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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.10

【連載第10回】東田直樹の絆創膏日記「美しい未来を信じたい」

東田直樹の絆創膏日記

『自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第9回】東田直樹の絆創膏日記「神様の体温」

 人は年を取れば取る程、自分の若い頃はこうだった、今の人はだめだと若者に意見する傾向がある。時代には関係なく、たとえ昔の方が大変だったとしても、当時を懐かしみ、この先のご時世を心配するのである。
 これは、年齢を重ねることで、人生経験が豊富になり、何を大事にしなければいけないかが、よくわかるようになるからだと思っていた。けれど、そうではないのかもしれない。昔話の自慢は、自分の若かった頃が、どれだけ素晴らしかったかを、他の人ではなく自分に言い聞かせているのではないだろうか。
 人が生きる時間は、長くても100年くらいである。自分が一番輝いていた時期は、その中でも30年くらいではないか。そして、どんなに望んでも死んだ後、その先の未来を自分の目で見ることは不可能である。
 だから、人は過去に帰るのだろう。昔の自分を肯定することで、未来という世界に自分がいなくても、決して悲しくはないと納得したいのだ。
 もちろん、本当に過去の方が良かったこともあるに違いない。それでも、現在と一時代前を比べるのは、建設的ではない。何もかもが違い過ぎて、比較するには無理があると思う。
 過ぎ去った日々が良かったと言えるのは、幸せなことに違いない。でも、だからといって、今の人が頑張っていないわけではない。
 過ぎた日々は美しい。昨日も今日も美しい。そして未来も美しいと僕は信じたい。

「知らない人について行ってはだめ」と小さい頃、先生や親から言われていた。僕は、知らない人というのは誰のことなのか、よくわからなかった。会ったことのない人なのか、話したことのない人なのか、それとも親しくない人のことなのか、基準がはっきりしない。
 知らない人について行くと、ひどい目にあうらしい、それは嫌だ。叩かれたり、怒鳴られたり、閉じ込められたりするのだろうか。ああ、恐ろしい。もう二度と家には帰れないかもしれない、そんなことを考えていた。
 学校には知らない人はいなかったが、時々、嫌なことはあった。からかわれたり、笑われたり……それでも、学校は安全で安心な場所だと思っていた。だから学校を卒業したら、どれだけ辛い世界が、僕を待ち受けているのだろうと怖くて仕方なかった。
 やがて、僕は大人になり、この社会の一員になった。学校のように、僕を守ってくれる囲いはなくなった。
 今、僕が毎日、おびえながら息をひそめ生活しているかと聞かれると、そんなことはない。大人になって気づいたことのひとつに、社会は学校より自由だということがある。周りは知らない人だらけだが、面と向かって僕のことを馬鹿にする人はいない。むろん、相手の心の中まで覗き見ることは出来ないので、本当の気持ちはわからない。けれど、子ども時代に比べ、僕はずっと楽に生きることが出来ている。
 知らない人が知っている人になることはないかもしれないが、知らない人の隣で生きられることは、僕にとって幸せだと思う。

 久しぶりに風邪を引いた。幸い一日で熱は下がったが、高熱が出ている間は、しんどかった。
 体がだるくて、起き上がることも出来ない。その夜は、こんこんと眠り続けた。こうなると、自分が何をしているのかもわからず、暗黒の世界に引きずり込まれてしまうような感覚に襲われる。この闇の向こうに何があるのか、自分がどうなるのか、考えている余裕もない。体がふわふわと宙を漂い、時間と時間の隙間に挟まれ、どこかに流されていくような感じになる。この流れに逆らうように、僕は重い体を持ち上げ寝返りを打つ。意識が遠のくと、自分が自分でいられない。気がついた時には、数時間が経っていた。
 寝ている間は、夢を見ていた。夢の中で、僕は道の真ん中に立っていた。辺りは暗くて誰もいない。こんな所にいてはいけないと思うのだが、どこに行くべきか迷う。立ちすくんで空を見上げると、渦を巻いた不吉な灰色の雲が目に入る。見てはいけないものを見てしまった罪悪感に縛られながら前を向くと、向こうから誰かがやって来る気配を感じた。僕は驚いて逃げようとしたけれど、手足を動かしてもその場所から移動することは無理なのだ。
 もがき続けているうちに、徐々に意識がはっきりしてきた。深い眠りから覚めるというより、生死の境をくぐり抜けるという状態に近いような気がする。
 体が病気と闘っている間、僕の心は何も出来ない。意識と無意識の間をさまよい、いつ開くともわからない現実の扉が開くのを、じっと待ち続けるだけであった。

 コンビニから出て来る人を見ていると、いろいろな人がいるのがわかる。子供からお年寄りまで、ほとんどの人が、小さな袋をさげて足早にお店から出て来る。車で来店する人が多いが、自転車や歩いて来る人も結構いる。
 僕は、時々仕事場の窓からコンビニの様子を観察することがある。誰が何を買ったかではなく、その人が、どんな気持ちでいるのか想像するのだ。
 相手の表情が嬉しそうだとか、悲しそうだというのは、案外見ている人の主観が入っているのではないだろうか。人は、簡単には心の中を見せてくれないものである。
 僕が注目しているのは、その人が何気なくしている細かい仕草である。
 仕方ないという風に肩をすくめたり、誰もいないことを確かめ袋の中を覗いたり、お店から出て来て数秒の間に無意識にしてしまう態度から、その人の気持ちを推察するのだ。
 こんなことをして何が楽しいのかわからないと言う人もいるだろう。僕も、楽しいわけではない。でも、なぜだか見てしまう。車の好きな人がスポーツカーを目で追うように、花の好きな人が、道端のタンポポを眺めるみたいに、僕は人が普段しない行動を見つけると、それに目がいくのである。そして、その人の心の声を代弁したくなる。
 心は見えないのに、ふとした瞬間の行動で、謙虚さや欲深さがわかる。人は、哀しいくらい正直な行いと共に、心の有りようを垣間見せてくれる。そんな姿に僕は惹かれてしまう。
 人が苦手なくせに愛おしい。僕の日課は、人間観察から始まる。



第11回は1月31日の更新予定です。

『自閉症の僕が跳びはねる理由』もラインナップ
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