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連載

宮部みゆき「ぼんぼん彩句」 vol.24

宮部みゆき毎日連載!「どうせ〈みっちゃん〉に決まっている」『ぼんぼん彩句』全6篇を無料公開中。「鶏頭」#5

宮部みゆき「ぼんぼん彩句」

宮部みゆきさんから、外出自粛で書店に行くこともままならない読者の皆様のためにサプライズプレゼント! 月刊「俳句」で不定期連載している『ぼんぼん彩句』という短編6作品をWEB上で期間限定で無料公開します。俳句をモチーフに宮部さんが創造した物語たちは、物語が終わった後に、再度モチーフとなった俳句を読むと最初とはガラリと印象が変わるという仕掛け付き。毎日連載でお届けしますので、ぜひ「STAY HOME」週間を楽しんでくださいね。



>>「鶏頭」第4回へ

 みちるを悼み、懐かしがってくれるのは有り難い。気味悪がったり、迷惑に感じたりするのは失礼だ。そう思って、右から左に流すようにしてきた。
 確かに、秋美さんには、わたしも応対に困るときがある。夫は、こちらから招いてもいないのに、あの子がみちるの七回忌にお寺さんまで押しかけてきたときから、はっきりと嫌がるようになった。秋美さんが来ても、挨拶さえ返さずに引っ込んでしまう。
 それでも、智之君の妻である知花さんにまでそんな影響が及んでいたとは夢にも思わなかった。
「確かに、あの妹さんはちょっと変わった女の子ですわね」
 うろたえながら、わたしは言ってみた。すると知花さんの顔に、初めてくっきりと怒気が浮かんだ。
「もう〈女の子〉という歳じゃありませんが、ええ、ちょっとどころかすごく変わっています。どうしようもないですよ」
 歯ぎしりするように言って、続けた。
「義父は、まだまともなんだろうと思います」
 だから妻子の言動に呆れ果て、諦めてしまっているのではないか、と言う。
「居酒屋を始めてからは、夜も店の方に泊まって、事実上別居していますので」
 でも義妹は駄目です――と、いやいやをするように首を振った。
「完全に幻想のなかに住んでいます。義母もそんな娘が哀れで、義妹の幻想に付き合っているうちに染まってしまったんでしょう」
 知花さんの声音のなかには、怒りと同じくらいの痛みがあった。低音火傷のように、日常生活のなかで少しずつ圧をかけられ続けてきたことで生じた傷の痛みだ。
「だけど、智之君はね、みちるの思い出に憑かれたままだったなら、あなたと結婚することも、お子さんをもうけることもなかったんじゃありませんか」
 少しでも宥めたくて、わたしは問いかけた。知花さんはコーヒーテーブルの天板を睨んでいる。静かに息をついて、自分を落ち着かせようとしているようだ。
「夫は」
 おっと。とても言いづらそうに発音した。
「智之さんの胸の内は、ずうっと、わたしにもわかりませんでした。うちで三人でいるときは、ごく普通の人なんです。家事もよく分担してくれますし、子煩悩なパパに見えるときもあるくらいで」
 なのに、実家に帰ると〈みっちゃん〉の思い出に憑かれてしまう。
「それでも、滝口さんがおっしゃるように、わたしと一応は恋愛し、家庭を持ったのですから、義母や義妹ほど重症ではないと思ってはいました。過去はどうあれ、少なくともわたしと結婚してからは、ちゃんと現実と向き合っていて、実家では調子を合わせているだけなんだろうと」
 でも、そうじゃなかったんです。知花さんの口もとが悲痛にひくひくする。
「もしかしたら、智之さんがいちばん重症なのかもしれません。想いを内側に閉じ込めている分だけ、こじれてしまって」
 涙が浮かんできて、目尻が光る。
「この夏、彼はわたしにも子供にも、仕事が忙しくて夏休みがとれないと言ったんです」
 急に話が変わり、わたしは当惑した。黙って聞いているしかない。
「世間がお盆休みに入っても、智之さんは毎日出勤して行きました。スーツを着てネクタイを締めて、鞄を提げて家を出て、夜になると帰宅する。でも、そんなの噓だった。会社はちゃんとお盆休みになっていました」
 智之さんは、妻子と暮らす家を出ると実家へ立ち寄り、そこで着替えて、
「あちこち出かけていたんです。義妹が一緒のこともあったらしくて」
「いったいどこへ?」
 わたしの問いに、知花さんは顔を上げた。涙が一滴、頰を伝った。
「みっちゃんのお墓参りと、彼女との思い出がある場所です」
 同級生として、遠足や校外学習、修学旅行に行ったところ。
 わたしは、仏壇に飾ってある写真を思い出した。大鍋でカレーを作った。ハイキングした。楽しかった。よく覚えている、今も忘れられない――
「事務所の同僚が、郊外のサービスエリアでたまたま夫を見かけて、わたしと子供が一緒にいなかったので、お恥ずかしい話ですが、浮気を疑ってくれたのです」
 ――こんなことを言うのはよくないかもしれないけど、旦那さんの行動を調べてみた方がいいんじゃないか?
「わたしは、調べるよりもストレートに尋ねてみようと思いました。うすうす、真相の見当がついていたんです。どうせ〈みっちゃん〉に決まっていると」
 智之君は、バツが悪そうな顔をしたが、隠し立てせずに答えたそうだ。
 ――お盆だから、みっちゃんのことで頭がいっぱいになっちゃってさ。秋美もしょんぼりしてて可哀想だったし。
「そんな仕打ちをされても、わたしもバカで、まだ迷っていました」
 これから夫婦として、家族として年月を重ねてゆけば、智之君も変わっていくのではないか。いつか死者の思い出を振り切って、妻と子供に目を向けてくれるのではないか、と。
「でも、そんな望みはありません。最初から無理な話だったとわかってしまいました」

(つづく)

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