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連載

中山七里「バンクハザードにようこそ」 vol.24

箱根銀行をぶっ潰す‼ 親友の仇を討つ知的で痛快な復讐譚! 中山七里「バンクハザードにようこそ」#11-4

中山七里「バンクハザードにようこそ」

※この記事は、期間限定公開です。

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「何で」
 杏子が腰を浮かしかけた。
「東雲さんは箱銀相手に騙しの最中だったでしょ。まさかそんな時期に警察に行くなんて」
「証拠物件の一切合財は警察が握っている。それに俺は詐欺師であって刑事じゃない。犯人捜しならその道のプロに相談するのが一番だと思わないか」
「捜査協力する詐欺師なんて初めて聞いた」
「最初は門前払いを食らった。だけど勲が根っからのウイスキー党なのを説明すると、ようやく聞く気になってくれた。その頃には不動産詐欺や不倫騒動、それに粉飾決算で箱銀のモラルが問われ始めていたから、勲の事件に改めて注目したんだろう」
「よく捜査情報なんて教えてくれたね」
「全部を教えてくれた訳じゃない。あくまでも新聞報道された範囲内さ。刑事の話だと勲が首を吊った状況はこんな風だった。枝ぶりのいい木からロープを吊るし、輪の中に首を通し、足場にしていた岩から飛ぶ。あとは自分の重みで首が絞まるという、まあオーソドックスな方法だし、偽装も難しい。首吊り自殺ってのは、首の静脈と動脈が同時に絞まるから顔は鬱血せずに白くなる。それだけ自重というのは強い力なんだ。他人が手やロープで絞めても動脈までは閉鎖しきれず顔が鬱血する。勲の顔はそうはくに近かったから、警察は自殺を疑わなかった」
「だったら、やっぱり自殺じゃない」
「俺は詐欺師だから、ちょっとヤバめの連中ともお友だちでさ。で、そいつらと話していると自慢気に興味深い話をしてくれる。その一つが首吊り自殺の偽装方法」
 杏子の顔が不快にゆがむ。
「まずさ、クルマの屋根に正体をくした人間を寝かせる。枝から吊るしたロープの輪にそいつの首を入れる。そしてクルマを発進させる。屋根からずり落ちると、自然に自重で首が絞まってくる。自殺死体が一丁上がり」
 杏子と当麻はこちらを見つめて瞬きひとつしない。
「それで一課の刑事さんにそういうやり方も考えられるんじゃないですかって耳打ちしたら、早速死体周辺の地面を調べてくれた。ビンゴだよ。死体の真下を勲のクルマが通過したタイヤ痕がくっきり残っていた。それで警察の見方は一変した。勲を無理に酔い潰した誰かが雑木林までクルマを運転し、今言った方法で勲を吊るしてから雑木林の外にクルマを乗り捨てたって見方だ。警察の態度が変わったからうれしくなっちまってさ。俺は警察にお土産を渡した」
「何、そのお土産って」
「何の変哲もない髪の毛なんだけどさ、警察は感謝感激雨あられ。かというと、車内から採取された何種類もの毛髪の中に、それとDNA型の一致するものがあったから。つまり俺の持参した毛髪の持ち主は勲のクルマに同乗していたことになる。どうした当麻ちゃん。顔が真っ青だぞ」
 顔色が蒼白なだけではない。
 当麻は今まで見せたことのないうつろな目をしていた。
「いつ髪の毛を抜かれたか分からないって顔だな。何度かウチの事務所に来たでしょ。その時、床に落ちた髪の毛だよ。あー、今度くらい自分のだらしなさが誇らしく思えたことはない。こまめに掃除なんかしていたら探すのにひと苦労しただろうからさ。杏子ちゃんみたく遺族でもないのに、詐欺の片棒担ぎたいなんて申し出た時から胡散臭かったんだよ。で、勲の側にいた人間が当麻ちゃんなら真相も透けて見えてくる。因果を含められた勲がいつ心変わりするか分からない。ひょっとしたら妹の行く末を犠牲にしてでも内部告発に踏み切るかもしれない。そう怖れた運用部の春日居は君に勲の監視を命じたんじゃないのか」
 当麻は沈黙したまま東雲をにらみつける。言下に否定しない分、半ば肯定しているようなものだ。
「ところが勲は寸前になって反旗をひるがえした。それがUSBメモリーに残っていた内容って訳だ。勲を監視していた君は焦っただろうなあ」
「どうして僕が焦る必要あるんですか」
 当麻がやっと口を開く。
「僕が箱銀に愛想を尽かしていたのは、さっき言った通りです。仮に東雲さんの推理が正しければ、燎原先輩が箱銀の粉飾決算を暴露するのを止めたりはしないはずでしょう」
「粉飾決算に当麻ちゃんが全く無関係ならね。俺は粉飾決算をネットで晒す下準備としてまきだいから決算に関わる一切合財の書類を預かった。その中の運用報告書を精読して判明したのは、赤字の大きな原因は運用の失敗によるものだ。案件別に精査していくと、ひときわ大きく穴を空けた行員の名前に辿り着く。当麻あゆひこ、君だ」
 虚勢なのか、当麻は唇の端を歪めて笑う。杏子はさっと席を立ち、東雲の背後に回った。
「箱銀を見限っていた君は早々に再就職を考えていたんだろ。その際、前の勤め先に大損害をもたらしたことは絶対明らかにしたくない。勲が横領の罪を被ってくれれば自分の失点は闇に葬られる。箱銀上層部と君の思惑が一致した瞬間だ」
「あなたが燎原先輩の復讐を目論んでいると知った時、僕は協力を願い出ました。自分の運用成績を闇に葬りたいのなら協力なんてしませんよね」
「計画に粉飾決算の暴露を盛り込むのは、君に教えなかったでしょ。それに協力を申し出たのは、俺がどこまで真相に近づくのかを見極める必要があったからだ。説明不要だけど、運用の失敗が再就職に響くことより勲を殺した事実を突き止められる方が数倍怖いに決まってる」
 当麻を見る杏子の目が獣じみてきた。東雲は後ろ手に彼女の手首をつかむ。確保しておかなければ今にも当麻に飛び掛かりそうだった。
「証拠と言ってもクルマに残っていた毛髪だけですよ。それで逮捕できますかね」
「俺が言うのも何だけど、日本の警察を甘く見ない方がいいよ。いったん容疑者を絞ったら、とことん詰めてくる。勲の身体に触れた時、ロープの輪に首を入れた時、どこにも指紋を残さなかったか。勲の服に自分の汗を付着させなかった自信はあるか。抗弁したけりゃすればいい。もうすぐここによしずみという一課のお巡りがやってくる」
 当麻の顔色が変わった。
わなだったんですか」
「箱銀を潰しただけじゃ勲も半分しか浮かばれないって言ったでしょ、これが残り半分」
「復讐とか格好つける割に警察頼みですか」
「何度も同じことを言わせない。俺は刑事じゃないの。ただの詐欺師なの。君を煮たり焼いたりするのは警察官と検察官、それに裁判官の役目」
「余裕かましているみたいですけど東雲さん。刑事さんが来たら、僕だってあなたが名うての詐欺師であることを暴露しますよ。それでいいんですか」
「これ、なーんだっ」
 おどけて東雲が取り出したのは飛行機の搭乗券だった。
「……最初から高飛びする予定だったんですか」
「搭乗時刻まであと十三分。搭乗口まではここから急いで六分。刑事さんが到着するのは十五分後の予定。楽勝」
「高飛びしたって指名手配されますよ」
「当麻ちゃん。いい加減に人を見る目を養おうよ。勲の無念を晴らした俺が、司法書士の仕事やこの国に未練があるとでも思ってるのかい」
「ないでしょうね」
「うん。それを踏まえて君に確かめておきたいことがある。勲を殺して楽しかったかい」
「楽しい訳ないでしょ」
 不意に当麻の声が低くなった。
「いい先輩でした。殺害を決心したのも春日居部長から脅されていたからです。先輩が翻意したらお前の運用失敗が銀行関係者に知れ渡るぞって」
「勲は夢に出たりするかい」
「しょっちゅうですよ」
「君は杏子ちゃんにも何食わぬ顔をして近づいた」
「成り行き上、仕方なかったんです」
「わずかでも謝罪の気持ちはあるかい」
「受けれてくれるのなら」
「だったら刑事には、僕のことも杏子ちゃんのことも黙っていろ。僕の計画を打ち明ければ必ず協力者について尋問される。君は自分で考えているほど悪党でも強心臓でもないから、容易たやすく口を割る。それを回避するには勲の殺害以外は知らぬ存ぜぬを貫き通すしかない。今の君にできる、たった一つの償いだよ」
 もう当麻は抗弁しようとしなかった。
「さて名残惜しいけど、俺たちはこれで失礼させてもらう。言っておくけど警察が逮捕に向かう時は全ての退路を断ってからだから、君は逃げても無駄」
 言い捨てて立ち上がった時、咄嗟に杏子が前に出た。
「黙秘だけじゃ足りないから」
 杏子はテーブルのボトルを摑んだかと思うと、半分ほど残っていた中身を当麻の頭上から浴びせた。哀れ当麻は頭から赤ワインまみれの不様な姿を晒す。
「行こ、東雲さん」
 東雲がレストランから駆け出すと、杏子も小走りでついてきた。
「いやあ、ちょっと意外で爽快」
「何がよ」
「さっきの杏子ちゃんの勢いだと、殴りかかってもおかしくなかったから」
「わたしの非力な手じゃ殴ってもこっちの手が痛いだけ。それよりワイン塗れにした方がみっともなさ倍増」
 瞬時に計算していたのならあつぱれと褒めてやるべきだろう。
「でも本当に高飛びなんて」
「彼といい杏子ちゃんといい観察力ないねえ。搭乗券の行き先はたいわんだよ。しかも実は二枚ある」
 東雲は隠し持っていたもう一枚の搭乗券をひらひらと振ってみせる。
「わたしの分」
「取りあえず台湾で事件の進展を様子見。彼が俺の要求に従うようだったら帰国する。放っておく気はないけど、あくまでも杏子ちゃんの自由意思だ。搭乗しなくてもいいし、いったん台湾でバカンスを楽しんでから俺を置いて帰ってもいい」
「こっちには第三の選択もあるんだけど」
「おい、まさか……駄目だ。杏子ちゃんを引き込んだら勲から呪い殺される」
「それこそわたしの自由意思。ねっ、どんな仕事にも試用期間があるでしょ。しばらくわたしの才能を試してみてよ」
 断固として拒絶するつもりだったが、言い出したら聞かない性分なのはとうに承知している。
 説得の文句をあれこれ考えながら、東雲は第2ターミナルを目指して走った。

     了

※本作は単行本として小社より刊行予定です。
◎最終回(第 11回)の全文は「カドブンノベル」2020年3月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年3月号

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