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連載

有川ひろ 物語の種、募集します。 vol.4

有川ひろ「我らを救い給いしもの」――「物語の種、募集します。」小説その4

有川ひろ 物語の種、募集します。

図書館戦争』『県庁おもてなし課』などで知られる小説家・有川ひろさんによる、読者からの投稿を「種」として小説を書く企画。

投稿内容は、思い出話でも体験談でも、心に留まったキーワードでも写真でも。あなたが物語の種になりそうだと思ったものなら、なんでもOKです。

投稿募集ページはこちら
https://kadobun.jp/news/press-release/dz61anf341s0.html

「種」から今回芽吹いた小説は……



我らを救い給いしもの  有川ひろ

               *

 中学の社会の時間であった。地元の施設について調べましょうという課題で道の駅がテーマとなった。
 道の駅について知っていることや意見を述べましょう、と社会科教師が導入した。
 野菜が安い。
 おいしいお総菜が売っている。
 ソフトクリームも。
 手作りのパウンドケーキやクッキー。
 端切れで作った小物、フクロウとか。
 手作りのかっぽう着や腕カバー。
 地元において道の駅は気安く出かけていけるアミューズメントでもあったので、生徒の意見はぽんぽんと弾むように出た。教師がそれを板書していく。
 意見が一定出尽くした頃、ショートカットの女生徒がすらりと手を挙げた。クラスで一番足の速い子だった。彼女とは小学校が一緒で、割と仲のいい友達だった。
「国が初めて作った気の利いた箱物です」
 急に飛び出した大人びた意見に、ややぼんやりとした社会科教師は目を白黒させていた。箱物という身近でない単語にクラスメイトもきょとんとしている。
 ぼんやりとした社会科教師は、ううんと困ったように唸った。
「……あー、そういう子供らしくない意見じゃなくてだな」
 ショートカットの友達も不服そうな顔をしたが、彼女も口がひん曲がった。ぼんやりじゃない、この教師はぼんくらだ。
 友達は明らかに道の駅について核心を衝く意見を述べたことが彼女には分かった。というのは、彼女がそのとき読んでいた小説にもそういうことが書かれていたからだ。観光業に詳しい熟年のキャラクターが道の駅についてそう語っている場面があった。
 自分と同い年なのに、小説に書かれていることと同じことを思いつくなんて。何てかっこいいんだろう。
 それなのに、子供らしくないなんていうこの世で一番つまらない理由で否定されるなんて。
 先生、子供らしくないから取り上げないなんておかしいです。本にだって書かれています。
 友達のようにすらりと手を挙げて、そう言えたなら。しかし、授業中に教師を真っ向批判するのは、いささか勇気のいることだった。
 手を挙げようか挙げまいか右手をそわそわしているうちに、発表の時間は終わってしまった。
 教師は板書した項目について、社会科見学で調べてみましょうと提案した。意見を募ったのは単なる前振りだったらしい。――つまんない男。小説の中に出てくるかっこいい大人とは比べ物にならない。
 それに比べて、ショートカットの友達の何て輝いていることだろう。
 つまらない男のつまらない授業が終わるのを待ちかねて、彼女は友達のところに飛んでいった。
「ねえ、さっきのすごいじゃん!」
 話しかけると友達は席からきょとんと彼女を見上げた。
「ほら、気の利いた箱物」
「あー、あれ」
 友達は苦笑いして頭を掻いた。
「超すべったけどね~」
「そんなことないよ、あいつがダサいんだって。だって本にもおんなじこと書いてあったんだよ、ほら」
 見せたのは自分の席からいそいそ持参した本だ。県庁の観光課を舞台にした小説である。その場面を開いて見せると、友達の目が探すようにページの上をさまよった。本は読み慣れていないらしい。
「……あー、ほんとだ。あたし、おとんの受け売りだったんだけど」
 聞くと、友達の父上はそれこそ県庁の観光課に勤めているという。
「じゃあこれ読んでみない? お父さんのお仕事とか身近に感じて面白いかも」
「おとんの仕事なんて別にどうでもいいけどさ……」
 と言いつつ友達は本をパラパラとめくった。それなりに目が文字を追おうとしている。
「ちょっと分厚くない?」
「大丈夫だよ、文章読みやすいから」
「そっかぁ。それなら朝読とかにいいかなぁ」
 朝の読書運動、略して朝読は、この小説流に言えば文科省が初めて気の利いた制度を作ったということになるだろう。朝、一時間目が始まる前の十分間、好きな本を読むだけで何やら教師の心証が良くなる。活字中毒の彼女にしてみればやらずぶったくり丸儲けのような制度だ。
「貸してあげる」
 えー、でも、と友達は少し気後れする様子を見せた。
「読んでる途中でしょ?」
「もう何度も読んでるの。それに他の本も持ってきてるし」
「じゃあ借りよかな……」
「ぜひぜひ!」
 半ば強引に貸して、後はやいやい言わずに見守った。読書仲間を作る鉄則だ。本は一人で読むのも楽しいが、同じ本を好きな友達とあれこれ話すのも楽しい。小学生のときは『名探偵三日月キヨシ』仲間がいたが、家が離れていたので中学で学区が分かれてしまった。
 友達は朝読の時間ごとに彼女の貸した本をめくっているようだった。最初はページの束が少しずつ、やがて毎朝の開く束の厚みが増えた。十分間の朝読で読み進むわけもない厚みで、家でもきっと読んでいる。
 しめしめ、もう少し。
 ある日、友達は学校に来るなり彼女のところへ駆け寄ってきた。
「ねえ、あの本、うちのおとんが家で言ってたことほぼほぼそのまま載っててね!」
「ああ、道の駅の?」
「それだけじゃなくて、おとんが仕事のことでカッコつけて言うことほぼほぼ! 名刺は名前を刺す道具だとかテーマパーク日本全国とか!」
 どちらもその作品のキーワードとして出てくる。
「そんでおかしいなーと思っておとん問い詰めたら、仕事の研修でこの本使ってるんだって!」
「えーっ、すごい!」
 自分の好きな本が役所の研修で使われているなんて! 自分のセンスがいいと保証されたような誇らしい気持ちになった。
「だからうちのおとんのカッコつけ、ほぼほぼこの本の受け売り!」
 友達はそう言ってウケるとけらけら笑った。
「おとんもこの本面白かったんだって」
 おとん「も」。も、ということは?
「めっちゃ面白かった! おとんも頑張ってんだなーって思ったし」
 やった。薦めて面白かったと帰ってくるのは最高である。
「これ返すね。この作家さんの本、他にも持ってたら貸してくれる?」
 最の最の高だ。
 ショートカットで足の速い、小学校が一緒の割と仲のいい友達は、こうして彼女の読書仲間になった。

 彼女は寸暇を惜しんで本を読みたいあまりの帰宅部だったが、友達も意外や帰宅部、そのうえ帰り道も途中まで同じだったので、自然と一緒に帰るようになった。
「せっかく足が速いのに部活とかやんないの?」
 実際、陸上の顧問でもある体育教師に授業でちょいちょいスカウトされている。まだ間に合う、今がチャンスという誘い文句は、まもなく夏休みだったからだろう。夏休みの練習に参加すれば来年には短距離選手も夢じゃないとか何とか。
「いやー、ダメダメ。あたしあの鉄砲ダメなのよ」
「鉄砲ってあれ? スターター?」
「そうそう。あのパァンっていうのが無理。練習はまだいいんだけど、試合だと緊張しまくってヒィってなる。小学校のときもビクゥってなって出遅れるかフライングかどっちかでさぁ」
「へえ、意外」
 運動ができる人には勝負度胸も備わっていると思っていた。
「こう見えてウサギの心臓なのよー」
 そう言って友達はニッと笑った。先日貸した本に出てきた表現だ。胸がくすぐったくなるようで釣られて笑ってしまう。
「分かる、あたしもあれ苦手。ビビるよね」
「練習いいタイム出るだけにみんな超ガッカリするじゃん? もう人の期待を裏切る人生なんてイヤなのよ。足ちょっと速いだけだし」
「いやいや、足速いのは才能よ~」
「そっちこそじゃん」
 何言ってんのという顔で返されて頭がハテナで満ち満ちた。思い当たる才能の節がない。
「本読む天才じゃん。貸してもらったの全部面白いし」
 友達は彼女の薦める本を片っ端から読んでくれるうえ、ハマる打率は百発百中だった。一緒に語れる作家も大分増えた。
「何でこんな面白い本ばっかり知ってるのってびっくりするわ、毎度」
 また胸がくすぐったい。手放しの絶賛に鼻が高くなりつつ、照れくさくて背中も少々むずむず。
「面白いって思った本だけ薦めてるからさ~」
「つまんないのもあるんだ?」
「そりゃ中にはあるよ。でもそれが面白いって人もいると思う、あたしに面白くないだけで」
「あー、じゃあ、あたしらセンス合うんだね」
 まるで特大の勲章を突然差し出されたようだった。
 そうは言っても足の速い世界の住人だ。運動が得意でない彼女からすれば、体育の時間に憂鬱にならなくて済むだけでリア充だ。コドモの世界において運動ができるということはパスポートをひとつ持っているに等しい。取り敢えず周りに一目置かれる。
 そんな世界の住人とセンスが合うなんてことが自分の人生に起こるとは。
「そうだね、センス合うよね」
 できるだけさりげなく向こうの耳に届いていますように。
「絶対合うって!」
 断言の口調にまた勲章。嬉し恥ずか死ぬ。
「だって好きになるキャラも大体一緒じゃん? キバやんとかさ~」
 キバやんというのはそのとき貸していた本の登場人物だ。陸上部の高校生の青春物。棒高跳びをやっているヒロインが思いを寄せる短距離走のエースで、つっけんどんだが要所要所で優しいツンデレ枠。
「あんた、陸上部入ってたらキバやんみたいな人いたかもよ~」
「いや~、道具使う競技はちょっとね~」
 顔をしかめてナイナイと手を振る様子がおかしくて笑ってしまった。
「道具はちょっとナイけど、キバやんみたいな人いたら絶対好きになるわ~」
「好きになる自信がありすぎる」
 ひとしきり萌え語りで騒いだ後に、友達があっと声を上げた。
「待って、やばくない!?」
「キバやんのデレが?」
「そうじゃなくて! 親友同士で男のタイプ一緒だったらやばくない?」
 思わず言葉を失った。――それはあたしとあんたのことか。
「やばいよね! キバやん取り合いになるよ!」
「……いやいや、キバやんはあんたのものよ」
 ヒロインの属性は天然だ。天然の無邪気発言の数々に刺されてキバやんは落ちる展開である。
「あたしは親友のために身を引くわ」
 あたしはこんなふうにおどけてしか言えやしないよ。
「ちょっと待って、あんたそれ自分だけしれっといい女になってない?」
「いやいや、親友のためですから」
「うわ、むっかつく~! あたしだって身ィ引けますから! あんたが取っときなさいよ!」
「いやいや、熨斗つけて差し上げますから」
 最後はキバやんの押し付け合いになってしまった。

 同じ本を通じて次から次へと萌えのウェーブを乗りこなす中学生活に突入した。
 親友は心強い萌えの相棒だった。相棒なので親友のことは始終見ていた。
 親友のことをチラチラ横目で窺っている男子が数人いるな、ということは親友を見ていたから気づいた。彼女と親友の楽しいしゃべり場を物欲しげな顔で通りすがる男子にささやかな優越感を感じつつ。
 仲良くなりたいだろうけどごめんね。あたしたちはあたしたちで喋るのが楽しい。
 二学期半ばの席替えでしゃべり場の布陣は最強になった。彼女と親友は席が前後になったのだ。親友が前で彼女が後ろ。休み時間のチャイムが鳴るや否や親友がくるりと後ろを振り返って対面だ。親友をちらちら窺っている男子はますます入り込む隙間がない。
 そんな中、果敢な男子が一人いた。陸上部に入った男子だ。
「なぁ、お前今からでも陸上部に入れよ~」
 そんなふうにちょいちょい声をかけてくる。再三の勧誘にも拘らず結局陸上部に入らなかった親友を、顧問が随分惜しがっているという。話しかけるいい口実だっただろう。
「あたしメンタル弱いからさ~。よろしく言っといて」
 親友は毎度そんなふうに軽くあしらう。あしらわれることも嬉しいのだろう、表情筋と感情が直結しているタイプだった。
 彼女と親友はこっそりモドキと呼んでいた。陸上部で短距離なのでそこだけキバやんと一緒、イラストに描かれた髪型もちょっと似ている、だがヘラヘラ話しかけてくる中身は似ても似つかないのでキバやんモドキ。本人の名前のもじりでもある。
「もー、モドキいつまでもしつこいわ~」
 あんたのこと好きなんだよ、なんてつまらないことは言わない。脈はないけど頑張れ、くらいは思うが、二人にとってモドキはいないときは全く思い出さないその他大勢の存在だった。
 彼女にとって最も重要な人物は親友だし、親友にとって最も重要な人物は彼女であって、たまにちょっかいをかけてくる男子などが割って入る隙はないのであった。次から次へと押し寄せてくるウェーブを乗りこなすのに忙しい。
 そのとき、どの波に乗っていたかは、多分一生忘れない。
 架空世界の戦記物のシリーズだった。敵にも味方にも様々なタイプの指揮官が出てきて智略を戦わせる血湧き肉躍る展開、そこに絡み合ってくる人間模様やちょっとした息抜きエピソードが実にいい萌えを育み、育まれた萌えは更なる燃えの燃料にもなるのであった。
 それぞれの指揮官にファンがつくようなシリーズだったが、そのときもやっぱり彼女と親友の推しは同じだった。部下に厳しくも優しいツンデレ少尉。
「あたしらツンデレに弱すぎるでしょ」
「ツンデレに逆らえないこの呪われし血よ……」
 ただし、ツンデレなら何でもいいわけではない。その少尉は良いツンデレだった。キバやんを少し思い起こさせる。
「もしキバやんがこの世界に転生したら……」
「逆に少尉が現代の高校生に転生したら……」
 開けてはならない沼のフタをちょいちょい開けつつ、二人でモリモリその長期シリーズを読み進めていた。
 彼女は本といえば両親が何でも買い与えてくれる家だったので、彼女が買ってもらったものを順次親友に貸す流れだった。親友が読み終わるまでネタバレはなし。
「新しいエピ出てくると前の巻に戻りたくなるよね~」
「いつでも貸すよ」
「ん~、でも自分の欲しい。盛り上がったときいつでも読みたいのよ。ちょっと親父ハメようかと思ってる」
 例の観光課勤めの父親だ。仲良くなったきっかけの本では随分親子で盛り上がったという。
「お父さん異世界SF大丈夫?」
「いけると思う、深夜アニメとかけっこう好きだし。二巻までもう一回貸してくれる?」
「オッケ、二巻まで読んだら完全にハマるよね」
 そんな悪巧みをした翌日、さっそく二巻までを学校に持っていった。
「思い立ったが吉日ってね」
 机の上に二冊を出すと、親友はまるで神社で拝むように彼女に柏手を打った。
「それ、お前の?」
 弾んだ声をかけてきたのはモドキである。
「面白いよな、それ」
 モドキ、なかなかいい趣味じゃないか、と少しばかり見直した。
「あたしのだよ。面白いよね」
 彼女がそう答えると、モドキは途端に興味を失った顔をした。表情筋と感情が直結、モドキはただありのままにモドキだった。
「なーんだ」
 こぼれた呟きも多分悪気はなかったのだろう。ただただモドキであるだけで。
 別にモドキに何か特別な感情を持っていたわけではない。視界に入ってこない限りは思い出しもしないその他大勢の男子の一人である。
 それなのに、何だろうこの気持ちは。通り魔にざっくり斬られたような――いや、こんな奴に斬られたなんて認めてたまるか。傷つけられたなんて認めてたまるか。こっちだってアウトオブ眼中である。
 ただ、同じ本が好きだったことで沸いた気持ちにどうしようもなく冷たい水を差された。その事実は覆せない。
「うっせボケ! 失せろ!」
 吐き捨てたのは親友だった。
 ドスの利いた低い声に彼女も驚いたが、モドキも分かりやすくショックを受けていた。表情筋と感情はやはり直結。
「二度とあたしらの世界に入ってくんな!」
 モドキはどう取り繕ったらいいのか分からなかったのだろう、へどもどヘラヘラしながら立ち去った。
 親友は忌々しさに満ちあふれた声でクソがと呟いた。
「モドキなんてとんでもねえわ、モドキですらなかったわ」
 あーもう、とガリガリ頭を掻く。
「キバやんに焼き土下座で謝りたい。部活と髪型だけとはいえ、あんなヤツと重ねるなんて」
 冷たい水を差された気持ちに熱い湯が差される。源泉一〇〇パー。
 クソが、と親友はまた呟いた。口汚いのに不思議なほど清々しい。
「大体あんな奴にこの本の良さが分かるわけがない」
 そうだね、とやっと相槌を打てた。
 あたしたちの『面白い』とあいつの『面白い』が一緒であろうはずがない。
 モドキはその日からピタリと親友に寄ってこなくなった。あいつは性格が悪いクソ女だと陰で言いふらしているらしい。
「クソにクソって言われたところで」
 親友は鼻で笑った。

 あれから何年経ったやら。

               *

「ブス!」
 そう吐き捨てられたのは、外回りの途中だった。
 とっさに振り返ったが、吐き捨てた相手は既に雑踏にまぎれて分からない。
 世の中には大なり小なり通り魔がたくさんいて、通りすがりの女に何の脈絡もなくブスと吐き捨てるくらいはチンケな小物だ。
 それでもノーダメージというわけにはいかない。
 電車に乗ってから中学時代の親友にメッセージを打った。
 通りすがりにブスと吐き捨てるクソに遭遇。むかつく~!
 ややあってぴろんと返信。向こうも仕事の合間らしい。
 犬に食われろ!
 ノンノン、とまた戻す。
 犬かわいそう、下痢しちゃう。
 ぴろんと即レス。
 それもそうだ。じゃあ犬のクソを踏め。
 ははっと小さく口の中で笑いが漏れた。口汚くて清々しい、昔とまったく変わらない。
 どっちかっていうとこっちが犬のクソ踏んだ気分だけどね~。
 いや、お犬様のウンコなら洗えば済むので簡単だ、と思い直す。
 後を引く忌々しさは何を踏めば匹敵するか。
 訂正、ガムだわ。
 他人の噛み捨てたガムを踏んだときの何とも言えない忌々しさとおぞましさ、始末の悪さ。
 親友からもすぐに「真理!」と返信が来た。
 それにしてもむかつくわ~。ブスに匹敵する男向けのパワーワードってないよね。
 親友のレスは考え込んだのか少し遅れた。
 ブサイク?
 四文字だから早さで負ける。
 やっぱクソか。
 ブスのほうが強い気がする。
 キモ! でどうよ。
 それはまあまあ。
 ブスと吐き捨ててくる奴にはキモ! と返すというところで合意した。
 でもまあ、逆ギレされてもつまんないから無視無視! そいつ幸せじゃないんだよ。
 すとんと腑に落ちた。確かに幸せな人は他人に悪意をぶつけたりしないだろう。
 では自分は幸せかと問われると、臆面もなく幸せだと答えられるほどでもないが、他人に悪意をぶつけなくては収まらないほど不幸でもない。
 ガムを踏むのは不運だが、不幸ではない。
 ありがと、おかげですっきりした!
 親友とのメッセージはそこからいつもの萌え話にスライドした。
 やり取りを終えてふと気づくと口角が上がっていた。
 不運を幸せで上書きするのは意外と簡単だ、好きなもので押し流せばいい。
 あのときも好きなもので押し流したな、と中学時代をふと思い出す。
 モドキが親友を敵視したことで、親友はその後少し面倒な思いをした。モドキを好きな陸上部の女がモドキに取り入ろうとして陰口に同調したのである。陸上部の全員がそんな奴だったわけではないが、陸上部を袖にしたことを良く思っていなかった体育教師が親友に冷たく当たるようになったのが不運だった。同調していなかった部員も表立っては何も言えなくなった。
 女の敵は男だったり女だったりだし、男の敵も女だったり男だったりだろうし、そのときどきだ。属性を分類することにあまり意味はない。結局はそいつがどんな奴かだ。靴底にへばりつくガムは落ちている場所を選ばない。
 萌えのウェーブを楽しんでいるだけのことをキモいのオタクの叩かれもした。しかしやっぱりそのとき親友と彼女を救ったのも萌えだった。
 部活という派閥で叩いてくるのなら、自分たちも何か部活に入ればいいのではないかと思い、彼女は親友を誘って文芸部に入った。学年主任の恐い国語教師が顧問を務めているという計算の上のことだったが、部は本好きばかりだったし、大勢で乗りこなす萌えは大勢であるというだけでビッグウェーブになるのだった。
 年に二回コピーで出す部誌は、顧問が年配で疎いのをいいことに、部内で流行っている作品の二次創作祭りになったりしていた。完全なる黒歴史で、思い返すと冷や汗が出る。
 顧問の威力もあるだろうが、好きに夢中になっているうちに進級してクラス替えもあり、親友へのくだらない攻撃はいつのまにかうやむやになった。
 不運に見舞われたときは、好きをどれだけ持っているかが耐久力になる。そのことを中学生という人生の早い時期で学んだのは、今にして思えば幸運だったのだろう。だからといってモドキたちに感謝するつもりはこれっぽっちもないが。
 彼女も親友も好きを増やし続けてもう社会人である。これからも好きの歴史は増えていくし、共有するだろう。他にも何人か共有できる仲間がいる。

 二次創作祭りだった部誌は、卒業するときみんなで焼却炉で焼き捨てた。好きでも始末せねばならない歴史もあるのであった。

fin.

今回の物語の「種」は……
===
この種の見た目はくすんでいて時々私の心をチクチクと刺してきます。でもこの種と向き合えたらきっと成長出来るのではないか…と、思ってはいるのですがいつも同じ思考のまま種を芽吹かせることが出来ません。この種が生まれたのは十数年前、中学生の時です。私は読書の時間に『図書館戦争』を持っていきました。学校に持っていくぐらい大好きでした。休み時間ふと本を机に置いたままにしていたのですが、クラスメイトの男の子が「これ読んでるの? 面白いよね」と偶然近くにいた別の女の子に声をかけました。私は読書仲間がいたことが凄い嬉しくて「それ私のだよ。いいよね!」と話かけました。てっきり…私は共通の話題で盛り上がれると思っていたのですが男の子は「なぁんだ○○ちゃんじゃないんだ」と私をちらっとみて去って行きました。私はその女の子ほど可愛く人気者では無かったけど、まさかそんなぞんざいな態度をとられるなんてショックでした中学生だったからこそショックでした。…別にいいのです、そういう仕様も無い人間と盛り上がりたくは無かったですし。そういう事を言う人が本当に図書館戦争を読んで感動していたとは考えにくいですし。ただ、他者にランクをつけられたことが悔しくて、今もランクをつけられたらと思うと怖いのです。先生、どの視点を持てばこのちょっとくすんだ種から花を見ることができますか? お悩み相談みたいになってしまい申し訳ないです。

投稿者は、5月の晴れ さん(女・27歳)
===
でした!

「種」の投稿はこちらから
https://kadobun.jp/news/press-release/dz61anf341s0.html


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