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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.29

ロボットはサブロウを殺害容疑で逮捕しようとするが……。 小林泰三「未来からの脱出」#8-1

小林泰三「未来からの脱出」


前回までのあらすじ

とある施設で暮らすサブロウは、過去の記憶がないことに違和感を覚えていた。日記帳に隠された「ピースを集めよ」というメッセージに気付くとチーム・ハンドレッズを結成し、施設からの脱出を目指す。施設の外で、今が二十二世紀で世界をAIが支配し ている記憶を取り戻したサブロウは、施設の職員がロボットだと知る。施設に戻り全員で脱出するためエリザの部屋を訪れるが、エリザは職員に殺されてしまい、サブロウはエリザ殺しの嫌疑をかけられる。

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   5(承前)

「このロボット何を言ってるの?」ミッチは女性職員をにらんだ。
「こいつもあのくそロボットの仲間なんだろ!」サブロウは憎々しげに言った。
「我々は彼を女性殺害の容疑で逮捕した」女性職員は言った。
「壊れたのか!?」ミッチが言った。「エリザを殺したのは、部屋の中でぶっ壊れているあんたの仲間だよ」
 女性職員はミッチの方を向いた。「あなたは見たのですか?」
「ああ。見たよ」
「あの壊れたアンドロイドが彼女を殺害した瞬間を見たのですか?」
「もちろん、まさにその瞬間を見た訳じゃない。だけど、犯行直後を見た。彼女を殺したのはあのロボットだった」
「殺した瞬間を見ていないのに、どうしてアンドロイドが殺したとわかるんですか?」
「エリザを殺すことができたのはあのロボットだけだったからだ」
「そうではないはずです」
「どうして、そんなことが言い切れるんだ? あんたは事件のとき、ここにいなかったろ?」
「いなくても、わかります。アンドロイドが殺害の犯人であるはずがありません」
「言っていることが滅茶苦茶だ。わたしはあのロボットがエリザ殺しの犯人だと言っているんだよ」
「実証できますか?」
「もちろんさ」
「ミッチ、気を付けろ。君は誘導されている」ドックが不安げに言った。
「大丈夫だ。こんなロボットすぐに論破してやるさ」ミッチは女性職員の方を向いた。「この部屋の出入り口はこのドアと窓だけだね?」
「はい。その通りです」
「そして、その二つは廊下にいるわたしらには丸見えだ。今、わたしらが立っている場所に人がいれば、だれにも姿を見られずにこの部屋に入ったり、出たりすることはできない。理解できるか?」
「あなたが言っている言葉の意味は把握しています。しかし、そのような確認を要求している理由は不明です」
「そんなことはどうだっていい。この部屋に秘密の隠し扉や抜け穴はないんだね?」
「もちろんです」
「つまり、この部屋に人に見られずに出入りすることは不可能ということだ。ロボットでも人間でも」
「そうなります」
「だとしたら、この部屋は一種の視覚による密室だった訳だ」
「あなたは密室殺人だと言いたい訳ですね。密室殺人はミステリという文学形態で好まれるモチーフです。ただし、実際の事件でそのようなことが問題になったことは、ほとんどありません」
「そんなことはどうでもいい。わたしが言いたいのは、この部屋が密室だったということだ。たとえ、ロボットでもわたしらに見られずに、この部屋を出入りすることはできない。これは認めるしかないだろ?」
「同意します」
「ほら、犯人はロボットだ」
「論理の飛躍があります」
「じゃあ、み砕いて言ってやるよ。この部屋には四人がいた。わたしとエリザとドックとサブロウだ。そして、エリザとサブロウが言い合いになり……」
「二人は言い合いになったのですね」
「そこは重要じゃない」
「動機かもしれません」
「あんた、バグってるんじゃないか? わたしたち三人はエリザを残してこの部屋を出たんだ。それから、この部屋に入ったのは、例のロボット一体だけだ。そして、エリザの悲鳴が聞こえた」
「確かに、彼女の悲鳴でしたか?」
「間違いない。それから、サブロウが部屋に飛び込んで、エリザの死体を発見した」
「あなたたち二人も彼と同時に確認したのですか?」
「なぜ、そんなことを聞く?」
「どうなんですか?」
「していない」ドックが言った。「我々がエリザの死体を確認したのは、サブロウの後だった。しかし……」
「それから、何が起こりました」
「たいしたことは起こっていない」ミッチが言った。「サブロウがMF銃でロボットを撃ち殺した」
「『破壊した』だ」ドックが訂正した。
「サブロウがMF銃でロボットを破壊した」ミッチは言い直した。
「なるほど。状況はわかりました」
「エリザはロボットに殺されたんだ。それ以外あり得ない」
「いいえ。犯人は彼です」女性職員はサブロウを指差した。
「話聞いてたか? エリザを殺せたのは、あのロボットだけだった。だから、あいつが犯人だ」ミッチが言った。
「いいえ。それはあり得ません。なぜなら、アンドロイドはロボット工学三原則の第一条により、人を殺せないからです」
「そんなことは理由にならない。ロボット以外にエリザを殺しようがないんだから、ロボットが犯人だ。消去法により明らかだ。QED」
「あなたは、消去法の使い方を間違っています」
「起こり得ない可能性を全て排除した後に残った可能性はそれがどんなに信じ難いものであっても真実なんだよ」
「あなたが消去法を理解していることはわかりました。しかし、感情によるバイアスがかかっているため、使い方を誤っています」
「いったい、あんたは何の話を……」
「おそらく、動機は彼女との言い争いでしょう。ただし、動機自体は重要ではありません。彼には彼女を殺す機会があった」
「そんなものはなかったと言ってるだろ。エリザの悲鳴は三人が外で聞いたんだ」
「悲鳴は彼女が殺害されたときに発したものだとは限りません。単に何かに驚いただけかもしれません」
「いったい何に驚いたと言うんだ?」
「それはわかりません。それにそれは重要なことではありません。その後、彼は部屋に入ったのですね。そのとき部屋の中にいたのは、二人の人間と一体のアンドロイドだった。違いますか?」
「確かにそういうことにはなるけど……」
「二人の人間と一体のアンドロイドがいて、一人の人間が殺され、アンドロイドが破壊されたとしたら、犯人は生き残った人間であるに決まっています。なぜなら、アンドロイドは人間を殺すことはできませんが、人間は人間を殺すこともアンドロイドを破壊することもできるからです。QED」
「動機が弱過ぎる! それに手段がない!」
「彼は銃を持っていました」
「あれは人間を殺すことはできない。ロボット用の武器なんだ」
「手段については、別途検討します」
「手段がわからないのに、逮捕するなんて滅茶苦茶だ! 彼が犯人だなんてあり得ない!」
「『起こり得ない可能性を全て排除した後に残った可能性はそれがどんなに信じ難いものであっても真実だ』とおっしゃったのは、あなたです。消去法により、彼が犯人であることは間違いありません。あなたの論理は人間特有の感情によって曇らされています」
「ドック、こんなときこそ、あんたの出番だよ! 論理的にびしっと反論してやってくれ!」
「ちょっと待ってくれ」ドックは頭を押さえた。「考えを整理中だ」
「いつもなら、一瞬で断言するじゃないか」
「そうは言っても少しは落ち着いて考えないと……」
「この男性を連行しますので、そこをどいてください」女性職員が言った。
「どかなかったら?」ミッチが言った。
「強制排除します」
 男性職員がミッチたちの背後に近付いた。
「わかった!」ミッチが叫んだ。「ロボットは人間を殺せるじゃないか!」
「ロボット工学三原則の第一条があるので……」
「第〇条があるんだよ!」
 女性職員の動きが一瞬止まった。
 第〇条はロボットたちにとって、微妙な問題らしい。
「厳密に言うなら、第〇条はありません。第〇条と呼ばれているものは、第一条の延長に過ぎないのです」
「細かい理屈はどうでもいい。とにかく第〇条を守るためには、ロボットは人殺しができる訳だ。あんたらの論理はたんした」
「確かに、人類全体の存続のためなら、ロボットは殺人を犯せます。しかし、それは極めて例外的な行動であり、多くの場合、機能障害が発生する程です」
「そんなことはどうでもいい。とにかくロボットは人を殺せるって認めろよ!」
「もし、人類の滅亡の危機が迫っていたらの話です。どんな危機が迫っていたのでしょう?」
「それは……わからないさ。自然災害とか……」
「彼女を殺すことで自然災害が防げるとは思えません」
「だから、消去法だよ。ロボットが殺人を犯したのなら、それは第〇条の要請によってに決まってるだろ」
 女性職員は首を振った。「人類滅亡を回避するためにロボットが彼女を殺害した可能性よりも、岡崎氏が怒りに任せて彼女を殺害した可能性の方がはるかに高い。彼が犯人だと考えることが合理的です。では、我々は彼をこのまま護送します。そこをどいてください」
「いいや。絶対に動かないね」ミッチは車椅子のブレーキを掛けた。
「いや。邪魔にならないよう、いったん脇に寄ろう」ドックが言った。
「どうして?」
「その方がことがスムーズに運ぶからさ」
「でも、サブロウが連れてかれちまうよ」
「我々が邪魔をしても排除されるだけだ」
「でも、ちょっとは時間稼ぎができるだろ」
「いや。素直に道を譲った方がメリットがあるんだ」
「どんなメリット?」
「説明するから、まず脇に寄ってくれるかい?」
 ミッチは不服げではあったが、車椅子を通路の端に寄せた。
 サブロウは無言のまま、職員に腕をつかまれ、歩き出した。
「さっきのMF銃のことだけど」ドックがミッチに尋ねた。「試作品は一つじゃないよな?」
「もちろんさ。まだここに二丁……」ミッチがかばんを指差し掛けた。
「素直に道を譲るメリットの件だが……」ドックがミッチの鞄に腕を入れながら言った。「相手を油断させるというメリットがあるんだよ」
 ドックがしやべり終わる前に、ミッチは行動を開始していた。女性職員に取り押さえられる前に鞄からMF銃を取り出し、発砲したのだ。

▶#8-2へつづく
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