menu
menu

連載

中山七里「バンクハザードにようこそ」 vol.5

嵌められた親友の仇を討つ、知的で痛快な復讐譚! 中山七里「バンクハザードにようこそ」#6-1

中山七里「バンクハザードにようこそ」


前回までのあらすじ

司法書士の東雲昴の親友・燎原勲が自殺した。箱根銀行の運用課長だった燎原は200億円以上を横領したとされるが、東雲も燎原の妹の杏子も信じられない。燎原の残したUSBメモリーには箱銀の粉飾決算の事実が残されており、二人は燎原の仇討ちを決意する。まずは箱銀審査部副部長の葛西を不動産担保融資で騙して10億円を奪い取る。さらに燎原の後輩の当麻を仲間に加え、運用部部長の春日居に未公開株の売買詐欺を仕掛け10億円を騙し取った。

  三 金持ちさんちの貧乏人

     1

 その日、しののめは午後四時の開店を待って行きつけの銭湯に飛び込んだ。まだは高く、脱衣所に自分以外の客は見当たらない。東雲は前も隠さず浴場に向かう。
 銭湯の一番風呂はちょっとした優越感を味わえる。たとえて言うなら処女雪に最初の足跡を刻むのに似ている。東雲は大の字に身体からだを開いて解放感に浸る。
 不意に、りようげんの顔が思い浮かんだ。そう言えば最後に言葉を交わしたのは、この湯船の中だった。あれからもう二カ月もったのがまるでうそのようだ。
 裏表のない人間には分からないだろうと言われた時、燎原はそうでもないと返した。その時は気にも留めなかったが、今から考えれば彼の遺言のようにも思える。
 しかしに落ちない。
 いったいお前に裏の顔があったのかよ。
 胸のうちで亡き友人に問い掛けるが、もちろん返事はない。箱銀に対する報復が全て終わったら聞けるのだろうかと、東雲はかすかに期待してみる。
 しばらく放心していると、出入口で人の気配がした。振り返ると、タオルで前を隠したとうの姿があった。
「よお、お疲れさん」
「どうも」
 当麻は浴場内を見回してから、遠慮がちに近づいてきた。湯船に身を沈めたというのに、どこか落ち着かない様子だ。
「あのさあ、当麻ちゃん。風呂にかった時くらいほうけた顔したらどうよ。何をそんなに緊張してるの」
「緊張ではなく警戒しているんです。どう考えたって内密の話をする場所じゃないでしょう。公衆浴場ですよ。公衆という名前がついているんですよ」
「人、いないじゃん」
「それにしたって」
「誰かが入ってきたらサウナに移動すればいいだけの話」
「それにしたって」
「経過報告の場所をここにしたのには、それなりの理由があってさ」
「人間、素っ裸の時には噓をきにくいとかいう俗信ですか。僕はまだ東雲さんの信用を得られてないんですかね」
「早とちりしないでよ。風呂で話がしたいのは俺が裸になりたいからだよ。何しろ呼吸をするように噓を吐く人間だからさ」
「それを自分で言いますか。変わった人ですね」
「変わってるというよりひねくれてるんだろうな。俺が詐欺師だってのはもう教えたよね」
だまされた当人ですから教えられるまでもなかったんですけどね」
「詐欺師の心得って知ってるかい」
あいにく、詐欺師の知り合いは東雲さんだけです」
「優秀な詐欺師ってね、自分も一緒に騙すんだよ。だって詐欺師自身が自分の噓を信じなかったら相手も騙せないからね。だから優秀で、しかも場数を踏んでいる詐欺師はいつも自分を騙し続けている。そのうちにどれが本当の自分なのか分からなくなってくる」
「それで素の自分に立ち返る場所が必要という訳ですか」
「後付けの理屈かもよ。元々、お風呂が大好きなだけかもしれないし」
 当麻は当惑顔を隠さない。きっと自分のような人間と付き合うのが初めてで、扱いに困っているのだろう。
「それより箱銀内部はどんな具合なの」
「僕みたいな下っ端が集められる情報には限度がありますが……」
「何言ってるの。運用部から審査部にヘッドハンティングされた逸材でしょ。俺相手に謙遜も卑下もしなくていいから」
西さい副部長は郊外の支店に左遷され、かす部長は処分決定まで自宅待機を余儀なくされています。一方、不動産、証券と立て続けに騙されたので、さすがに上層部は危機感を抱いたようですね。部長連中に、くれぐれも大型案件は部長会議で情報共有するように通達がありました」
「二つの詐欺を結び付けるような動きはないの」
「今のところはないですね。ただ頭取が広報部へのテコ入れを画策しているといううわさがあります」
に広報部」
「勤めている者として恥ずかしい限りなんですが、箱銀にはリスクマネジメントを担当する部署がないので広報部にその任を負わせています」
「ノウハウも持ち合わせていない部署にリスクマネジメントを押し付けたってどうしようもないと思うけど」
 未経験の危機に見舞われると人間はパニックを起こして冷静な判断ができなくなる。それは組織も同様で、箱銀上層部の迷走ぶりが透けて見えるような話だった。
「それにしても東雲さん。きようちゃんに仕事を手伝わせるという話、どこまで本気なんですか」
「どこまでも何も百パーセント本気だよ。燎原があんな目に遭って、一番悔しい思いをしているのは彼女だし、第一本人が強く望んでいる」
「燎原先輩の妹さんを巻き込むことには賛成できません」
「あら。ナイトだねえ、当麻ちゃんてば」
「茶化さないでください。こっちは真剣に」
「杏子ちゃんを危険にさらすようなをしたら、それこそ俺が燎原にたたられる。彼女にしかできない仕事があると言ったけど、危ない橋を渡らせるつもりは毛頭ないから」
「だったら僕にもちゃんと説明してください」
「いやに入れ込んでるねえ。ひょっとしたら彼女に気があったりして」
 当麻はむっとしたようにこちらをにらむ。
「違います。恩のある燎原先輩のたった一人の妹なんですよ。身を案じるのは当然じゃないですか」
「はいはい。じゃあ、そういうことにしておこうか」
「東雲さんは僕のことを誤解しているようです」
「みんな大抵そうだって」
 東雲は湯を自分の顔に掛ける。
「みんな、自分が見たいと思うものしか見ていない。だからころりと騙される」
「東雲さんは違うんですか」
「俺が見えないのは自分だけなんでね」

>>#6-2へつづく ※9/17(火)公開

※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。
「カドブンノベル」2019年10月号収録「バンクハザードにようこそ」第6回より


「カドブンノベル」2019年10月号

「カドブンノベル」2019年10月号


関連書籍

おすすめ記事

カドブンノベル

最新号 2019年10月号

9月9日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP