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連載

中山七里「バンクハザードにようこそ」 vol.10

箱根銀行をぶっ潰す‼ 親友の仇を討つ知的で痛快な復讐譚! 中山七里「バンクハザードにようこそ」#8-1

中山七里「バンクハザードにようこそ」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。



前回までのあらすじ

東雲昴の親友・燎原勲が自殺した。箱根銀行課長だった燎原は20億円を横領したとされるが、東雲も燎原の妹の杏子も信じられない。燎原の遺した箱銀の粉飾決算の証拠を見つけた二人は復讐を決意する。箱銀審査部副部長の葛西から不動産売買融資詐欺で10億円を騙し取った後、当麻を仲間に加え、運用部長の春日居からも未公開株詐欺で10億円を騙し取った。さらに東雲は人事部長の強羅辰己と広報部長の蓼科季実子の不倫を白日の下にさらした。

詳しくは 「この連載の一覧
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四 あのカネを鳴らすのはあなた

     1

はこ銀行本店 内憂外患』
『箱銀 問われるモラル』
『横領・詐欺・不倫』
『箱銀信用暴落』
「好き勝手に書きたいだけ書きやがって」
 見出しをいちべつしただけで経理部長のまきだいふみは新聞をデスクの上に放り出した。箱銀本店では三大新聞と地元紙をまとまった部数購読しているが、正直今日の朝刊は預金者にも行員にも、ましてや役員連中にも読まれたくない。報じられている内容がガセではなく真実なのだから尚更だ。
 六月の横領事件から始まった一連の不祥事は、新聞の見出し通りまさに内憂外患だった。不動産詐欺で十億、未公開株詐欺で十億を詐取され箱銀の審査能力が疑問視されたところに、今回のたつ人事部長とたてしな広報部長の不倫騒動だ。執務能力のみならずモラルまでがマスコミのじように載せられている。
 本来なら報じるはずのない社内不倫を大手新聞が扱っているのは、この二人がゆういち頭取の失脚を画策していたという疑惑が取り沙汰されているからだ。この疑惑のネタ元は箱銀秘書室だというから、決して眉唾な話ではない。三大新聞が飛びつくのも当然だろう。
 事が公になった今、箱銀内部では早くも人事部長と広報部長の後任人事が取り沙汰されている。部長の席を狙っていた者には吉報だろうが、巻台には凶報でしかない。内輪めや行内スキャンダルが明るみに出る度、箱銀の首が絞まっていくのを彼らは感じないのだろうか。
 箱銀の中間決算日は九月三十日、残された期限は今日を含めてもあと十日しかない。だがこの限られた日数で箱銀の収益を回復できる望みはゼロだ。巻台は部長室の壁に掛かった箱銀の企業カレンダーを眺めて嘆息する。
 経理部の基本業務は次の四つだ。

・出納 経費積算・支出・残高を管理する。
・記帳 資金の流れを企業間取引のルールに従って記録する。出納帳や総勘定元帳などの帳簿類を作成する。
・集計 帳簿を基に試算表や決算書等の集計表を作成する。
・給与計算 勤怠項目・各種手当・社会保険・住民税などを算出する。

 これら日常業務は全て月次で試算表や損益計算書を作成するデータとなり、最終的には年間の収益状況が年次決算書として纏められる。
 中間決算を前に、各試算表と損益計算書の束がデスクの上に置かれている。巻台はこの書類を携えて雄一頭取以下の経営陣に内容を報告しなくてはならない。カレンダーを眺めて嘆息した理由はそれに尽きる。
 もちろん箱銀の収益が回復しないのは巻台のせいではないが、雄一頭取ににらまれていると言い訳もできなくなってしまう。
 箱銀は昨年度久しぶりの赤字を計上した。今までも地場産業の停滞と長年の放漫経営がたたって本業は厳しかったが、過去の有価証券運用益で何とか補ってきた。ところが益出しを繰り返して含み益が目減りすると、もうどうしようもない。決算発表を受けて箱銀株は暴落し経営陣は一様に顔色をくしたものだった。
 そして今年も、半期を過ぎた段階で減収減益が確定的になっている。そして二期連続の赤字は箱銀にとって不名誉であるばかりでなく、経営基盤の壊滅的状況も示唆している。その事実をデータで示したものが決算書であり、それを見た雄一頭取の表情が容易に想像できるから、巻台は悩ましいのだ。
 二〇一八年三月期の決算を基に、金融庁は全国の地銀の収益について集計結果を出している。内容はさんたんたる有様で全国百六行の半分が二期以上連続、二十三行が五期以上連続の赤字を計上している。いずれの地銀も有価証券の含み益が枯渇している事情は箱銀と同様だ。
 各地銀が苦戦を強いられている原因の最たるものは、やはり日銀による大規模な金融緩和だろう。空前の低金利により融資収入は縮小したにもかかわらず、高利益が見込めるカードローンや住宅ローンは、バブル再燃を警戒する金融庁が監督を強化してしまったのだ。
 収益の道を閉ざされた地銀が活路をいだそうとしたのが債券市場だった。ところがこの債券市場への投資が地銀の収益を更に侵食することになる。二〇一三年三月期のその他業務利益(国債等債券損益を含む)は百五行合計で二千六百七十五億円あったが、一七年四~九月期には八十二億円まで縮小し、一八年三月期には遂にマイナスとなった。主たる原因は米国の金利上昇だ。金利が上がれば債券は値下がりするから保有し続ければ当然損失が出る。だが、それ以外にも致命的な原因がある。各地銀とも運用担当の能力が著しく低かったのだ。元より地銀では運用部は軽視される傾向にあり、現場を担当した経験がある頭取がいない。従って運用チーム自体に人間が少なく、一人の担当者が勘だけで売買していた例もある。要は素人同然の運用が公然と行われており、箱銀もその例外ではなかった。
 つらつら考えるに箱銀を含めた地銀のちようらくを招いた元凶は金融庁に他ならない。ところが連続赤字を出した金融機関に業務改善命令を出すのも金融庁なのだから恐れ入る。マッチポンプとはまさにこのことだ。
 ふと巻台は壁時計に目をやって我に返る。愚痴ばかりこぼしていても始まらない。今から十五分後に、雄一頭取に向けてのブリーフィングが予定されている。
 説明を聞く雄一頭取のしかめ面を想像し、巻台は再び嘆息した。

「これで二期連続赤字か」
 試算表と損益計算書をひと通り読み終えた雄一頭取は、両手を祈るように組んで巻台を正面から睨み据える。
 ごう雄一という男は一族の中で、最も冷静で慎重な人間とちまたで言われている。なるほど頭取に就任してからというもの、他の地銀のようにゆるキャラを募集するとか地元テレビ局への出稿量を多くするとかの拙速案には走らなかった。支店の営業に人員を投下して口座の確保と一口座当たりの残高伸長に傾注した。自己資本比率の安定という意味でも、目立たないながらも着実な方策と言える。問題は雄一頭取が期待するほどには支店の営業力が芳しくなかったことで、結局はずるずると収益を落としていった。
 箱銀の不振は頭取である自分の責任と公言してはばからない雄一だが、だからといって部門長の責任を看過する男でもなかった。
「経理部長にはしやに説法と思うが、五期連続で赤字を計上した地銀は金融庁から収益力の改善を求められる」
「はい」
「業務改善命令では、まず例外なく経営効率化を促される。効率化というのは、つまり店舗の統廃合のみならず人員整理と同義語だ」
「はい」
「今年度第一四半期が未達だった状態で既に赤信号が出ていた」
「ですが頭取。第一四半期は六月に行員の横領事件が発覚しているので、被害に遭った二十億円は特別損失として計上が」
「経理部長」
 雄一頭取は静かに巻台の弁明を遮る。
「今更、わたしの前で取り繕わなくてよろしい。その二十億は過去箱銀が蓄積していた粉飾分を一気に吐き出した金額だ。箱銀は既に五期連続で赤字を計上している。それを運用部の行員におっ被せて一時的に事なきを得ただけで、本来ならウチはとっくに金融庁の管理下にある」
「申し訳ございません」
「元々は損失の元凶であるかす部長の発案だった。粉飾分を一気に吐き出して楽になりましょうと持ち掛けられた時、魔が差した。まさか因果を含めたはずの本人が首をくくるとはな」
 強羅かん総帥の手前、絶対に赤字を出すまいと粉飾決算を続けていたところ、収益の落ち込みがより顕著だった運用部の春日居部長が雄一頭取に追い詰められた挙句に手を挙げた。
 ウチの部にいるりようげんという行員が粉飾を発見しました。この男が粉飾分を横領したという体裁にしてはいかがでしょうか?
 当初、冗談だと受け取っていた雄一頭取を春日居部長が必死に説得したと聞いている。ちょうど実妹が箱銀に内定しているので燎原は拒絶しないはずだと、半ば強引に説き伏せたとのことだった。
 ところが何を思ったのか燎原は自分で死を選んでくれた。春日居部長ほか役員連中はこれ幸いとばかり彼に全ての罪と損失を被せて、過去の粉飾分を隠しおおしてしまったのだ。
 巻台も燎原を哀れに思った役員の一人だが、箱銀の現在と将来を考えれば必要な犠牲でもあった。箱銀こそは強羅グループの中枢であり、その存続は行員一人の名誉よりはるかに重かった。
「箱銀の実態は目を覆わんばかりだ。そこに不動産詐欺と未公開株詐欺で更に二十億詐取された。到底下半期で回復できる金額ではない」
「はい……」
容易たやすだまされた審査部と運用部、見苦しい不倫報道にさらされた人事部長と広報部長。部長たちの質の低下にはほとほと愛想が尽きる。他の部門長も似たようなものだ。収益が日に日に落ち込んでいくというのに改善策一つ出せなかった」
 雄一頭取が巻台に向かって部長連中の体たらくを嘆く理由はおそらく二つある。一つは雄一頭取自らが収益拡大を旗印に陣頭指揮を執ったのに、実効を伴わなかったという口惜しさ。そしてもう一つは、やはり部門長である巻台に対するえんきよくな叱責だ。
 経理部の仕事は試算表と損益計算書を作成することだが、経理部長ともなればそれらの内容を説明する以外に経理面から適切な助言をするのも任務だ。それを踏まえた上で、雄一頭取は巻台を見据えている。
 お前は業績下降を事前に知る立場にいながら、各部門長に何の助言も警告もしなかったな。
 職務怠慢ではないのか。
 一種の背任行為ではないのか。
 口にせずとも視線が巻台の姿勢を問う。明確な口頭での指示がなくても、雰囲気だけで相手を追い詰めるのが雄一頭取のやり方だった。
「各部門長から改善案が出なかった理由に何か心当たりはあるかね」
 さあ答えろ。
 経理部長として、しなければならないことを怠ったとざんしろ。

#8-2へつづく
◎第 8 回全文は「カドブンノベル」2019年12月号でお楽しみいただけます!


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