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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.14

いよいよ施設からの脱出作戦を決行するときがきた。森を進む一行だったが……。 小林泰三「未来からの脱出」#4-2

小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、期間限定公開です。

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   第2部

   1

 ここまでは順調だ。怖いぐらいだ。
 森の中を車椅子で進みながら、ガスマスクを着けたサブロウは地図を眺めて思った。
 単にみだらけの紙に見えるそれはサブロウの部屋の捲れかけた壁紙の裏面だった。
 それが地図だとわかったのはサブロウの荷物の中にあった白紙の意味を考えているときだった。
 荷物の中に入っていた白紙は本当にただの白紙に見えたが、どうやら一度れたらしく、紙は凸凹になっていた。
 それを見たとき、サブロウはどこかで見たような気がしたのだ。そして、部屋の中を一時間ほど探し回って、捲れかけた壁紙の滲みにそっくりだということにようやく気が付いた。
 サブロウは壁紙を慎重にがし、白紙と比較してみた。
 白紙の凸凹は壁紙の滲みにとてもよく似ていた。それも全体ではなく、壁紙の滲みの極一部が白紙の凸凹に酷似していたのだ。
 サブロウは白紙を自分が記憶を消される前に作った森の地図ではないかと疑っていたのだが、その一部と一致したということは壁紙自体がこの施設の周辺の地図だということになる。
 そして、壁紙を裏返すと、それまで気付かなかったのだが、細い線が描かれていた。壁紙を透かして見ると、その細い線は滲みと全く重ならないことがわかった。
 この線は施設から脱出するための順路であると考えるとつじつまが合う。
 サブロウは自分の仮説をドックとミッチに伝えた。
 二人はサブロウの推理がほぼ間違いないだろうと言った。そして、その日のうちに三人は脱走を決行したのだ。
 地図が手に入ったのなら、これ以上、日程を延ばす必要などないと考えたからだ。
 三人がそれぞれ、ゆびぬきを装備し、外に向かう。今回も指貫は鍵として正しく機能した。
 外に出ると、三人の車椅子は縦にまっすぐな配置をとった。それぞれの間隔は五メートル近くあった。三人が固まっていたら、何かが起きたとき全滅してしまう可能性が高いので、このような配置をとったのだ。先頭はサブロウで次がミッチ、最後がドックだった。
「三人のうちの誰かに、異変が生じた場合、残りの二人はその人物を助けることは考えず、それぞれが生き延びるために最適だと思う行動をとるように」サブロウはミッチとドックに言った。
「当然だ。危険だと言っても、記憶が消される程度だろう。全滅を避けるために、それぞれが自分のことだけを考えるべきだ」ドックが言った。
 車椅子はミッチによって改造されていたので、出そうと思えば、時速三十キロでも出すことはできたが、地面に凹凸も多いため、巡行速度は時速十キロ程度とし、特に凹凸が大きかったり、石が多い場所では時速五キロ以下で進むことにした。
「結構、広い森だな」ドックが言った。声はミッチの用意したイヤホン型通信機から聞こえてくる。「施設のある場所が京都郊外という認識はやはり間違っていたようだ」
「京都でも、山岳地帯に行けば結構森があるけど、ここはほぼ平地だからね。たぶん京都ではなさそうだ。そして、東京や大阪でもなさそうだ」ミッチが答えた。
「出発するまで、地図の縮尺は不明だったが、これまでの道程からだいたい推定できる。地図の一センチが実際の五キロ程度だろう」
「だとしたら、この地図の範囲はおおよそ五十キロだということになる。十時間以内に森から出られそうだな」サブロウが言った。
「それは楽観的に過ぎないか? 地図の端がゴールだとは限らないだろう」ドックが慎重な意見を述べた。
「わざわざ中途半端な地図を渡してくる意味はないだろう。嫌がらせじゃあるまいし」
「ふむ。どうして、嫌がらせじゃないとわかるんだ?」
「だって、『協力者』が嫌がらせをするはずないじゃないか」
「『協力者』というのは、君が希望的観測で名付けたんだろ?」
「ちょっと待ってくれ。あんたは『協力者』が味方でないと言うのか?」
「『協力者』に悪意がある証拠はない。しかし、全幅の信頼を寄せる根拠もないだろう」
「わざわざ地図を隠しておいたり、指紋指貫を作ったり、暗号をしてくるなんて、面倒なことをしていること自体が根拠だろ」
「わたしは逆にそこが気になる。どうして、こんなにまどろっこしいんだ? まるでゲームをしているみたいじゃないか」
「『協力者』が俺たちをもてあそんでいると思ってるのか?」
「だから、証拠はないと言ってるだろう。可能性の話をしているんだ。あらゆることを想定しておいた方がいい」
「じゃあ、もし『協力者』が敵だとしたら、目的は何なんだよ?」
「お話し中、悪いんだけど……」ミッチが口を挟んだ。
「仲裁の必要はない」サブロウは言った。「けんをしている訳じゃないんだから」
「わざわざ男の子同士の喧嘩を仲裁するような野暮なことをする気はないよ。もっと重要なことだ。簡易レーダの表示によると、あんたの十メートル先にトラップがある」
 サブロウは慌てて急ブレーキを掛けた。あまりに急に止まったので、危うく車椅子から飛び出してしまうところだった。
「それならそうと早く言ってくれ」
「ご歓談を邪魔したら申し訳ないと思ってさ」
 サブロウは袋の中から眼鏡型の双眼鏡を取り出し、掛けた。
 数メートル先に細い糸のようなものが水平に張ってあるのがわかった。地面からの高さは三十センチ程だ。
 このようなトラップには数キロごとに遭遇する。まずは回避できる道がないかを確認する。回避できるなら、それに越したことはない。岩や木や急な斜面などが邪魔して、横道にそれることができない場合は、糸の上を通るか、下をくぐるかだ。糸の高さが十センチやそこらなら、三人でなんとか車椅子を持ち上げて一台ずつ、糸の上を通す。車椅子の重さは二十キロ程度なので、短時間ならなんとか持ち上げることができる。逆に五十センチ以上ある場合は折り畳んで、糸の下を潜らせる。手間はかかるが実はこっちの方が体力を使わないだけ楽なのだ。一番厄介なのが、今回のように糸の高さが三十センチぐらいの場合だ。上を越すことも下を潜らせることも難しい。
 サブロウは車椅子を近付かせて、糸の様子を観察した。
 糸の長さは三メートルで、道一杯に張られている。両端は道から少しはずれたところにある木の幹に取り付けた一辺十センチ程度の金属製の小さなボックス状のものだ。
「これは解除できそうか?」サブロウはミッチに声を掛けた。
 ミッチは近付いて、ポケットから出した装置のアンテナを立てて、ボックスに近付けた。
「おい、変な電波を当てたりしたら、作動してしまうんじゃないか?」
「これは自分から電波を出さずに受信するだけだから心配ない」ミッチはダイヤルを調整しながら、何かの測定を続けた。「特に何も発信していないようだ。だけど、糸が切れた瞬間に警報を発信するのかもしれない」
 サブロウはぽりぽりと頭をいた。「車椅子を三十センチまで持ち上げる自信はあるか?」
「それはやめておいた方がいいな。腰か膝を痛めたら、しばらく立てなくなるかもしれない。最悪の場合、しばらくどころか二度と立てなくなる」ドックは否定した。
「この糸を何か──例えばここに杭を立てるとか──に固定すれば、作動を防げるんじゃないか?」
「触れただけで作動するかもよ」ミッチが言った。
「そんなに敏感なことはないだろう。雨も降るだろうし、昆虫や小動物がぶつかることもあるはずだ」
 ミッチはルーペを取り出し、糸を観察した。「杭を打ち込むにしても、どうやって固定するかの問題もあるね。できればこの糸に触りたくない」
 ドックはボックスの観察を始めた。「ネジ穴がある」
「普通そうだろう。ここを通るやつがボックスを分解するなんて想定してないだろうからな」サブロウが言った。
「ミッチ、これを分解すれば、どのような機構で動いているかわかるんじゃないか?」ドックが尋ねた。
「分解できればね」
「だから、ネジ穴がある」ドックが繰り返した。
「ダミーかもしれない。そして、ダミーじゃなくても、分解すれば必ず震動が起きる」
 全員が無言になった。
「どうやら、わたしたちの旅もここで終わりのようだね」ミッチが残念そうに言った。
「どうして?」サブロウが言った。
「どうして?」同時にドックが言った。
「いや。もう万事休すじゃないか。これ以上、進みようがない」
 ドックはしばらく考えてから言った。「進むことは問題ない」
「そうだ。戻るぐらいなら、警報機を作動させたとしても、このまま進んだ方がいい」サブロウが同意した。
「逃げ切れると思っているのかい?」ミッチは目を丸くした。
「そんなことを言うなら、今この時点で、施設内の警報が鳴り響いているかもしれないじゃないか。警報なんか怖がっている場合じゃない」
「確かに、一理あるね。わたしたちは脱走してきたんだから、警報機を恐れて戻ったりするのは馬鹿げている。でも、自分から警報機のスイッチを入れるのも馬鹿げているんじゃないか?」
「別に、無理に入れる必要はないんだ。とりあえず解除する方針で進めよう。もし作動してしまったら、そのときは大急ぎでゴールを目指すしかない」
「わかったよ。わたしにやれっていうんだね」ミッチはもう一度ボックスを観察した。そして、自分のガスマスクをはずした。
「おい。何してるんだよ?」サブロウが驚いて言った。
「こんなもの着けてたら、顔を近付けて作業ができない」
「ガスが出たらどうするんだよ?」
「たぶん睡眠作用があるだけだ。死にはしない」ミッチはすでに作業を始めていた。ポケットから取り出したドライバーであっと言う間に蓋をはずす。中にはさらに小さなボックスがあり、糸の端はその中にあるようだった。
「なかなか厳重だね」ミッチはさらに分解を続けた。糸の端はバネに固定されていた。糸が切れた瞬間に、バネの力でスイッチが入る機構のようだった。
「これは単純だ。解除できるよ」ミッチはスイッチ部分をニッパで切って常にオフ状態になるよう細工を施し、糸も切断した。
「終了。さあ、行くよ」立ち上がった途端にミッチは突然目をつぶり、身体からだが大きく前に傾いた。
 サブロウとドックは慌てて、ミッチの身体を支えた。
「大丈夫だ。息はある」ドックは確認した。「おそらくミッチが思っていたより、トラップは複雑だったんだ。ガスが噴射したんだ」
「どうする? この場で介抱するか?」サブロウが尋ねる。
「この付近はガス濃度が上がっている可能性が高い。とにかく車椅子まで運ぼう。それから、後退だ。少なくとも百メートルは戻ろう」ドックが判断した。
 二人掛かりでミッチの身体を引きって、なんとか車椅子に乗せ、モーターを動かして、元来た方向へ進んだ。
「ミッチ、大丈夫か?」サブロウが呼び掛けながら身体を揺すった。
「うんんんんん」ミッチは目を瞑ったまま、不機嫌そうな声を出した。
 ドックはミッチの胸に耳を当てた。「緊急事態だから、仕方がない」
「誰も文句なんか言わないよ」サブロウが答えた。
「大丈夫だ。呼吸も鼓動も正常だ」
「問題なのは、精神の方だな。記憶は正常なのか?」
「ミッチ、目を覚ますんだ!」ドックは身体をさらに揺すった。
「何? 眠いんだよ」
「ミッチ、今は逃亡中だ。眠ってはいかん」
 だが、ミッチはそのまますうすうと寝息を立て始めた。

▶#4-3へつづく
◎第 4 回全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!


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