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連載

吉川英梨「新宿特別区警察署 Lの捜査官」 vol.17

犯人の身元がどうしてもわからない。ゴミの埋め立て地で彼女は言った「まだ望みは捨てない」。 吉川英梨「新宿特別区警察署 Lの捜査官」#4-4

吉川英梨「新宿特別区警察署 Lの捜査官」

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 一旦L署に戻った。捜査車両を手配し、一路、東京湾岸地域へ向かう。
 首都高速4号新宿線に乗った。トンネルを抜けかすみせきトンネルに入ったら、この道路はもう首都高速都心環状線だ。都心を南に抜け、海岸通りに入る。首都高速11号だい線に入ってレインボーブリッジを渡った。
 助手席の六花はスマホをずっと眺めている。中央防波堤外側埋立地のゴミ処理場のホームページを見ていた。ゴミがどう処理されるのか、予習しているようだ。
 お台場に入った。パレットタウンの観覧車や、銀色の球体が光るテレビ局の社屋が見えてきた。レジャー施設を前に、緊張がゆるむ。敦は軽口を叩いてみた。
「今日は全然ロマンチックモードにならないな。そのつまんないパンツスーツのせいだ」
「もともとロマンチックモードになったことなんかないし。でもこの服じゃテンション上がんないのは確か」
「帰りにパレットタウンでも寄るか? ピチピチのタイトスカート、買ってやる」
「キモいよ。そこまでにしときな」
「はい」
 大人しく引き下がった。
 捜査車両はゆりかもめ沿いを走る。お台場の海沿いの道路に入った。六花が海の向こうを指さす。
「あの空き地が中央防波堤内側埋立地だね」
「オリンピックやるところだよな、確か」
 車はあお縦貫線に入った。文字通り、青海埠頭を縦に貫く臨海道路だ。第二航路海底トンネルに突入する。しばらく無機質なトンネルをやり過ごす。
 地上に出た。そこはもう中央防波堤内側埋立地だった。東側はコンテナターミナルになっていた。左折する。東京都環境局廃棄物埋立管理事務所へ向かう。
 野球場ひとつ分はありそうな駐車場に車を停める。東京二十三区内でこんな広い駐車場を持てるのは、埋立地のゴミ処理場だからだろう。海をゴミで埋め立て土砂で覆う。自然発生的に緑が生え、野原となる。殺風景な場所だった。
「俺が子供のころは、夢の島がゴミ埋立地だったけどな」
 いま、夢の島は整備され、陸上競技場や熱帯植物館、公園などが作られている。
「ここもいずれ、きらびやかな湾岸地域になるのかなぁ」
「なるだろうね。とよも昔はゴミ山で、人が住むなんてありえないって言われてたらしいよ。いまや鮮魚の市場まであるんだから」
 六花の話に、敦は驚いた。豊洲はタワーマンションが林立し、おしゃれなショッピングモールや美しい公園もある。
「まさか。あの豊洲が?」
「そうだよ。関東大震災で出た大量の震災がれきを埋め立ててできたんだって」
 管理事務所の受付で名乗り、用件を伝える。つなぎ姿の男性がデスクから立ち上がる。外に案内してくれた。
「一週間前の事業ゴミなら、中間貯蔵施設でいま固めてるところじゃないかな。まだ埋め立てはしないですけど──探し物はなんです」
「口紅なんですが」
 敦は答えた。担当者がなぜか大笑いする。
「まあ、来てください」
 担当者が駐車場に出た。ついてこい、と車を出す。敦たちも捜査車両に戻り、管理事務所の車を追う。三分で到着した。巨大な倉庫の前だ。産業廃棄物処理業者のトラックがウィンカーを出し、次々と入っていく。
 車から降りた担当者が案内する。
「ここが事業ゴミの中間貯蔵施設です」
 中に案内される。耳をつんざく金属音がした。トラックが仕切られたスペースにバックで入っていく。オーライ、と誘導する作業員が、やがて車を停めさせる。手早くコンテナの観音扉を開けた。コンテナが傾いていく。不燃ゴミがどっと流れ出た。すさまじい音がした。中は炉のようになっているのだろうか。地上からだとよくわからない。
「こちらへどうぞ」
 担当者がトラック出入口の脇にある鉄の階段を上り始めた。見学者や管理者用なのか、三階くらいの高さの壁沿いに通路があった。手すり越しに中間貯蔵施設を見渡せる。
「炉かなんかで燃やすんですか」
「燃やしませんよ。燃えないゴミですから。あの穴の中に一定量のゴミが入ると、コンクリートの壁が前後左右から出てきて、ぎゅーっとゴミをプレスするんです」
 なるほど、と敦と六花は揃って頷く。社会科見学に来た気分だ。
「プレスして、一辺二メートルの立方体にしてから、海底に投棄してコンクリートを流し込んで固めていくんです。やがて陸地になる、といった感じですね」
 足元気を付けて、と担当者が笑う。
「あの中に落ちてプレスされちゃったら、海底に埋め立てられちゃいますからね」
 完全犯罪ですな、と担当者は大笑いした。
 全く笑えない。
「それじゃ、一週間前のゴミは」
「もうプレスされて中間貯蔵場のどっかに転がってるでしょう」
 口紅一本を探す……。
「残念ですが、不可能です」
 担当者は断言し、立ち去った。
 敦は鉄柵を握り、思わずしゃがみ込んだ。
 スーツもだめ、凶器もだめ、口紅もだめ。
 どうしても、犯人の身元がわからない。
 五秒で気を取り直し、立ち上がった。捜査の過程ではよくあることだ。捜査に慣れた本部の刑事として、所轄の六花を慰めることにした。
「さて。今夜はお台場あたりのロマンチックなバーで飲んだくれるか」
「まだ望みは捨てない」
 六花の目は、輝いていた。プレスされたゴミを解体するつもりか。敦はのけぞった。

 琴音は、歌舞伎町のホテルで起こった母親殺しの捜査本部に入った。鳥取県へ越境捜査に出ていた本部捜査員が、帰ってきたのだ。
 容疑者であるなかなおの取調べは順調に進んでいる。十八歳で未成年のため、検察は児童相談所、家庭裁判所と連携して立件に動いていた。
 中尾尚人は相変わらず、意思がとぼしいという。学業の成績は良好だが、感情表現の貧しさ、父親の無関心などから、家庭になんらかの欠陥があったと琴音は思っている。虐待などの事実が出てきた場合、殺人罪で起訴されずに家裁送致で終わる可能性もあった。
 捜査員は三十人にまで縮小されている。捜査本部では、いなの白うさぎという鳥取銘菓の他、定番の鳥取砂丘の絵柄が入ったクッキーなど、捜査員が購入してきた土産物が回っていた。
 すでに担当捜査員が報告を始めている。
 琴音は腰をかがめて、ひな壇の下座に座った。捜査員は結論から述べている。
「被害者で母親の中尾が、息子の尚人容疑者に教育虐待をしていたのはまず間違いないでしょう」
 近隣住民の証言から紹介された。
「自宅は鳥取市内ですが、内陸の田園地帯の中にあります。鳥取三大河川のひとつである日野川が流れるのどかな場所でしたが、どうもこの中尾家については……」
 捜査員は一旦口を閉ざした。私情を引っ込めたようだ。淡々と事実を語り出す。
 尚人の父親のしげるは自宅に居住していないことがわかった。
「父親は六年ほど前にのうこうそくを患い、左半身の後遺症が残ったそうです。要介護2の認定を受けたのをきっかけに、隣町の介護施設に放り込まれました。まだ五十四歳です」
 健康を害する以前から、存在感の薄い父親だったらしい。
「母親の美沙子は鳥取市議の娘で、地元では有力者一族の一人娘として知られています」
 繁は地盤を継ぐために婿養子に入ったが、二期連続で落選した。
「美沙子の父親が議員の傍ら、鳥取市の市街地で不動産業を営んでいます。地盤を継げぬのなら会社をということで、繁は名ばかりの社長に収まっています」
 市政では『名』を貰えず、会社では『名ばかり』。家庭でも同等の存在感だったようだ。
「美沙子はPTAの役員などもやって目立っていたようです。尚人は学校でも二番に落ちるということがなく成績優秀でした」
 将来的には東大にやりたいと美沙子は息巻いていたらしいが、〝井の中のかわず〟だと思い知らされる。小学校全国統一模試で、尚人は一万位以内にも入れなかったという。
「美沙子はそのころから、徹底的に尚人の勉強を管理し、間違えれば叩き、サボればののしって三日間食事抜き等の虐待が、日常的に行われていたようです」
 模試で百位以内に入れないと、人間扱いしてもらえない。尚人は飼い犬と同じドッグフードを食わされたらしい。繁がたしなめると、次の日から繁の食事もドッグフードになった。繁は市街地で夜な夜な飲み歩き、体を壊していったようだ。
「父親が逃げたら他に誰が尚人を守ってやるんだ」
 管理官がため息交じりに言った。
 捜査員が報告を続ける。
「高校は県内トップの公立高校に入学しています。成績良好、部活動などアクティビティに消極的ではあっても友人とのトラブルもなかったようです」
 高校教師たちは口を揃えて「なんで中尾が殺人なんか」と驚いているらしい。
「一方で、どういう家庭だったのか、休日や放課後は何をしていたのかなどを把握している教師も友人も、ひとりもいませんでした」

 琴音は尚人の様子を見に行った。十九時、今日の取調べはすでに終わっている。尚人は取調室で官弁を食べていた。
 業者に格安で作らせている官弁は、非常に質素だ。一応、栄養バランスは配慮されているが、販売目的のものではないためか、味付けが手抜きされてかなりまずいと聞く。
 尚人は食べ盛りだろうが、砂を嚙むような顔で、弁当を食べていた。
「こんにちは」
 琴音は監視に立っていた留置担当官と交代し、取調べ用のデスクに座った。尚人は頭を下げ、ちらっと琴音を見ただけだ。
「物足りないね。好物はお豆腐だったっけ?」
 豆腐は潰れやすいので、弁当に入っていることは少ない。揚げ出し豆腐が入ってたらいいのに、と話しかけてみるが、尚人はどうでもよさそうだ。
「豆腐、好きなんだよね?」
 逮捕当日も、逃げ込んだ飲食店『はつさん』の店主のマサトにそれを欲した。マサトは期待に応えようとして、足がついたのだ。
 尚人は曖昧な表情のまま、白米を口に入れる。琴音は疑問に思った。
 そもそも、この意思に乏しい青年が、逃亡先の人間に「好物を食べたい」と欲するだろうか。

▶#4-5へつづく
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