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連載

宮部みゆき「ぼんぼん彩句」 vol.22

宮部みゆき毎日連載!「みっちゃんが亡くなってからはちっともいいことがない」『ぼんぼん彩句』全6篇を無料公開中。「鶏頭」#3

宮部みゆき「ぼんぼん彩句」

宮部みゆきさんから、外出自粛で書店に行くこともままならない読者の皆様のためにサプライズプレゼント! 月刊「俳句」で不定期連載している『ぼんぼん彩句』という短編6作品をWEB上で期間限定で無料公開します。俳句をモチーフに宮部さんが創造した物語たちは、物語が終わった後に、再度モチーフとなった俳句を読むと最初とはガラリと印象が変わるという仕掛け付き。毎日連載でお届けしますので、ぜひ「STAY HOME」週間を楽しんでくださいね。



>>「鶏頭」第2回へ

 もう半年以上、嫁にも孫にも会っていない。
 やっぱり、お正月に言い合いしたのを引きずってるんだろうか。たかが一枚の絵のことで、あんなに口を尖らせて文句を言うなんて、知花さんが大人げなかったのに。こっちには悪気はないんだし、いい加減で慣れてくれてもいいだろうに。
 年末は三十日まで仕事だったそうで、大掃除が終わらないうちに元日になってしまったと言っていたけれど、身ぎれいにしていたから、美容院には行ったんだろう。満流もこざっぱりした恰好をしていた。知花さんは自分の稼ぎがいいから、贅沢をさせてるんじゃなかろうか。そういうのは、男の子にはいい躾にならない。あたしだって、ひとこと言ってやりたいのを我慢してきた。
 秋美がみっちゃんの思い出話をしたがるのは、あの子にとってはみっちゃんと仲良くしていた時代がいちばん幸せで、みっちゃんが亡くなってからはちっともいいことがないからだ。楽しいことばかりだった昔が懐かしいのはしょうがないじゃないか。
 秋美はいまだに独身だから、結婚して子育て中の地元の友達とは話が合わなくなっているし、会う機会もない。夫の店で働くようになって、アルバイトを転々としなくなったことだけはよかった。商売なんかしたこともない旦那だから、反対したし心配だったけどさ、秋美のためにも、旦那のやりたいようにさせてやってよかったんだ。
 みっちゃんを亡くしたショックで、秋美は学校にいかなくなり、うちに閉じこもるようになった。結局、高校にも行かなかったのは、やっぱりまずかったと思う。あのころもっと厳しくして、引っぱたいてでも立ち直らせておけば……。今さら後悔してもしょうがないんだけど。
 茶の間に掛けてあったあの鶏頭の油絵は、みっちゃんの形見だ。描きあげる前に事故に遭ってしまったから完成していない。それでも、秋美が滝口さんにお願いしてもらってきた。みっちゃんは絵が好きで、生きていたら美大に進んでいたかもしれない。滝口さんは奥さんが書道家だし、そういう才能がある血筋なんだろう。お金持ちだし。秋美はそういうところにも憧れていて、みっちゃんが全てになっていたんだろう。
 うちは細々とビニールハウスをやっているだけの農家で、土地を手放した今の方が、生活がずっと楽になったくらいだ。あたしも気ままに庭いじりできるのが嬉しい。ビニールハウスはきつかった。旦那もあたしも農業は嫌いなのに、なんでか農家に生まれてしまって、跡継ぎにされて、損ばっかりだった。
 あたしらの苦労や秋美の不幸に比べたら、知花さんはお嬢さん育ちで楽してきたくせして、この程度のことに、どうしていちいち尖るんだろう。嫁の立場なんだから、ちょっとぐらい我慢することがあったってしょうがないのに。
「いつもいつも亡くなった方の話ばかりされて、わたしにはわかりませんし、何かにつけて比べられているようで不愉快です」
 あんな居丈高な言い方をすることはないじゃないか。秋美が怒るのも当たり前だ。智之も、自分の女房なんだから、もっと強く𠮟ればいいのに。
 智之が知花さんを連れてきて結婚するって言ったときから、正直あたしは気に入らなかった。見るからに勝ち気そうな女だったし、父親は転勤族で、たまたまこの土地に居着いただけの、しょせんは他所者だからね。
 みっちゃんがいなくなってしまった以上、そりゃあ智之だっていつかは誰かと結婚しなくちゃならないのはわかってたさ。それでも、もう少し気の優しい女だっていたろうに。秋美は、みっちゃんに似てる女だったら、その方が生理的にイヤだって言ってたけど、知花さんは見かけも性格もまるっきり正反対すぎるじゃないか。
 せめて孫が女の子だったら、みっちゃんの分まで可愛がれたのに。あたしらは跡取りに拘るような昔の人間じゃない。知花さんにそっくりな男の子じゃつまらないよ。
 智之もだらしなくなったもんで、
「知花が嫌がるから、鶏頭の絵は俺が預かっとくよ」
 なんて言ってさ。外して持っていったけど、どこにしまいこんだんだろう。まさか捨ててはいないだろうけど……。
 そうだ。今年は庭に鶏頭を植えよう。秋になったら、みっちゃんの絵と同じように、真っ赤な鶏頭の花がびっしり咲くようにしてやろう。秋美も喜ぶだろうし、少しは気が晴れる。知花さんも、本物の花には文句の言いようがないだろうしね。

(つづく)

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