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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.9

仲間を手に入れたサブロウは、怪しい施設から脱出するため作戦を練るが……。小林泰三「未来からの脱出」#2-4

小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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   7

 サブロウは三人の仲間と頻繁に話をし、そのうち一対一ではなく、三人、もしくは四人で話をするようになった。会話の内容は世間話か昔の話──小説や漫画や映画やドラマ、そしてニュースになった出来事など──ばかりだったが、そのうちサブロウはこの施設自体に対する疑問を口にするようになった。そして、彼らの記憶の不自然さも。
 一番、強く関心を持ったのは、やはりドックだった。だが、彼自身物静かであり、自分の意見を積極的に表明しないため、サブロウ以外の者の目には、あまり関心がないかのように映っていたかもしれない。
 エリザはサブロウの疑問に対し、懐疑的だった。
 一度、陰謀論にとりかれてしまうと、すべてのことが陰謀で説明できてしまうような錯覚におちいる。平穏な生活を続けるためには、突飛な仮定を持ち込むべきではない、というのが彼女の意見だった。
 ミッチに至っては、あきらかにどっちでもいいと思っているようだった。だが、サブロウが施設から抜け出すという話をし出した途端、目の色が変わった。陰謀の真偽などはどうでもいいが、数々の脱出防止システムの解除に強く興味を持ったようだった。
「確かに、全員がここに来た経緯を殆ど覚えていないというのは、不自然なことに思えるけれど、高齢者ばかりだということを考えると、絶対にないとまでは言えないでしょ?」エリザは言った。
「職員が日本語を話さないのは?」サブロウは食い下がった。
「それは経費を安く上げるためじゃないかしら? そもそも職員が日本語を話さないのと陰謀にどんな関係があるというの?」
「日本語を話せたら、どうしても俺たち入居者と話をしてしまうだろ?」
「それがどうかしたの?」
「ここがどういう施設で、なぜ俺たちが閉じこめられているのか、と質問されたくないんだよ。話していれば、そのうち必ずぼろが出るから」
「それは全部あなたの推測よね? 物的な証拠は何一つない訳でしょ」
「ない訳じゃない。この車椅子だ。ミッチ、君は中を見たろう? 特殊な回路になっていたとみんなに説明してくれ」
「ああ」ミッチは困ったような顔をした。「まあ、妙な回路は入っていたけど、特殊とまでは言えないと思うよ」
「車椅子があるエリアから出ようとすると、勝手にモーターが止まるように出来ているんだ」サブロウはさらに説明を続けた。
ちなみに、わたしも含めて、みんなの車椅子に同じ機構が仕掛けられているのは確認済みだよ」ミッチが補足した。
「その点については」ドックは独り言のようにつぶやいた。「それほど不思議じゃない。施設の性質を考えれば」
「ここがどういう性質の施設なのか、わかるのか?」
「とりあえず、老人福祉施設だと仮定してみよう。実際にそう見えるし。むしろ、それ以外のものには見えない」
「表面上はそうだな」
「入居者がふらふらと外に出て貰っては困る訳だ。特に車椅子が必要な者が外に出て事故にでもあったら大変だ」
つじつまはあっているな」
「辻褄が合っているなら、陰謀の証拠にはならない」
「あんたも陰謀説には共感してくれただろ?」
「ああ。だけど、気分だけで、物事は進められない。まず、我々に必要なのは陰謀が存在するという証拠だ」
 これは分が悪い。
 サブロウ自身も簡単に説得できるとは思っていなかった。だが、一番の理解者のはずのドックですら、懐疑的な態度をとるとは。
 仕方がない。
「じゃあ、俺の部屋に来てくれ。証拠を見せよう」
 全員がサブロウの部屋に入ると、サブロウはまずミッチに耳打ちした。「この部屋に隠しカメラがあるかわからないか?」
 ミッチはポケットからラジオのようなものを取り出し、そこから伸びているイヤホンを耳にめた。そして、しばしダイヤルを回す。「大丈夫だ。隠しカメラも盗聴器もない」
「最新式の超ハイテクカメラでも必ず見付けられるのか?」
「さあ」ミッチは肩をすくめた。「でも、そんなに凄いカメラで見張られてるとしたら、とっくにこっちの行動はばれてると思うよ。そこはないものとしないとこれ以上何もできないね」
 サブロウはうなずいた。
 ミッチの言う通りだ。完全な安全安心を求めていたら、永久に何もできはしないだろう。
 サブロウは引き出しを開けて、日記帳を取り出した。「これが証拠だ」
 サブロウは日記帳をぱらぱらとめくってみるように言った。
 三人はそれぞれ日記帳の暗号を読んだ。
「これが証拠だ。疑いの余地はないだろう」
 エリザはめ息をいた。「これが何かの証拠になるって、本気で思ってるの?」
「だって、これは俺の日記なんだから、『協力者』からの俺宛てのメッセージだと考えるのが自然だろ」
「好意的に考えてみよう」ドックが言った。「自分の日記に自分の知らないメッセージが仕込んであったら、それは当然誰かからの秘密メッセージだと考えるだろう」
「ドック、あんたはわかってくれると思っていたよ」
「だが、それはあくまで君に対しての話だ」
「どういうことだ?」
「そのメッセージを書いたのは君でないことは自明だ。ただし、自明なのは、君にとってだけだ」
「あんたらには自明でないと?」
 ドックは頷いた。「そのメッセージは君自身が書いた可能性がある」
「俺がうそを吐いているというのか?」サブロウはぼうぜんとした。なんとなく、彼らはサブロウを信じてくれると思っていたのだ。
「そんなことは言っていない。わたしはただその暗号が『協力者』の存在を証明する証拠であるのは君にとってだけで、我々にとっては証拠でもなんでもないと言っただけだ」
「同じことじゃないか!」サブロウはついつい声を荒らげてしまった。
「落ち着いて」ミッチが言った。「誰もあんたが噓を吐いてるとは思ってないよ。だけど、その日記帳は証拠にはならない。それだけのことさ」
 そう。その通りもっともなことだ。
 サブロウは目をつむり、二、三度深呼吸をした。
 この三人は俺が妄想にとらわれていると思っているのだ。よく考えれば、こんな話、信じられないのが当然だ。
 今更ながら、「協力者」の暗号の巧妙さにおそれ入った。俺は暗号が他の人間に見付かるのではないかと心配していたが、仮に見付かったとしても、俺が書いたものだとしか思われないのだ。ほぼ完璧な暗号だと言えるだろう。
 だが、その巧妙さが逆にあだとなってしまった。「協力者」の存在を実証するものが何もないのだ。
「わかった。今すぐ『協力者』の存在を証明するのは諦めよう」サブロウは言った。
「そうね。まず自分自身と向き合ってみることから始めるべきね」エリザはほっとしたように言った。
「申し訳ないが、俺は君たちを説得するのにあまり時間を掛けたくはないんだ」
「逆よ。わたしたちがあなたを説得するの」
「じゃあ、その説得の一環ということでいい。ゲームをしないか?」
「何のゲーム?」
「脱出ゲームだ」
「何から脱出するの?」
「この施設から脱出するためのゲームだ」
「そういう体裁のゲームをする訳ね」
「体裁じゃない。実際に脱出するんだ。君たちは俺の言っていることが正しいという『ふり』をしていればいい。それで実際に脱出が成功すれば、俺の言っていることが正しいと証明できるだろう」
「脱出して何もなかったら? ここが田舎の高齢者施設だとわかるだけかもしれないわ」
「それなら、それでいい。俺は妄想から解放される訳だ。他の二人の意見は?」
「わたしは保留するよ」ミッチが言った。「変なことをして職員から目を付けられるの嫌だし。手持ちの小道具を取り上げられたりしたら、生き自体がなくなってしまうから」
「だったら、残念だが君は参加しなくてもいい」サブロウは失望の色を隠さなかった。まさか、この時点で脱落者が出るとは思いもしなかったのだ。「ドックは?」
 ドックは顎に手を添えて、考え込んでいた。
 おい。おまえまでおじづいたのか?
「あんたも何かを失うのが怖いのか?」
「失うのが怖い? 何のことだ」ドックは無表情のまま言った。
「こういうとき、いつもなら即答するだろう? 尻ごみしているんじゃないのか?」
「尻込みしている訳じゃない。君の申し出がそもそも不可能だからだ。君の真意を測りかねていた」
「どうして俺の申し出が不可能だなんて言えるんだ?」
「脱出ゲームなどできない」
「できるさ」
「できない。なぜなら、ここは脱出ゲームの会場ではないからだ。ここは高齢者施設であり、入居者は外に出られないようになっている。だから、そもそも脱出計画は実行不可能だ。証明終わり」
「いや。建物から外に出ることはできるさ。少なくとも俺は成功した」
「落ち着いて考えて」エリザが言った。「成功したと思っているだけなんじゃないの?」
 俺はさらに失望した。どうやら、エリザは全く俺のことを信用していなかったらしい。認知症を発症していると思って、話を合わせていてくれただけだったのかもしれない。
 エリザの言葉を聞いて、ミッチも俺に疑いのまなしを向け出したような気がする。落ち着いているのはドックだけだが、これも本当に俺を信じているのか、単にからかっているだけなのか、自信がなくなってきた。
「とにかく外に出て行こう。それから考えてみてくれ」
「だから、外には行けないんだよ。外への扉はロックされていて、指紋認証でしか解除できない。当然、我々の指紋は登録されていない」
「それなら、これを使えばいい」サブロウはポケットからゆびぬきを取り出した。「五つあるから、全員で使えるよ」
 三人はぽかんとしてサブロウを見詰めていた。
「それは何?」エリザが尋ねた。
「指紋付き指貫だよ。それぞれ別の指紋が付いているから、全員で使えばここから出られるはずだ」
 ミッチが指貫の一つを引っるように摑んだ。
「あっ」サブロウは制止する余裕すらなかった。
 ミッチはポケットからルーペを取り出し、指貫の観察を始めている。
「使い物になりそうか?」ドックが尋ねた。
「細工は完璧だよ。もしこの指紋が登録されているなら、役に立つはずだ。ただし、この指紋が登録されているかは知りようがないけど」
「少なくとも、一つは有効だった」
 三人がまたサブロウの顔を見た。
「何だよ。俺の顔ばかり見て」
「出たのか?」
「さっきから、そう言ってなかったか?」
「これって、簡単に作れるものなの?」エリザがミッチに尋ねた。
「簡単にはできない。素人にはまず無理だね。わたしぐらいの技術があれば、施設内にあるものでなんとか作れるかもしれないけど、まず指紋を手に入れるのが大変だ」
 みんな、押し黙った。それぞれが何かを考えているらしい。
「俺、何かまずいこと言ったか?」沈黙に耐え切れなくなったサブロウが言った。
「これって……『協力者』がいる物証なんじゃないか?」ドックが重い口を開いた。
「あっ!」サブロウはぽんとを打った。
「そうとは限らないんじゃない?」エリザが言った。「実はサブロウさんは優秀な技術者でわたしたちに一杯食わせるためにこれを作ったとか。あるいは、サブロウさんとミッチさんがぐるだったとか」
「冗談にしては手が込み過ぎている。そもそも、こんなものが自作できるぐらいなら、いくらでも我々を説得する方法はあったはずだ」ドックが言った。「それにミッチとぐるだとしたら、ミッチを話し合いの仲間に入れない方が我々をだましやすいのに、わざわざ仲間に入れたのが不自然だ」
「あなたがそう推理するのを見越していたとか」
「だとしたら、サブロウは超天才だよ。その場合、彼に逆らうことは破滅を意味する。素直に言うことを聞くのが無難だと思うよ。ところで、君は本気でサブロウを超天才だと思うのかい?」
「いいえ。サブロウさんは、頭の回転が速い一方、抜けている面もあって面白い人だけど、天才の類ではないわ」
「今のは、褒めたのか? それとも、けなしたのか?」サブロウは目を丸くした。
「褒めたんだと思っておけばいい」ドックが言った。「それでだれも損しない」
「で、どうするの?」ミッチが言った。
「まずは、その指貫の性能を確認する」ドックが片眉を上げた。

#3-1へつづく
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 第 2 回全文はこちらに収録→「カドブンノベル」2019年12月号


「カドブンノベル」2019年12月号


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