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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.25

【連載第25回】東田直樹の絆創膏日記「『楽ちん』が似合う人」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>> 【連載第24回】「テレビの中の僕」

 クローン人間は、近い未来、誕生するのだろうか。
 人間が人間を複製するなんて、一昔前までは信じられない話だった。だが、羊や犬のクローンは、すでに生まれているのである。驚愕の事実だ。
 これは、神の領域に人間が踏み込んでいいのかという倫理上の議論にもなっている。
 人間にとって、命とは何だろう。
 どの生物も他の生き物の命を奪い、生きながらえている。それが生物としての当たり前の営みだからだ。しかし、クローンみたいに命を生み出すという科学は、全く別の問題ではないだろうか。遺伝子の組み換えや人為的交配などにおける論争とも異なっているように思う。
 人間のクローンをつくりたいという理由は、さまざまであろう。
 どのような理由があるにせよ、人間の手で人間をつくることを認めるのかどうかという話し合いを、本気でしなければいけない時代が来たということである。
 奇跡の連鎖により誕生するのが命だ。
 生命を扱うには、人間はあまりにも未熟過ぎるのではないか。
 地球が誕生して、これまでの長い歴史の中で、人間が繁栄して来た期間は、瞬きする程度の時間である。
 命をあなどってはいけない。どんなに小さな微生物でさえ、気の遠くなるような時を経て生き残って来たのだ。
 命を軽んじれば、他の生物が人間を滅ぼすかもしれない。地球の命のバランスは、いつもぎりぎりのところで均衡が保たれている。

「リア充」という言葉がある。現実の生活が充実している人を指すらしい。自分がリア充かどうかを気にする人もいる。
「現実」という言葉の逆は、「空想」「仮想」「理想」である。人にとって、一番大事にしなければならないのが、現実世界だ。それは、まぎれもない事実であろう。
 自分がリア充かどうかを気にする。どちらかといえば、自分のためではなく、人から見て、自分がどのように思われているのかが心配なのだろう。
 現実世界が充実していることに憧れるのは、なぜか。
 誰でも理想の自分になりたいのだ。人からうらやましいと言われたとたん、自分の毎日が、より一層輝かしいものになるからである。
 まぶしいくらいの笑顔、何をしていても、どこにいても幸せ一杯。少しくらいの悩みは吹き飛ばし、次々と困難を乗り越える。人はみんな物語の主人公になることを切望している。
 リア充であることは、いいことである。だが、人は普通、誰にも言えない秘密を持っている。それは、リア充とは、全く逆の世界かもしれない。
 人に隠さなければいけない秘密がない人もいると思う。
「気楽」「安楽」「楽ちん」
 そんな言葉の似合う人こそ、僕がうらやむリア充である。

 人は、自分だけは特別だと考える傾向があるような気がする。
 特に犯罪や災い、不幸は、自分とは関係のない世界にあるものだと思っている人も多い。思っているというよりは、そう思いたいのだ。
 特別な人間などいない。人はみんな平等だからである。生まれた場所や環境によって、幸せそうに見える人や不幸に見える人はいる。けれど、「あなたは特別」と約束された人は、この世に存在しないのではないだろうか。
 良いことは自分に起きるかもしれない、悪いことは、自分に起きるはずがないと大抵の人が考えるのだとしたら、その思考は、生きていく心のより所になっていると言えるだろう。
 生活に苦労はつき物だ。
 それでも、毎日をやり過ごさなければならないとしたら、たとえ根拠がなくても、自分は特別であるという自信は、自分で自分を後押しする最も効果的な言葉だと思う。
 生きるための理由などいらないのかもしれない。
 大切なのは、気持ちなのだ。
「今日一日、私はよく頑張った」胸に手を当て、自分の代わりなどいないことを心に刻む。
 他の人とはっきりした区別があるわけではない。何が特別なのか、自分でもわからない。それなのに自分は特別だと言える人は、きっと前向きな人に違いない。
 人はみんな望まれてこの世に誕生した。
 その奇跡こそ、特別なのだ。

 小学校でのお昼休み、僕は、よく運動場で過ごしていた。
 雄叫びをあげ、腕を肩からぐるぐる回し好きなだけ走っても、誰からも文句を言われない。疲れれば、その場にしゃがみ込む。僕の目の前にあるのは地面。「ここに書いて」と地面にせがまれ、大急ぎで人差し指を動かす。
「今日は、この字を教えてあげるね」覚えたての漢字を書いては、手の平で消す。
 砂がついた手の平を嗅いでみる。ずっと昔から知っている土の匂い。僕の中の何かが奮い起こされた。
 慌ててジャングルジムに上る。頂上を目指して一歩ずつ着実に鉄の棒に足をかける。
 ジャングルジムのてっぺんで仁王立ちになると、周りにいる子が何か叫んでも、僕の耳には届かない。
 はるか遠くに目を凝らす。そこに見えるのは、子どもたちの頭と校庭だけ。 
 運動場で右に左に動く子どもたち。
 首をかしげ天を仰ぐ僕。
 ああ、空はなんて広いのだろう、心が吸い込まれていく。
 天上に手が届く、そんな自分の姿を僕は何度夢見たことだろう。
 キンコンカンコン、休み時間の終わりを告げる鐘の音が鳴った。僕はすぐさま振り返り、全速力で教室に戻る。授業の間、自分の体を僕の席に置くために。
 僕は自分を見張るのだ。何があっても体まで空に吸い込まれてしまわぬように。


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