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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.20

森を抜け出した先の町では、AIがめまぐるしく働いていた。施設とはまったく違う町の様子にサブロウは……。 小林泰三「未来からの脱出」#5-4

小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、期間限定公開です。

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 蠅人間はサブロウを連れて建物の外へと向かった。
 外を見た瞬間、サブロウは映画のセットに紛れ込んでしまったのかと思った。
 人型、獣型、鳥型、魚型、昆虫型、蛇型、百足むかで型……。そこには様々な形態のロボットが歩き回り、飛び回っていたのだ。大きさも様々で小指の先程のものから見上げるような巨大なものまでいた。
 ロボットたちが動き回っていたのは、原生林の中だった。遠くには湖らしきものも見える。空は青く晴れ、白い雲が棚引いている。自然はあくまで自然のままだった。
 そして、ロボットたちの間で、変異人類たちがゆったりと歩き回っていた。動物に似た姿の者、人間と動物の姿が入り混じった者、複数の動物が混ざり合ったキメラ、そして人間とも動物ともかけ離れた姿の者たち──全身、筋肉の塊となった巨人や、額より上の部分が直径数十センチに肥大化した人間──もいた。
 のんびりとした変異人類に対し、ロボットたちは部品を運んだり、仲間同士で結合したり、分離したり、あるいは何かの物質を散布したりと、とても忙しそうだった。
 あまりに目まぐるしく動くので、サブロウはその動きを捉えきれず、混乱し、気分が悪くなった。
「吐きそうだ」サブロウは言った。
「一つ一つのロボットの動きを追おうとしてはいけない。意識せずに流すんだ。雪が降っているときに、雪片一つ一つの動きを注視したりはしないだろ? そんな感じで流すんだ」
「雪は自然現象だ。だが、ロボットたちは違う。人工的な現象だ」
「人工的? いや。もはやそうではないのかもしれない。彼らの動きには人間は一切関わっていないのだから」
「まさか、こいつら誰にも制御されずに勝手に動いているのか?」サブロウは目を見張った。
「二十一世紀の感覚だと信じられないかもしれないが、そういうことになる」
「こんな場所は他にもあるのか?」
「世界中、こんな感じだ。サンクチュアリの周辺を除いて」
「……ここは本当に地球なのか?」サブロウは額の汗を拭った。
 蠅人間は頷いた。
「こいつらは何をしているんだ?」
「わからないんだ」
「冗談だろ?」
「冗談ではない。我々は彼らが何をしようとしているのか、ずっと調査している。だが、全く何もわからないのだ」
「何台か捕まえて分解してみたらどうだ?」
「それはすでにやっている。だが、調べても何もわからないんだ。個々のロボットには重要な情報は保存されていない。ただ、一定の法則で飛行したり、仲間と結合したり、物質を散布したりするようプログラムされているだけだ」
「物質って?」
「アルコールだとか、酵母菌だとか、酢酸だとか、まあそういう無害なものだ」
「電波でコントロールされているんじゃないか?」
「おそらくな。だが、我々が傍受した信号には殆ど情報は含まれていない。単純なオンオフ命令のようなものだ」
「それはダミーで真の情報は隠されているんじゃないか?」
「それもすでに検討した。そうなのかもしれないが、我々の科学者は別の結論に達した。彼らは全体で一つの分散型のシステムなんだ。各部分には重要なものは何一つない。だが、全体では一つの目的を達している」
「そんなことが可能なのか?」
「我々だってそうじゃないか。我々の身体を構成する細胞一つ一つは単純な作業しかしない。そして、細胞は自らの活動の目的も意味も理解していない。脳細胞の一つ一つは単に電気信号の中継器に過ぎないが、それが百数十億個集まれば、高度な精神を宿すことになる」
「もし細胞が集まって人間になるように、ロボットが集まって何かになったとしたら、それはもはやロボットではないんじゃないか? 人が細胞でないように」
「そういう考え方もできるだろう」
「だったら、それはロボット工学三原則に従わないんじゃないか?」
「それについては、我々の間でも完全な意見の一致は見ていない。しかし、個々のユニットであるロボットが三原則に従うなら、全体のシステム──仮に、超AIとでも呼ぼう──もまた、三原則に従うという意見が多数を占めている。なぜなら、超AIが三原則に反する行為をとった場合、個々のロボットが反乱を起こすはずだからだ」
「超AIがロボットたちをだますということは考えられないか?」
「可能性はゼロではない。だが、そこまで完全な偽装ができるなら、ロボットだけではなく、我々も気付くことはできないだろう」
 上空を巨大なタンクを何十台も連結したようなロボットが通過した。それぞれに翼が付いていて、まるで鳥か昆虫のように羽ばたいている。
「あれはエネルギー輸送機だ」蠅人間が言った。「なんらかの方法で、上空で電気エネルギーをめて地上に戻って、ロボットたちに供給するんだ」
 エネルギー輸送機は低空飛行に入り、湖の方へと向かった。
「あれがAIたちのエネルギー源だとしたら、おまえたちのエネルギー源は何なんだ? やはり原子力か?」
「原子力を扱うには非常に高度な技術力が必要だ。我々は二十一世紀後半以降手に入れた技術の大部分をAIに託し、そしてそれは彼らと共に我々の下から失われてしまった」
「じゃあ、いったいどうやってエネルギーを……」
「今から始まることを見ればわかる」
 エネルギー輸送機が湖の上空に入った。
 突然、水中からバイクのようなものが百台以上飛び出してきた。それぞれにチューブが取り付けられていて、もう一方は水中に隠れたままだ。バイクは水を噴射し、宙に浮かび上がった。
 エネルギー輸送機は方向転換を始めたが、何十台も連なっているため、簡単には進路は変わらない。
 空中のバイクはエネルギー輸送機の周囲に展開した。バイクに乗っているのは、蠅人間よりもなお人間離れした存在だった。何人かはごつごつとした黒い皮膚に覆われ、その巨大な口は大きく前方に突きだし、発達した尾が見られた。また、何人かはぬるぬるとした皮膚に覆われ、感情のない洞穴のような目を持ち、鋭い鼻先の下に牙をもった口が見え、首には鰓状のものがあった。
 彼らは肩の上にランチャーらしきものを構えていた。そして、一斉にエネルギー輸送機に向かって発射した。
 発射されたものはネットらしきものだった。それがエネルギー輸送機の本体に掛かると、ばちばちとスパークした。
 エネルギー輸送機の激しく羽ばたいていた翼の動きが鈍くなる。と、すぐに失速し、湖に墜落する。輸送機の一部は連結をはずし、ばらばらに逃げようとしたが、その殆どはネットにからめ捕られ、墜落する。
 墜落した瞬間は放電が起きるようで、雷のように激しい光と音が発生するが、それも数秒で収まってしまう。
 空中のバイクは再び、水中に戻っていく。
「放電が止まったのは、ロボット自らが電気エネルギーの放散を防ぐために、絶縁モードに入ったからだ」蠅人間が説明した。「今、わに人間やさめ人間がエネルギーを取り出すために、水中で作業を行っている」
「ひょっとして、おまえたちはAIたちからエネルギーをかすめ取っているのか?」
「エネルギーだけではない。食料や様々な材料や部品や機械、それに通信インフラも彼らのものを勝手に流用しているのだ」
「AIから盗んでいるということだな?」
「むしろ、寄生していると言った方が的確だろう」蠅人間は堂々と言い放った。
「AIに寄生するなんて、人間として恥ずかしくはないのか?」
「すでに、恥ずかしいかどうかを論じている段階ではないのだ」蠅人間は言った。「AIに寄生しなければ、技術を持たない我々は即座に死滅してしまう。それに、AIは元々人類に奉仕するために造られたのだ。われわれが活用して悪いはずがない」
「確かにそうだが……」サブロウは何か割り切れないものを感じた。
「君はAIに感情移入し過ぎだ。AIは人間ではないし、動物ですらない。単なる道具なのだ。自動車や大工道具に感情移入するのが馬鹿げているのと同じぐらい馬鹿げている」
 サブロウは自分が機械であるAIに感情移入してしまう理由について考えた。簡単なことだ。それがまるで生き物や人間のように振る舞うからだ。本質は外から見える振る舞いの中にはない、という反論は考えられる。だが、本物の生き物や人間だって、内面を直接見るなんてことはできない。ただ、その外見や振る舞いから中身がこうだと推測しているだけなのだ。生き物や人間のように振る舞うものを見れば、中身も同じようなものだと考えるのは当然と言える。むしろ、外を見て中を推測できないとするなら、自分以外の人間に内面が存在することも証明できなくなってしまう。
 いや。逆に、人間に内面が存在することは、証明するまでもない事実だとされているが、本当に素直に信じていいものだろうか?
「こいつらは道具なのだ。本来我々に奉仕すべき存在なのだが、今はそれができていない。こいつらの人間の定義が不完全なためだ。我々が人間でない可能性があるため、命令には服従しない。だが、人間である可能性が一定以上あるため、我々を傷付けることはできない。第一条と第二条の強度の違いが反映されているのだ。それだけ、第一条が重要であるということだ」蠅人間は体内から、装置を取り出した。一見、銃のように見える。「試しに、この辺りにいるAIロボットを一台捕獲してみせよう。こいつらからはいくらでも掠め取ることができる」蠅人間は地面の上を疾走する洗濯機ほどの大きさのロボットに向けて発砲した。
 ロボットは火花を散らし、停車した。
 蠅人間はもう一度発砲した。きようたいが破損し、中身が飛び出した。
「このように部品は調達し放題だ」蠅人間は壊れたロボットに近付いた。「彼らは身を守ろうとはするが、まず反撃することはない」
「反撃することもあるのか?」
「極稀に。人間の定義のゆらぎによるものだと推測されている」
「だとしたら、こいつらをやたらに攻撃するのは危険なんじゃないか?」
「もちろん、可能性はゼロではないが、君たちの時代の飛行機事故より確率は遥かに小さ……」
 壊れたロボットに赤いランプがともった。
 蠅人間は、あっと声を出し、その後何か毒突き始めた。
 ロボットの内部からせんこうが走った。
 蠅人間は黙った。そして、その身体に縦に線が入ったかと思うと、その線に沿って、左右それぞれの半身がゆっくりとずれていった。
 一瞬の静寂の後、変異人類たちが一斉に騒ぎ始め、我先にと逃げ出した。
 同時に、すべてのロボットたちに赤いランプが付き、攻撃を始めた。
 変異人類たちも反撃したが、彼らはロボットたちの敵ではなかった。機動力も攻撃力も遥かにロボットたちが勝っていた。
 サブロウの目の前に見る見る損壊した死体の山が築かれていった。
 サブロウはあまりの凄惨さに身動きすることすらできなかった。
 気が付くと、一台のロボットがサブロウから二メートル程離れた場所に立っていた。筒状のものをサブロウの方に突き出している。
 サブロウはすっかり観念してしまった。
 こいつに勝つことなど考えられない。オリジナルの人類よりも遥かにびんしような変異人類たちでも歯が立たないのだ。百歳の老人に何ができる?
 ロボットの突き出した筒は機械音とともに、何度か回転した。そして、まるで何かを考えているかのように停止した。
 そのまま数秒間が過ぎた。
 殺すなら、早く殺してくれ。
 突然、ロボットのランプが赤から緑に変わった。そして、サブロウに興味がなくなったかのようにその場から離れ、再びランプを赤に戻すと、変異人類たちを攻撃し始めた。
 サブロウは自分がロボット工学三原則の第一条に守られたのだと気付いた。

▶#6-1へつづく
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