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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.18

【連載第18回】東田直樹の絆創膏日記「鎮魂の祈り」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第17回】「個人旅行っぽい毎日」

 ひとり芸日本一決定戦「R-1ぐらんぷり2018」でほぼ盲目の漫談家、濱田祐太郎さんが初優勝した。僕は、あまりお笑いをおもしろいと感じたことはないが、濱田さんの漫談は、おもしろいと思う。きっと、当事者しか気づかない視点で、日常生活で起きる些細な出来事をユーモアを交えて話しているからだ。
 表現者と芸術家は似ている。
 障害者の芸術が評価されていないという意見を時々聞くことがあるが、本当にそうなのか僕にはわからない。僕自身は、障害があるせいで自分の作品が差別されたと思ったことはない。
 障害者が芸術に取り組むことは自由だ。文句を言う人がいるなら、その人が間違っているのではないだろうか。
 時代の変化や流行、人々の価値観、そういったものをふまえ、芸術家は自分の作品が認められるよう挑戦を続けているのだ。残念ながら、死んでから作品の価値が上がる、そんな芸術家もいる。約束された明日などない。それが、芸術家の運命だという気がする。
 努力と評価が比例しないことは、どのような分野でもあることだろう。障害があってもなくても、評価は実力で掴み取るものだ。
 今は良くても将来はどうするのと心配する声もある。でも、僕は芸術家でなくても、こうすれば必ず幸せになれる未来などないと思っている。
 どんな人にも、人生を選択する自由がある。
 書くことは僕にとって、自分がここで生きている証拠である。書くことを辛いと思ったことはない。
 夢の扉がいつ開くかは、誰も知らない。

 人を待っている時間は長く感じる。自分で短くすることが出来ないからだろう。一方で、予定がない時には、知らないうちに時間は過ぎていく。記憶に残る出来事がなければ、人は自分という人間がその時、何をしていたか、はっきりと思い出せない。別の世界から移動して来たみたいに、鮮明な記憶は、いつも今だけだ。
 僕は過去でも未来でもなく、今という時間が自分にとって、どのような意味を持つのか考えることがある。僕という人間が生きていることを不思議に思うことがある。それは、なぜか。自分が生きている意味を確かめたいのだ。今にこだわる理由を知りたいのだ。
 気が付けば、常に時間は僕の心を置き去りにして、どんどん先に進んでいく。 
 僕は戸惑う。どこに隠れても、何もしなくても、時間は僕を待ってはくれない。仕事はこれだと言わんばかりに、淡々と正確に時を刻む。
 両手の拳を握り締めて、僕は焦る。今何をすべきか考える。でも、浮かばない。ぼんやりしているうちに日が沈む。布団の中でも「今」は、ずっと続く。
 ばかばかしいと言われようとも、今日の自分に別れを告げる瞬間まで、僕は今と向き合い続ける。
 生きているからこそ、今を味わえるのだ。僕の存在が、今を支えているのだ。

 少し前に、テレビでミレイ作「オフィーリア」という絵画を見た。オフィーリアは、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」の登場人物であり、この作品では、彼女が溺れる前、川に沈みゆきながらも歌っている姿を描いているらしい。
 ひと目見ただけで、ぞっとしたというのが、僕の第一印象である。絵の解説を聞く前に、これは死ぬ直前の人間の様子だということがわかった。それほどリアルな描写なのだ。
 死が目前に迫ると、人は為すすべもない。
 命そのものが死という慟哭の闇の中に吸い込まれていくように、オフィーリアの命は、もうすぐ消えようとしているのである。
 それは、単なる哀しみではなく、二度と引き返すことの出来ない永遠の別れ、人生最期の訪れなのだ。流されているのは体だけではない。魂ごと、この世から自分という人間がいなくなってしまう。
 僕は、オフィーリアがこんな状況下で、歌を口ずさんでいることに驚きはしない。人は、非日常であればあるほど、いつもしていることをすることによって、心を守ろうとするのだと思う。それは、生に対する執着の表れではないだろうか。
 川の中から空を目にする。次の瞬間、どれほどの苦しみが自分を襲ってくるか、オフィーリアは考えただろうか。彼女の口ずさむ歌は、きっと讃美歌だったに違いない。
 人の運命とは、儚く哀しいものである。
 オフィーリアの姿を見て、自分の死を連想しない人はいない。

 東日本大震災から7年が経つ。被災者の方たちにとって、この7年は、長かったのだろうか、それとも短かったのだろうか。
 この震災が人々に計り知れないほどの傷と、たくさんの教訓を残したことは間違いない。
 震災の日、僕の住んでいる地域も、かなりの揺れだった。余震がしばらく続き、ガソリンや物が不足した。先行きが見えない不安に僕は怯えた。家から一歩も出ない日々が続いた。怖くて仕方なかった。
 地震や津波の映像がテレビで流れるたび、これは現実のことなのか、誰かに尋ねたかった。
 こんなことは起きてはいけないのだ。起きるはずがない。そう自分に言い聞かせたが、全て現実だった。悲しくてたまらない。
 数年後、僕は被災地に行った。
 建物は全部壊され、整備された土地が広がる。ここでの生活は、跡形も残されていない。潮の香りと波の音が胸を打つ。再び同じことが起きないよう僕たちに出来ることは、自分たちで命を守ることだと思う。
 時に自然は人の英知を超える。人が出来ることは限られているのかも知れないが、それでも僕たちは立ち上がらなければいけない。奮い立つ勇気を忘れてはならないのだ。
 人々は空に誓う。二度と同じ苦しみを誰かが背負うことのないことを。
 鎮魂の祈りは、犠牲者だけではなく、生き残った者のためにも捧げられなければならない。

 
 
第19回は3月28日(水)の更新予定です。


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