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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.19

【連載第19回】東田直樹の絆創膏日記「僕とイルカが跳びはねる理由」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第18回】「鎮魂の祈り」

 眩し過ぎるくらいの明るい春の日差しは、僕の心を軽くしてくれる。どこかに雪が残っているなんて信じられない。辛いことは忘れて外に出ようと、春が誘ってくれているみたいだ。
 どうしようかと迷う暇もなく、僕は靴を履く。うららかな春の陽気が手を差し伸べてくれるから。
 暖かい風に背中を押され歩き出す。薄い水色の絵の具で塗り固めたような空には、お日様の光をさえぎるものは何もない。いたるところがピカピカしている。今にも、土の中から芽が出て、そこら中に花が咲きそうだ。
「ああ、いい天気」僕は、ぐるりと周りを見渡す。道行く人の表情も柔らかい。
 春だ、春が来たのだ。僕の目にもはっきりとわかる。嬉しいという言葉では言い表せない。誰もが待ち望んでいたこの日。
 春になれば何かが変わる、そう考えている人も多い。卒業を迎える人、新しい生活の準備に追われる人もいるだろう。
 この春、僕自身に大きな変化はない。それでも、新しいスタートの始まりだと感じさせてくれるのが、春の力だと思う。
 まだだ、まだ、まだ。
 うぐいすの鳴き声が聞こえないか、僕は耳をすます。
 ホイッスルが鳴るまでに、僕は何をすればいいのだろう。
 光り輝く景色に似合う目標を見つけたい。

 海のすぐ側に建っている水族館に行った。
 海には様々な生き物が生息しているが、水族館で見る限りは、陸の動物ほど強い者が生き残るという印象はない。そうは言っても、弱肉強食という自然の摂理は、海の中も同じであろう。
 僕は、魚がうらやましくて仕方ない。それくらい、海は僕にとって身近で、懐かしさを感じさせる場所なのだ。どこにでも好きな所に住んでいいと言われたら、僕は迷わず海と答える。
 一番憧れるのがイルカである。すごい速さで海の中を自由自在に動き回る姿を見ているだけで幸せな気分になる。今日はイルカのショーも見学できた。
 僕の口から「イルカ、跳ぶ!」という言葉が繰り返し出る。好きなタレントさんを応援する心境と同じだ。
 イルカはトレーナーに教えられた通り、みごとにジャンプしてくれた。青い空と白い雲を背景に、三日月の形のイルカが宙に舞う。イルカの体についていた水滴がバシャンという音と共に、水しぶきとなって水面に落下する。素晴らしい身体能力を披露しても、イルカの表情は変わらない。
 イルカが海水から空中へ飛び出す時の気持ちは、自閉症の僕が跳びはねる時の気持ちと似ているのかも知れない、ふと、そんなことを考える。
 イルカたちは、狭いプールの中で何を思っているのだろう。
 水族館の後ろには、見渡す限りの大海原。ジャンプしているイルカの瞳にも、打ち寄せる波が映っているに違いない。
 僕の呼吸が浅くなる。息をするのを忘れた時、イルカと同化した。
「ヒャー、ヒャー」イルカ語で叫ぶ僕たち。
 イルカと僕の声は、観客の声援と波の音に消された。

 卒業とは旅立ちだ。同じ教室で学んだ仲間たちが、それぞれの道へと進むための区切りである。
 大切な思い出を、そっと両手で抱えている。これが、僕の卒業のイメージだ。
 卒業式では、もう二度と訪れることのない日々をひとりひとりが懐かしみ、最後の時間を全員で共有する。
 来るべき時が来た。今日はいつもと違う一日だと、僕は朝から気持ちの切り換えに必死である。式典が始まると、感謝の気持ちを親や先生にうまく伝えられるかを心配しながら、明日からの日々を憂う。自分のことに精一杯で、とても友達との別れが嫌だなどと考えている余裕がない。それでも、卒業の歌をみんなで合唱すると、共に過ごした思い出の数々が頭に浮かんで来る。胸が一杯になり、涙が滲む。
 僕にも、宝物のような時間があったのだ。昨日までの日々に別れを告げ、思い出が傷つかないよう大事に胸の奥に仕舞い込む。 
 卒業式が終わると、涙ぐんでいたみんなも笑顔になる。先生と写真を撮ったり、肩を寄せ合い友達とおしゃべりをしたりして、和やかなひと時を過ごす。
 さようならの言葉を交わし、教室を去る僕たち。帰り道の途中、振り返り校舎を眺める。校舎の上には広々とした空。
 あの空の向こう側へ。
 僕たちは、新しい世界へと歩き始めた。

 たくさんの人たちが、この世には存在するのに、自分が関心を抱くのは限られた人である。多くの人と出会えても、関わった全ての人の思いを知るのは難しい。
 人は、自分の考えと異なる意見を聞くと反論する。似ていれば同調する。当たり前だと思う。しっかりと自分の意見を持っているせいだ。
 誰がどのような考えか知りたいのは、自分の考えが世間に受け入れられるものかどうかという点において、ひとりでは判断できないからだろう。だからといって、たとえ自分の考えが少数派だったとしても、大抵の人は、自分が間違っていると思わない。気になる人をピックアップし、その人の言葉から、自分の意見の正当性を証明したくなる。賛成意見や反対意見を拾い出し、自分の考えが、どのような価値を持っているのか把握しようとするのである。
 まずは、参考にする人たちを選ばなければならないが、誰の意見が比較の対象として相応しいかわからない。かなり偏った人選になることは否めないだろう。
 自分の意見と他人の意見を比べるのは、人から見れば、あまり意味がない。それでも本人にとっては、重大問題に違いない。
 みんな、世の中を少しでも良くしたいのだ。自分の意見を社会に反映させたいのだと思う。自分ひとりの力では社会を動かせなくても、意見を述べることで、何らかの影響を与えたと思い込みたいのである。
 世の中のことを心配しているのは、自分だけではない。


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