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連載

宮部みゆき「ぼんぼん彩句」 vol.21

宮部みゆき毎日連載! 「職場の上司が薄気味悪い。昔の同級生の写真を飾っているんだ」『ぼんぼん彩句』全6篇を無料公開中。「鶏頭」#2

宮部みゆき「ぼんぼん彩句」

宮部みゆきさんから、外出自粛で書店に行くこともままならない読者の皆様のためにサプライズプレゼント! 月刊「俳句」で不定期連載している『ぼんぼん彩句』という短編6作品をWEB上で期間限定で無料公開します。俳句をモチーフに宮部さんが創造した物語たちは、物語が終わった後に、再度モチーフとなった俳句を読むと最初とはガラリと印象が変わるという仕掛け付き。毎日連載でお届けしますので、ぜひ「STAY HOME」週間を楽しんでくださいね。



>>「鶏頭」第1回へ

 職場の上司が薄気味悪い。
 わたしは今年の春に市内の商業高校を卒業し、地元でいちばん大きな機械メーカーに就職した。うちの会社の一般事務職の新卒採用枠はごく小さい。わたしは幸運だった。
 三ヵ月間の研修が終わって財務会計課に配属され、今はまだ仕事を覚えるのに精一杯だ。うちの先輩は母と同年代のすごいお局さんだけれど、それくらい歳が離れている方がかえって気楽で、わりとうまくいっている。工学系の男っぽい会社だから、上司もみんな女子社員には優しくて、その点でもこの会社に入れて本当によかったと思っている。
 ただ、直属の野方次長だけは感じがよくない。というか積極的に気持ち悪い。
 この人、三十半ばの妻子持ちなのに、事務机の上に昔の同級生の写真を飾っているんだ。セーラー服を着た女の子が笑っている写真なので、てっきり次長の妹さんなんだろうと思っていた。歳が離れてる妹だから可愛いのかな、こんなぼさっとした人だけどシスコンなのかなって、それも何か笑っちゃう感じで思ってたんだけど、ついこのあいだ、給湯室で三時のお茶の支度をしているとき、
「まあ、取り越し苦労かもしれないけど、ちょっと忠告しておくわね」
 そう前置きして、先輩がこっそり教えてくれたんだ。
「次長の机の上に飾ってあるのはね、高校生のときに事故で亡くなった幼なじみの同級生の写真なのよ」
「え! 妹さんじゃないんですか?」
「うん。妹もいるけどね。もっと歳がいってる」
「だって野方次長って結婚してますよね。お子さんもいるんでしょ。このあいだ課長と、運動会がどうとか話してましたけど」
「いるよ。一昨年、創立五十周年の謝恩パーティのとき、奥さんと一緒に来てたけど、お行儀がよくて、奥さんそっくりの可愛い男の子よ」
 先輩は給湯室の出入口をちょっと気にしてから、早口で囁いた。
「だけど野方さんは、亡くなった幼なじみのことを忘れられないらしくてね。ずっとあの写真を大事にしてるのよ。平だったころはロッカーに隠してたんだけど、役付になったら堂々と机に飾るようになっちゃって」
 前の課長は私物の持ち込みにうるさい人で、いっぺん野方次長に注意したことがあった。家族想いなのはけっこうだが、写真は自宅に飾りなさいと。そしたら次長が急にキレちゃって、「これは大事なものだ」「部下のプライバシーに口を出すな」って言い返して、大騒ぎになったんだって。
「その騒ぎで、誰の写真かわかったのよ。まあ、前々から知ってて黙ってる人もいたんだけど」
 うわぁ。信じられない。
「次長はああいう……ちょっと何考えてるかわからないヒトだけど、仕事はちゃんとしているし、ほかには問題とか起こしたことはないからね」
 その一件のあと、前の課長は定例の人事異動でいなくなり、今の課長はいろんな点で事なかれ主義なので、写真はそのまんまになった。事情を知っているまわりの人たちは、見て見ないふりを続けているそうだ。
「だからあなたも知らん顔しててね。こっちから何か言わない限り、次長の方から写真の話をしてくることはないから」
「わかりました。でも、そのこと奥さんは知ってるんでしょうか」
「知ってるみたいよ」
 先輩の声がいっそう低くなる。
「次長のお父さんが、駅のそばで居酒屋をやってるの。安くて美味しいって、常連になってるうちの社員が何人もいるのよ。そのへんから噂が入ってくるんだけど、夫婦仲はもう完全に冷え切ってるらしいわ」
 わたしはすぐに思った。「子供さんが可哀想ですね」
「ねえ。でも、どうしようもないみたいよ。亡くなった幼なじみとは家族ぐるみで仲良くしてたんで、次長のご両親も、いまだに残念がっているんだって」
 本当は幼なじみがうちに嫁に来ていたはずだったのに、と。
「何ですかそれ。ひっどい!」
 写真で見る限り、次長の幼なじみは確かにとっても可愛い女の子だけど、亡くなってどれだけ経ってンだって話よ。
「ひどいよねえ。このあいだ課長と運動会の話をしてたのも、あなたよく聞いてた? 課長の下のお子さんが次長の息子さんと同じ小学校だから、もうすぐ運動会だなって話を振ったのに、次長はそのこと知らなかったのよ」
 マジで目が点になる話だ。フツー、奥さんとうまくいかなくたって、子供は可愛いもんじゃないの?
「ちょっと意味わからないです。そんなに幼なじみを忘れられないなら、最初から結婚しなけりゃよかったのに。子供までつくってて、何ですかその態度」
「死に別れは、未練が残るものらしいからねえ」
 先輩はしょっぱそうな顔をして言った。
「昔から、生き別れの後妻になっても死に別れの後妻にはなるなって言うじゃないの。あたしもね、それで諦めた縁談があったの。ホントいい人で、好き合ってたんだけど、うちの親が承知しなくてねえ」
 以下は先輩のグチだったので、省略。
 ともかく、野方次長はひどい。奥さんも早く別れちゃえばいいのに。

(つづく)

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