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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.7

施設に閉じ込められていることに気付いたサブロウは、あることを考えるが……小林泰三「未来からの脱出」#2-2

小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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   5

 サブロウが次に仲間として目を付けたのは、書架の前でよく出会う男性だった。足腰は結構丈夫なようで、車椅子から立ち上がり、つえも使わずに立ったまま、本を探していた。
 その日の夕食後も五冊も本を抱えたまま、さらに本を見繕っているようだった。
 サブロウが彼を仲間にしようと思ったのは、知的好奇心がおうせいだというところと、人生を前向きに楽しもうという意思が感じ取れたからだ。
「本が好きなのかい?」サブロウが話し掛けた。
 その男はしばらくきょとんとしていたが、少し片方の眉をり上げて言った。「そんなことは考えたこともなかったが、そう言われれば本が好きなのかもしれないな」
「好きだと思うよ。ここに来ればいつでも、本を読むことができるのに、わざわざ自室に本を六冊も持っていこうっていうんだから。そんなことは本好きしかしないさ」
「いや。六冊ぽっちじゃ足りないんだけどね」
「つまり、今から部屋に戻って、朝食までに七冊以上の本を読む訳だ」
「いや。さすがにそんなことはないさ。ただ、同じ本をずっと読んでいると退屈するので、複数の本を並行して読む癖があってね」
「そんなことをして混乱しないか?」
「十冊程度なら、大丈夫だ」男はまた片眉を吊り上げた。
 なんだかミスター・スポックみたいだな。
 サブロウはSFドラマの登場人物を思い出した。
 もし、彼と同じような能力を持っているとしたら、脱走の折りには、とても役に立つだろう。もちろん、そこまでは期待し過ぎだろうが。
「あんたは一度読んだ本のことを忘れることはないかい?」
「一度読んだ本を忘れる?」男はあごに指を添えて考えた。「それは内容を全て一字一句記憶できないという意味かな?」
「まさか、とんでもない。その本を読んだか、読んでないか、覚えてないという意味だ」
「君はそうなのか?」
「恥ずかしながら」
「別に恥ずかしいことはないだろう。ものすごい読書家で一日何十冊も読めば、そういうこともあるだろう」
「いや。俺が読めるのはせいぜい二、三冊がいいところだ。たいていは一冊読めるかどうかという感じだな」
「ふむ」男はまた顎に指を添え、そしてサブロウの顔をじろじろと見た。「だとしたら、それは年齢からくる記憶力の減退が原因の可能性が高いな。君は何歳ぐらいかな?」
「おおよそ百歳ぐらいじゃないかと思うんだ」
「なるほど。自分の年齢が明確でないということは、ますます記憶力が減退している可能性が高いね」
 この男はずいぶんと頭脳めいせきなようだ。記憶の混濁もなさそうだ。
「ところで、あんたはここに入所したときのことを覚えているかね?」
「ここに入所したときのこと……」男はまた顎に指を添えた。「……これは興味深い」
「何があったんだ?」
「よく覚えていない。いろいろと煩雑な手続きをした覚えはあるんだが、具体的なことは思い出せない」
「なんだ。あんたも俺たちと同じか」
「興味深い」
「何がだい?」
「わたしの記憶のことだ。なぜ特定の記憶だけが抜け落ちているのか?」
「それは加齢によるものだろう。あんた自身がついさっき言ったじゃないか」
「加齢による記憶力減退なら、遠い昔の記憶が鮮明な割に、直近の記憶が曖昧になるものだ」
「それは人それぞれじゃないかな?」
「もちろんそうだ。だが、わたしは自分の記憶に不自由はなかったのだ。なのに、特定の期間の記憶が曖昧になっている。これはいかにも不自然だ」
「理由はわかるかい?」
「いや。解明するには、情報不足だな」
「解明したいとは思わないか?」
「うむ」男はまた考え込んだ。「非常に興味をそそられるテーマではあるんだが……」
「解明するのに何か問題があるのか?」
「この記憶障害が人為的なものである可能性を考えていたんだ。だとしたら、その処置を施した人物、もしくは組織は我々がその点について探るのを黙って見ていないかもしれない」
 なんとも鋭い洞察力だ。俺が「協力者」の暗号によって、漸く到達した境地にほんの数分の会話だけで到達してしまった。
 なんとしてでも、この男は仲間にしなくては。
「記憶を消したやつらに一泡吹かせたくはないか?」
「それは、その人物、もしくは組織と対立するということか?」
「結果的にはそういうことになるだろう」
 そうじゃないと言っても、この男は納得しないだろう。
「なるほど。興味深い」男は片眉を吊り上げた。「我々は圧倒的に不利な状況にある。おそらく相手は我々の情報を全てつかんでいるが、我々の持つ、彼、もしくは彼女、もしくは彼らに対する情報は皆無だ。そして、我々は常に監視されている可能性がある。ここの職員が敵の手の者だという可能性すらある。というか、その可能性は非常に高いだろう。もし我々の企みが敵に知られたら、即、隔離や他の場所への移動などの措置がとられるかもしれない」
「そう。これは危険な試みかもしれない。乗り気でない人間を無理やり引き込む訳には……」
「話に乗った。とても知的で刺激的なことだ」男は手を差し出した。「わたしのことはドックと呼んでくれ。君は?」
「俺はサブロウだ」
「今、自己紹介しようとして気付いたんだが、わたしも自分の年齢が定かではなかった。自分の年齢を忘れさせるなんて、完全に人権侵害だ」
「だいたいのところ、いくつぐらいなんだ?」
「おそらく君と同じぐらいだろう」
「だったら、我々のチーム名はハンドレッズということでどうだ?」サブロウはドックの手を強く握った。

#2-3へつづく
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