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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.28

【連載第28回】東田直樹の絆創膏日記「風が吹いても逆らわない」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第27回】「今日でなくても構わない」

 自分の思いが相手に伝わらないと悩む人は多い。
 わかってもらえないという心理の裏には、わかってもらえて当然だという考えがあるような気がする。僕自身は、気持ちは伝わらないのが普通だと思っている。
 期待するから失望する。
 人に期待してはいけないと言いたいわけではない。期待してもいいが、自分の予想していた通りにならないからといって、恨んだり、悲しんだりしてはいけないのだと思う。
 期待とは、自分勝手な想像だ。その人の頭の中で描いたストーリーであって、現実とは別の世界の話なのである。
「望みつつ待つ」という状態は、希望につながる。だから、期待通りにならないとがっかりする。
 人の心は、自分の心以上に理解不能なものである。心というものは、些細なきっかけでぐらつく。ぐらつくだけではなく、全く別の方向を向くことさえある。
 自分の言動が人の気持ちを左右することもあるかもしれないが、実際のところ、どのように影響を与えたのかは、誰にもわからないのだ。
 心は壊れやすいガラスに似ている。
 存在するのに誰にも見えない。けれど、傷だけはついていく。そして、その傷は、一度ついたら取れることはない。
 だからといって、思いが相手に伝わらないから、おしまいだとは限らないのだ。伝わらなくても、よい結果に結び付くことだってある。
 人の心は思い通りにならないことがわかれば、必要以上に自分の心が傷つくこともないだろう。

 失言が問題になることが、しばしばある。それは、有名人に限ったことではない。
 誰が、いつ、どんなことを言ったのか、前後の状況も含め、正確に記憶している人は、ほとんどいないのではないだろうか。言葉が次から次に消費されるものだからだ。
 それでも、何を言ったのか、あっという間に日本全国に広まることがある。
 情報が人をつぶすのだ。
 人の噂が恐ろしいのは誰もが知っていることで、新聞やテレビがなかった時代から、口から口へ情報は伝わり、反乱や革命が起きて来た。
 言葉は時に、想像を超える力を持つ。
 発言した人の意図とは違う意味に解釈され、波紋を広げ、人々は合い言葉のように、その言葉を口にする。最終的には、言葉が人々の反感まで吸収し、確固たる地位を築いてしまうのだ。そうなると、言葉に込めた思いなど、他の人には関係ない。次第に失言した理由ではなく、そんなことを言ったのは誰なのかに注目が集まる。まさに、犯人探しだ。
 言葉というものが一人歩きを始める時、最初に言葉が拡散され、人の名前が後からついて来ることがある。
 失言をしない人はいない。そのくせ失言には厳しいのが世間なのだ。
 人は言葉を自由に使えるからこそ、言葉に縛られる。
 制限のない自由は、この世界に存在しない。

 木が風に揺れる時、僕の心も揺れ動く。
 わくわくする気分とは少し違う。見ているものに同化するような感覚なのだ。
 風にあおられ木の枝が右に左に上に下に動く様子は、まるで動物のように見える。
 風が吹くたび、ぐにょぐにょ、ぐにぐに、枝がしなる。こんなにも枝は柔らかかったのかと、僕は驚きを隠せない。目を大きく見開き、木を凝視する。
 植物は、人みたいに移動することが出来ない。風や動物によって運ばれた場所で生きるしかないのである。
 運命を天にゆだね、その日、その日を丁寧に生きる。
 地面に根を張り、虫や鳥を誘い、人の目を楽しませてくれる植物。陽の光と雨の恵みに支えられ、決められた場所で精一杯生きる姿は、りりしくたくましい。
 風が吹いても逆らわない。
 流れに身を任せることこそが、一番いい選択だと知っているかのように、枝は揺れ続ける。
 隣同士の枝でも、別々の動きをする。
 同じ風でも、どのような動きをするかは、それぞれの枝が決めることだからだ。
 折れなければいいのである。
 ばらばらに動くことが、命を永らえる行為に繋がっている。

 この時期、新入生、新入社員が新しい環境に適応できず、無気力、不安定、焦りなど、理由のはっきりしない体や心の不調に陥ることがある。これを、5月病という。
 うまく立ち回れず悩む気持ちは、よくわかる。そのうえ、頑張る気力まで失ってしまったら、どうしようもない。
 元気がない時は、何もしないのが一番だろう。もうひとつの対処方法は、気分転換することである。
 どこかに出かけたり、音楽を聴いたり、楽しい時間を過ごすことで気分が上がる。誰でも気持ちは浮き沈みするものだが、5月病から抜け出せないまま心療内科に通院することになる人もいる。
 精神状態が、いつもの自分ではないことを自覚するのは難しいに違いない。
 少しずつ気持ちが滅入る場合、昨日の自分と比べ今日の自分が、どれだけ追い込まれているのか気づきにくいからだ。これくらいは大丈夫、すぐに立ち直れると自分をごまかし続け、手遅れになるケースもある。
 強靭な精神を持つことは理想だが、すべてに全力を注がず、どこかで余力を残すくらいの方が、困難を跳ね返す力をためておけるのかもしれない。
 自分が抱える問題を誰かに代わってもらうことは出来ない。だからこそ、自分の心は、自分で守らなくてはならないのだ。
 心が悲鳴を上げる前に、ひと休みすることも必要である。


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