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連載

中山七里「バンクハザードにようこそ」 vol.23

箱根銀行をぶっ潰す‼ 親友の仇を討つ知的で痛快な復讐譚! 中山七里「バンクハザードにようこそ」#11-3

中山七里「バンクハザードにようこそ」

※この記事は、期間限定公開です。

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 十月三十一日付三大新聞朝刊のトップニュースはどれも同じ記事だった。
『箱根銀行経営破たん』
『箱根銀行 預金保険機構の管理下へ』
さんな銀行経営が招いた悪夢』
 各紙の関連記事をひと通り眺めてから、しののめは大きく伸びを一つする。
 本店を含めた全店での取り付け騒ぎから明けて、翌々二十三日午前六時箱銀本店にて臨時取締役会が開催された。急激な定期預金の引き出しによって、もはや自力再建は不可能な状態に陥っていた。取締役会は金融庁に対し金融整理管財人の管理が必要な事態である旨を申し入れ、これを受けた金融庁は直ちに金融整理管財人による業務財産管理命令と三日間の業務停止命令を出した。
 業務停止命令こそは箱銀にとってとどめの一撃に等しかった。箱銀は同日、よこはま地方裁判所に民事再生手続き開始の申し立てを行い、ここに経営破綻が確定したのだ。
 金融整理管財人は強羅雄一をはじめとした旧経営陣に代わって箱銀の業務と財産を管理する。同時に箱銀の金融資産を受け継ぐ金融機関を選定し事業譲渡を図る。無論、旧経営陣への責任追及も彼らに課せられた任務だった。いずれ旧経営陣はそれぞれに経営破綻の責任を取らされ、早晩箱銀の名称も消滅するだろう。
 取り付け騒ぎのきっかけとなった立花古衛のブログは早々に閉鎖されたが、ブログ主は言うまでもなく東雲だ。東雲は他にも複数のアカウントで経済学者を名乗り、ペイオフ解禁のうわさを流し続けた。そして頃合いを見計らい、本店での取り付け騒ぎを演出した。
 カウンターの前でひともんちやく起こしていた三人はいずれも東雲の手駒でしかない。やり口はこうだ。
 箱銀の経営破綻をもくむ東雲はネット経由でバイトを県外から募集した。本人名義で箱銀本店に口座を作ってくれれば多額の謝礼を払うという内容だった。初めは半信半疑だった彼らも、口座開設に関わる費用が東雲持ちであること、口座に入っているカネがそのまま報酬になることを説明した途端応諾した。それぞれ五十万円を口座に振り込んでおくと、ぜん三人は本気になって名演技を披露した次第だ。
 三人が騒ぎ立てる様子を絶好のアングルから撮影した東雲は、すぐさま動画を投稿し拡散に励んだ。地銀とはいえ著名な金融機関の取り付け騒ぎとなれば、再生回数は放っておいても更新し続ける。あとは捨てアカウントであおりコメントを並べ立てるだけでよかった。
 デマの拡散が容易だったのは、その前段階で徹底的に箱銀をおとしめていたからに他ならない。古典的な、地面師の手口を使った不動産詐欺。この一件だけでも銀行としては赤っ恥なのだが、これに部長同士の不倫報道が加われば、箱銀はリテラシーもモラルもないのかとあきれられる。加えて粉飾決算の件は金融機関としての信用を一気に粉砕するものだった。
 東雲が周到だったのは、社会が銀行に求める資質を一つずつ潰していったことだ。不祥事の打ちと多額の損害で、箱銀はカネも信用も失った。誰も信用の置けない相手に自分のカネは預けたくない。箱銀利用者はじわじわとさい心に駆られ、後は起爆剤を投下すればよかったのだ。
 東雲の計画は遂行された。経営失敗の責任をりようげんかぶせようとした旧経営陣はこれから塗炭の苦しみを味わい、強羅一族の象徴だった箱根銀行は地上から姿を消す。
 いさおよう。
 東雲はいなくなった友に話し掛ける。
 これで半分くらいは気が晴れたか。
 もちろん燎原の返事はない。しかし半世紀近く地域経済の中心だった地方銀行を丸ごと一つ完膚なきまでに崩壊させたのだ。友への手向けとしてはまあまあだろう。
 おっと、そろそろ時間だ。
 似合いもしない感傷に別れを告げると、東雲は手早く身支度を整えて事務所を出た。これからきようとうを交え、ささやかながら祝杯を挙げる予定だった。

「それにしても、結構な遠出ですね」
 テーブルについた当麻は意外そうだった。
「もう少し近場だと思っていたのですけど」
 当麻が意外に思うのも無理はない。ここはなりとうホテルエアポートにあるバーベキューの店だ。窓からは空港第2ターミナルが一望できる。
「小田原市内だと気が引けちゃうかもね」
 料理に舌鼓を打っていた杏子は場所に納得しているらしい。
「箱銀が経営破綻して困る人間がいっぱいいるんだもの。そんなところで、おちおち乾杯とかしてられない」
「それそれ」
 フルボトルからのワインを摂取して、やや顔がってきた東雲があいづちを打つ。実際、〈小田原市のメインバンク〉をひようぼうする箱銀が経営破綻した今、多くの地元企業が困惑を隠せないでいる。箱銀の金融資産を受け継ぐ金融機関は未だ決まっておらず、慢性的な資金難に苦しむ企業経営者たちは気が気ではないという。
「だからさ、知り合いとはまず顔を合わせないような場所にした訳。俺も不動産の一件じゃ西さいさんに面が割れているしね。どこで鉢合わせするか分かったものじゃない」
「左遷されたと思ったら銀行は消滅。葛西さんにしたら恨み骨髄だろうから、顔を合わせた途端、東雲さん絞め殺されちゃいますね」
「勤め先をフイにしたってことなら、二人にも謝んなきゃならないな。当麻ちゃんは将来を嘱望されていたのがご破算になるし、杏子ちゃんは折角内定もらった就職先がなくなっちまうし」
「それは気にしないでください。僕も杏子ちゃんも同じ銀行に拾われて、結果オーライだったんですから」
 箱銀の消滅は、同時に大量の失業者を生んだ。これにいち早く呼応したのが地元の金融機関で、優秀な人材を野に埋もれさすにはもったいないと積極的に雇用へ動いた。また内定者についても、救済措置として数行が追加採用を決定した。
「二人ともさしのくに銀行だったっけ」
「財務諸表を見ましたが、同じ地銀でも箱銀より経営体質はずっと健全ですよ」
「まあ、箱銀がひど過ぎたんだけどね。俺から言うのも何だけど、別に俺があれこれ仕掛けなくたって遅かれ早かれ箱銀は破綻していたと思う。オーナー企業のマイナス面が大爆発したような銀行だったしね」
 同感です、と当麻がうなずいた。
「今だから言いますけど、働いている間、しょっちゅう不安が付きまとっていましたからね。運用部も審査部も部門長は行員歴だけが誇りの役立たずでした。その癖、部下が成功すると自分の手柄だと尊大ぶり、失敗するとだから言ったじゃないかと諭しにかかる。下の人間はいい加減クサってましたけど、そういう部下の気持ちに気づかない、気づこうとしない。何かというと過去の成功体験しか口にしない。あれじゃあ才能のある人間から辞めていくのは当然ですよ」
 当麻はいつになくじようぜつだった。
「当麻ちゃん。宮仕えの身で胸にめ込んでいたうつぷんが、ずいぶんあったみたいだね」
「硬直化した組織は優秀な人材ほど早く辞めていくでしょう。あれは、今の職場に縛られたままだと自分がゆっくり殺されていくのが分かるからなんですよ」
「その伝で言えば、勲は当麻ちゃんみたいなタイプじゃなかったな」
 唐突に燎原の名前が出たからか、当麻はげんそうな顔をする。三人とも皿の上はほぼ片付いている。改まった話をするには頃合いだろう。
「勲も優秀な男だったんだよ」
「それは僕も知っていますよ。当初は僕のトレーナーだったんですから」
「トレーナーなら同じクルマで営業回りしたり居酒屋で一杯ひっかけたりしたかい」
「運用部で外回りの仕事はありませんでした。残念ながら酒をんだこともプライベートで何かを一緒にしたこともありませんでした。そんなことしなくても燎原先輩には一目も二目も置いていましたからね」
「優秀だけど野心がなかった。だから地銀の運用部なんて部署でも、愚痴一つこぼさず粛々と仕事をこなしていた。才能の無駄遣いだって何度も嫌みを言ってやったけど、勲はてんで相手にしてくれなかった。そういうところが好きだった」
「いい関係だったんですね」
「いい関係がどうかは知らないけど、自分以外の人間のためにあれほど腹が立ったこたぁなかった」
「でもよかったじゃないですか。ふくしゆうが完遂できて。これで先輩も浮かばれますよ」
「うん、半分はね」
 当麻は不思議そうに片方の眉を上げてみせる。
「半分というのはどういう意味ですか」
「勲が銀行のカネを横領した挙句、自責の念から首をったと聞いてさ。どこから突っ込めばいいんだって思ったんだよ。まず燎原勲という男は情けないくらいに物欲がない。第二にあいつの才覚だったら、何も銀行のカネを横領しなくたって手持ち資金を運用するだけで結構な利益は出せたはずなんだ。第三に、行内監査の時期が近づいて横領がバレそうになったから自殺すると遺書にあったらしいけど、それこそお笑い草だよ。もし勲が本気で横領しようとしたなら、行内監査くらいで発覚するようなヘマはしない。おまけに遺書はパソコンからのプリントアウトときた。未だに年賀状の表裏を手書きするような律儀な男が、パソコンで遺書なんて書くものか」
「でも杏子ちゃんの机から出てきたUSBメモリーには遺書が入っていたそうじゃないですか」
「あれは遺書じゃなく、告発文だ。さいに読むと分かるが、箱銀関係者からそれとなく自殺するよう脅されているが、自殺をするとはひと言も書いていない。冒頭にしたって『この文章をお前が見ているのなら、多分俺は姿を消していると思う』、結びの言葉に至っては『後はよろしく』。切羽詰まってパソコンのキーをたたき、USBメモリーに残して杏子ちゃんの机の中に放り込んでおいた。そこなら箱銀関係者の手が及ばないと考えたんだろうな。さて突っ込みどころはもう一つ。と言ってもこれが最大なんだが、勲は首を吊る寸前、恐怖心を紛らわせるために安くて度数の高い焼酎をしこたま吞んだらしい。っとにさあ、偽装するならもっとくやってほしいよな。勲は完全なウイスキー党で、付き合いの長い俺ですらあいつが焼酎を吞んでいるところなんて一度も見ていない。ありゃあ勲の趣味こうを知らないヤツが慌てて思いついた杜撰な偽装だ」
 東雲が断言すると、当麻と杏子は顔を見合わせた。
「僕も杏子さんも初耳なんですが」
「そりゃそうだ。今、初めて話したんだから」
「箱銀の壊滅を計画した時から、ずっと燎原先輩は他殺だと疑っていたんですか」
「うん。その方が、筋が通る。だから警察に相談した」

▶#11-4へつづく
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