけている刀は本物なのですか?」
 気になっていたまま、隼人に聞きそびれていたことを尋ねてみる。頼孝は「あー、よく聞かれるんす~」と安定の軽いノリでにやりと笑った。
「……どっちだと思います?」
 逆に聞かれてしまい、私は考える。真剣は殺傷力の高い武器ともいえるので、持ち歩くことは規制されているのではないだろうか。だが、現代武士たちには、特別な許可が与えられている可能性もある。地域防犯の一端を担っているのならば、身を守る必要もあるだろうし……。
「はーい、時間切れ! 正解はどっちでもいい、でしたぁ!」
「どっちでも? つまり、各自の判断に任されていると?」
「そっす。ホラ、真剣かどうかわかんなくても、悪いコト考えてる連中へのけんせいにはなるでしょ」
「なるほど……でも、抜いてみせろと言われたら……」
「武士が『刀を抜け』と言われたら、それは斬り合うってことなんすよ」
 頼孝はサラリと怖いことを言った。
「だから滅多なことじゃ言われないし……あ、でもたまに酔っ払いとかが言うなあ……そういうのは相手にしないし、そもそも俺は竹光だし。つまりフェイク」
「それ、言ってしまっていいんですか?」
「あはははは、よくない。あんまよくない。でもまあ、日本は銃社会じゃないですからね。相手が銃じゃないなら、竹光でもそこそこ武器にはなるんすよ。むしろ扱い慣れてない真剣より、俺は扱いやすい。真剣は重いし、そもそもあんなん振り回すの怖いし、持ち歩こうって気になんないですよー。そういうヤツのほうが多いんじゃないかなあ」
 そう言ったあとで「ま、隼人はわかんないけど」と笑ってつけ足す。
「アイツは変わってっからねー」
「変わってる……」
「変わってるっつーか、あいつ、チョー武士じゃないすか」
「チョー武士……」
「純粋培養武士っつーか、ナチュラルボーンサムライっつーか」
「すみません。意味がちょっとわかりません」
「ですよねー。えーと、現代の武家制度についてはもう聞いてます?」
 私は頷き「大体ですが」と答えた。
「昔は武家だった家……というか、昔は武家だったとされている家の子供が武士になるわけですけど、べつに義務ってわけじゃないんすよ。子供にも選択の自由っつーのはあるわけで、いやならなんなくていい。武士として登録されるのは十六歳以降だから、高校上がったあたりで、武士になるかどうか決めるわけね。けど、以前はもっと早かったらしくて。武士道精神は幼いうちから養うべき……みたいなノリ。早ければ早いほどいいって時代もあったわけです。でもこれのせいで、問題が多発しちゃって」
「どのような問題ですか?」
「イジメっす」
 頼孝の笑みに苦いものが混じった。
「そりゃそうだよねー。小学生のうちから髷結って、着物と袴で学校行くんすから、めちゃ浮くもん。イジりありすぎでしょ。全員ってわけじゃないだろうけど、かなりいじめられる子いたみたいっす。子供って、異質なものを排除しようとするんだよなー……ま、大人もだけど」
 いじめ問題が多発したため、正式な武士登録は義務教育卒業後になったそうだ。それ以前は各家庭にて、武士の心得を教育することが推奨されているそうだが、あくまで子供本人の意思を尊重することが基本だという。
「要するに自分の意思で武士になりましょうね、と。まあそういうふうにしておかないと、下手すりゃ人権問題ですからね」
「……現代武家制度は、ある意味、日本における階級制度の復活として考えてよいのでしょうか」
「うわー、ディープポイント突くっすねえ!」
「失敬。出すぎた質問でした」
 初対面の相手に向ける質問ではなかったかもしれない。私は撤回しようとしたのだが、頼孝は「だいじょぶっす」とおおらかに受け止めてくれた。
「確かに昔の武家は特権階級だったわけで……いわゆるお武家様ね。でも現代日本は、一応みんな平等なわけです。実際問題はさておき、ザ・建前ではそうなってる。その建前からすると、武家制度って確かに微妙なんすよー。べつにたいした権利があるわけじゃないし、むしろタダ働きのほうが多いんだけど、なんとなく『武士はトクベツ』感みたいなのは漂っちゃいますしねー。かと思うと、そういう失われた特権階級の復活を喜ぶっていう連中もいて、そっちからは変な期待をよせられたりで、また面倒くさい。日本を守る若武者たれ、みたいな。いやいやいや、俺ら基本、袴はいてるだけの青二才っすよ? アベンジャーズじゃないんだから。アイアンマンもキャップもいないから!」
「すみません、アベンジャーズシリーズは観ていなくて」
「マジか!」
 また頼孝が笑う。
「まあね、とにかく今の武家制度ってわりとあやふやなモンなんです。だから武士の解釈も色々で、俺みたいにいい加減なヤツもいれば、隼人みたいなガチ武士もいる」
「ガチ武士というのは……」
「んー、なんつーか、本気と書いてマジと読む武士、みたいな? あいつは特別なんすよ。小さい頃からじいちゃんの徹底教育受けてきてるから。今時珍しいほどの武士っぷりでしょ? もう珍獣みたいなもんです。いや絶滅危惧種? ヤンバルクイナ?」
 ヤンバルクイナとはどういう生物だろうと思っていると、私たちが話しているのに気づいたのか、隼人がようやくこちらにやってきた。
「おいでになられましたか」
 礼儀正しく一礼するが、笑みはない。ほぼずっと笑顔の頼孝とは対照的だなと思いながら、私も会釈した。
「今日もヤンバルクイナは堅苦しいね!」
 頼孝が言うと、隼人はげんな顔で「ヤンバルクイナがどうかしたのか」と聞いた。頼孝は「なんでもない」とにやにやしている。
「アンソニー殿は大事な客人だ。おぬし、失敬な態度をとっていないだろうな」
「ぜんぜん! いつもどおりのフレンドリーだぜ!」
「おぬしのいつもどおりは大概無礼だろうが」
「わかってないねえ、隼人。俺はフレンドリーがモットーなんだよ。フレンドリーってのは大事なんだぜ? ウチのご先祖ももうちっとフレンドリーだったら、あんなに裏切られなかったと思うのよねー」
「ご先祖様を軽々しくネタにするな」
「ホントのことじゃん。あざまつながべつしよあらにとどめのあけ……」
 指折り数えている頼孝を無視し、隼人が「アンソニー殿、よろしかったら竹刀を構えてみませぬか」と私を誘う。
「私が? お邪魔ではありませんか」
「ぜひ日本の武道を体験していただきたく」
「では、少しだけ」
 ごく静かに頷いた私だが、本当のところを言えばちょっと高揚した。やってみたかったのである。相手をつかんで投げ飛ばす柔道は、とても私には無理だろう。しかし、剣道ならば多少形になるのではという期待もあった。
 スリッパと靴下を脱いで、準備完了だ。体育館の床は少しざらついている。
 隼人が自分の竹刀を貸してくれた。握り方から丁寧に説明してくれ、私の隣で頼孝が見本を示してくれる。
「左手の親指と人差し指はあまり力を入れず、添える感じに。……そう、できております。刃すじがずれぬよう……この弦が横を向かぬよう注意してくだされ。常に上です。この弦の反対側が、真剣ならば刃の部分になりまする」
 なるほど、元々は真剣で戦うことを想定して始まった武芸なので、竹刀でも方向が厳密に決まっているわけだ。私は握りを微調整する。
「立ち方は、足の間を拳ひとつぶん開けてくだされ。……はい、位置はそれで大丈夫ですが、重心がいささか違います。頼孝を見てみてくだされ。重心が少しだけ前なのがおわかりか。かかとに重心がありますと、素早く動くことができぬゆえ」
「これくらいでしょうか」
「いかにも。大変よくなり申した。武術やスポーツはみなそうかと存じまするが、体軸がとりわけ肝要。バランス感覚と申しましょうか……ちょっとそのまま、そんきよを試みてくださりませ」
「ソンキョ?」
「頼孝」
 隼人の声かけで、頼孝は「りょ!」と謎の返事をし、身体を低くしていった。つまり竹刀を構えたまま、その位置でしゃがむわけだ。上半身は立っていた時と同じ姿勢をキープし、ぐらつくこともなくひざを曲げて、すーっと沈む。
 その動きはあまりにもなめらかだったので、簡単そうに見えた。だから私は深く考えることもなく、ようで動き始めたわけだが──。
「うわっ……」
 たちまちバランスを崩し、しゃがみこんだまま床に手をつく羽目になる。頼孝が私を見てうひゃひゃと笑い「ですよね~」と言った。いつのまにやら子供たちも集まってきており、頼孝につられるようにして笑い出す。これはどうにも恥ずかしいが、恥ずかしいという顔を見せるのはもっと恥ずかしいので、私は平静を保つ努力をするしかない。
「静まらぬか」
 ピリッとしたいさめ声は隼人である。決して怒鳴ったわけではないが、子供たちはすぐに笑うのをやめ、姿勢を正した。
「新しいことに挑戦している人を、笑ってはならぬ」
「そうそう、笑っちゃだめなんだぜ」
「そもそもおぬしが笑ったのだ、頼孝」
「ごめんなさーい」
 頼孝のおどけた謝罪に、再び子供たちがクスクスと小さく笑ったが、隼人はもうとがめない。どうやらこの剣道クラスは、厳しい隼人と楽しい頼孝でちょうどいいバランスが取れているらしい。
 失敗したまま終わらせれば後悔が残る。私は一度立ち上がり、再び蹲踞にチャレンジするが、やはりどうしてもぐらついてしまう。
「バランスが……とれないのですが」
「膝をもっと、ガバッと開いてくだされ」
「ガバッと……」
「左膝はもう少し後ろに引き、つま先は横に開きます。両足とも踵は上がっています」
 隣で頼孝が「こうっすよ」と一度竹刀を置き、袴の裾をたくし上げて足もとの形を見せてくれた。つまり、背伸びしたまましゃがんでいるようなものである。困難ではあるが、私はなんとかそれを真似てみる。
「こっ……こうでしょうか…………」
「左様です。だいたい、できておりまする」
 隼人はそう言ってくれたが、私の上半身は相変わらず揺らいでちっとも安定しない。低学年の子供が「ガイジンさん、がんばって」と応援してくれた。頼孝が「アンソニーさんだぞー」と教えると、今度は「アンソニーさん、もっとふんばるんだよ」とアドバイスをくれる。タンデンに力を入れて、ボシキュウに乗る感じ、などの具体的な助言ももらうのだが、残念なことに私の知らない語句が多い。
 私はなんとか一瞬だけそれらしい形になったのだが、直後ぺたりと尻餅をついてしまった。それでも子供たちが小さな手で、ねぎらいの拍手をくれる。よろよろ立ち上がると、ドッと汗が出る。精神的な発汗だ。
「蹲踞の形で相手と向き合ってから、試合が始まるのです」
 隼人が教えてくれた。つまり、これができなければ試合もできないわけだ。
「想像以上の難しさでした……」
「初めてなんだからしょうがないよ~。欧米の人ってしゃがむの苦手だと思うし」
 頼孝は蹲踞の姿勢からまたもやスイッと立ち上がって私を慰めてくれる。子供たちからも「すぐ慣れるよ」「ぼくも最初は転がったよ」などの声が上がって、うれしいのだがやはり気恥ずかしい。
「はやとせんせい」
 この場で一番小柄な女の子……おそらく八歳か九歳ぐらいの子が礼儀正しく挙手した。
「なにかな」
「しあいを、アンソニーさんに見せてあげたらいいと思います」
「試合?」
 コクリと頷く女の子の頰は桃色で、とても可愛らしい。他の子供たちも「見たい見たい」と同調しだした。隼人は少し困惑した様子で、頼孝を見る。
「あー、いんじゃね? 模擬試合。リアルに打ち合うの見ないと、剣道の迫力伝わらんっしょ。剣道ってファンタスティック! アメイジング! インクレディブル! って思ってもらいたいじゃーん」
「それがしらの試合では、そこまで至らぬ」
「律儀かよ。ま、でもスピード感くらいは伝わるだろ。どうっすか、アンソニー」
 私は「ぜひ拝見したいです」と答えた。
 剣道のことはよく知らないにしろ、映像でならば試合を見たことはある。確かあれは、英国内で行われた選手権のニュースかなにかだ。激しく打ち合う様子はなかなかの迫力だった。目の前で見ればいっそうだろう。
 隼人はしばらく考えていたが、やがて「では」と静かに承諾した。

▶#2-3へつづく
◎第 2 回全文は「カドブンノベル」2019年11月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2019年11月号


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