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連載

吉川英梨「新宿特別区警察署 Lの捜査官」 vol.16

犯人は、男性物のスーツ姿に口紅、女子トイレを使用していた。私物の行方から地道な捜査が続く。 吉川英梨「新宿特別区警察署 Lの捜査官」#4-3

吉川英梨「新宿特別区警察署 Lの捜査官」

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 翌朝、敦は六花を連れて、代々木の街を歩いていた。
 犯人が私物を捨てた公衆トイレは、小田急線新宿駅西口地下改札を歩いた先にある。コンビニや飲食店、雑貨屋が並ぶ一角だ。このトイレの清掃・管理を小田急電鉄から委託されているのが『環境クリエーション』だ。本社ビルは、小田急線代々木はちまん駅から徒歩三分の雑居ビルの五階にあった。
 応対に出たのは清掃業務を担当する部署の課長だった。敦が事情を話すと、困惑した様子だ。
「ゴミを探していると言われても、集めたゴミは本社には来ませんよ」
「わかっていますが、新宿駅に一週間前のゴミが残っているとも思えず──」
 敦は、小田急線西口地下改札近辺の地図を出した。
「一月十三日の十八時、犯人がここのトイレを使用したことは間違いありません。この直後の清掃は何時ごろ行われ、誰が担当したのか、教えていただけませんか」
 お待ちください、と課長がキャビネットからファイルを出した。清掃担当者が直接記入する書類のようだった。
「だいたい一日に三回、清掃に入るのですが、この日は……最後の清掃は二十時ですね」
 犯人が使用した二時間後だ。
「お客様の使用の妨げになってはまずいので、ラッシュ時刻と重ならないようにしております。その前は十五時です」
「二十時に清掃を担当したのはどの方でしょう」
「現場の清掃員は全員パートさんです」
 今日も現場に出ているという。
「駅のバックヤードに休憩所兼事務所があって、そこにタイムカードとか更衣室がありますから」
 本社に来ることは殆どないらしい。
「この日、特異なゴミがあったとか、報告はないでしょうか」
 課長は老眼鏡をかけて、改めて書類を見る。
「いや。全くないですね」
「集めたゴミはどこへ」
「女子トイレならサニタリーボックスの中身は基本仕分けず、そのまま業務用の燃えるゴミとして出しちゃいます」
「本社のゴミとして出すのですか」
 まさか、と笑われてしまう。
「新宿駅だけでどれだけのゴミが出ると……更に地下へ降りた先にあるゴミ集積所に捨てます」
「その後は、新宿区の仕分け通りに捨てられるのですか」
 課長はびっくりした様子で言った。
「我々委託業者が出すゴミは基本、事業者ゴミですよ。区は収集しません。産業廃棄物業者に引き取ってもらっています」
「それはどこの産業廃棄物業者でしょう」
「知りませんよ。新宿駅に聞いてください」
 課長は迷惑そうだ。
「我々は清掃・管理が仕事であり、そこで出たゴミの行方までは把握してません」

 代々木から新宿駅へ戻る。
「ゴミひとつ取っても一筋縄ではいかないな」
 敦はハンドルを握りながら、ぼやいた。六花は助手席で勤務表と、従業員の名前を確認する。
うらよし、七十三歳。今日も小田急線構内のトイレ掃除を順番にしてるみたい」
「捕まえて話を聞こう」
 新宿駅付近は駐車場を探すのがひと苦労だ。一度L署に戻って捜査車両を置いた。徒歩で新宿駅に向かう。
 巨大な新宿駅を発着する小田急線は、西口にある。L署とは、線路を挟んで反対側だ。つのはずガードという、古くからあるJR線路下の地下通路をくぐる。西口に出た。ここは新宿西口思い出横丁の入口でもある。狭い路地に無数の飲食店が集う。ゴールデン街とはまた違った昭和の趣を残す一画だ。
 都道414号へ出て、小田急百貨店のショーウィンドウ沿いを歩きながら、六花は言った。
「ところで、更に地下にゴミ処理施設があるって言ってたけど、どっから入るんだろ」
 敦は首を傾げた。
「そうだったな。駅員に聞いたって知らないだろうし……」
 一日の利用客が三百五十万人を超える新宿駅構内は、作りも複雑極まりない。あてずっぽうに探すとドツボにはまるだろう。
 とりあえず小田急線西口地下改札前のトイレを覗いた。清掃員はいない。
 改札口の駅員に尋ねる。
「さっきそこのトイレ掃除をしていたから、いまは地上の方じゃないですかね」
 再び地上階に上がった。清掃は行われていなかった。二階にあがる。ここは小田急百貨店と直結している。人通りは地下や地上階より少ない。百貨店との直結口にあるルイ・ヴィトンの看板が目に入る。奥にはエルメスがあり、中国人が大声で話をしていた。
 トイレは西側にあった。多目的トイレのスライドドアが開け放たれている。『清掃中』の黄色い立て看板が置いてあった。
 やっと見つけた。
「大変すいません」
 敦は声をかけた。女性が、オストメイト対応のトイレをブラシで磨きながら「お待ちください」と振り返る。敦は警察手帳を出した。なにごと、と女性は目を見張る。浦田美子だ。履歴書ではメイクをしていたが、いまはすっぴんのようだ。頰骨の上に大きなシミがあった。
「一月十三日の小田急線西口地下改札脇トイレの清掃状況について、教えていただきたいのですが」
 記憶を辿たどりやすいよう、本人が記した日報のコピーを示した。
「十三日……やだ。もしかして、ゲイタウンの無差別殺傷事件の?」
「成人の日でもありました。この日、地下改札口のトイレを清掃した時に、なにか特異な点があったりとか、不審人物がいたりとか」
「まあ、成人式だったからね。トイレ掃除がなかなか進まなくてねー」
 振袖の女性が多く利用したのだろう。長い振袖と分厚い帯を腹に巻いた状態で、どうやって用を足すのか、敦には想像もつかない。
「着付けを直す子もいてね。大混雑。ちなみに私は、犯人は見てないですよ。坊主頭でスーツ姿の男だったんでしょう?」
 警察は犯人の性別を発表していないが、坊主でスーツ姿とくれば、みな男と思うだろう。
「私は男子トイレも掃除しますけど、覚えはないですね」
「実は女子トイレに入っているようなのです」
 美子は過剰に目を丸くした。
「男なのに?」
 敦は明言を避け、尋ねる。
「犯人が私物をトイレに遺棄した可能性もあるんです」
 美子はなにか思い出したように、視線を泳がせた。
「そういえば。薬の袋が」
 薬──。六花も一歩、前に出た。美子が説明を続ける。
「処方薬っていうの、小さい紙袋に入った。袋ごと、化粧台下のゴミ箱に捨ててあったの。おかしいなって思うでしょ」
 しかも、と美子は身を乗り出す。
「女子トイレなのに、袋に書かれていたのが男の名前だったから」
 敦は前のめりになった。
「氏名、わかりますか」
「覚えてない。ごめんねー。でも男の名前だったからおかしいと思って。そのことだけは記憶に残っていたのよ」
 犯人の性自認は女。戸籍は男か。敦は質問を続ける。
「ちなみに、どんな薬が入っていたのかは」
「中身までは見てませんよ」
「それは燃えるゴミに出しました?」
「ええ。燃えるゴミですね」
「当日、燃えないゴミに分別したゴミってありますか?」
「あったと思うわよー。化粧品の小瓶とか、ペットボトルゴミも多かったし。あとはりのタピオカドリンクが入ってたプラスチックカップね。去年からタピオカのゴミが多すぎて本当に困ってるのよ、全く……」
 美子のぼやきが続きそうなので、敦は質問をかぶせた。
「口紅はどうでしょう。遺棄されてなかったですかね」
「口紅? ちょっと覚えてないわー。あの日は成人式だったから化粧品のゴミは確かにいつもよりあったと思うけど。燃えないゴミに仕分けたんじゃないかしら」
 美子はゴミをまとめ始めた。六花が手伝いながら訊く。
「この後、更に地下のゴミ処理場ですか」
「そうねー。もう台車もいっぱいだし」
 美子が立てかけてあったモップを専用バケツにつっこみ、台車に載せようとした。重たそうだ。敦は代わってやり、上目遣いに言う。
「一緒に連れていってもらえませんかね」
「いいけど。暗くて臭くて気が滅入るわよー」
 美子はお化け屋敷にでも案内するような顔をして、台車を押した。
 一般客も使用するエレベーターに乗り、地下階まで下りた。犯人が利用したトイレの入口が背後に見える。美子が防火扉のような従業員専用口に立った。ドアノブには数字が並んだロックがついていた。暗証番号を押し、美子が中に入った。敦と六花も続く。薄暗い通路の先に、業務用エレベーターが見えてきた。
 広いが、薄汚れたエレベーターだった。床に台車のタイヤの跡やゴミがこびりついている。生ゴミ臭い。美子がボタンを押した。がたがたと大きな音を立てて、エレベーターが下りていく。
 扉が開いた。薄暗くて天井の低い空間が現れた。かなり広いのに、圧迫感のある無機質な場所だった。ゴミを一定量収める小型コンテナがずらっと並んでいる。燃えるゴミ、燃えないゴミ、資源ゴミと分かれている。
 美子に礼を言い、燃えないゴミのコンテナへ近づいた。すぐ目の前にトラックの車両部分がぽつりと置かれている。コンテナのゴミが満杯になるのを待っているのだろう。運転手はいない。つなぎ姿の作業員がうろついていた。ボードになにやら書き込んでいる。声をかけ、警察手帳を見せた。
「大変すいません、この燃えないゴミはどこへ運ばれるんでしょうか」
「さあ。運転手さんに聞いてみたらどうです」
 運転手は見当たらない。六花がトラックの扉にペイントされた企業名を指さした。『山本商店株式会社』とあった。敦は唸る。
「これ本当に産廃業者かな」
 商店というと、物を売っているイメージだ。
「電話してみようか」
 六花は企業名の下に記された東京03から始まる電話番号に電話した。片耳をふさぎ、大声で話している。
 敦は改めて、巨大な集積所を眺めた。地下の広々とした空間で、人の姿が殆ど見えず、やたら音が反響する。ゴミを放り投げる音、台車を転がす音、トラックのエンジン音、コンテナを載せるシャーシと車両が連結する金属音──。
 天井には巨大なファンがいくつも並ぶ。換気扇のようだ。その稼働音が最もうるさかった。車の出入りが激しいので、排ガスも充満している。息苦しい場所だった。
 六花が、十三日に出た燃えないゴミをどこへ処分したか、山本商店に尋ねている。電話を切り、敦に言った。
「中央防波堤外側埋め立て地、だって」

▶#4-4へつづく
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「カドブンノベル」2020年6月号

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