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連載

中山七里「バンクハザードにようこそ」 vol.21

箱根銀行をぶっ潰す‼ 親友の仇を討つ知的で痛快な復讐譚! 中山七里「バンクハザードにようこそ」#11-1

中山七里「バンクハザードにようこそ」

※この記事は、期間限定公開です。



前回までのあらすじ

東雲昴の親友・燎原勲が自殺した。箱根銀行課長だった燎原は20億円を横領したとされるが、東雲も燎原の妹の杏子も信じられない。燎原の遺した箱銀の粉飾決算の証拠を見つけた二人は復讐を決意、不動産売買融資詐欺と未公開株詐欺で20億円を騙し取った。さらに箱根の人事部長と広報部長の不倫を白日の下にさらした東雲は経理部長の巻台に近づいて粉飾決算を指南して、その内容をネットで公開、偽のブログなども駆使して炎上案件へと仕立て上げた。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

     3

 たちばななにがしの不愉快極まるブログが更新された翌日夕刻、ゆういちは執務室にわら署刑事第二課のえつ課長を呼びつけていた。言うまでもなく八月に起きた不動産詐欺事件の進捗状況をき出すためだ。
 雄一はさほど警察内部の事情に詳しい訳ではないが、それでも詐欺や通貨偽造を扱う二課がスペシャリストの集団であり、彼らを束ねる加悦が優秀な男であるのは見当がつく。事実、話をしていると加悦は沈着冷静つ理性的で、雄一が遅々として進まない捜査を暗にあげつらっても眉一つ動かさなかった。
「詐欺事件から三カ月近くとうとしているのに、まだ犯人の目星さえついていないというのは、いささか捜査手法に問題があるのではありませんか」
 や皮肉は用いず正面から不満をぶつけてみる。誰あろうはこぎんの頭取が直々に抗議しているのだから少しは恐縮すると思いきや、加悦は頭も下げない。
「まず、あれは典型的な地面師のやり口で印鑑証明書は市役所が発行した本物でした。ただしそちらの審査部がチェックしたはずの運転免許証と権利書は真っ赤な偽物。土地所有者を名乗るひらぐちようぞうなる人物も全くの他人。偽造権利書に使用されたインクと用紙からエンドユーザーを辿たどろうにもマスプロ品で追跡は困難。また平口を名乗った人物についても免許証の写真を全国に手配しましたが、いまだ該当人物の報告はありません。我々は地面師が県外から連れてきたのではないかと推測しています。また融資実行に同席したうるかずという人物についても素性は全く分かっておりません」
 加悦の言葉は丁寧ではあるものの、暗に箱銀の審査能力の拙さを指摘している。『典型的な地面師のやり口』にころりとだまされた審査部をわらっているのだ。
「箱銀さんが振込処理をした十億円の行方を追いましたが、最初に二十ほどの口座に振り分けられ、更に名も知らぬような信用金庫や外国銀行に送金され、最終的な振込先がどこの誰なのか判明していません。海外サーバーを経由したネットバンキングで処理をされているため、追跡は容易ではありません」
 外国銀行への送金手続きの危うさは雄一も承知している。犯人がその危うさを利用して騙し取ったカネの分散を図ったとしたなら、銀行業界に通暁した人物と言えよう。
「捜査上、被害にった方にも報告できない部分があります。それはご勘弁ください」
 捜査上の秘匿を持ち出されたら従うしかなく、こちらも黙るしかない。すると加悦は畳み掛けるように言葉を継ぐ。
「頭取。実は二課も懸念していることがあります。箱銀さんには心外でしょうが最近、本店の部長同士の不倫が報じられたり、直近では粉飾決算に関してネットで騒がれたりしています」
 報道された内容に間違いはないので、これも反論できない。しかも、いずれも箱銀にとっては羞恥でしかなく最高責任者の雄一にしてみれば触れてほしくない案件だった。
「不動産詐欺も含め、箱銀さんにはつらい事件でしょう」
「弱り目にたたり目ですよ」
 雄一は口に出してから、かんが同じことを言っていたのを思い出す。
「確かにそういう印象はありますが、三つの事件は本当に無関係なんでしょうか」
「詐欺と不倫と決算。全く別個の事件にしか思えませんが」
「事件の種類は異なりますが、箱銀さんの評判を失墜させるという点では共通しています。決して無視できない共通点です」
「全部、何者かが箱銀の評判を落とすために画策したことだというんですか。それはいくら何でも」
「いささかけんきようかいであるとは思いますが、どんな可能性でもまず疑ってかかるのが我々の仕事でしてね。スキャンダルも二度三度と続いたら偶然では片付け難いでしょう」
 三度ではなく四度だと言いかけてやめた。被害届こそ出していないものの、八月には未公開株の購入でも詐欺に遭っている。だがこの事件では春日かすががインサイダー取引紛いを行ったという負い目がある。いっそ春日居を懲戒解雇してから警察に被害を訴えることも考えたが、それでは当人が激して銀行内部のあることないことを吹聴するおそれがある。現段階では自宅待機というかたちで生かさず殺さずを続けるしかない。
「銀行の評判を落とすというのは私怨じみているように感じますが」
「言うまでもなく、銀行はカネを貸す機関ですから。カネ絡みの私怨は決して少なくありません」
「しかし評判を落とすだけの目的でこれほど大掛かりな犯罪を企てるとは」
「人の恨みを軽んじない方がいい。内部告発や威力業務妨害の多くは私怨に端を発しています」
 箱銀がオーナー企業である限り、本流にいる者は厚遇されて当然だ。それ以外の人間に憎まれるのは逆恨みとしか思えない。
「私怨でも何でも箱銀にとって迷惑であるのには変わりがない。早急に犯人を逮捕してほしいですな」
「二課は鋭意捜査中で、箱銀さんに関するものはデマやぼう中傷を含め、全て精査しています。たとえば先日、経済学者を名乗る立花某がブログで箱銀さんの経営破綻を予言していましたね」
 自分も同じものを見た、と言おうとしてやめた。銀行の頭取ともあろう者がデマ記事に一喜一憂しているなどと知られたくなかった。
「調べたところそういう名前の経済学者はいなかったのでデマに違いないのですが、一つ気になる記述もありました。『箱銀は不動産詐欺や未公開株詐欺に遭って』という一文です。不動産詐欺事件は各メディアで報道されて周知の話ですが、未公開株詐欺というのは初耳です。頭取はこの件について何かご存じですか」
 雄一は返事に窮する。打ち明けてしまうのは簡単だが、今はまだその時期ではない。かと言って知らぬ存ぜぬを通せば、事件が明るみに出た時に不誠実を責められる。
「さあ、わたしのところには報告が上がってきていません」
「頭取。事件の早期解決をお望みなら、警察に捜査協力していただかなければ」
「ひょっとしたら当該部署で調査中なのかもしれません」
「詐欺事件の可能性がある案件を、調査中という事由で報告していないのはいささか奇異な感がありますね」
 加悦は皮肉を忘れない。つくづく嫌味な男だと思った。
「気になることがもう一つあります。実は先日、刑事一課にる事件を再捜査してほしいと申し出た市民がいるんです。六月に起きた箱銀運用部行員による二十億円横領事件ですけどね」
「あれは横領した行員が自殺して決着がついている事件じゃありませんか」
「決着といっても、被疑者死亡のまま送検したに過ぎないのですがね」
 死人に口なしとはよく言ったもので、被疑者が死亡してしまえば公判は維持できないので裁判所は公訴棄却の決定を下す。事前に棄却されるのが分かっていながらも送検するのは、検察官による事件の最終的な確認が求められているからだ。従って被疑者が死亡していようと通常と同じ捜査をするのは、刑事訴訟法に定められた義務なのだと加悦は説明する。
「被疑者からの抗弁は一切なし。言い換えれば欠席裁判みたいなものです。もちろん捜査員が大きな見逃しをするとは思えませんが、それでも疑義を差し挟まれれば落ち着かない気分になる」
「再捜査を願い出た市民というのは、どういう素性なんですか」
「詳細はわたしも知りません。何しろ一課の管轄なので」
 加悦はこちらの反応をたのしんでいるかのようだった。
「自殺した行員の友人らしいですね。彼は銀行のカネを横領するような男じゃない。第一、彼が二十億円を貢いだ相手がまだ見つかっていないだろうと言うんです」
「横領にしても女に貢ぐにしても、友人に話せる内容ではないでしょう」
「その通りです。しかし二十億円も貢がれた相手が未だ見つかっていないのも事実です」
 加悦の言説は容赦がない。雄一はまるで自分が尋問されているような錯覚に陥る。
「この二つは関連しているんです。くだんの立花某のブログでも横領事件に触れていましたね。『これは、今まで粉飾に粉飾を重ねて累積していた赤字を特別損失で処理するために仕組まれたものだ』でしたか」
「馬鹿馬鹿しい。それこそ何の根拠もないデマですよ」
「その部分だけを取り上げれば、なるほどデマと受け取られても仕方がない。しかし、箱銀さんが未公開株でも詐欺に遭ったのは我々二課の人間も関知しなかった件です。仮にその未公開株詐欺が実際にあった事件だったとしたら立花某のブログはしんぴよう性が高く、行員の横領事件は仕組まれたうんぬんの言説もあながち眉唾と言い切れなくなります」
「弊行を疑っているんですか」
「どんな可能性でもまず疑ってかかると言ったじゃありませんか」
 ようやく雄一は合点がいった。加悦が雄一の抗議に終始冷静な応対をしていたのは、最初から箱銀に疑念を抱いていたからに違いない。
 被害届を出したこちらが逆に疑われる。予想だにしなかった展開に、雄一はにわかに焦燥を覚える。
「被害届が提出されている以上、我々二課は徹底的に調べます。その際、箱銀関係者の何人かに捜査の手が及ぶかもしれませんが、もしそうなったとしても不可抗力くらいに捉えてください。それでは失礼します」
 雄一の返事も待たず、加悦は席を立つ。
 彼は抗議を受けに来たのではない。宣戦布告をしに来たのだ。
 雄一から呼びつけられた時、加悦が何を思って本店に赴いたのか。それを想像すると羞恥で顔から火が出そうになる。
いまいましい」
 つい本音が口をついて出た。滅多にないことだったので、思わず口に手を当てる。
 その時、卓上の電話が鳴った。相手は総務部だった。
ごうだ」
『総務のかねです。頭取、妙なものがネットに上がっています』
 またネットか。
「例の偽教授がブログを更新でもしたか」
『いえ、動画です。昨日の店頭での騒ぎを投稿した者がいます』
 カウンターに詰め寄る三人の預金者が脳裏によみがえる。電話を切った雄一は自分のスマートフォンで問題の動画を検索する。〈箱銀本店〉と検索ワードを打ち込むと、やがてそれとおぼしき動画が現れた。
『早く下ろしてくれって言ってんだろ。さっきから何十分待たせてんだ』
『お渡しした番号札通りに処理をしております。もうしばらくお待ちくださいませ』
『もうしばらくもうしばらくって、何度も聞いたぞ』
 まさしく当時のてんまつだった。しかもカウンターのほぼ正面から撮影されているため、カウンター越しに対応している女子行員の慌てぶりが克明にさらされている。
『手続きなんか後回しにして、先に現金だけ返してくれ。いいか、預けてあるのは俺のカネなんだぞ』
『お客様、大声を出さないでください。他のお客様のご迷惑になります』
『迷惑しているのはこっちだあああっ』
 まずいだ。映像の専門家でもないのに、雄一はとつにそう判断した。別アングルの映像を見ているので承知しているが、三人の預金者は妙に切迫していた。店長のざかいにも確認したが、三人を特に待たせた訳ではない。窓口も順番通りに接客しているだけだ。三人以外に騒いでいる利用者は皆無で、ただ好奇心の赴くまま眺めていただけだった。
 だがこの映像では印象が全く違って見える。まるで預金者が必死に引き出そうとしているのを、行員が何とかなだめているように見える。
 あたかも今引き出されたら困るという風に。
 投稿された動画には早速コメントが寄せられている。
『これ、はこ銀行本店? 本店窓口でこれかよ』
『五十万円すぐに引き出せないって。ATMなら一分だぞ』
『あれだ。立花教授がブログで予告してたやつだ。ほんしんこう銀行の悪夢再び』
『取り付け騒ぎ、キター』
『茶化すなよ。俺も箱銀に口座持ってるんだ』
『ATMって何時までだった?』
『平日は夜の九時まで。店舗併設型は店の閉店時間。だったと思う』
『げっ。あと一時間ちょっとじゃん』
『みんなダッシュしろ! 明日にはATMの現金も底をつくぞ』
『箱銀て粉飾決算したんだろ。ネットに流出した解説読んだけど、あれ赤字体質が慢性化してるぞ。見るヤツが見たらいつ破綻してもおかしくない状態』
 スクロールを続けても終わりが見えない。恐ろしい勢いで次から次へとコメントが増えていく。
 ふと嫌な予感がした。

▶#11-2へつづく
◎第 11回全文は「カドブンノベル」2020年3月号でお楽しみいただけます!


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