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連載

中山七里「バンクハザードにようこそ」 vol.19

箱根銀行をぶっ潰す‼ 親友の仇を討つ知的で痛快な復讐譚! 中山七里「バンクハザードにようこそ」#10-3

中山七里「バンクハザードにようこそ」

※この記事は、期間限定公開です。

>>前話を読む

 本店に到着し、社員専用入口からビル内に入る。いつもであればそのままエレベーターに乗り込んで最上階を目指すところだったが、店舗フロアの方が何やらものものしい。店舗までは距離があるというのに、怒鳴り声らしきものが聞こえてくるのだ。
 既にシャッターを上げて営業を開始している時間なので、行員同士の口論や叱責は有り得ない。あるとすれば利用者絡みのトラブルだろう。
 頭取ともあろう者が店舗のトラブルにいちいちかかずらう訳にはいかない。だが、今日に限って虫が知らせる。
 頭取の自分が見過ごしていい種類のトラブルではないかもしれない。
 まさか頭取自らがのこのこトラブルの現場に顔を出すこともない。雄一は自分の執務室に入ると、内線で窓口を呼び出した。
『はい、一階窓口のやまむらです』
「おはよう、強羅だ。さっき一階に着いた際、店舗が騒がしいようだったが、何かあったのか」
 一瞬、山村の返事が遅れた。
「どうした」
『お客様がカウンター前で大声を出していらっしゃいます』
「トラブルの原因は分かっているのか」
『今すぐ預金を解約して全額を引き出したいとのご要望です』
 何だ、そんなことか。緊張の糸がほぐれて、雄一は脱力する。
「解約ならさっさと応じればいいじゃないか。どうしてトラブルになるんだ」
『それが……お一人様だけではないんです。三人のお客様が一度に窓口に来られて、早く引き出せと何度も催促されるんです』
 一度に三人。
 収まったはずの不安が再び頭をもたげてきた。
「他の利用者に迷惑だ。優先させて構わないから、すぐに手続きをしてお引き取りいただくよう、店長に伝えてくれ」
 電話を切ってから、改めて総務部長を呼ぼうとした。だが、やはり店頭でのトラブルが頭の隅に残っていて思考の邪魔をする。
 雄一は舌打ちを一つすると、また内線で窓口を呼び出した。
「店舗内のトラブルは録画されているのか」
『もちろんです』
「内容を確認したい。今から行くのでデータを用意しておくように伝えてくれ」
 言うが早いか雄一は執務室を出て、店舗裏のスタッフルームに向かう。そこでは店内八カ所に設置された防犯カメラの映像全てがそれぞれ一台ずつのモニターで確認できる。
 スタッフルームでは店長のざかいがビデオ機器の前で畏まっていた。
「これは頭取。お騒がせして大変申し訳ありませんでした」
「詫びはいいから早く見せてくれ」
 オペレーターの行員が早速再生機器を操作する。八台のうち三台のカメラが問題のシーンを捉えていた。無論、音声も収録されている。
 映し出された画面では三人の男女がカウンターに身を乗り出していた。
『早く下ろしてくれって言ってんだろ。さっきから何十分待たせてんだ』
『お渡しした番号票通りに処理をしております。もうしばらくお待ちくださいませ』
『もうしばらくもうしばらくって、何度も聞いたぞ』
『ああ、わたしもそう。ねえ、口座開設の時は数分で済むのに、どうして解約の時には三十分以上もかかるのよ』
『わたしは四十分待たされている。ひょっとして諦めて帰るとでも思っているのか』
『滅相もありません。ただいま準備しております。しかし解約となると個人情報の処理を含めて複数の手続きが必要になりまして』
『手続きなんか後回しにして、先に現金だけ返してくれ。いいか、預けてあるのは俺のカネなんだぞ』
『お客様、大声を出さないでください。他のお客様のご迷惑になります』
『迷惑しているのはこっちだあああっ』
 若い男は両手をカウンターに叩きつける。
『俺が預けているのはたった五十万円足らずだ。箱銀にとっちゃ鼻クソみたいな金額だろうよ。だけどな、俺にとっちゃ全財産で、銀行に預けてあることで安心できる資産なんだよ。だったら箱銀が潰れる前に取り戻しておきたいってのは当たり前の話だろうよ』
『お客様。お言葉ですが弊行が潰れるなどということは絶対にございませんので』
『あんた、ネット見てないのか。今朝から騒ぎになっているんだぞ。箱銀は今週中に経営破綻してペイオフ(一定額以上の預金引き出しを保証しない)が発動されるって』
 男の叫びに、思考より先に身体が反応した。雄一の手足がこわり、すぐには動かせない。
 今週中に経営破綻。
 ペイオフの発動。
 無論、頭取の自分の頭越しにそんな話が進行するはずもなくうわさに違いないのだが、それにしてもただのデマで済ますには衝撃が過ぎた。
「店長はこの話を知っているのか」
 葉境はぶるぶると首を横に振る。
「わたしも初耳でした」
「でした? 過去形ということは何かで確認したのか」
「ワードで検索すると、複数のSNSでヒットしました。いずれも本日早朝から投稿されているものです」
 雄一はその場で自身の携帯端末を取り出す。「箱根銀行 経営破綻」とワードを打ち込んで待つ。数秒後、ずらりと該当記事があふれ出た。
『箱銀、経営破綻』
『今週中に金融庁から正式発表するが、発表と同時にペイオフが発動される見込み』
ほんしんこう銀行の悪夢、再び』
 眺めているうちに、雄一は軽い眩暈めまいを覚えてきた。

     2

 執務室に戻った雄一は卓上のパソコンを立ち上げ、くだんのデマの発信源を捜し始めた。本店営業部にはネットに詳しい行員もいるだろうが、まずは自分の手で調べてみたかった。
 デマ記事はいずれも個人発のSNSであり、報道関係発のものは一つもない。当然といえば当然だが、その事実にほっとあんする。では不特定多数の愉快犯が示し合わせたようにデマを拡散させたのかといえば、どうやら違うらしい。
 各人の記事のほとんどには出典が記載されていた。つまり投稿主は何かのニュースなり発言なりを閲覧していたことになる。
 早速、リンクしている出典元を辿たどってみる。行き着いた一つはこういうブログだった。

たちばなきょーじゅの誰でも分かる経済学
 第32回 箱銀、ペイオフ危機
 プロフィールで紹介しているように、筆者はとう大経済学部の客員教授を務めていますが、前職は金融庁の職員でした。そのため今でも市中銀行のよからぬ噂を度々耳にします。しかし今回記事にするのは、単純に噂と片づけられないしんぴよう性の高い話です。
 箱根銀行という地銀をご存じでしょうか。小田原市内では、大抵の企業のメインバンクとなっているので神奈川県にゆかりのある読者さんは知っているでしょうね。
 すみません、カッコつけました。神奈川県にゆかりがなくても、ここ数日のニュースで取り上げられているので全国民が知っているはず。そう、粉飾決算が発覚した、あの箱銀です。
(中略)
 ……と説明した通り、箱銀の粉飾の方法はある意味オーソドックスなんですね。だからネット上に公開された改竄部分を見ると、まるで粉飾決算のお手本になっているんです。
 逆に言えば箱銀の実態は相当に危ない。まだ金融庁は正式なコメントを出していませんが、決算報告書を読み込んだ専門家の目にはとっくに危険水域に達している内容なんです。
 いったい箱銀はどうなるのかと気をんでいた矢先、金融庁の友人からこんな衝撃的な話を聞きました。金融庁が箱銀についてペイオフを検討しているというのです。
 当ブログの愛読者ならペイオフはご承知ですよね。金融機関が破綻した際、預金保険法によって預金者の預金債権が保護されるシステムです。こう書くと預けたお金が全部保護されるような印象を受けますが、実は違います。保護とはそもそも定額保護であり、預金口座にある残額全部という意味ではありません。
 預金を保護するというのは、預金保険機構というところが預金保険金の給付として預金者に直接支払ってくれることですが、これも預金保険機構ができた当初は保証限度額が100万円でしかなかったんですね。その後、どんどん限度額が更新され現在では元金1000万円とその利息にまでなっています。ただしこのペイオフはいったん解禁してしまうと金融システムへの多大な影響があるため、経営破綻した銀行が出てもありとあらゆる手段を講じて回避されてきた歴史があります。一例を挙げれば二〇〇三年十一月にあしかが銀行が破綻した際には公的資金を投入して一時国有化し、預金全額を保護しました。
(中略)
 ……従って二〇一〇年九月十日、日本振興銀行が経営破綻した際の処置が初のペイオフということになります。
 以上、考察してみると、どうやら解禁によってどれだけ金融システム全体に影響があるかで、金融庁はペイオフの可否を判断しているようです。
 では地銀の箱銀がペイオフの対象になった場合、金融システム全体にどれだけの影響があるのでしょうか?
 神奈川県民および小田原市民の方にはお気の毒ですが、その影響はとても限定的と言わざるを得ません。先述した箱銀の総口座数と預金残高を考慮すれば、どうしたってそういう結論に落ち着いてしまいます。
 金融庁が箱銀のペイオフを検討しているという噂の信憑性、ご理解いただけましたでしょうか。
 いずれにしても今週末に結論が出るでしょう。
 もっとも発表された段階で既に手遅れなのですが。
立花古衛』

▶#10-4へつづく
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