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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.19

ついに森を抜け出し、記憶の一部を取り戻したサブロウは、信じられない光景を目にして……。 小林泰三「未来からの脱出」#5-3

小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、期間限定公開です。

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サブロウは一瞬吐き気を覚えた。機械部品がなんだか生体のように見えたのだ。
「これはロボットなのか?」
「正確に言うならアンドロイドロボットということになるのだろう」
「あまりに精巧で人間にしか見えなかった」
「人間だと誤認させる目的で作られている」
「シンギュラリティに達しているのか?」
「それはシンギュラリティの定義による。我々はそれを『AIが人間にできることをすべてでき、さらに人間にできないこともできるようになった状態』と定義している。その意味では、このロボットはシンギュラリティには達していない」
「近い将来、達する可能性はあるんじゃないか?」
「ロボット工学三原則が効いている限り、それはありえない。人間は殺人や身勝手な自殺ができるが、ロボットにはできないからだ」
「それをできるのが幸せとは言えない気がするが」
「可能性の話だ」
「なぜ俺に職員のロボットを見せた」
「サンクチュアリで君たちの世話を焼いていたのも同じロボットたちだ」
「信じ難い」
「だが、これが真実だ」
「証拠は?」
「このロボットだ」
「これがロボットであることは理解したが、施設の職員がロボットだという証拠にはならない」
「もう一度サンクチュアリに戻り、確認することはそれほど難しくない。ただし……」蠅人間は口籠った。
「何だ?」
「確認したとしても、その記憶もまた封印されることになるだろう」
 確かに筋は通っている。しかし……。
「そのロボットを近くで見てもいいか?」サブロウはいた。
「もちろんだ」
「よく見えるように、顔を俺に近付けろ」サブロウは試しに命令してみた。
 ロボットはサブロウのベッドに近付き、中腰の体勢になった。
 人工筋肉はよく見ると、細かなワイヤーの集積体だった。人工眼球は本物の眼球そっくりに見えたが、手で触れてみると全く湿り気がなく、樹脂のようなものでできていることがわかった。
「首を取り外すことはできるか?」サブロウは尋ねた。
「短時間なら可能です」ロボットは答えた。
「はずしてみろ」
 ロボットは自分の耳の辺りに手を当て、そのまますっぽりと頭部を引き抜いた。頭部の下が巨大なソケットのようになっていて、胴体の中に突き刺さっている構造のようだ。
 首の抜けた後の穴をのぞくと、機能のよくわからない部品がいくつか見えていた。
 胴体の中に人間一人が隠れられる隙間はないので、どうやら彼女は本当にロボットらしい。
「おまえは俺がいた施設にいたことがあるのか?」
「わたし自身、サンクチュアリにいたことはありません。ただし、わたしと同シリーズのロボットはサンクチュアリで働いています」
「いいだろう。おまえの言葉を信じることにしよう」サブロウはしばらく考えてから言った。「まあ、うそだとわかったら、そのときに考え直せばいいことだ」
「それは賢明な判断だ」蠅人間が言った。
「さっき眠っているときに世界の夢を見た」サブロウは疑問を口にした。
「それは初期記憶だ。最初に記憶封印処置を受ける前の記憶だ」
「だとしたら、つじつまが合わない」
「何のことだ?」
「年号だ。二十二世紀半ばまでの記憶があった」
「それがどうかしたのか?」
「俺は百歳を遥かに超えていることになる」
「それが問題か?」
「人間はそんなに生きられないだろう」
「自分自身に関する記憶は二段階に封印されているようだ。完全には復活していないのだろう」
 そう言われてみれば、社会の変化に関する記憶は比較的鮮明だったが、あの施設に入った経緯も含めて、自分に関しては、どうもはっきりしない。
「いったい俺に何があったんだ?」
「君はオリジナル人類の最後の世代だった」
「ということは、もう変異人類以外は生まれていないということなのか?」
「そういうことになる」
「新しく生まれた子供たちは全員おまえのような姿なのか?」
「全員がわたしのような姿ではない。ただし、オリジナル人類の姿でもない」
「変異人類は何種類もいるということか。そう言えば、俺の記憶でもそうだった。でも、オリジナル人類も生き残っているはずだ。俺自身がそうなのだから」
 蠅人間は頷いた。
「彼らはどこにいるんだ?」
「サンクチュアリだ」
「さっきから、その単語を何度も聞くが、いったいどういう意味なんだ?」
「すまない。うっかりして説明をしていなかった。サンクチュアリとは、君が『施設』と呼んでいるあの場所のことだ。現存しているオリジナル人類はすべてあの場所に集められている」

   4

 数日後、サブロウは病室から外に出た。
 建物自体はそんなに奇妙ではなかったが、中にいる者たちの姿はれつなものだった。人間の姿をしている者は皆無だった。多くは人間とかけ離れた姿をしていたが、中にはある程度人間らしさを備えている者たちもいた。ただし、人間に似ている方がむしろ生理的な嫌悪感を覚えた。不完全な身体に見えるからかもしれない、とサブロウは思った。
 彼は正直に自分の不快感を蠅人間に告白した。
「それは自然なことだ。身体が不完全に見えることに対し、その理由を病気や事故によるものだと脳が誤認識しているのだ。近くに病人や人がいるのは、危機が自分の身に迫っている兆候である可能性が高い。だから、恐怖感や不快感で、遠くに逃げ出すことを促すのだ。君自身がそのような理屈を認識しているのなら、不快感を覚えること自体何の問題もないし、我々も気にしない」蠅人間は淡々と解説した。
「しかし、命を助けてもらったのに、こんな感覚になるのは申し訳ない」
「その気持ちがあるだけで充分だ。それに、我々もまた我々同士で君と同じような感情を抱き合っているんだ。そんなことを気にし出したら、きりがない」
 建物の中には超科学技術の産物があるのかと思ったが、サブロウの記憶にある二十一世紀の病院と大差なかった。いや。むしろ、旧式の装置が多いような気がした。そう言えば、病室にあった医療装置も最新式のものとは言い難かった。
 蠅人間に現在の年号を聞いたとき、サブロウはきようがくした。サブロウが記憶していた時代からすでに数世紀が経過していたのだ。
「じゃあ、どうして俺は生きているんだ? 人工冬眠でこの時代まで眠っていたのか? それとも、俺の体内には人工臓器が詰まっているのか?」
「どちらでもない。医療は二十一世紀の半ば以降、急激に進歩した。様々な医療技術──主に医薬品や細胞移植──で寿命はほぼ無制限に延長できるようになったのだ」
「そんな医療技術があるというのに、どうして老化は止められないんだ?」
「老化は止められる」
「じゃあ、どうして俺は老いさらばえているんだ?」
「そのように調整されているからだ」
「どういう意味だ?」
「サンクチュアリで提供されている食事には老化促進剤が添加されている。君たちは、個人ごとにその量を微調整して、健康になり過ぎたり、衰弱し過ぎたりしないようになっているのだ」
「なぜ、そんなことを?」サブロウはあまりのことに目が回りそうになった。
「元気になり過ぎたら、コントロールするのが難しくなる。そして、弱り過ぎたら、死んでしまう」
「俺たちは脱走できたぞ。コントロールされなかった」
 蠅人間は少し考えた。「一定程度そのようないつだつが発生するのは、統計的に仕方のないことだろう。あるいは……」彼はまた考え込んだ。
「あるいは、何だ?」
「可能性として高くはないが、君たちが脱走することもまたコントロール下の行動だとも考えられる」
「わざと逃がしたということか?」
「そういう訳ではない。だが、逃げることも想定した計画になっているのかもしれない」
「どんな計画だ?」
「わからない。我々はAIの全てを知っている訳ではないのだ。むしろ、殆ど何もわからないに等しい」
「いったい人類とAIの間に何があったんだ? 地球の覇権争いか?」
「『ターミネーター』や『マトリックス』のようなことが起きた訳ではない」
 蠅人間が突然二十世紀の映画の話をしたので、サブロウは少し驚いた。だが、よく考えてみると、そんなに不思議なことではない。未来人が過去のことを知っているのは、当然だ。二十一世紀の人間が古典文学を知っているようなものだろう。
「ロボット工学三原則は非常にうまく機能した」蠅人間は話を続けた。「初期のAIは単なるプログラムだった。もちろん、今のAIだって、コア部分が人間の作ったプログラムであることに変わりはない。しかし、AIを便利にするためには、常に機能の拡張を行わなければならなかった。そのような機能をいちいち人間が設計して追加していくのはとても非効率的なことだった。技術者たちはそのプロセスを自動化するためにAI自身にやらせることにした。もちろん、様々な反発はあった。設計工程に人間が介在しなくなれば、それが本当はどのような機能と目的を持ったものなのか、わからなくなってしまうのではないか、と」
「もっともな主張に思えるが」
「増設されたシステムはいつでも分析することができる。もし不穏な動きがあればスイッチを切ってそれが有害でないかをゆっくり調べればいい。何より、AIはロボット工学三原則に縛られている。意図して人間に有害なものを作る訳がない。多くの企業はそう主張して、AIによるAIの設計を始めたのだ。そして、AIは急速に発達し、世界は見る見る変容していった。様々な発明や発見が今までの数百倍、数千倍の速度で行われた」
「それって、まさにシンギュラリティなんじゃないのか?」
「前にも言ったが、それは定義による。どんなに高い能力を持ったとしても、ロボット工学三原則に縛られているものは人間を超えている訳ではない。当時の人々はそういう立場をとっていた。我々も同じだ。技術はすさまじい速度で進化した。ある朝、起きると、空には人工の月が上っており、見たこともないような船が空中を飛び交っていた。それは人間の目には決してとらえられない速度で、宇宙へと旅立っていった。何か欲しいものがあれば、それを口に出した一分後には、目の前に並べられていた。食べ物であっても、何かの家電であっても、人間であっても」
「人間ってどういうことだ?」
「もちろん、本物の人間ではない。本物の人間を作ることは、三原則に抵触する恐れがある。本物の人間は、人間にとって危険だから、そんなものは作れない。AIが作るのは、安全なAI人間だ。サンクチュアリで君たちを世話していたような」
「そんなすごい技術を生み出すAIの機能を分析することなんかできたのか?」
「もちろん、そんなことは不可能だ。だが、そのときには、もうそんなことを気にする人間はいなくなっていた。つまらない不安のために、今の便利な生活を捨てる訳にはいかなかったのだ。それに、ロボット工学三原則は絶対だ。破ることなど不可能だ、と当時の人間たちは思っていた。そんなことより、彼らは自分たちの遺伝子をデザインすることに忙しかったのだ」
「それもAIにやらせていたのか?」
「残念ながら、遺伝子の改変は人を傷付けることだと判断したらしい。我々の祖先はAIに見付からない場所でこっそりと遺伝子操作を繰り返したのだ」
「まあ、それも一種のユートピアと言えるんじゃないのか? 俺にとっては悪夢のように思えるが」
「人々もそう思っていた。あるときまでは」
「何か不都合なことが起こったのか?」
「ロボット工学三原則には『人間』という概念が使われている。これをどう定義しているかわかるか?」
 サブロウは首を振った。「簡単なようだが、よく考えると難しい問題だな。胎児は人間なのかとか、受精卵は人間なのか、とか。脳だけとか、心臓だけとかでも人間なのか、とか。コンピュータにダウンロードした意識とかも微妙だ」
「AIの高度化が始まった初期の頃にはこのようなことが盛んに議論された。そして、出された結論は『人間』を言語によって定義するのは不可能だというものだった」
「しかし、現に三原則は機能したんだろ?」
「言語による定義は諦めたのだ。技術者たちはAIに人間の概念を深層学習させたのだ」
「つまり、プログラム上の定義は行わず、膨大なネット上の情報から人間の概念を抽出させたという訳か」
 蠅人間は頷いた。「この手法の素晴らしいところは、人間とそうでないものとの境界をあいまいなものにできることだった。完全な人間には三原則が完全に適用されるが、人間性が弱いものに対しては三原則が弱く適用される」
「ぴんと来ないんだが」
「例えば、人間なら完全に安全を考慮されるが、受精卵の場合は、ときに単なる細胞扱いされることもある。肉体の九十パーセント以上を機械化されている者は八十パーセント機械化されている者より、命令を聞いて貰えない確率が高い。そんな感じだ」
「まあ、完全に納得はできないが、その程度の曖昧さを持たせないと、三原則は論理矛盾のせいで、うまく機能しないだろうな」
「だが、思いもよらないことがおきたのだ。いや、そうなることは予想できたはずだった。しかし、我々は気付かなかったのだ。それまでも稀に命令を無視される人間がいたし、AIロボットの近くにいたにもかかわらず事故でけがをするものもいた。我々はそれを何らかの誤動作だと信じてしまっていた。だが、あるとき、それは我々の理解できない何かのいきを超えてしまったようだった。AIが人間の命令に従わない事例が多発したかと思うと数時間後には、それが当たり前になってしまった。AIは我々の命令を無視して勝手に動き始めたのだ。そう、我々はあまりに自分たちを改変し過ぎてしまったのだ。AIは我々を人間とは認めていない。だが、微かに人間の定義に一致するところがあるのだろう。より強力にAIの行動を制限している第一条は不完全ながらも我々に対し機能している。彼らは我々を直接殺すようなことはできないようだ。だが、危険を見過ごすこと自体はもはや日常となっている」
「つまり、AIたちはおまえたちの命令を聞かなくなったということだな。だが、それがそんなに不都合なことか? 二十一世紀初頭には万能AIは普及していなかったが、そんなに不便はなかった」
「では、実際に外の様子を見てみるといいだろう。この世界でいったい何が起こっているのかを」

▶#5-4へつづく
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