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連載

綾崎 隼「盤上に君はもういない」 vol.6

初対局を前に失踪した千桜夕妃の行方は? 棋士の頂を目指す者たちの静かで熱い青春譜‼ 綾崎 隼「盤上に君はもういない」#2-1

綾崎 隼「盤上に君はもういない」

※この記事は、期間限定公開です。



前回のあらすじ

十六歳で奨励会三段となった諏訪飛鳥は、三段リーグ戦が進むにつれ、史上初の女性プロ棋士誕生を期待する世間から注目され始めた。三段リーグ戦に参加していたもう一人の女性・千桜夕妃は年齢制限ギリギリの二十六歳で、序盤に三敗したこともあり、その存在はほとんど注目されていなかった。だが三段リーグ戦最終局、直接対決で勝った方が史上初の女性プロ棋士になるという大一番で、死闘を制したのは夕妃の方だった。

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第二部 千桜智嗣の敬愛と憂戚の青春

      1

 自分が不幸な子どもだったのか、それとも幸運な子どもだったのか。
 大人になった今でも分からない。
 幼少期に経験した一連の出来事は、思い出すだけでも耐え難く、苦しい。しかし、そこから先に待ち受けていた展開は、少なくとも不幸からはかけ離れていた。
 他人のうわさ話にとするワイドショーで、自称社会学者が言っていた。
 現在の日本では『三組に一組が離婚している』という統計があるらしい。
 親の離婚なんて特筆するような出来事じゃない。現代においては珍しくもない悲劇だ。ただ、当時五歳だった俺にとって、それは単なる悲劇に終わらなかった。
 離婚調停、離婚裁判の後、親権は九割以上が母親のものとなる。司法統計を知っていながら、子どものために戦う父親たちは、どんな思いで裁判に臨んでいるんだろう。
 子ども心に負った傷は、呪いのように消えない。
 大人になった今でも、親権を巡る泥沼の法廷闘争に羨ましさを感じてしまうなんて、どう考えたってゆがんでいるとも思う。だけど、それこそが誤魔化しようのない事実だった。
 離婚に際し、俺の両親は、どちらも息子を引き取ることを拒んでいる。
 俺は母親のことも、父親のことも、大好きだったのに。
 両親はどちらも、こぶ付きのバツイチとなることを望んでいなかった。
 振り返ってみれば、子どもに愛情を抱いていなかった両親に、どうしてあんなにも依存していたのだろうと思う。ただ、まだ五歳の子どもにとっては、両親が世界のすべてだった。引き離されることは、世界が終わるに等しい出来事だった。
 家を出て行くその日まで、二人はどちらが子どもを引き取るかで、ババ抜きのような押し付け合いを続けていた。
 そして、両親がどちらも譲らなかった結果、俺はわずかな荷物の残ったアパートに、一人で取り残される。
 いつかは元配偶者が様子を見に戻って来るだろう。都合の良い願望を胸に、わずか五歳の子どもを残して、二人は共に出て行ったのだ。

 自分以外には誰もいない家で、孤独に何日過ごしたのか覚えていない。
 冷蔵庫に残っていた消費期限の切れたそうざいやパンを食べ尽くした後、水だけを飲む生活がしばらく続き、やがて俺は衰弱から意識を失ってしまった。
 後から聞いた話によれば、家賃の支払いを催促しに来た大家が異変を感じ、部屋に乗り込んでいなければ、そのまま死んでいたかもしれないらしい。
 救出されて以後も、俺が実の両親と再会することはなかった。二人がで何をしているのかも、育児を放棄したことで、どんな罰を受けたのかも分からない。
 思い出したくもない。真実なんて知りたくもない。最低最悪の生い立ち。
 俺は確かに、この世界に捨てられた子どもだった。
 不幸を絵に描いたような子どもだった俺に、一つでも幸運なことがあったとすれば、それは母親の血筋だ。母はみようも違う遠縁だったが、北信越地方の医師会を牛耳る名家、ざくらの血縁者だった。
 児童養護施設に引き取られて二ヵ月後、里親になりたいという男が現れる。
 新潟市には日本海側で最も古い歴史を持つ医大、とうおう医療大学が存在する。その日、目の前に現れた男は、大病院を運営する千桜本家の一人で、分院を任されていた。
 同僚と三十代半ばに結婚した彼は、四十を超えてから第一子に恵まれたらしい。待望の跡取りは女だったけれど、彼女の誕生は大いに祝福されることになった。しかし、すぐに次の問題が発覚する。長女は生まれつき肺に問題を抱えていたのである。
 幼少期から入退院を繰り返していた彼女、ざくらは、小学一年生の春から、終わりの見えない長期入院生活に入った。
 呼吸器内科の専門医である母は、娘が二十歳まで生きられないかもしれないことを、誰に告げられるまでもなく悟っていた。既に四十を過ぎており、出産後に崩した体調も戻っていない。二人目の子どもを望むのは現実的な話ではなかった。
 成長した娘が分院を継いでくれるなら、それがベストである。婿養子をもらい、跡取りを用意出来るなら、それでも良い。だが、大前提の問題が残っている。最大の懸念は、娘が医者になれるかでも、婿を取れるかでもなく、大人になれるかどうかだった。
 第二子を作らないのであれば、養子を迎え、もしもの時に備える必要がある。

 五歳の夏の終わり。
 両親に捨てられ、児童養護施設で暮らしていた俺の前に、彼らが現れた。
 この上ない名家に引き取られ、その日、俺は苗字が変わる。
 ざくらともつぐ。新しい人生の始まりだった。

      2

 あの日、鼓膜に飛び込んできた声を、俺は絶対に死ぬまで忘れない。
「病気に負けたくない!」
 これから先の人生で、誰かを死ぬほど愛しても、たとえ認知症になっても、あの日の悲鳴だけは、心に残り続けるに違いない。それは、どんなにおおな言葉を並べ立てても説明出来ないほどに、衝撃的な出会いだった。
 養子として千桜家に引き取られた俺は、自宅にんだ後、新しい両親に東桜医療大学へと連れて行かれた。
 今後の人生を見据え、一族の総本山を目に焼き付けさせたい。養子となった息子に、使命を理解させたい。そんな思惑もあったのかもしれないが、表向きの理由は、入院生活を送る姉、夕妃との顔合わせのためだった。
 そして、挨拶するより早く、俺は悲鳴にも似た魂の叫びを聞いた。
「生きたい! 何でもするから治して!」
 案内された院内学級の教室に、担当医に向かってげきこうする少女がいた。
 その細い腕は、強くつかんだだけで折れてしまいそうだ。
 あまりにも白い肌は、光にだって溶けてしまいそうだ。
『美しい』という言葉の本質を俺が理解したのは、多分、あの時だったのだろう。
 二つ年上、七歳の姉は、はかなく、苛烈な少女だった。それが憧れだったのか、恋だったのかも分からないまま、俺は一目で姉にかれてしまった。
 父は感情を爆発させる娘を見て、顔合わせの日取りを変える。
 もう一度、あの人に会いたい。今度は直接、話をしてみたい。
 願いがかなったのは、一週間後の週末のことだった。
 各都道府県には特別支援学校というものが存在している。その中の一つに、継続した治療や生活規制を必要とする子どもたちに教育を提供する、院内学級という施設がある。通常は国立病院機構運営の病院や社会福祉法人運営の病院などに隣接する施設だが、日本医療界の雄を自負する東桜医療大学の小児病棟にも院内学級が設けられていた。姉が父の経営する分院ではなく、大学病院に入院していたのも、その施設の有無が理由である。
 二度目に会った時、姉は入院生活を送る子どもたちが集まる教室にいた。週末ということで授業はおこなわれておらず、子どもたちは思い思いの遊びに興じていた。
 頭を包帯で覆われた少女、点滴の管がつながれた少年、痛々しい姿の子どもたちの奥、姉は教室の隅に座り、誰かと一緒に床をのぞき込んでいた。
 姉の向かいに座っていた子どもは、遠目でも分かる柔らかそうなブロンドの髪をしており、近付くとへきがんであると分かった。
「夕妃はまた将棋を指しているのか」
 娘に向かって歩きながら父がつぶやく。
 木製の盤を間に挟み、二人は文字の書かれた駒を順番に動かしていた。
 姉は父が背後に立っても気付かず、一心不乱に手を動かし続けている。
 向かいに座っている子どもは、姉よりも身体からだが大きい。張り詰めた顔で駒を動かす姉とは対照的に、ずっと、穏やかなまなしを浮かべていた。
 斜め後ろから盤面を覗き込む父に、姉は投了まで気付かなかった。
 二十分後。
 悔しそうな顔の姉の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
 当時の俺は将棋のことなど分かっていなかったわけだけれど、その涙で状況は理解出来た。姉は勝負に負けたのだ。

 最初に見た日、姉は泣きながら医者に対して激昂していた。
 二回目に会った日は、歯を食いしばって悔し涙を流していた。
 子ども心に姉を気性が激しい人だと感じていたからだろう。対面して会話を始めた際に受けた印象は、予想外のものだった。
 実際の姉は、感情的な人間でも、情緒が不安定な人間でもなかった。
 突然現れた弟を、穏やかに、温かく、迎え入れてくれた。
 両親の愛情を奪われてしまうかもしれない。そんな危機感を抱いたって不思議ではなかったのに、姉は俺の存在を笑顔で歓迎してくれた。
「智嗣君。退院したら一緒に遊ぼうね」
 俺はその約束がとてもうれしかった。
 元気になったら遊んでもらおう。その時を思うだけで、心は跳ねた。
 しかし、一年がっても、二年が経っても、姉の入院生活は続く。
 時々、両親に連れられてお見舞いに行く機会があったけれど、いつ見ても姉は青白い顔をしていたし、時にはこちらが悲しくなるほどに重たいせきをしていた。
 病院長の孫娘でもある姉は、小児病棟ではなくVIP患者用の個室に入院している。
 姉は父からノートパソコンを買い与えられており、お見舞いに行くと、大抵、将棋ソフトで遊んでいた。入院患者の友人が遊びに来ていることもあったが、そんな時も必ず将棋を指していた。いつだって対局相手は、ブロンドの髪を持つあの子だった。
 肺に問題を抱える姉にとって、将棋は入院中の最大の楽しみだったのだろう。

 心待ちにしていた姉の退院が実現したのは、出会いから三年以上も後のことだった。
 小学一年生の春から四年生の秋まで、子どもにとって三年半という時間は途方もなく長い。美しい姉と共に暮らせることに胸がざわついたけれど、あの頃、そんな俺の心に両親やほかならぬ姉は気付いていたんだろうか。
 姉は血の繫がらない弟にも優しかったが、俺はすぐに理解することになった。
 姉の頭は朝も夜も将棋でいっぱいだった。家に戻ったのだから何処でだって遊べるのに、友達だって沢山作れるのに、姉はそんなことは望んでいなかった。
 病室で暮らしていた時と同様、自宅にいる時は、ほとんどずっとパソコンに向かって将棋を指している。
「夕妃は身体が弱いから、運動は出来ないの。智嗣、無理やり連れ出したら駄目よ」
 姉が帰って来てすぐに、俺は本家の庭で遊ぼうと誘い、母にとがめられている。
 姉とは外では遊べず、自宅での姉はいつだって将棋に夢中だ。
「お姉ちゃん。それ、面白いの?」
 一緒に遊ぶなら、方法は一つしかなかった。
「うん。面白いよ。将棋はね、世界で一番面白い」
「俺も出来るかな?」
 姉に遊んでもらいたいなら、将棋を覚えるしかなかった。
 姉と対等に語り合いたいなら、将棋で強くなるしかなかったのだ。

 将棋は努力だけで何とかなる遊戯ではない。
 姉と遊ぶために必死で勉強したが、まったく歯が立たなかった。三年のアドバンテージはあまりにも大きい。姉と同じようにソフトを使って特訓しても、インターネットで対人戦を繰り返しても、教本でひそかに勉強しても、姉にはまるで勝てなかった。
 将棋の世界では、実力差のある者が勝負をする際、駒落ちで戦うことがある。『しや』や『かく』といった最強クラスの駒や、それよりも弱いがしぶい働きをする『きようしや』や『けい』といった駒を、強い指し手が最初から除いた状態で戦うのだ。
 俺が強くなっていくにつれ、次第に駒落ちの数は減っていった。けれど、姉が家を出て行くその日まで、対等な勝負では一度も勝つことが出来なかった。
 それでも、将棋は楽しかった。姉に遊んでもらうために始めた将棋だが、この盤上遊戯は、もともとじっくりと考えることが好きな俺の性に合っていたらしい。
 後に史上初の女性棋士となる姉に手ほどきを受け、何千回と指してきたのである。棋力が上がらない方がおかしい。姉には歯が立たずとも、後に入会した将棋クラブでは、あっさりと周りの子どもたちを追い越すことになった。

 姉は俺の棋力が成長することを、自分のことのように喜んでくれた。
 姉を笑顔に出来ることが嬉しかったし、強くなればなっただけ、姉に将棋に誘われる時間も増えていった。
 楽しかった。充実していた。本当に素晴らしい日々だった。
 将棋を指している時間だけは、何一つ後ろめたい気持ちを抱かずに、姉と本当の家族になれているような気がしていた。
 しかし、ある日、たった一言で世界は一変する。俺が四年生になった春、小学生として最終学年を迎えた姉が、真剣な顔で両親に告げた。
「奨励会を受験したい。東京に出て、プロ棋士の弟子になりたい」
 父の顔に浮かんだ困惑の色は、次の瞬間には怒りへと変わっていた。
 親族の集まりで、父が姉の将棋の実力を誇らしげに語っている姿を見たことがある。だが、それはあくまでも趣味のはんちゆうでの話だったらしい。
 千桜本家の血を引くということは、医者として生きるということと同義だ。愚かな考えを捨て、唯一にして最大の使命である医学の道を志せ。
 娘を説得するため、父は顔を真っ赤にして、千桜一族の歴史と使命を語ったけれど、
「棋士になりたい。将棋のプロになりたい」
 どれだけ大仰な言葉を並べられても、姉の意志は揺るがなかった。
 将棋は娯楽である。どれだけ人気があろうと所詮は遊戯。人の命を救う医者の仕事とは比べることすらおこがましい。父が本気でそう考えていることは、俺でも分かった。
 手の届く世界で勝利を重ね、その気になっているだけだ。現実を思い知れば馬鹿な夢を諦めるだろう。父はそう考え、姉を小学生の大会にエントリーさせたが、姉はそこで優勝を果たしてしまう。
 インターネットで将棋を指す場合、アプリの中で勝利を重ねれば、強さの指標であるレーティングの数値が上がる。レートが上がれば必然、対戦相手も強くなる。
 姉は井の中のかわずではない。実力ではまだ勝てない相手にも、日々、挑み続けている。
 負けを知っているし、自分が未熟であることも自覚している。
 その上で、今日は昨日より、明日は今日より強くなろうと、修練を積んでいる。
 地方大会に出場させても調子に乗るだけだ。両親は姉の鼻っ柱を折るため、『小学生将棋名人戦』にも出場させたが、それも逆効果だった。大海を知る姉は、水を得た魚のように躍動し、初出場の全国大会でさえ、準決勝にまで勝ち残っていた。
 当時の俺は、どんなさいなことでも姉のをしたがっていた。
 大抵の将棋大会に一緒に参戦していたし、姉ほどの派手な成績とはいかなかったけれど、それなりの結果を収めていた。
 ただ、俺は姉とは違い、プロ棋士になりたいとは思っていなかった。
 死ぬ気で努力すれば、どうにかなるかもしれない。そんな勘違いを出来る程度には腕を上げていたけれど、棋士になれても、そこまでだろうという予感があった。
 何より俺は両親の期待に応えたかった。捨てられた俺を拾い、こんなにも恵まれた環境を与えてくれた人たちである。将来は医者になりたいと、心から願っていた。
 将棋は好きだ。大好きだ。本当に面白いと思う。
 だが、あくまでも趣味であり、本質的には姉とのきずなを保つためのツールである。
 しかし、姉は徹頭徹尾、本気だった。
 友達の一人さえ作らずに、毎日、将棋を指し続けていた。

▶#2-2へつづく
◎第 2回全文は「カドブンノベル」2020年3月号でお楽しみいただけます!


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